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第10話 動き出す歯車

 

「クソッ!」


 オレは森の中を駆け抜けドライガーがいるであろう場所を目指す。


 迂闊だった。


 まさかファナリアがあそこまでドライガーに執着していたなんて。


「あいつはどこに行った……」


 ドライガーがいるであろう場所に辿り着くがそこには燃えて炭になった魔物の死骸しかなかった。大きさ的にドライガーが食べていた死骸であろう。


「もう戦闘が発生してやがるのかよっ!」


 作戦も何もなしに一人で突っ走っていきやがって。


 ふざけんじゃねえぞ!ドライガーを殺すのはオレの役目だってのに契約を破りやがって。


 魔物の死骸から右手の方を見ると木がなぎ倒されていたり、小さな火事が発生している。


「オレの見込み違いか、あいつの方がオレよりもよっぽど感情的じゃないか」


 ここまで周囲のことを考えずに突き進む奴だとは思っていなかった。あいつはもっと優しかったと薄々思っていた。


 だがそれはオレが主観的に見ただけで実際には違った。


 勝手に主観を押し付けて相手を理解していた気でいただけだ。


 誰も人の心の中なんて分かるはずがない。それはオレだって例外ではないはずだ。


 行動パターンや思考パターンをある程度予測できていたとしても人は様々な場面で悩んで悔やんで変わっていってしまうのだ。


 もう既に彼女はオレの理想通りの奴じゃなかった。


 あいつはオレと同じだ。


 変わってしまっていたんだ。


 それがいい方向か悪い方向か関係なく彼女は彼女自身の中で自問自答をして変わることを決意していたのだ。だから、予想が外れてしまった。


 あいつなら一緒に協力してたくさんの被害が出ないように作戦を立てて慎重に挑むだろうと勝手に決めつけていた。


 それがなんだ。実際には話した途端に今まで見せたこともない感情が表に出てきた。


 その感情の名前をオレは知っている。それは――。


 復讐心だ。


 何かに取り付かれたかのように人の話を聞かなくなり自分の目的のためだけに一直線に駆け出す。オレの心の片隅にもあるもの。


 だが、それでも、オレは何処かで迷っていた。だからオレはファナリアみたいはならなかった。


 本当に復讐をして意味があるのか。復讐何て馬鹿らしいことをやめて普通に生きていけばいいんじゃないかと。


 彼女と一緒に数日間過ごしている内にぼんやりと考えそうになっていた。


 もう一度言おう。


 だからオレは迷っていたんだ。


 彼女の存在がオレにとってプラスとなった。だが、彼女にはもしかしたらオレと関わってしまったせいで心が変化してしまったのでは。


 それなら、オレのせいだ。


 人と触れ合い経験していくことで変わっていくことは知っていた。だからオレはドライガーを倒すまでの間しか契約をせず影響を及ぼすことを避けようとしていた。


 間違ってしまった。


 最初から彼女はオレと契約など交わさずに家に送り返してやるべきだった。


 短い間の付き合いなんだから別にどうもならないと思ってしまっていたんだ。


「チッ、そんなこと考えてもどうにもならないよな。今はとにかく発見することが最優先だ」


 思考の海の底へ沈むのをやめて身体を動かすことにだけ集中する。


 腕を全力で振り、足に力を込める。


 あとは身体強化フィジカルアップも合わせて能力の底上げをしたオレはやっとのことで戦闘をしている場所にたどり着く。


 そこでは、ファナリアがドライガー相手に善戦していた。


 オレが化け物と呼んだドライガーはこんなにも弱かったのかと思うほど動きが鈍い。


「ファナリアが願う、火の精霊よ、熱き炎をここに、槍を具現したまえ、『炎槍フレイムランス』」


 ファナリアの周囲に数十はあるであろう真っ赤に燃え盛る槍の形をした炎が出現してドライガーに向けて放たれる。


 オレなら確実に避けないと死ぬであろう攻撃をドライガーは正面から全ての攻撃を受ける。


 地面から煙が上がり視界が塞がれて何も見えなくなる。


「殺った!?」


 煙の中からファナリアの声で聞こえてはいけない言葉が耳に響いてくる。


 無論、オレはドライガーの毛があの攻撃に耐えることは可能なのを理解している。


 そして、やはりというか……無傷である。


 毛って燃えないのかとツッコミたくなることが起こっているが魔法がある世界なのだ。何が起きても不思議じゃないなと納得しておくことにする。


 魔法が効かないと悟ったファナリアは今度は剣でドライガーに切りかかる。


 右薙ぎ、左薙ぎ、袈裟切り、逆袈裟と見事な連撃を繰り出しドライガーに攻撃を当てていく。


 ドライガーもファナリアの猛攻を急所に命中しそうな攻撃は避けているが、それ以外の場所は切りつけられている。


 おかしい。余りにもファナリアが優位に立ちすぎている。まるで遊ばれているかのようだ。いや、実際に遊ばれているのだろう。オレの時も最後の最後でしか本気を見せなかったのだ。


 しかしこれは不味いな。


 よく見てみるとドライガーにダメージが当たっていないのだ。ファナリアもそのことは理解しているのかそれでも剣で切りつけているが……。


「きゃっ!」

「っ! くそったれがっ!」


 ファナリアのバランスが崩れて倒れそうになるところにドライガーの鋭い爪が襲いかかる。


 オレはダガーを投げて爪の咆哮を逸らすとあらかじめ施していた身体強化フィジカルアップを使いファナリアを抱きかかえて一定の距離をとった。


「――離しなさい! 私は! 私はっ!」


 オレに助けられたことに気付いたファナリアが腕の中で暴れて脱出しようとする。


「落ち着け。何があったか知らないが戦闘の時に感情的になってはならないとオレに教えたのはお前だろう。それなのにおまえが感情的になってどうする」

「でもっ! でもっ! 私はやらないといけないの! だから離して!」

「だから何度もいう……っ!」


 ドライガーが様子を見るのをやめて接近してきて爪を振り下ろしてくる。


「へっ、そんな攻撃きかねえよ」


 オレはもう一つ持っていたダガーで防ぎ相手の腕力を利用して後ろへと飛ぶようにバックする。だが、ドライガーはファナリアを抱えているオレをみて二人になって遊ぶのはもうそろそろ終わりでもというようにさっきよりもスピードを上げて迫ってきた。


「舐めるなよ、オレは前のオレじゃねぇんだよ!」


 ファナリアを抱えつつも身体強化フィジカルアップと技術が組み合わさった今のオレはドライガーと対等に渡り合うことが出来た。


 袈裟切りからの左切り上げ、左足での蹴りと一連の動作でドライガーの爪を塞いだり切り込んだりする。 


「グアアァァァァァアアアアアァァァァァ!」

「オラッ! オラッ!」


 ファナリアを抱えながらの戦闘は少しきついが今は何とか耐えているから良いことにして、彼女を正気に戻さないといけない。


「おまえが誰のことを言っているか知らねぇがまじで落ち着け」

「離してよ! 離してよ!」

「嫌だね、離したっておまえは何の考えもなしに突っ込むだろう」

「私には魔法があるの! 超級の魔物でも倒せる魔法が!」


 だから離せというわけか。


「なるほど、おまえの言い分は分かった。なら、その超級の魔物でも倒せるっていう魔法を使ってくれ」

「それは……」

「無理なのか?」

「わ、分かったわよ! けど、魔力を捧げるのに時間がかかるからしばらく耐えてもらうわ」

「じゃあ、降ろすぞ」


 オレは後ろに一度下がってファナリアを地面に降ろしてから化け物に突撃していく。


「オラッ!」


 今度は身体強化フィジカルアップを全身に使い身体能力を何時もの何倍にも上げドライガーに攻撃を仕掛けていく。


 先ずはジグザグに動きオレの行動を予測されないようにする。


 右に動き時に左に行き左に行ったと思ったら右に行く。ファナリアがいうにはこの動きはかなり良かったらしい。初見でこれを見破るのは難しいと教えられた。


 そして、さらにアドバイスを受けた通りに後ろに回ってから殴りかかる。


「グアアァァァァァアアアアアァァァァァ!」


 ドライガーは身体強化フィジカルアップも合わさったオレの力に抵抗する暇もなく足を引きずって少し後ろにさがっていく。


 ちっ、軽々と吹っ飛ばすぐらいの力を込めたつもりなんだがこれでも全然聞いている様子がない。どれだけ頑丈なんだよこいつ。


「なら、これならどうだ」


 足にだけ身体強化フィジカルアップを集中させて強化する。


 実はこの強化方法には意外と意味がある。


 身体強化フィジカルアップには基本的に二つの使い方があった。一つは身体強化の言葉通り筋肉を一時的に強化するもの。もう一つは体に纏うことで身体能力を上げるもの。オレの場合は前者の方だった。前者のメリットは限界を超えて身体能力を向上させることができることだ。だが、デメリットもあり、あまり使いすぎると翌日には筋肉痛に悩まされることになる。後者の場合は前者のメリットとデメリットが逆になる。


 そういうわけで、オレはファナリアに教わった通りに身体強化フィジカルアップをしたのだが、ここで一つのことに気付く。足と言っても骨や筋肉と一部の部分だけに強化をかけることで魔力を集中させることができ、全身を強化するよりも能力が一段階ぐらい上がったのだ。


 数日間オレは対ドライガー戦に備えてより少ない魔力量でより強く強化するためにファナリアの訓練の合間に特訓をしてきた。


 まだ完璧に完成とはいかないが、オレが身体強化フィジカルアップを初期に使った頃よりははるかに強くなっているはずだ。


「オラッ! くらえっ!」


 強化された足でオレはドライガーを蹴りつける。


「グアアァァァァァアアアアアァァァァァ!」


 さっきよりもドライガーは足を引きずって遠くに下げられるがそれでもダメージが通っている様子はない。


「なら、今度はこれだっ!」


 足に集中強化とジグザグ動きを合わせて相手を翻弄しつつも接近する。


 そして、右手で持ったダガーを急所である目を突こうとするが間一髪のところで避けられてしまう。代わりに毛を一本だけ切り落としたが、たかが一本でダメージなど当たっているはずもない。


「まだだ!」


 オレは身体強化フィジカルアップを足から腕に集中して能力を向上させてから体重移動と合わせてぶん殴る。


 それでもドライガーは後ろに下がるだけ。


「チッ、これでも効かないのかよ」


 急所を狙っても避けれるほどのスピード。どんな攻撃も無効とほぼ同時の効果を発揮する毛。弱点なんてひとつも見当たらない。


 ドライガーの尻尾攻撃を避けて正面に近づく。目の前に来るとドライガーは口を開けてオレを食おうとする。しかし、弱点がないなんて嘘だ。


 誰にだって弱点はあるはずだし、探せば必ず何処かに綻びがあるんだ。


「そう、おまえの弱点はその余裕なんだよ!」


 オレはダガーを持っていない方の手に身体強化フィジカルアップを使い、手の内に持っていた石をドライガーの口に向けて全力で投げる。


「グアアァァァァァアアアアアァァァァァ――!!」


 何度も聴いている雄たけびよりもより大きな叫びがドライガーから上がった。


「ちっ」


 まだ殺すことが出来ないのか。だがダメージは与えられた。


「ガアアァァァアアアアァァァ!!」


 ドライガーが痛みに暴れて周りにある木を倒したり切り刻んだり地面をえぐり返したりしているうちにファナリアの魔法の準備が完了したようだ。


「どいて!」


 ファナリアの声が聴こえオレはその場を飛びのくと魔法の詠唱が始まる。


「……ファナリアが願う、火を司る精霊よ、願いをここに叶え、私の幻想をここに呼び覚ます、あるのはただ真っ直ぐな道のみ、火を一点に集めたまえ……『熱光線ヒートレーザー


 今まで耳にしてきた詠唱よりも長い詠唱をファナリアが唱えると彼女の目の前に大きな炎が噴き出す。それが次第に一つに固まっていき一つの長い棒が出来た。


「行って!」


 ファナリアの掛け声とともに長い火の棒は超高速で進みドライガーを襲いかかる。


「ガァアアアアアァァアッァアアアアアァァァァアアアァァァ!!」


 ドライガーに直撃をした光線は直撃と同時に爆発が起き、またしても視界が塞がれてしまう。


「これが魔法か……」


 ファナリアがオレに見せた初級や中級のレベルの魔法では比較にならない威力が出ている。これは上級魔法か、それともその上の超級魔法と呼ばれるぐらいの破壊力があるのではないだろうか。


「だが、これで……」


 殺った! と言おうとしたが、残念ながら殺すことは出来なかったみたいだ。


「う、うそよ! 超級の魔法を使ったのよ!」


 ドライガーは毛の表面が少し焼け焦げていたが全く無傷と言っても過言ではない状態で煙の中から姿を現す。


「ガアアアアアアアアアァァァァァァアアアアァァ!!」


 ドライガーが叫ぶのと同時に周りに数十は超える火の玉が出現する。火の玉たちはオレとファナリアに照準を定めると一斉に放たれてきた。


「何なんだよこれ!」


 ドライガーが魔法を使えるとか聞いていないぞ!


 オレは身体強化フィジカルアップを全力で使い対処する。顔に襲ってくる火の玉は腕で防ぎ避けれる火の玉は避けるなどして被害を最小限に減らす。


 一方、ファナリアに視線を向けてみると彼女は剣で火の玉を逸らしたりしているが動きが何故か鈍くなっていた。オレよりも技術とかは圧倒的に上のはずなのに体のあちこちに傷を負っている。


 嫌な予感がした。


 どういう理由でとか何もわからないが彼女はしばらくドライガーと戦うのは危険だと脳の何処かで言っている気がする。気のせいだと思いたいところだが実際に彼女の動きは体力が有り余っている時よりも格段に遅い。その事実がオレの体を動かしたがその時にはすでに遅かったと後悔することになる。


 火の玉でオレとファナリアの距離が離れたのを視界に入れたドライガーは彼女に接近してその鋭い牙を突き立てようとしていた。


 間に合わない。


 彼女は最後の抵抗にと剣をドライガーに向けて相対する。だが、それは無駄だ。オレは知っている。あの化け物が本気を出したらどれだけ強いかを。


 一回あの化け物の本気を見せた時もオレは身体強化フィジカルアップをしていたのに勝てなかったのだ。


 その事実が一つの結果を叩き付ける。


 ――彼女は死ぬ。


 間違いなくあの化け物に食われ、ぐちゃぐちゃに嚙み砕かれて人間の尊厳なんて何にもなくただ餌として死んでいくのだ。


 手を伸ばす。だが届かない。


 声を上げる。だが響かない。


 身体強化フィジカルアップを足に集中させて駆ける。だが間に合わない。


 化け物の牙は勢いそのままに彼女の頭を貫こうとしてゆっくりと迫っていく。


 もう、助けられない。


 オレはあげていた腕を下げ、身体強化フィジカルアップを体中に施すのをやめる。


 そして、彼女に化け物の牙が迫って――。



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