大騒ぎ
約束から一夜が明けて。
その日は朝から家中ドタバタ騒ぎ。
そわそわ何度も鏡を見ているあたしにつられてか、母も、妹の美夜までもが玄関を行ったり来たり、落ち着かない様子。
「あのね、彼氏とか、そんなんじゃないんだからね!」
しつこいくらい、念を押すあたしに、妹は、
「隠さなくてもいいって!
家まで迎えに来るんだもん。
彼氏じゃない方がおかしいよ」
全然、信じてくれない。
「あのねぇ…、美夜――」
本当に違うということを、もう一度説明しようと口を開くと、今度は母が、
「いいじゃないのよ。どっちだって。
美月が毎日一緒に男の子と学校行ってたなんて、お母さん全然知らなかったわ。
母親として、ちゃんと挨拶しなくちゃね」
と、髪型を気にしながら、なんだか嬉しそう。
『お母さん、変じゃない!?』
などと言いながら、妹とお互いに身なりのチェック。
お父さんは、もう会社に行ってしまった。
『美月も、そんな歳になったかあ…』
夕べ、彼が家に迎えにくることを話した後で、しみじみと、そう呟いた父だったけれど、それはどこか淋しそうにも見えた。
今朝も、背中に哀愁を漂わせて家を出た父は、いつもよりちょっぴり元気がなかった気がする。
父の姿をぼんやりと思い出して、悪いことをしているわけじゃないのに、何となく後ろめたい気分。
と、その時。
『ピンポーン』
チャイムが鳴った。
ハッ。と、顔を上げた。
「はあい」
パタパタと廊下を小走りに、母が玄関へ向かう。
その後を妹が、一足遅れてあたしが、玄関へと急いだ。
「おはようございます」
やや緊張気味の面持ちで、彼が扉の向こうから現れた。
「いつも美月が、お世話になっております」
母も丁寧なお辞儀をして、ふたりの挨拶は無事に交わされたみたい。
だけど、あたしの方は心臓バクバクで。
「おはようございます」
緊張でうまく声が出ない。
「美月ちゃん。おはよう」
いつもと変わらない、優しい笑顔の彼。
その笑顔に、あたしは更にドキドキしてしまう。
隣に立つ妹が、『カッコイイね。彼氏』と耳元で囁やくから、あたしはその一言で、全身に火がついたように熱くなるんだ。
『彼氏じゃないんだってっ!』
本人を目の前に、絶対に声には出せない気持ちを込めて、妹を睨む。
「お姉ちゃん、顔、真っ赤ぁー」
だけどその睨みも妹には効かなかったみたい。
逆に冷やかされて、あたしは慌てて両手で頬を隠した。
彼も、ちょっと困ったような、引き攣ったような、苦笑いを浮かべていた。
…もう、最悪。
泣きたい気分…。