月祭り--------後編
あけましておめでとうございます!!
少し、前回から間が空きましたが、今回で月祭り編は完結です!前回、少なかった反動で今回多くなってしまいましたが、どうぞ最後まで楽しんでください!
神社へのお参りが終わり、来た道を戻る未来達に次々と甘い誘惑が押しかける。左右には露店が立ち並んでおり、色とりどりの光を放ちながら、何とか自分達のところに呼び込もうと売り子の人々が元気な声をあげていた。未来は目を輝かせる。今まで体験した事のある祭りといえば、夏休みにある祭りと花火大会の時ぐらいだった。どちらも、やはり都会だからだろうが、大勢の人がごったがえしており毎年大変だったなと思う。しかし、このお祭りはそんなに人が少ないわけではないが、あの息もできないような息苦しさはどこにもなくて、ただ楽しかった。
とりあえず何をしようかと皆で相談したところ、一番最初に挙がったのが【お化け屋敷】だった。あまり怖いのが好きではないが、そんなに怖くないからと洸に後押しされて渋々足を踏み入れた。だけど…。
「ぎゃああぁあああああ!!!!」
開口一番に叫んだのは、他でもない洸で。奏曰く、怖いものは大の苦手だとか。じゃあ、何でわざわざ入ったの?と聞いたところ、凛が満面の笑みで、私が入りたかったからと答えてくれた。前々から思っていたけど、洸は凛に頭が上がらないのだろうか。それとも、優しいから彼女のお願いをただ聞いてるだけ?見る限り…前者の方っぽいな。まあ、今考える事でもないか。少しだけ頬を叩き気合いを入れ直して、先へと進んでいったのだった。
お化け屋敷を出て、ほっと一息。泣くほど怖くはなかったけれども、中々に怖かった。洸はもう涙目だけれど。その光景に思わず笑ってしまった。そして、ふと洸から視線を横に移すと、見えたのは【射的】という文字。一気に元気が戻ってきた。そして、そこを指差し。
「次、あれしない?」
「えっと…射的?えっ、未来も射的すきなの?」
尋ねてきたのは、凛だった。も、ということは凛も射的が好きなのだろうか。
「う、うん。昔から、よくしてたから」
「そうなんだー!!!」
「っ……ま、待て!未来!凛はっ……」
「何か、反論でも?」
明らかに具合の悪そうな洸が、さらに顔色を悪くしたような気がした。有無を言わさないような凛に圧倒されたのか、そのまま押し黙ってしまった。
「……よしっ、やろー!」
すっかりご機嫌になった凛に引っ張られて、射的の露店へと足を運ぶ。愛想のいいおじさんにお金を渡して、五発ほど玉をもらった。慣れた手つきで鉄砲へと玉を込めて、何を狙うか考える。ちらっと後ろを見ると、奏達が見ていた。微笑むその姿に、何故か胸が高鳴る。はっ、と我に帰り再び前に向き直ると鉄砲を構えた。狙うのは…無難にキャラメルかな。
「えいっ!」
引き金を引くと、パンッという何とも軽い音がして狙っていたキャラメルの箱にパコンと当たった。そして、それは態勢を崩し、台の下に落ちる。すると、後ろから拍手の音が聞こえた。思わず、未来も顔が綻ぶ。
「すげぇじゃん、未来!」
「えへへ……慣れてるから。」
皆に褒められて、顔が熱くなる。すると……
「うわっ!凄いね!…よしっ、私も。」
隣に居た凛がそう呟く。
「未来!!ごめん、変わって!」
また玉を込め直そうとした所で、洸が後ろから声をかけてきた。どうしてだろう。洸もしたいのかな?
「洸もしたいの?」
「そんなわけないだろ!?」
「?じゃあ、なんで…」
洸がちらっと、凛の方を見る。
「……ああ、もう!説明してる暇ないからっ!おい、奏。未来と瑠衣をちゃんと守っとけよ!」
そう言うと、私の手を引いて奏へと押し付けた。奏の手が私の背中へと周り、ぎゅっと抱きしめられる。今、目の前で起こっていることに驚きを隠せない。必然的に奏の胸に頭を預ける形になった私の心臓は、バクバクと音を立てている。奏の心臓も激しく脈を打っているのが聞こえた。え、ええええええ!!!
「ご、ごめん。嫌かもしれないけど我慢してて。」
小声で囁かれると、余計に体が火照っていくのがわかった。
「じゃあ……私もキャラメル狙おうかなあ」
奏の体の向こうをちらっと覗き見ると、今にも凛が引き金を引きそうな状態だった。すると、その後ろから洸が凛の手に自分の手を重ねて。
「一人じゃ無理だろ?一緒にやってもいい?」
「え、は?……馬鹿にしないで。引っ込んでて。」
そして、洸の必死の?説得虚しく、凛が引き金を引いた。しかし、玉は飛ばなかった。あ、あれ?
「あっれー……込め方がまずかったかな?」
凛が引き金をかちかちと何回引いても玉は出てこない。おじさんも、それには驚いたようであせっていた。
「うー……何で出ないのよ!!もうっ……っ!」
苛立った凛が思いっきり引き金を引くと。ボンッと音がして、玉が外へと飛び出す。しかも、何故か五発。が、その先には洸がいて。それは、吸い込まれるように洸のみぞおちへとヒットする。彼の喉が鳴って、地面へと倒れた。周りではしゃいでいた人達から、うわぁ……と声が漏れる。
「あっ……うぅ……ゴホッゴホッ」
「いゃあ!!洸、大丈夫?ごめん!」
「おま…、もう射的すんな……」
お腹を押さえ込み、もがき苦しむ洸。……それにしても、だ。洸は、今さっき奏に対して、私と瑠衣を守るようにと言っていた。もしかして、前にもこんな事があったのかな?
「もう、平気かな。……ごめん、長い間くっついてて!」
すっ、と奏の手が私の背中から離れた。そして、思考の世界から急に現実へと引き戻される。
「未来?…もしかして、どこか痛めた?」
「う、ううん。大丈夫!」
俯きがちに答えて、洸の元に駆け寄った。
「洸、大丈夫?」
「いつものに比べたら、痛かったけど。未来達が無事なら、それでいいよ。……それよりも、凛。射的だけは、二度とすんな。いいな?大体、夏祭りであれほど注意しただろ!?しかも、なんで全部玉を込めんだよ。こんなんじゃ、詰まるに決まってんだろうが!」
洸は、上体を起こして凛を見つめる。
「ご、ごめん。…もう、しない。」
今にも泣いてしまいそうな凛を洸が抱きしめる。
「もういいよ…けど、後で覚えてろよ?」
こくこくと頷く凛と笑う洸を微笑ましく眺めていると。
「あの……お詫びと言ってはなんだけど。か、観覧車に乗らない?今日のために、特別に夜まで営業してるからさ……乗らなきゃ損だし。私が……奢るし」
もじもじしながらそう告げる凛に、洸はため息を吐いた。
「それは、お前が乗りたいだけだろ?それにあれは二人一組だし、皆じゃいけないだろーが。」
「う……で、でもクマのぬいぐるみ欲しいし。」
すると、急にソワソワし始める瑠衣。クマのぬいぐるみ、好きなのかな?……うーん。もし行くとして。洸と凛は確定。
「俺も、乗りたいかな。」
奏も確定。で、残るは瑠衣と私だけど。
「折角、初めての月祭りなんだし、未来が乗ったら?」
凛の提案に戸惑う。確かにそうだけど…さっきから瑠衣がすごく行きたげだ。なんとなくそう思う。私だってもちろん、奏と行きたいけれど。あ、あれ、どうして奏と行きたいなんて思うんだろうか。分からない。…うーん、やっぱり私は。
「いや、いいよ。結構はしゃいでて疲れたし。また、五年後でも行けるしね。瑠衣行ってきなよ。私は、ここで待ってるからさ。」
なるべく明るく振る舞う。いいの?と目で会話してくる瑠衣に、にこりと微笑んで見せた。胸の奥がちくりと痛む。それを悟られないように、自然に四人を見送った。
私がこの島に来て、一ヶ月。ここでの生活には慣れたが、未だに『赤い月』への疑問は消えないままだ。私が『赤い月』に死を代償として願うものはあるのだろうか。出来れば、見つけたくないけれど。
それと、奏と瑠衣のこと。奏は分からないけれど、瑠衣は奏と行くとなった時、とても嬉しそうだった。もちろん、クマのぬいぐるみのせいだろう。でも…もしかしたら。…何でこんな事。頭がボーッとしてきて体が熱くなる。奏の笑顔が脳裏から離れてくれない。でも、考えたってわからない。どうして、こんなに奏にドキドキしているかなんてこと。
***
暫くして、皆の声が聞こえてくる。楽しそうだと思ったのも束の間、自分の目を疑った。瑠衣と奏が手をつないでいたのだ。思わず、目を伏せてしまう。こっちに来ないで欲しかった。けど、その願いも虚しく。
「ただいま……って、どうした?具合でも悪い?」
奏が私の側に寄る。私は首を横に振った。
「顔、赤いけど。」
そう言うと、瑠衣の手を握っていた方の手で、おでこを触られた。
「ちょっと熱あるな。送っていくよ。」
その言葉で目が冴える。今、送っていくって言った?
「い、いいよ。大丈夫。」
「送らせて?途中で倒れられても、俺、困るし」
「……何で?何で奏が困るの?」
奏はバツが悪そうな顔をしたが、少し間を空けて。
「友達、だから?」
その瞬間、ここにいる未来以外全員が確信した。こいつ、未来のこと好きなんだな、と。
「じゃあ、私達も帰ろうか。」
凛は、未来と奏に手を振り、瑠衣と洸を連れて急いでその場を後にした。その帰り道、凛はさっきの出来事を思い出しながら洸に告げた。
「これから、楽しみが増えたね。」
「は?何のこと?」
「うふふ…こっちの話!」
***
その頃。二人きりにされた未来と奏は並んで歩いていた。奏が未来を家に送ると言って聞かず、ここまでついてきていた。しかし、何を話していいかわからず暫く沈黙が続いている。突然、潮の香りの中に甘いような匂いが混じってきた。周りは色付いた木々と、静かに波打つ海だけ。それ以外に、虫の音が聞こえるくらいで静かだった。奏は未来のほうを見ると、丁度目線を上げた未来と目が合って、またお互いにそらしてしまう。…話題が見つからない。どういう風に話そうかと思考していると、丁度木々で隠れていた月の姿が露わになる。水面に月が鏡のように映っていて照り輝いていた。規則的な波の音が、心地よく耳へと運ばれてくる。
「綺麗だよね……この島の海は。」
未来の呟きが、緊張の糸をほぐしてくれた。
「そうだな、綺麗だ。」
未来の住んでいたという東京では、海はこんなに綺麗に見えないのだろうか。俺は、この島の海しか知らないから、よく分からないけれど。すると、未来が高めのブロック塀の上に登る。未来を囲む空気がそれに合わせて揺れた。ささやかに吹く海風に逆らわない彼女の髪が、月光を浴びてさらに輝く。じっと凝視してしまう。それほどまでに、彼女の動きに心を奪われていた。この空間だけ時が過ぎるのが遅いように感じて、息をするのも忘れる。一枚の絵かと思うほどに美しかった。
「私ね、こんなに綺麗な海を初めて見たんだ。」
両手を広げてバランスをとりながら、一歩一歩、ゆっくりと歩を進めながら笑う未来につられて、俺も自然と笑顔になった。時折、不安定そうに揺れる。落ちてはいけないと思って。
「未来、気をつけて」
その途端、彼女の体がびくりと震え大きく傾く。
「あっ……!!」
彼女が目を瞑るのが見えた。
地面に落ちるーーーそう思ったけど、私の体に痛みなど一ミリも走らなかった。恐る恐る目を開けると、奏が私の体を抱きとめていた。本当に一瞬の出来事で、未だ現状把握できない私の脳がフル回転する。そして、なにが起こったのかを悟った。奏と目が合う。
「大丈夫か?危ないだろ?」
ゆっくりと地面に足をつける。幸い、何処にも怪我してないようだ。奏も、何処も怪我していないみたい。でも、途端に恥ずかしくなって奏と距離をとった。……ありがとうって言わなきゃいけないのに。顔が熱い。胸が詰まりそう…。でも、言わなきゃ。
「あ、ありがとう…」
大きく息を吸って言葉を押し出す。奏の表情はここから死角で見えない。聞こえてたかな。
「いいよ、別に。無事で良かった。…でも、もうするなよ?」
奏は、優しく私の肩に手を置いて、分かった?と顔を覗き込んできた。小さく頷いて、また二人で歩き出した。そこからは、普通に話すことができた。海風はとても冷たいけれど、何故か奏といるとあまり気にはならなくて。むしろ、胸の奥がじんわりと暖かくなってきゅっと締め付けられる、そんな感覚。この気持ちは…もう分かっている。でも、言葉で表すには難しい。もう少しで、きちんと理解が出来るはずだ。
いつの間にか辺りはもう真っ暗だった。街灯がぽつぽつあるので、そこまで怖くなったことはなかった。それに今は、奏と一緒だ。
「ここら辺、イチョウだらけだな。」
「うん。この先が、私の家だよ。」
「そっか…急に誘って悪かったな。それに、麗がいたら観覧車も乗れたのに。」
その言葉で、脳裏にあの光景が浮かんだ。手を繋いで歩いてきてる、あの光景が。必死にその考えを振り払おうと首を振る。すると、不思議そうに見られた。
「どうした?」
そう言われ急に恥ずかしくなり、少し早歩きになった。
「何でもないよ。今日は誘ってくれて本当にありがとう」
「未来…」
「また誘ってよ。楽しかった。」
「いや、未来…」
「心配しないでいいよ?本当に何でもないから」
「いや、そうじゃなくて!未来、危ない!」
え?急に顔を上げた私は、次の瞬間何かにぶつかった。それが自分の家の玄関であることと痛みを認識したのはほぼ同時だった。そのままよろめいて、いつ登ったのかも分からない階段から足を踏み外す。今日は…落ちてばっかだな、なんて考えていたのだけれど。私の体は、またしても痛みを感じることなく暖かいものに受け止められていた。見上げると、奏の心配している顔があって。
「やっぱり、危なっかしいな……大丈夫?」
まただ。また、受け止められた。今日はドジ踏んでばっかり。奏達に迷惑ばっかりかけてる…涙が出てきたっ。どうしよう…止まらないっ。
未来が玄関にぶつかったと同時に、俺の体は動いていた。なるべく優しく受け止めた未来の体は思った以上に冷たかった。…泣いてる?未来が泣いてる。俺はどうすれば……。そして、そのまま未来を抱きしめた。恥ずかしかったけど、これ以外いい考えが思い浮かばなかったのだ。抱きしめられた未来は、俺には顔を見せずに嗚咽だけ漏らしていた。肩が小刻みに震えている。今にも、未来の存在が消えてしまいそうで怖くなる。未来がどこにも行ってしまわないように手に力を込めた。未来は何も言わなかったけれど、どうやら涙は簡単に止まってくれないらしい。でも、そんな未来が愛おしいと思えるほどに俺は未来のことが大好きなんだ。
「何で泣くの?」
優しく問いかける。
「私……奏達に迷惑ばっか……ごめん」
何だ、そんなことか。
「迷惑なんてかけられた覚えはねぇよ?」
フォローになっているだろうかと不安になっていると、未来の体の震えが徐々に止まっていった。嗚咽も次第に聞こえなくなって、穏やかな息遣いが聞こえてくる。未来が体を起こして俺へと向き直った。
「あり、がと。じゃあ、明日……」
赤くなった目で見つめられ、何も言えなくなる。言葉を返そうとしたけれど、その時はもう彼女は家の中に入っていた。明日も元気に会いたい。そして、俺は暗闇の中を走って帰路に着いた。
後ろ手でドアを閉めると一気に二階の自室へと上がり、奏の後ろ姿を見送った。抱きしめられるのは、家族と女の子の友達以外初めてだった。今思うと、泣いてしまったことを後悔してしまう。何か言うべきだったのに、なにも言えなかった。
初めてのことばかりで戸惑い、どう説明していいかわからないこの気持ち。もし、あの時と同じだとしたら……。今日の出来事のせいで分かった。分かってしまった。私は…この気持ちは、うん。きっとそうだよね。確認するまでもない。私は…私は奏の事が好き。とってもとっても好き。……でも、奏は私のことをどう思ってるのかな。瑠衣と、さも当然のように手を繋いで出てきた奏。きっと、今日私に優しくしたのも、奏との優しさからだ。それに、きっと。瑠衣と奏は両思いに違いない。私の恋は、きっと実ることのない恋なんだ。
縁結びの神様からの贈り物の恋。奏を好きになったその瞬間から………………
私は、奏を『嫌い』になった。
読んでいただき、ありがとうございます(=゜ω゜)ノ