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妹奮闘記  作者: あんもち
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柊琴葉は○○を知らない。

文化祭。それは年に一度だけ行われる大イベントです。基本的には夏祭りのような行事ですが、中学生となると規模は狭いです。食品喫茶などなく、ただ全校生徒が体育館に集められ、ステージ上での学年発表、部活動の出し物などを見て終了といった、少し大きめの朝礼です。クラスメート曰く、つまらなさすぎて眠ってしまうらしいです。

「らしい」と言ったのは間違いではありません。事実です。私は生まれてから一度も、文化祭というものを体験したことありません。ちなみに、登校が遅いからというわけではないです。私たち剣道部の顧問が厳しいだけです。

私たち剣道部の顧問は、過去に偉大な成績を残した方で、私たちにも偉大な成績をとったときの感覚を共有してもらいたいみたいなのです。練習はとても厳しく、一時期、土日という言葉を忘れかけたことがあるぐらいです。

まだここまでなら部活動生や教師は許せたのですが、文化祭の前日と当日の二日間、近くの合宿場で練習をすると去年言われたとき、大半の部活動生や教師から反対意見が浮上されました。

しかしこの顧問、そんなクレームお構い無しに合宿を行いました。合宿が決まった途端、反対意見を出してた生徒は次々と退部していき、現在わずか五人ほど。そのため生徒たちは、剣道部廃部などという嘘の噂が流れていました。

ですが、今となってはそんな声一度も聞きません。それは、そのわずか五人全員が県内ベスト五であり、その内一人は全国レベルの実力者となったからです。その実力者というのは、恥ずかしながら私なのです。正確に言えば、私ではないです。

二重人格者である私は、棒状の物を持った途端、性格が荒れ口が悪くなります。その時の記憶は完全にないため、他人から話を聞いて何をしたかをいつも確認しています。二重人格者なんて珍しいですわねと結城ちゃんは言いますが、私にとっては珍しくも何ともありません。

何がともあれ、私は今、黒のウインドブレーカーを羽織い合宿から帰宅中です。日はまだ少し高く、私の予想では三時すぎだと思います。家に携帯を置いたまま合宿に向かったので、正確な時間はわかりません。

電車から降りた私は、真っ先に時間を確認しました。現在十六時八分。今帰宅したとしても、おねぇちゃんも鈴さんもいません。両親などもってのほかです。


駅前に新しくできたスイーツのお店で時間潰そう。お金まだ残っているし。


改札口を通り、人混みをかき分け、やっとの思いで駅を出ますと、あとは横断歩道を渡ればお店につきます。が、丁度信号が赤になってしまい、私は仕方なく待つことにしました。

しかしこの信号機、なかなか青にならないことで知られているため、一分ほど待っても青になりません。横にいるスーツを着た若い男性は腕時計を見ながら「早く変われよ」とかなり苛立ちを見せてました。あと数秒です。頑張って下さい。

まもなくして信号が青になると、横にいた男性は先陣を切るかのように全速力で走り出しました。きっと何かの会議に遅刻しそうなのでしょう。

横断歩道を渡りきった私は、右に曲がりさらにその数メートル先の角を左に曲がります。そしてそこから徒歩三十秒ほどでスイーツのお店に着きました。

が、開店して間もないため、店の外まで人が並んでいます。並んでもよかったのですが、合宿の荷物が重く待っている間に倒れそうだったため、私は諦め元の道を戻ろうとしたときでした。


「貴女、何故ここにいるのですか?」


赤坂結城ちゃんの声が聞こえた私は、結城ちゃんを見つけようと辺りを見渡しました。すると、店の入り口付近に赤髪の少女を発見しました。私服姿の結城ちゃんなのですが、いつものような可憐な服ではなくペンキで書かれたような字が書かれてある黒のパーカーを着用しています。おまけに髪を一つに結んでいるため、多分見た目だけでは結城ちゃんだと理解できなかったと思います。


「結城ちゃん。」


私は重い荷物を背負ったまま、結城ちゃんに駆け寄りました。入り口付近になってくると、店内から甘い香りが漂い、私の食欲を増加させてきます。


「どうしてここにいるんですか?今日は文化祭だったはずですが…。」

「あんな文化祭、文化祭と言えるもんですか。仮病で休んで近くの高校の文化祭に一人で行って来たのよ。全く…。」


部活の先輩談ですが、毎年各クラス三人ほどは文化祭に参加しないという噂話を聞いたことがあります。もちろん、単純に風邪をひいたり都合が悪かったりと訳あり生徒もいるのですが、それでも大半がサボりで休むらしいのです。実際、私のクラスは三人休んでいたみたいで、噂は本当だったみたいです。


「それより、貴女は何故ここにいるのですか?貴女の家はこちらの方向ではないはずですよ。」

「あぁ…。今の時間、私の家には誰もいないので少し時間を潰そうかと…。」


そうこう言っていた時、店内から店員が現れて来ました。そしてメニューを結城ちゃんに渡すなり、「何名様ですか?」と尋ねらてます。すると、結城ちゃんは躊躇いなく「二名ですわ。」と何故かどや顔で店員に目をやりました。


「結城ちゃん。私はいいので、どうぞおか…。」

「時間潰したいのでしょ?なら黙って来てくださる?」


私と結城ちゃんのやり取りを気まずそうに眺める店員と目が合えば、私はサッと結城ちゃんに視線を戻しました。確かに、こんな状況を目の当たりにすれば、気まずくなるのも無理はありません。


「…なら、お言葉に甘えて。」


何か負けた気がした私に、結城ちゃんは「よしよし」と頭を撫で始めました。結城ちゃんとショッピングに行った日以降、何故か結城ちゃんからのスキンシップが多くなっている気がします。頭を撫でるなど、昔の結城ちゃんにはありえないことだからです。

しかし、そんな結城ちゃんの姿が何処と無く、おねぇちゃんそっくりのため、私は抵抗できずいつも触られてばっかりなのです。



新しくオープンしたお店は、安くて綺麗がモットーでやっているらしく、その名の通り、SNS栄えした綺麗なケーキが多種多彩です。また、安いわりにはちゃんと味も美味しく、連日多くの女性たちが列を作っているのです。

またお持ち帰り以外にも、店内ではケーキバイキングをやっており、ドリンク付きの六十分千二百円ほどのコースが特に人気らしいです。

ただ晩御飯前ということもあり、私と結城ちゃんは普通に一品ずつケーキを頼むことにしました。ちなみに、私はザッハトルテ、結城ちゃんはベイクドチーズケーキです。飲み物は結城ちゃんと同じダージリンです。

ケーキがやって来るなり、いつの間にか髪を下ろしていた結城ちゃんは携帯を片手にあらゆる角度から写真を撮り始めました。結城ちゃんは自身のブログにアップするため、よくこんな感じに写真を撮り始めます。私もブログをやっていますが、月一更新がほとんどなので写真をあげたりなどはしたことがありません。

私が一口ケーキを口にすると、「先に食べないでくださる?」と少々怒り気味の声のトーンで言われたのですが、私は決して悪いとは思いませんでした。「なら早くしてください」とガツンと言っても良かったのですが、写真を撮る結城ちゃんの生き生きとした表情に勝るものはなく、私はソッとフォークを置きました。

数秒後、気が済んだ結城ちゃんは携帯を白の高そうなバックにしまうと、食べましょうと一言。それはこちらの台詞ですが、結城ちゃんの気分を損ねるといけないので、私は「そうですね」と軽く返事をしてからケーキを口に入れました。


「どうでしたか、合宿は?」


ケーキを一口食べようとした結城ちゃんは、そのフォークを下ろし私に尋ねてきました。


「どうでしたかって…。結城ちゃんが想像している数倍は厳しいですよ。」


何て笑顔で話す私だが、現在、眠気や疲労などが体にのし掛かっています。一瞬でも気を抜けば、私はこの場でパタリと倒れると思います。


「朝は六時前に起床でして、夜は十二時過ぎに就寝なのですが、その間はほとんど練習でして…。」


私の言葉を聞くなり、結城ちゃんは引き気味の表情で私を睨むように見てきます。その気持ち、わからなくはないです。初めてこの内容を知った私は、気が遠くなりかけています。


「よくそれで生きていけますわね、貴女。」


結城ちゃんの質問に苦笑で返事をした私の様子に、結城ちゃんは何かを言いたそうな顔をしていました。しかし特に変わったことがなく、私は気になりつつもケーキを食べていきます。

すると、結城ちゃんは鞄の中を何やらごそごそとし始め、中から紙袋を取り出しました。大きさから考えたのですが、小物ではないようです。


「高校の文化祭で買ったのですが、あまりにも量が多く食べきれなかったので、残念ですが貴女にあげることにしますわ。」


照れ隠しが若干なっていませんが、つまりは文化祭に行ったお土産を私にくれるいうわけです。

私はお礼を言うと、結城ちゃんから紙袋を受け取り中を伺います。中には紙コップに入った唐揚げが二三個と、サーターアンダーギーが四つ入っていました。どちらも美味しそうなのですが、ケーキを食べている今の私にはどうもそれは受け付けいないようです。

私はもう一度結城ちゃんにお礼を言い、荷物が入っているリュックサックに潰れないようにしまい、再びフォークを手にしました。

その後、私と結城ちゃんが食べ終わるまで、お互い口を閉じていました。私から話をふってもよいのですが、多分結城ちゃんは反応してくれないでしょう。それは、赤坂家に伝わるしきたりがあるからだと思います。というより、それ以外理由が思い付きません。

赤坂家はかなりのお金持ちであるため、しきたりがかなり厳しいと結城ちゃんから聞いています。人前では食事中は私語厳禁というルールもあるらしいのですが、周りに誰もいない時だけ、私と話をしながら食事をしてくれます。

そのため、現在のような多くの人がいる空間では、結城ちゃんは一切口を開きません。先程、一口目のケーキを下ろしたのもそのしきたりのためです。かなり面倒なしきたりなのですが、それ以上に面倒なしきたりは沢山あるみたいで、結城ちゃん曰く「一日だけでも縛られることない生活をしたいですわ。」とのことです。

ちなみにですが、私が結城ちゃんから聞いたなかで一番面倒だと思ったルールがあります。それは「自転車の使用禁止」という歩けと言っているようなルールです。以前、何故お金があるのに自転車の使用が禁止なのかと結城ちゃんに聞いたことがあるのですが、結城ちゃん本人もその理由について明確には知らないみたいです。

しかし、よほどのことがない限り約束等を破ることない結城ちゃんは、そのルールほとんど守っています。そのせいか、結城ちゃんは怪我をすることなく綺麗な体を維持しています。対する私は、外傷はあまりないものの日々の練習で心がボロボロです。

先に食べ始めていた私よりも早く食べ終えた結城ちゃんは、紅茶の入ったカップを音をたてることなくテーブルの上に置き、鞄から取り出していた文庫本を読み始めました。何を読んでいるかはブックカバーをしているためわかりませんが、読書をしているその姿は中学生とは思えないほど高貴で、とてもきらびやかとしています。周囲からの視線もちらほらと結城ちゃんに向いていますが、結城ちゃんが中学生だと知れば周囲の人たちは驚きを隠せないでしょう。

それほど、私も、周囲の人たちも、結城ちゃんに夢中でした。夢中のあまり、絶妙なバランスを保っていたケーキが倒れるまで、我を忘れて結城ちゃんを見つめていました。

ケーキが倒れた途端、私は魔法が溶けたかのように意識が戻ってくると、倒れたケーキを食べきりました。時刻は十六時四十二分。まだ三十分は余裕です。


「結城ちゃん、あの…。」


結城ちゃんに声をかけた私ですが、パーカーの袖から見えたリストバンドを目にし、思わず声が止まってしまいました。

結城ちゃんが腕に付けてあるリストバンド。それは夏休み、私が結城ちゃんに買ってあげた黒と赤の縞模様が入ったものです。

渡しそびれた翌日、私は郵送で結城ちゃんにあのリストバンドを送りました。結城ちゃん本人に渡せば、先日はご免なさいと謝ってくる様子がすぐに思い浮かびます。そんな結城ちゃんらしくない姿は見たくない私のわがままの結果、送り主不明で送りました。

郵送後、結城ちゃんがそれを付けているところを見たことがなく、捨てられたのだと思っていました。なので、こうして付けてもらえているのはとても嬉しく、それだけでも、今の私は満足していた。

そんな満足気な顔の私の気持ちなど知る由もない結城ちゃんは、読書を止め紅茶を飲みきると、少し怒った表情になりました。怒った時に出る癖であるアホ毛もピョコンと可愛く立っています。


「貴女、私に何かしら?」

「いいえ。ただ単に、結城ちゃんは可愛いなってことですよ。」

「ーか、可愛いとか簡単に言わないでください!!」

「でも、可愛いですよ。その赤い髪の毛、綺麗な肌、黒い瞳…。結城ちゃんは何処を見ても大人っぽく。でもたまに、私に甘えてくる姿は女の子みたいで。そんな結城ちゃんのこと、私は可愛いと思ってますよ。」

「…貴女といると、調子が狂いますわ…。」


赤く頬を染めた結城ちゃんは、唇をきゅっと閉じ、指でくるくると髪をいじり始めました。つい数十秒前読書をしていた綺麗な結城ちゃんとは思えないほど、今の結城ちゃんは子供らしいです。そこがまた、結城ちゃんの可愛いところでしょう。おねぇちゃんほどではないですが。


「…というより、貴女!私が甘えているなどと人前で話さないでくださいますか。」


指をピタリと止めた結城ちゃんは、少々感情的に私に怒りをぶつけるのですが、私が結城ちゃんが甘えている姿を事細かく話始めると、怒りをぶつけるよりも先に、結城ちゃんは席を立ち、自らの手で私の口を抑えつけました。

ある程度は耐えれてたのですが、私の息が限界寸前だったのでさすがに謝りました。それを聞いた結城ちゃんは、私の口から手を離してくれます。久しぶりの空気は、店内の甘い香りと共に私の中に入ってきます。


「貴女は無神経過ぎます。特に私の扱いが最近雑になっているように思えるのですが。」

「雑になったということは、それだけ結城ちゃんのことを信頼している証ですよ。」


息を整えた私は紅茶を飲もうとするのですが、先程飲み干したことを思い出し、仕方なく水で我慢することにしました。合宿中はほとんど水を飲んでいたので、あまりおいしいとは感じません。こんなわがままを言えるのは、日本国民ぐらいだと私は思います。


「そう言えば、そろそろ進路調査があるらしいのですが。やはり貴女は、お姉さんのいる桜咲にするのですか。」


結城ちゃんは静かに椅子に座ると、すっかり忘れていた進路調査という現実を私に突きつけてきました。


「…将来が具体的に決まっていないので、私の成績圏内で一番良い高校ところでと考えています。おねぇちゃんと高校生活を共にしたい気持ちはあるのですが、おねぇちゃんには同級生と居てほしい気持ちもあります。」


水の入ったコップをテーブルにソッと置くと、両手を膝の上で重ねました。


「以前結城ちゃんには話しましたが、あの件以降、おねぇちゃんの周りには友達といえる同級生がほとんどいませんでした。ですから高校では、そんな寂しい思いをさせたくないんです。」

「…あの件、ですか。」

「はい。あの件です。」


店内に流れている陽気な音楽とは裏腹に、私たちの周りは重い空気に包まれていて、無言の時間が私たちを襲ってきました。「何あれ?」「喧嘩?」と私たちの様子を見た周りの人たちはこそこそと話していました。別に喧嘩というわけではないのですが、この話題になれば誰でも黙りこむでしょう。それほど、あの件はとても深いものです。


「…それで、お姉さんへの思いを断ち切ると。」


結城ちゃんの質問に小さく首をたてに振った私は、水の入ったコップに目をやりました。大きめの氷が二つ入っていましたが、今は半分ほどの大きさまで溶け、一つとなっていました。そしてそれが、私にはおねぇちゃんと鈴さんにしか見えなかったのです。


「…断ち切れるなら、断ち切りたいですよ…。でも…無理なんです。この想いに終わりを告げることが。」


どれだけおねぇちゃんを姉として見ようにも、それを拒むのが私の本性です。あの日、僅かな希望を目指し歩まなければ、今の私はこんな思いをしなくてよかったはずです。

いつしか私は、おねぇちゃんを姉でも家族でもなく、想い人としてでしか見ていないことに気付き、その叶わぬ恋路に夜な夜な一人で泣きじゃくっていました。


「想いを切るチャンスは幾らでもありました。ですが私は…。私は…。」


もうおねぇちゃんと姉妹という関係に戻れないほど、おねぇちゃんが好きになってしまったのです。


ギャンブルの賭けで負けるように、私は恋の賭けに負け(まだ勝負していませんが)、絶望という名の重りを背負って生きています。

それでも、私はまだ諦めていません。その身が傷だらけになったとしても、私は「諦めた」とは吐きませんでした。それはこの先、何ヵ月も何年も言わないでしょう。だから…嬉しかったのです。


「…貴女。いえ、柊琴葉さん。」


結城ちゃんが


「私はその…。親しい仲としてでなく恋愛対象として、貴女のこと好きです。」


唐突に告白してきたことが。


動揺と悲しみと嬉しさで心が壊れる前に、変なタイミングの告白の返事をすることなく、私は荷物を持って走り去ってしまいました。走り去る私は大粒の涙を流しながら、何故だかニコニコと笑っていました。


終わることのないこの想いを、終わらせれるのだと。


恋は盲目と言いますが、盲目なのは恋ではなく私、そんな思いを抱きながら、翌日、私は決心しました。


学年が変わるまでに、おねぇちゃんに想いを伝えようと。

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