表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/8

火花散る攻防

 鈴木に無理矢理手を引かれて、私は図書館へ到着した。

 そのまま館内へ入ろうとするのを、慌てて止める。


「いい加減離しなさい。こんな姿を人に見られたのでは、格好がつかん」

「へー、姫でもそんなこと気にするんだ。意外ー」

「交際もしていない男と手をつないでいるなど、破廉恥極まりない。私の信用にも関わるのだ」

「はいはい、仰せのままに。もー、お堅いなー」


 やっと解放された……。

 道中誰かに見られはしまいかと、ずっと冷や汗をかいていたから、手のひらが湿っぽい。

 ……ん? そういえば、鈴木は手が冷たかったな。なのに結構濡れていた。私の汗が付いてしまったろうか。


「手を出しなさい」

「え? 何で?」

「良いから」


 私は半ば強引に鈴木の手を取って、ハンカチで拭く。


「わわ……姫、良いって!」


 手を引っ込めようとする鈴木だが、手首をがっちりとホールドしているので、ちょっとやそっとじゃ離れない。


「私の手汗が付いてしまったようだ。すまない」

「え……むしろラッキーっていうか、拭かないで」


 ……わざと強くこすってやった。


「いでででで!」

「一滴も残すものかぁぁっ!」


 手のひらが真っ赤になるまで拭き切った。これで良し。


「ほんっと、容赦ないんだから……」


 手にふうふうと息を吹きかけながら、鈴木は不満げに言った。

 私は気にも留めずに忠告する。


「中では静かにしなさい。ここは孤独を愛する者達の楽園なのだからな」

「はいっ、心得ました!」


 取っ手に手を掛け、重い扉を引く。

 古い本の匂いが、私の鼻孔をくすぐる。いつ嗅いでもホッとする香りだ。


「……へっくし!」


 この男には分からないだろうけれど。


「あ、姫姉様!」


 子猫が、私を見るなり顔を輝かせて駆け寄ってくる。


「何度も言うけど、その呼び方はやめてちょうだい。……なんだか気恥ずかしい」

「いいえ! ただのお姉様では他の方に舐められますから。やはり『姫』をお付けしないといけません。とってもお似合いです!」


 ……どうしても意味が分からない。

 彼女とSになった次の日から、いきなり『姫姉様』と呼び出した。

 廊下ですれ違うときにも大声で呼ばれるので、周りから失笑を買っている。


「ぶふっ、姫姉様って……。ナ○シカかよ」


 くっ……鈴木にさえ笑われるとは……。


「誰です? 姫姉様を笑うのは……げっ!」


 可愛らしい子猫の顔が、苦虫を噛み潰したかのように歪んだ。


「よーう、ドラ猫」

「……ケータ……」

「またやってくれちゃったねぇ……」


 鈴木の目が笑っていない。それを見て子猫が私の後ろに隠れる。


「また? あなた達は知り合いなのか?」

「しっ……知りません!」


 どう見ても良く知っている様子なのに、子猫は全力で否定した。

 この二人、一体どういう関係なのだろう。


「コイツとは幼なじみなんだよ。家が隣でね」


 私の疑問に答えるように、鈴木が言う。


「そうなのか。子猫、何故知らないなどと言うのだ?」

「そ、それは……」


 子猫が黙っていると、急に鈴木が私の後ろから子猫を引っ張り出した。


「離してー!」

「おい、乱暴はよせ!」

「ダイジョブ、ダイジョブ。話を聞くだけだから。な?」


 笑った顔とは裏腹な、低い声で子猫に凄む。端から見ると、不良が幼気いたいけな少女を脅しているようにしか見えない。

 ハラハラしながら見ていると、やがて観念したのか子猫がおとなしくなった。


「……分かったわよぅ。だから離して」

「ここじゃなんだから、隣の司書室で話そう。姫、借りても良い?」

「あ、ああ。構わないが」


 私の返事を聞くや否や、鈴木は子猫の首根っこを捕まえたまま、司書室へと向かう。

 呆気にとられていた私はその後ろ姿をただ眺めていたが、一瞬振り返った子猫の縋るような目に、正気を取り戻した。


「待て、私も同席する。元々あなたの潔白を証明するという話だったのだから、私もいなければ意味がないだろう」

「あ、それもそうだね。んじゃ行こっか」


 こうして三人連れだって、館内の隅にちんまりと付いている司書室へ入った。

 扉を閉め、外からうかがわれないようカーテンを引く。


「お前なー、何で毎度毎度僕のヘンな噂流すんだよ! おかげで女子はともかく、男子の友達だって作りにくくなったじゃないか!」

「毎度? 子猫が発信源なのか?」

「そうなんだよー。コイツ昔から、僕のあらぬ噂を広めて僕を孤立させようとするんだ。ヒドいだろ?」


 目の前の可愛らしい姿からは想像もできぬ、驚愕の話である。にわかには信じがたい。 しかし居心地悪そうにしているところを見ると、あながち鈴木の言うことは間違っていないようだ。


「……だって」


 今まで黙りこくっていた子猫がようやく口を開いた。


「だって、なんだよ」

「だって、ケータがぼっちで可哀想だから、話だけでも人気者にしてあげようとしたんじゃない」

「アホか! 逆効果だわ! てか、ぼっちって言うな!」

「ぼっちは本当じゃん! 小学校の時クラスで調子に乗りすぎて、皆にどん引きされてから引きこもったくせに! それから友達作るの怖くなって、私とばっかり遊んでたじゃない」

「おま……っ、姫の前で僕の黒歴史言うんじゃねーよぉっ!」

「ちょっと、姫姉様に馴れ馴れしくしないでよ! この方はケータみたいな下民が口をきいて良いお方じゃないんだからね!」


 いつの間にか私を挟んで、ぎゃあぎゃあと喧嘩を始めた。

 難聴になりそうだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ