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7: Banquet

 ――――黎暦37年10月 湖水地方 シェリルの村 村役場



 目の前には肉の海が広がっていた。と言うと、ちょっと卑猥な感じもするが、広がっているのはステラで作られた保存肉だ。丸テーブルに並べられるだけ並べた皿の上にはハム、ベーコン、ソーセージ……そして申し訳程度の野菜が添えてある。中央には大きな円形のチーズが中を少しくり抜かれて置いてあり、熱々のベーコンや香草、削ったチーズがその円形の器に投入される。それを他でもない、バルドア=ディズタール地方知事その人がトングを使って混ぜていた。熱で溶けたチーズが香草とベーコンと共に香る。

(あれ絶対美味いよなあ。うちでも作れっかなあ)

 俺は現実逃避をしていた。テーブルの上は天国なのだが、それを囲む現実から目を逸らしたい気分だったのだ。無論、逸らすわけにはいかないのだったが。

 ショカが伝えたひょんな言伝から、俺たちはバルドアに食事に誘われた。元々からトコイ殲滅部隊所属のジャックとジルは招く予定だったらしいが、気が変わったらしい。頭からつま先までびしょ濡れだった何でも屋二人を流石に見かねたらしく、ディナーの前にと役場の風呂まで提供してくれる厚遇っぷりだ。役場の風呂を使い終わると衣服が乾いた状態で木の籠の中に置いてあった。着替えの上には新しい包帯とさっきショカが巻いてくれた包帯が並べてあり俺は新しい包帯を巻き直して、すっかり赤くなってしまっている古い包帯をコートの中に突っ込んだ。それらを着て食堂がある役場の一階へと向かう。

 食堂は貸し切りで、村人が恭しく食事を運んだり下げたりしている。ショカやトコイ殲滅部隊の二人も服が綺麗に洗濯されているみたいだった。ショカの左目にも真っ白な真新しい包帯が巻かれている。

「いやあ、美味い!やっぱりステラの肉は最高だぜ!」

「確かに美味しいですね。帰りに少し買って帰りましょう」

「それはありがたい。基本は地産地消なんだがね、今後全国展開も視野に入れているんだ。クレイドルで話題の何でも屋やトコイ殲滅部隊に評判を広めてもらえるなら嬉しいことこの上ない。なあ、レジンくん」

「さ、さようでございます、知事閣下!」

「だから、そうかしこまるな。閣下は余計だ。君は今やここの村長なのだからしっかりせねば」

 レジンと呼ばれた老人もとい村長は肉をどんどん口に入れているが、たぶん自分で何を喰っているか分かっていなさそうだ。目が終始泳いでいる。

 ひとまず、右手でナイフを使うのは厳しそうだったので、厚切りハムやら大きめのソーセージなんかは泣く泣く諦めて一口大で食べられるものをつまんでいく。あんなことがあった後だ。なんだかんだで、腹は減っている。赤や黄色のプチトマトを薄切りのベーコンで巻いて焼いたものを口に入れると、ベーコンの香ばしさとトマトの甘酸っぱい水分が口に広がった。

 それにしても、さっきは勢いで名乗りをあげてしまったが、こうして冷静になってみると何であんなことができたのか割と謎だった。

 こんなお偉いさんの前で、

「これはリンゴと一緒に煮たものですよね。フォリオにも作れるかな」

「フォリオに作らせてないで自分で作れ、ショカ!」

「彼の料理は美味しいんだ。こっちは中にニンニクが詰めてありますね。考えるなあ」

「見ろよこの肉汁!見ろよこのニンニク!!これぞ食の極意!!」

 呑気にエールを煽っている大人どもの気が知れない。ショカはほんのり頬を赤く染め、ジャックは完全に酔っている様子で、肩を組み合っている。というか、二人の体格差的にジャックにショカが吊り上げられているようだった。時々、バルドアが何でも屋のことや殲滅部隊のことを興味深げに問いかけて、それに上機嫌に答えている。

 酔っ払い二人の右隣には小さくジルが座っている。彼女は彼女で黙々と大きなハムをナイフで小さく切り、口に運んでいた。ローブのフードを取った姿は、間違いなく俺より年下だ。長めの赤い髪を頭の後ろで複雑に編み込んでいる。目も同じように真っ赤な色をしていて、今は呆れ顔を作る一つの要素にもなっている。

 バルドアも同じようにエールを飲んでいるのにどこまでも平静を保っている。まあ、地方知事ともあろう者がこのダメ大人どもと同じ様子だったら目も当てられない。

「喜んでもらえているようで大変結構。こちらもなかなか面白い話が聞けて、ためになっている。後学のためにもう一つ、今度は君に聞きたいことがある」

「え、あ、はい」

 いきなり話を振られて、俺はチキンのレモンマーマレード煮を飲み込んで急いで返事をした。レモンの皮が変なところに突っかかって、返事の声が裏返る。

「もしかしたら、その、少し答えづらい問いになるかもしれないが……」

 言葉を濁すバルドアに俺は違和感を覚えた。さっきまでの威厳というか、安定した声音が揺らいでいる。

「構いませんよ。俺なんかで答えられることであれば答えます」

 頷くついでに、どうにか皮を飲み込む。ジルがベーコンを切りながらこっちを見ていた。

「話を聞く限り、君は魔法使いではないようだが、間違いはないか?」

「はい、間違いないです」

 俺は再び頷いた。

「君は今、魔法使いの傍にいて、魔法使いの助手をしている。しかし、君自身は魔法使いではない。そんな中で自分の無力さを感じるはずだ」

「そんなことは……」

「いや、感じないとは言わせない」

 咄嗟の否定を強い口調で遮られた。バルドアの顔も少し赤みを帯びている。やはり酔っているのか、それとも。

「私もまた、魔法使いではない。だが、魔法の力……コトダマを使い、言葉を自在に繰る力が自分に備わっていればと思うときは確かにある。特にこんな仕事をしていれば尚更そうだ。私は人心に自分の言葉を響かせたい、そう思うのに私にはその力はない。それどころか、私の言葉はトコイを産んでしまう恐れすらある。魔法使いでない者はどうしようもなく無力で、害悪にすらなりうる」

「……」

「確かにこの世界で生きる魔法使いは極少数だ。微々たるものだ。しかし、それでも私たちはごく近くで魔法使いたち(彼女たち)を見て、そして知っている。ゆえに、」

 ゆえに、私たちは無力さを痛感しやすい。

「君はその無力さを、どのように整理している?その気持ちを、どのように処理している?」

 長い問いかけは唐突に終わった。

(無力さ……)

 正直言ってしまえば、問いかけの意味は理解できるが、分からなかった。

 無力さなんて感じたことがない、というわけではない。やっぱりショカは強いし、コトダマを繰る姿はハッとするものがある。力がほしいと思わないでもない。ショカが傷つくたびに、もっと俺に力があればとも思う。今日の出来事もそうだ。結局、俺一人じゃショカを救うことはできなかった。

 俺はショカとは違ってトコイを倒したり、コトダマを繰ったりすることはできない。いつも、俺は迷子の猫探しやら家事手伝いやら、そういうことばかりで……けれど。

「えっと、すみません。よく分かりません」

 バルドアがむぅと唸った。顔を顰めて息を吐いている。

「ショカができることで俺にできないことってのは確かにあります。でも、俺ができてショカにできないことってのもあるんです」

 ショカは不器用だし、ズボラだし、たまに抜けているし。一人で勝手に突っ込んでいく。勝手に誰かを、例えば俺を、助けようとする。こっちの思いも知らないで。バカだ。バカショカだ。でも、そんなときコトダマを操れるなら、俺が魔法使いなら、もしかしたら、

「確かに、俺は魔法使いじゃないしコトダマを操ることもできない。魔法使いを羨ましいって思う気持ちがないと言ったら嘘になる」

 いつの間にかダメな酔っ払いどもも黙って俺の話を聞いていた。真っ白な包帯と青い目が今度はこちらを向いている。それだけで背筋が伸びて言葉がすっと出てきた。

「けれど、だからこそ、俺は、俺のできることをやる。魔法使いの助手として。ショカの傍で」

「……なるほど、そうかそうか」

 バルドアが面白げに、喉を鳴らして笑っていた。

「くぅうううう!!!良いねえ!!!どこまでも青い少年に乾杯!!!」

 ジャックが大声で囃し立て、ジョッキを突き上げる。そこでやっと俺は自分の言ったことを冷静に振り返ることができた。随分と、ジャックの言葉を借りるなら“青い”発言をしてしまった。顔がひたすら熱くなってきて、俺は水差しからコップに水をついで一気に飲み干した。

「良い飲みっぷりだ!!良いぜ、乾杯乾杯、乾杯だぁあああああ!!」

「くっそ、この大酔っ払い野郎!!何回も乾杯すんな!!」

「フォリオ、乱暴な言葉遣いはしないように、ね」

 俺の隣でショカが微笑む。そして小さく笑いながら、呟いた。

「かんぱーい……」

(この、酔いどれバカショカ!!)

「妙なことを聞いてすまなかった。……しかし、無欲なものだな」

 バルドアが赤い果実酒の入ったグラスをゆっくりと揺らす。

「フォリオくん、君のことはなかなかに気に入った。それにショカさん、貴女も立派な御仁のようだ」

「地方知事からそのようなお言葉、恐れ入ります」

(抜け抜けとよく言うよ!)

 しれっとお辞儀をするその様子に心中そう吐いた。

「何でも屋『ブックエンド』、君たちを見込んで一つ依頼をしたい。報酬は弾む」

 依頼と言えば、俺たちがそもそもここに来た目的はポートマンの依頼からだったはずだ。

「君たちがここに来るまでにトコイの大群に会ったと言っていただろう。同じようなことがここ最近頻繁に起きていてね。恥ずかしい話だが、地方庁としても手をこまねいている。首都からトコイ殲滅部隊も派遣されているが、どうにも原因が判然としない。そこで君たちに解明してほしい。いかがかな?」

 女王の目的もとい魂胆を確かめるには、女王が派遣したという首都本部のトコイ殲滅部隊に付いていくのが一番なのは言うまでもない。バルドアの発言は願ってもない申し出である。

「ちょっと知事閣下、一般の何でも屋にそれはどうかと」

「そうです、ディズタール知事。お言葉ですがフィラー隊長をはじめ我ら殲滅部隊は力を尽くしております。時間はかかっておりますが、星府の力を持ってすれば必ず原因究明が、」

「固いこと言うな、ジルエット!レジン!」

 大きな掌に叩かれた小さな頭が、半分ほどに減っていた巨大ベーコンの上に沈んだ。肉汁まみれになった顔を上げたジルは、すぐさま立てかけてあった錫杖の先で巨体の鳩尾を殴りつける。

 レジンは座席の位置の都合で運よく被害を免れていた。と言っても、ジャックとジルのやり取りに顔面蒼白になっている。

「ぐぼぁあああ!!!!」

「その依頼、お引き受けいたします」

 鳩尾をぐりぐりと抉られている野太い呻きを背景にショカは朗らかにそう応じた。

 ひょっとしたらショカは最初から酔っていなかったんじゃないか。彼女の横顔を見て一瞬何故かそう思ったが、ほんのり赤らんだ顔が映す表情の意味は結局のところ分からないままだった。


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