銭湯、死に物狂い
風邪をひいたから身体がダルいのは当たり前で、身体がダルいと考え方もぜんぶダルい様相を呈してきてこれは一大事だ。
まず、昔についたとんでもない大嘘がブーメランみたいに俺の首を脅かす事態になったいま、すぐさまそのフォローをしなきゃならんというのに、もうなるようになっちゃえばいいじゃないのとか思っちゃう有様で、いやいやここで踏みとどまらないと水商売から風俗、やがてはソープにまで身を落とす女みたいな怒涛の人生が巻き起こるかも分からん、ここは自分のウソの責任を丸々被ろうなんて殊勝なこと言いなさんな、自分の身を守れ馬鹿野郎!と一喝。
それからたまに顔を出すバイトのメンバーで飲み会を催すのに、「来るでしょ?」とちょっと強めに誘われて「もちろん参加します」っとか軽く乗りかかっちまった船だったんだが、誘った当の本人が欠場を匂わしやがってそしたら俺はその宴で必ずや孤立するだろうよ。ったくどうしてくれる!
さらには、バンドのぶら下がり野郎から早く曲を作ってくんない?とかナメたこと言われる始末。だったらテメエが作ってみろクソッタレが!こっちは風邪引いてんだい馬鹿野郎!ったくアタマにきやがる。
そう、風邪をひいていた一週間風呂に入っていなかったから、まあ風呂に入るわなって、風がびゅうびゅう吹きすさむ路地を抜けて俺は銭湯に行くことにした。往来ってやつは、もう冬だねえ、凍てつかんばかりに冷え切っていやがらあ。みなとの湯の暖簾をくぐるころにゃ、ひっきしひっきしとくしゃみがしきりに出るわ、鼻の奥でアイスクリームでも解けたのか知らんと思っちまうくらいの鼻水が垂れてくるわ、で風邪がぶり返してきてるやん。
番頭のアシュラ男爵は鏡や隠しカメラ、それから肉眼を駆使して女風呂のお宝探しに夢中になっているから、俺はその隙をついて入浴料をちょろまかしてやった。春ごろから女子大生が銭湯に通ってくるようになってから、何度ちょろまかしてやったか分からん。
俺は外套を脱ぐとその中は真っ裸だった。俺はとても用意周到なのだ。
「なに?」
俺は思わず叫んだ。
棚の上に整然と並んだ衣服籠のひとつのなかに秘密文書が無造作に横たえられていた。その秘密文書はかなりレベルの高いヤツで、こう、真ん中に、まるいぽちっとしたのがあってそこに紐をグルグル巻きつけていくと、しっかり閉じるという優れもののフォルダに入っていたんだ。すげーよな!
「そうきたか!」
俺は思わず叫んだ。
俺はどうしたらいいんだ。これは罠の危険性がある。まず、俺の職務上この秘密文書を盗まない手はない。もっといえば、盗むしか選択肢はない。これは必然なのだ。それはもちろん分かっている。だからこそ、そうだからこそ俺は問いたい。俺には風呂に入る権利がないのか?ってことをだ。この秘密文書を盗んだら冒険がスタートするだろう。すると、俺は風呂を前にして風呂に入れなくなっちまうんだ。それどころか俺が風呂に入るのは、一ヶ月だか二ヶ月だか後に、ヒロインとモーテルだか安旅館だかにしけこんで、熱いキッスを交わした後に俺がのしかかろうとすると、両手で俺の身体を受け止めて「あなた何日もお風呂に入ってないでしょ?あなた先に入ってきて?」と言われるときまで、お預けって寸法さ。
余談だが話しに続きがあって、風呂に漬かっていると裸のヒロインが後から入ってくるんだ。「私もご一緒していいかしら?うふーん」って言ってだよ。「あはーん」とヒロインは身をくねらせながら俺を誘惑する。だがヒロインの背中にはガムテープでピストルが貼り付けられている。そんなのは「業界」じゃ良くある話ってヤツで、要するにヒロインは敵のスパイなんだ。俺は「シェキナベイベー」とか抜かしてオンナに油断しているフリをするんだな。するとヒロインの目に殺意の炎が点り、背中に手をやると俺はすばやくブーメランで彼女を仕留めてしまう。そして仁王立ちで決めセリフを吐く。
「この風呂場は鏡張りだってことをキミは忘れていたみたいだね?ベイビー?」
さてどうしたものか?
うん。
やはり風呂に入りたい。てめえの飼い犬をぶっ殺してでもだ。それくらいのもんだよ、この胸に灯った炎ってヤツは。全裸仁王立ちで俺は大浴場に躍り出た!!俺のマグナムだってそうさ意気揚々力が漲っていた。俺はまぶたを7センチほどひっくり返して、秘密書類の持ち主とおぼしきクソッタレを炙り出す。
いやがった!
なんて不注意な野郎だ。てめえの背中に何がついてるかもわかってねえ脳たりん野郎だ、こいつは。そうさ、こいつは背中に背びれを付けっぱなしにしたまま風呂に入っていやがった。言葉のアヤじゃあねえ。こいつは本当に背びれなんかをつけてやがるんだ!
キエー!
俺は背後から襲いかかり、ヤツをぶちのめしてやった。七つの拳と3つの足跡がヤツの背中に刻印されたってワケだ。
わりぃな。
と俺はふにゃふにゃになったそいつをサウナにぶち込んで言った。
それから俺は髪を洗い、身体を流し、カピッカピになった股間をほぐし、湯船につかり、風呂をでた。
だが、秘密文書の入ってた籠はもぬけの殻になっていやがった!
なるほどそうか、と俺は呟き、外套を羽織り凍り付く往来を湯冷めしないように走って帰ると、そのまま布団に滑り込んで寝むってしまった。




