学校案内
それは、私が花月高校に来てから二日たった放課後のこと。荷物をまとめ、帰ろうとしたところで有馬先生から呼び止められた。
「ちょっと、待って!月島さん!」
「何かご用ですか?」
「まだ、学校来てすぐでしょ?学校内の事とかまだ分からないだろうから、今から学校案内でもしてもらって?」
確かに、この学校は意外に広く教室の数も中学校の時と変わらず多いので、まだ来たばかりの私にとってとても生活しにくいのは事実だった。それにしても、二日たってからそれを言うのは遅すぎやしないだろうか。もっと早くに言って欲しかった。
先生は、少し教室内を見回すとある一点で視線を固定した。その視線の先を追って振り向く。そこには、私の隣の席に座る男の子と、とても容姿の良い男女がいた。そう言えば、まだ私は彼らの名前も知らないのだ。
「青山君達、少しいいかしら?」
「何っすか?」
「え、達ってことは……もしかして俺達も!?」
ぼそぼそと悪態をつきながら、青山と呼ばれた私の隣の席の子達がこちらへと歩み寄ってくる。
「ちょっと月島さんに学校案内してくれないかしら?私、今から職員会議だから。ね?」
顔の前で手を合わせてお願いポーズをとる先生。それを見た三人は、顔を見合わせて微笑んだ。
「全然いいっすよ。」
「ありがとう!じゃあ、後は頼んだわよ!」
ひらひらと手を振って、先生は急いで教室を出て行ってしまった。しばらく、先生が去った後の開け放たれたドアを見ていると、いきなりグイッと手を引っ張られた。
「よしっ、じゃあ行こっかっ!」
私の腕に自分の腕を絡ませてニコニコしながら、歩いて行くのは、透き通った目をした女の子だった。私は、驚きながらも静かにそれに従うことにして教室を後にした。
***
「じゃあ、早速自己紹介しよ?」
教室を出てすぐに彼女がそう言った。すると、その子の頭をコツンと男の子が叩いた。彼もまた、やはり美形でモテそうな雰囲気を醸し出している。
「凛、早速すぎんだろ。困ってるだろ、月島さん」
「え?困ってないよ!……むしろ、名前知りたかったっていうか何というか……」
何だか上手く言えなくて、口籠ってしまう。
「そう?なら良かった。じゃあ、早速俺かr」
「私からねー!私は、仲本凛。良かったら、凛って呼んでもらえると嬉しいなぁ」
凛と名乗った女の子が、男の子の口を押さえて話し出したので、少し面白くて笑ってしまった。
「いきなり口押さえんな、痛いだろーが。ったく……じゃあ気を取り直して。俺は、笹原洸ってんだ。一応、凛の彼氏やらせてもらってます!まあ、気軽に洸って呼んでよ。てか、間近で見るとかなり可愛いんだけど天使かy」
ドスッと鈍い音がして洸と名乗る子が倒れた。見ると、どうやら凛がイライラして殴ったらしい。というか、凛と洸は付き合ってるのか…。羨ましいなぁ。
「少し頭を冷やしてなさいっ!」
「ゔぅ……理不尽だ。」
ふんっ、と鼻を鳴らして仁王立ちになる凛。洸は小声で何かぼやくと、すぐに起き上がって凛の手を握る。突然の事で、その場にいた全員が困惑する。
「……ごめんな、でも一番はやっぱり凛だから」
「洸……好き。」
「おう、俺も愛してるよ」
目の前で行われる茶番劇を何も言わずに見つめる。突っ込みどころはきっと沢山あるのだろうが、私にはそんな高度なこと出来るはずがない。というか、した事がないから分からないのだが。
「月島さん、気にしなくていいよ。いつもの事だからそのうち慣れるさ。あ、えっと。俺は、青山奏。まあ、好きなように呼んで。」
目の前でピンク色のオーラを放つ二人をガン無視して、青山君は私に自己紹介をしてくれた。
「うん、よろしくね。青山君。と、凛ちゃんと洸君」
三人に向かって微笑みながら、そう告げると。ずさっと、洸君が崩れ落ち床に手をついた。青山君は、こちらを見て固まっている。二人とも、心なしか顔が赤い気がする。理由が分からず、二人を交互に見つめた。
「わ、私……何か変なことした?」
「いや……何もしてない。悪いのは、俺の想像力だ。」
一体今の流れで何を想像したというのだろう。洸君って不思議な人だな。この時、未来の中で洸の印象が美形男子からただのおかしな人と成り下がったのは言うまでもなかった。
「俺……えっと…何でもない。でも、洸とは違うから。こんな変態と一緒にしないで。」
この言葉で更に洸の印象が変態になったのは、言うまでもない事実だった。
そして青山君の言葉に返事をしかけた、その時だった。凛がにこっという擬音が出そうなくらいの笑顔で、四つん這いになっている洸君に近づいた。そして、制服の首元を掴んで。
「何を想像したかは知らないけど〜、洸?」
「は、はい?」
さっき赤かったと思った顔が、これでもかというくらいに青ざめていた。
「何顔赤くしてんのよー!……奏はいいとして、あんたは駄目でしょう!?こんな完璧な彼女が側にいながら、いつもいつも他の女の子に照れて!!」
廊下に凛の怒号が響き渡る。
「不可抗力だよ!」
「言い訳は聞きたくない!!」
そんな二人の様子を見て、未来はふふっと笑った。それを見ていた洸が潤んだ瞳でこちらを見つめてきた。
「凛ちゃん、そこら変で止めてあげたら?」
「う…でも!」
「ま、馬鹿な洸には無理なんじゃね?」
「んだとっ!!!!」
青山君の言葉が頭にきたのか、洸君が青山君に飛びかかった。いきなり勃発した喧嘩にどうしていいか分からずあたふたしていると。窓が開いてもいないのにささやかな風が吹いてきて、一人の女の子が現れた。不思議な静けさを持ったその人は、彼らの間に割って入っていった。そして静かに睨みを効かせる。それが効いたのか、二人とも黙ってしまった。
「うるさいわよ、少しは黙りなさい。ここは喧嘩をしていい場所じゃないでしょ?喧嘩がしたいのなら、武闘場へ行くのね。分かったかしら?」
その丁寧な口調が、逆に恐怖心を煽っていく。暫くの沈黙。遠くで吹奏楽部の弾いている楽器の音が聞こえるくらいには静かだった。口を開こうとするが、静かすぎて声を出すのを躊躇ってしまう。しかし、その空間はいとも容易く青山君の言葉によって破壊される。
「あのさぁ、瑠衣。俺ら、今から月島さんに学校案内しようと思っててだな。あの……喧嘩をしてたわけじゃなくて、えっと。その……」
「あ、ああ!そうだぞ、瑠衣!」
青山君の言葉に便乗して、洸君も声をあげた。
「あら、そうは見えなかったから止めに入ったのだけれど?本当に、違うの?」
「お、おう!ちょっとじゃれついてただけだよ、あはは」
瑠衣、と呼ばれたその人は小首をかしげながらも二人の言うことを信用してくれたようで、穏やかな表情になると二人から離れた。
「そう、じゃあごゆっくり」
すぐに踵を返して、彼女は教室へと入っていった。
「……ねぇ、あの瑠衣って人は?」
さっきの雰囲気と、1-5に入る姿を見たから、同じクラスで青山君達と友達であるのは分かったのだが、誰なのかがさっぱり分からない。人覚えはそんなに下手じゃ無いのだけれど。ううん、分からない。
「ああ。花園瑠衣っていうんだ。俺らと同じクラスだけど……気づかなかった?」
この二日間は、多くの人に囲まれて色々と聞かれることが多かったので、クラスのメンバーを確認する暇も、ましてや名前を確認する暇なんて未来には無かったのだから知らないのは仕方ないことだ。
「一昨日から、ずっと未来ちゃん質問攻めされてたし、それに自己紹介とか全員してないから当然といえば当然だよ!ねっ?」
どう答えていいか迷っていると、凛ちゃんが助け舟を出してくれた。こくりと頷くと、彼女は満足気に笑って私の手を掴み、再び歩き始めた。
***
そうして始まった学校案内は、三人のおかげでとても楽しく行くことが出来ていた。たまに、洸君と凛ちゃんの茶番劇があったりはしたけど。おかげで緊張もほぐれ、普通に話すことが出来てる。そして、理科室の前まで来た時のこと。この島の有名な食べ物、場所それから名物なんかを話している時だった。
「そうそう、この島には他の場所では見られないとっておきの名物があるんだぜ!」
私の前を歩いていた洸君がこちらを向き、言った。
「え、何?聞きたい!」
「だろ?じゃあ、俺が教えt」
「私が教えたげるね!」
またしても洸君を押しのけて凛ちゃんが話し出した。もうツッコむのも飽きたのか、洸君と青山君はやれやれといった様子で彼女を見ている。そんな事も知らないだろう彼女は、興奮した様子で話し始めた。
「この島には、古くからの言い伝えがあってね。五年に一度だけ、この島では『赤い月』が現れるようになってるの!」
「『赤い月』……月が赤いの!?どうして?」
月が赤く染まるなんてこと、聞いたこと無い。
「それは、この島に住んでる人達もよく分かってないの。……でね、その『赤い月』が現れた時にお願い事をすると必ず叶うって言われてるの。でも、お願い事をしてしまうと…願った本人が生贄になって死んでしまうんだってさ」
何だか現実味が湧かないな。見たことが無いから当然だと思うけど。
「まあ、今まで人が死んだって話もお願い事をしたって話も聞いたこと無いけど!」
そう言った凛ちゃんにほっとする。本当に、そんなことで人が死んでいたらどうしようと思っていたのだ。でも、赤く光る月か。不気味だが、見てみたいという気持ちの方が大きいのは確かだ。
「でも、未来ちゃんはラッキーだね!今年が、その五年目。『赤い月』が出る年で、まだ出てないから。」
ということは、見ることが出来る可能性があるということだろう。
「よっと……凛、その話はそれくらいにしねぇと。まだ、校内を案内し終えてないんだから。歩きながらでも、な?」
立ったまま黙っているのに飽きたのだろう、洸君は凛ちゃんの肩を叩いて顔を覗き込む。あ、と一言言った凛ちゃんは、口を押さえて黙ってしまった。
「ごめんな、月島さん。こいつ、話し出すと長くて。いつもいつも困ってんだよ」
「ううん。全然。皆の話聞くの楽しいし。」
「誰が、困ってるって?ん?」
口を押さえていたはずの凛ちゃんの手が洸君の顔を掴んでいた。でも、洸君はその手をとって……。
「「…………!?」」
私と青山君が見てる前で、洸君は凛ちゃんに…キスをしていた。突然のことで私の頭は混乱する。え、えぇー!!
「……暫く話すの禁止。俺らも少しは月島さんと話したいんだよ。別に、浮気するとかじゃないから。分かった?」
「…馬鹿ぁ/////」
凛ちゃんは真っ赤な顔で洸君の胸に顔を埋めていた。洸君はそうしている凛ちゃんを引っぺがし、自分の背中へとおぶると何食わぬ顔でこちらを見た。
「よし、暫く凛は動かないから。これで話せるな」
いや、話せるな…じゃなくて。これも日常的なの?何も分からないまま、私は学校案内を続けてもらったのだった。