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エターナル リング  作者: 夏葉 篤維
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大きな揺れを感じ目を覚ました。


この体に入って何年経っただろうか。俺を捕まえた奴らは、俺のことを失敗作と言っていた。俺を閉じ込めておいて、どこかへ言ってしまった。どうしてっ、俺が何をしたっていうんだ。ただ平穏を、人並みの幸せを求めていただけじゃないか。何度思い返しても、何度悔やんでも、もう取り返すことができない。あの頃の暮らしは…。




大陸の東端、山に囲まれた盆地に1つの小さな村があった。人口約30人と小さな町であった。しかし、人々は慎ましく、幸せに暮らしていた。


クロス・グロスはその町で生まれ育った。クロスの父親、ガドルフ・グロスはその村の村長で、その村の行事、祭り等は彼が取り仕切っていた。その村の村長は伝統的に代々グロス家の長男がつく仕事であったため、クロスは次期村長の練習として、父親の仕事をよく手伝っていた。


そんなある日のことだった。夕方、村の収穫祭で行う儀式の下準備のため、クロスは村の北の山へと赴いた。そこで事件は起こった。


日が沈み、暗くなってきたため、クロスは山を降りようとした。その時だった。クロスはいくつかおかしなことに気づいた。熊の死体、踏み荒らされた落ち葉、そしてそこに落ちていたある1つのもの。その全てがおかしいと告げていた。この山に熊が出る事自体はおかしいことではない。しかしその死に方、大きな傷を負って死んだと思われるが、その傷跡がおかしかった。大きな氷が心臓を貫いて、その付近は凍傷していた。今は夏なのに…。そして、踏み荒らされた落ち葉は何人かの人数によるものだと思われた。そして、落ちていたもの、それは折れている杖だった。それは丁寧に細工され、所々に宝石が埋め込まれていた。傷から熊に折られたと思われる。どうしてこんなことになっているのか。クロスは足跡をたどり歩いて言った。



10分ほど歩いた時、ある1つの建物が見えた。ずっとこと村で育ち、山で遊んできたのにこんな建物があることは知らなかった。今にも崩れそうな石製のその家を調べるため歩き出す。


家の中は薄暗く、ひんやりとした空気で包まれていた。初夏のこの季節では考えられないくらい寒かった。肌をこすりながら進んで行く。するとある1つの扉があった。その扉を開けようと手を伸ばした、その時、ゴンッと鈍い音をたて頭に衝撃が走った。そこで俺の意識は途切れた。



魔物。人より上位の存在であり、捕食者。全ての生態系の頂点に立つ種族。昆虫のような、あるいは動物のような、あるいは人のような形をしている。そして、魔物が魔物たる所以、それは、魔法。人の理解を超え、この世の法則を捻じ曲げる力。人は古来、魔物への対抗策として、この力の研究を続けてきた。しかし、今になっても、その手がかりすら見つからない。それが、人がこの大きな大陸の小さな一端でしか生きられない理由だと、そう親父から教わった。その時、俺はこう思った。


「関係ないや。」


それほど、魔物というのは珍しく、稀有な存在だった。


それが今俺の目の前にいる。いや、いると言っても檻の中に入れられている。だいぶ弱っていると思われるその犬型の魔物に手を伸ばそうとする。


「やめたまえ。腕を持っていかれるぞ。」


背後から急に声が聞こえる。俺は反射的に身構える。


「おいおい、そんな警戒しないでくれたまえ。別にとって食おうというわけではないのだから。」


その声の主は、全身赤い恰好をしていた。文字どうりの全身だ。頭には赤い覆面をしている。目の部分がバイザー型にかすかに開いている。体は全身赤いロープに包まれていた。


「どうして俺を捕まえた?そしてこの魔物はなんだ?」

「君にはある実験を手伝ってもらおうと思ってね。」

「手伝わない!早く俺をこの檻から出せ!」

「おいおい、そう熱くなるな。もちろん解放するとも。この実験が終わったら。」


そう言って、その男は別の扉から出て言った。



何分経っただろうか。疲れが出たのか眠っていたようだ。いつの間にか別の部屋に連れ込まれている。体が動かない。身体中が拘束され、台のようなものの上に乗せられている。ふと横を見ると、そこには1人の少女がいた。俺より少し年下だろうか。透き通るような色の薄い金髪、その髪は腰のあたりまで伸びている。豪華絢爛な服を着ていて、まるでどこかのお姫様のようだ。そして、俺と同じように拘束されている。気を失っているのか、動く気配はない。


その時、扉の開く音がした。重く響いたその音は、まるで悲鳴のようだった。そして何人か部屋に入ってきた。


「ようこそ、『人類の英知』へ。今から君たちにはある1つの実験を手伝ってもらうよ。」

「実験?」

「あぁ、実験さ。人と人の魂の交換性における魔法の獲得だよ。」

「ま、魔法…。それは魔物だけの力のはずじゃ…。」


その男-声からして男と思われる-は笑いながら言う。


「物事を当たり前だと思うことは、人の視野を狭める。その典型的な例だね。いいかい、簡単に説明するとね、それは『存在値』の違いによるものだよ。昔こんな実験をしたんだ。人と魔物との交配による、子の魔法獲得の有無の実験さ。これは楽しかったな。どうなったと思う?答えは有だ。何回しても結果は同じ。つまり…魔法は遺伝的なのだよ。魔法は先天的である。ならば、人と人型魔物-魔人-との違いを探ることで何か分かるのではないか。そう思ったのだよ。そしてね、一度だけ魔人の死体をみたことがあってね。解体してみたんだよ。でもね、不思議なことに、外見に違いはあれど、体の作りは一緒だったのさ。このことから、私たちはある一つの理論に行きついた。『点在論』というものでね、これは…」

「スティグマ!」


よく喋る男の隣から声が飛んでくる。スティグマと呼ばれた男は少し残念そうな顔をして、


「時間が押しているようなのでね。さっさと始めされてもらうよ。そうそう、紹介だけさせてもらうよ。隣にいる彼女の名前はミナ・アナスタシアと言うんだよ、クロス・グロス君。」

「ど、どうして俺の名を?」


男は問いに答えることなく、ミナ・アナスタシアと呼ばれた彼女に近づき、なにやら怪しい薬を飲ませる。そして、今度はおれの方に。おれは抵抗することもできず、気を失った。



毛ろうとした意識の中でかすかに聞こえてくる声がある。


「…に不死性の…は確認されなかった。…向上のため、…の血を…してみた。」

「だいぶ安定しているようだ。…の方は持ち帰れ。女の方は…。」

「…は獲得されている。あとは…」

「こいつは失敗作だ。捨てておけ。」

「了解、ヘータ。」


この時は、この言葉の意味することを考える余裕はなかった。



俺が起きた場所は物置、もしくは牢だった。窓はなく、鉄製の扉が一つあるだけだった。部屋は小さく粗末な布が一枚ひいてあり、荷物が散らかっていた。俺を拘束したやつらー『人類の英知』と名乗る黒服ーの姿はみえなかった。俺はそのことに少し安堵し、そんな自分が嫌になった。そしてまた、眠りに落ちた。



そして、これが俺の安らかな最後の眠りだった。



何かおかしい。そう気づくのに時間はかからなかった。再び目を覚ましたときに見えた光景、いつもと違う、少し低い目線。自分の体を見ると、すらっと伸びた脚、細い腰、少し膨らんだ胸、小さな手、それは女の子の体だった。


落ちていた金属板を覗き込む。


「ミ、ミナ…ミナ・アナスタシア。」


口から漏れた声は、この馬鹿げた事態がどうしようもなく現実であることを告げていた。


『自分の顔や体がある日急に突然別人のものになっていたら、君はどうする?』、2年ほど前こんな題名の本を読んだ。中身はただの凡庸な詩集で、面白おかしい話がいくつかあり、笑えたのを覚えている。でも今は…


笑えない。


これが素直な感想だった。こんなことが現実に起こったら笑えるわけがない。自分が自分で無くなる。自己のアイデンティティが崩れていく音がする。


「外へ出れば…」


口から声が漏れる。外へ出れば何かわかるかもしれない。そう信じ俺は外へ出るために、部屋から抜け出すために立ち上がった。


でも…


何度叩いても、何度蹴っても、何度壊そうとしても、扉や壁は壊れなかった。


おかしいと気づくのにそんな時間はかからなかった。落ちている金属板や棒で殴っても引っ掻いても傷一つつかない。自分で扉を壊し、外へ出ることは不可能だとわかった。でも、外から助けにきてくれるかもしれない。そう思うとまだ心を保つことができた。


部屋から抜け出すこともできず、特にすることがなくなると、今度は空腹を感じ始めた。思えば起きてからまるまる1日は何も食べていない。そう思い部屋に食べ物はないか探すも、見つからなかった。


「腹、へったよ」


部屋に食べ物はない。この事実は俺を絶望させる。水もない。何かの本で読んだことがある。人は水や食べ物を一切口にしないで生きることができるのは3日だと。


つまり助けが来なければ俺の余命は3日?


いやだ…いやだ…


俺は…まだ…死にたくない





そして、結果だけ言うなら俺は死ななかった。俺は、中身が入れ替わったことで、不死になったのかもしれない…。でも、不死ゆえに苦しんだ。死ななかった代わりの代償、それは死より苦しい空腹。永遠に続く飢餓感。夜も眠れないほどの苦しみ。でも、俺の中にある感情は、苦しみよりも怒りが優っていた。石に齧りついても奴らの正体突き止める。たとえ、何日経っても…。


そして時は立つ。何日経ったかわからない。その間になんど死にたいと願ったかわからない。


でも、俺は死ねない。


やつらに復讐するために…


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