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6: Anonym

 ――――黎暦37年10月 湖水地方 シェリルの村



 シェリルの村は湖岸に面した小さな村だった。湖岸には麻布の切れ端やら鉄くずなどよく分からないガラクタが打ち上がっている。今にも朽ちて落ちそうな桟橋の上に座った今にも朽ちそうなおじいさんが、俺たちを出迎えた。持っている釣竿がプルプルと小刻みに震えているのは決して魚がかかっているからではない。季節感をガン無視した麦わら帽子の下から覗く目は何を映しているのか判然としない。

「こんにちは。何か釣れましたか?」

 そうショカが尋ねても、おじいさんは黙って頭を振るばかりだった。それでもショカは何を思ったのか興味深げに何やら色々話しかけている。相変わらず肩には俺のコートを羽織っている。何だか気恥ずかしい。俺とジャックで小舟の積み荷を降ろすと、案の定水浸しだった。幸い、中身の薬までの浸水は免れたようで、一先ずそのままジャックが肩に担ぎあげた。

「ショカよ、コイツはどこに運べば良いんだ?」

「え。……ああ、村役場までお願いできますか」

 おじいさんと別れて、俺たちは舗装されていない砂利道を進む。湖上から見えていた小屋っぽい建物が近づいてくるにつれて、それが小屋ではなく木造の民家だということが分かった。民家によっては納屋らしき小さめの木の納屋が傍らにある。少し変わっていたのが、民家の柱や扉の上部に何やら、木彫りの模様が描かれていることだった。どれも似たような模様だが、同じものはなさそうだった。尖っているようなギザギザしているような感じの模様だった。シェリルで流行っている模様か何かなのだろうか。

 村人たちが忙しく行ったり来たりしながら、ちらちらとこちらを気にしているようだった。敵意ではなく、だからと言って歓迎でもない視線を感じて、居心地が悪い。

「村人たちは何をしているんだ?」

「地方庁の役人やらお偉いさんが滞在しているからなあ。そいつらの世話でも焼いているんじゃないか?そのおかげで俺たちは村はずれでぎゅう詰めよ」

 俺の問いにジャックがそう言った。それを言っているアンタも役人なわけですが、と内心突っ込みつつ、でも納得はした。さっき湖岸に流れ着いていたのと同じようなボロ布の服を身にまとって、裸足で走っている様を俺は横目で見やる。男も女も、誰も彼もが痩せ形で今にも倒れそうに思う。さっきのおじいさんと大差はない。

 そのまま、民家を素通りして進んでいくと、少し大きな木造の建築物が建っていた。木が曲げられていてドーム型に組まれている。柔らかい木なのだろうか。この建物が一番人の出入りが多い。さっきの村人も出入りすれば、上品そうな臙脂のケープを羽織り優雅に歩いている者もいた。ケープの胸の部分には線が複雑に入り組んだ意匠の金のブローチが光っている。

「ここが村役場だ。役人どもはここで居座っている!」

「ジャックウェル!!」

 ジルが窘めるように声を上げる。如何せん、ジャックの声はデカい。ちょうど村役場から出てきた。男の役人二人組が聞きとがめて目を剥いたが、すぐに片方が、もう片方の男に向けて首を横に振った。

「首都の赤フードだ。やめておけ」

 そう言うのが聞こえて、結局、二人は気に喰わなそうな顔をしながらこっちに向けてそれ以上何も言葉を発することなく去ってしまった。ジルは長い杖でジャックの腰のあたりを情け容赦なく殴りつけた。

 首都の赤フードという言葉が示すところは大体分かる。地方勤務の役人、そして首都勤務の役人かつ殲滅部隊所属。いざこざになったら面倒そうなのは俺でも分かる。

「じゃ、ジル、俺はコイツを持っていくから、お前は『ブックエンド』と一緒に先に拠点に戻っていろ」

「……承知いたしました。しかし、くれぐれも余計なことに首は突っ込まないようにお願いしますよ、ジャック」

「大丈夫だ!問題ない!」

 だから、問題だらけだっつの。出会ったばかりでここまで分かりやすく人柄が分かる人物も珍しい。

「ジャックウェル、待ってください」

 一緒に歩きながら村人や建物を見回していたショカが、振り向いて声を上げた。

「依頼人から言伝も頼まれていますので、私も一緒に行きます」

(え、そんな話あったか?)

 小舟の持ち主兼薬の売人とショカが話したとき、俺も居合わせたがそんな話は一切なかった。そもそもここに来るきっかけになったポートマンもそんな話はしていなかったと思ったのだが。

「バルドア=ディズタール氏に言伝をしたいのです」

「え、」

 バルドア何たらってここの地方庁の、

「おや、何かね。お嬢さん」

 そう確かめようとした時だった。

「私が湖水地方庁知事、バルドア=ディズタールだ。首都の殲滅部隊の方々がいらしたと聞いてね。それで言伝とは?」

 階段の上、役場の入り口に豪奢なローブを着た、いかにも偉そうな男が立っていた。

 偉そうではあるが、しかし、人を見下すような様子はない。立場をそのままに、同時にこちらと対等であろうとする眼差しを階段の上から投げかけている。ラジオでよく聞く政治家たちの演説はどこか高圧的なのに、目の前の男は礼節を弁えているように思う。

 バルドアの傍らには部下っぽい女性と、落ち着きなさそうにショカとバルドアを交互に見ている老人がいる。老人は村人の服装と形が似ているから、地方庁ではなくここの人間なのだろう。

 それでは申し上げます、とショカは言い、そして、

「“塀の上から落ちたハンプティを、塀の上に戻せたか?”と」

「……ほう」

 妙な言葉だった。言葉を受け取った当の本人は、分かっている様子で頷いている。こっちは何のことかさっぱりだ。

 “そりゃあ、さっぱりに決まっているよ”

 “何でだよ?”

 いつだったか笑いながら言われたのを思い出す。あの時はバカにされたと思って、頭に来たのを今でも覚えている。もちろん、ショカにはそんなつもりはなかったんだろうが。

 あの時、ショカはなんて答えたんだったか。

「誰がそんなことを?」

「匿名希望さんから、です」

 ふざけているんだか真面目に言っているんだか、見当がつかなかった。髪に隠れた左目もバルドアを見上げる右目も茶化している様子はない。バルドアもその目を見下ろして、ローブを揺らして思案に暮れている。けれど、結局俺と同じように諦めてしまったのか、肩を竦めて軽く笑った。

「ふむ、ひとまず言伝を届けてくれたことは礼を言おう。感謝する、言伝をしてくれたお嬢さん」

「私は、しがない魔法使いです。彼と何でも屋を営んでいます」

 ずぶ濡れの俺とずぶ濡れの魔法使い。随分な二人組もいたものだ。思わず苦笑も浮かんでしまう。しかし、体も冷えるし震えているけれど、そんな状況も悪くないと思えてしまうのは何故なんだろう。バルドアを見て、俺も名乗ってみる。

「俺たち二人は、何でも屋『ブックエンド』って言います。ディズタール知事、どうぞよろしくお願いします」

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