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 ――――黎暦37年10月 湖水地方 廃墟都市ステラ(旧名:ルーナ)


 俺とショカはヒガンバナを押しのけつつ、どうにか湖面から顔を出した。水滴が目に入り、太陽の光がその中で反射を繰り返す。目元を擦ってそれを払うと、目の前に異様な光景が広がっているのが見えた。

 目にする限り一面、赤いじゅうたんが広がっている。鮮やかなヒガンバナがそこら中に咲き誇っている。

 周囲に建っていたビル群はどれもこれも上数階分が吹っ飛ばされていた。いや、吹っ飛ばされたというよりは、あらかた消失していたと言う方が正確かもしれない。鋭利な刃物か何かで空間ごとすっぱり切り裂いたかのように、さらに言えば、元からそこに何かが存在してなどいなかったかのように、何もなくなっていたのだった。

「……フォリオ」

 名前を呼ばれて俺は我に返った。名前を呼ぶ声はどことなく疲れた感じだったけど、落ち着いた様子だった。静かに息をついてから、俺は彼女に答える。

「……何だよ、バカショカ」

「ひとまず、ここから上がろう。いつまでも湖に浸かっているわけにはいかないよ。凍えてしまう」

 俺も大概疲れているのかもしれない。自分の声にあまり力が入っていない。そう自分自身でも思うのだから、言葉を受け取ったショカにも当然それはばれているだろう。

 結局、さっきまでショカがトコイの相手をしていた傾いたビルの上に俺たちはよじ登った。例に漏れず、このビルも見事なまでに空間が斜めにスライスされて断面構造を空にさらす格好になっている。ガラスの壁に背中を預けて、二人で少し間を開けて床に座り込んだ。滑らかな材質の床で、少し冷たい。ショカは自分の長い黒髪を軽く絞り水気を落とす。そして、おもむろに自分の黒いコートを脱いで、それも同じように絞り始めた。黒いパンプスに黒いスラックス、それに白いブラウスがむき出しになる。それどころか、

「……ん?」

「……とりあえず着てろよ」

「え、でも」

「良いから、着てろ」

「ああ、ありがとう、で良いのかな?」

 俺はできるかぎり素早く自分の茶色のコートを絞って、ショカの肩に即行でかけた。即行で、だ。正直、着てろよ、ではなく、頼むから着てください、が正解だ。

「あと、それと!包帯、ほどけかけてるからな!」

 ショカが無頓着すぎて逆に気恥ずかしくなってきて、俺は別のことを言い募る。というか、そもそも一番言いたかったのはこちらの方だ。

 水に飛び込んだ衝撃なのかトコイの相手をしているときに外れたのかは分からないが、ショカの左目を覆う包帯が緩んで、その下が見えそうになっている。一瞬、その緩みを目にして俺はすぐショカから目を逸らしてしまった。

 その包帯の下がどうなっているのか、俺は知らない。傷があるのか、暗い眼窩があるのか、はたまた何か別のものがそこにあるのか。ショカに尋ねたことはないし、ショカも俺に教えてくれたことはない。ただ、ぼんやりとそれは俺が触れて良いものではないような気がするのだ。

 ショカが、ああ、と相槌を打った。

「本当だ。あとで巻き直しておくよ。それより、今は君の方が優先だ」

「え?」

「右手を出して」

 ショカの発言の意味がよく分からくて俺は振り返った。さっきまで少し離れた座っていた彼女が、すぐ隣まで接近している。おまけに、長い髪の毛で隠れて肝心なところは見えないが、左目の包帯をすっかり外して手に持っている。

 やっぱり左目を見るのは少し憚られる思いがある。俺は思い切りそっぽ向いた。限りない晴天とヒガンバナがコントラストになっている。

「何だよ。何のつもりだよ」

「そうあからさまに嫌な顔をすることはないじゃないか。大丈夫だから。ほら、早く」

 結局ショカが俺の右手をそっとつかんだ。彼女の指が俺の右手に触れていく。そして、それとは違ったやわらかく、でも少し冷たい感触が右手を覆った。脳天に刺さるような衝撃を感じて、俺は顔をしかめた。

「はい、できた」

 ショカの指が離れていくまでに、そんなに時間はかからなかった。右手首のあたりから掌にかけて、包帯が巻かれている。彼女はあまり器用な方ではないはずだったけど、毎日自分の包帯を巻いているおかげなのか俺の腕に巻かれた包帯も丁寧に巻いたのが分かる巻き方になっていた。そこににじんだ血を見て、トコイに手首を喰われたことを思い出した。視認したことで、再び痛みがぶり返す。さっきまで必死でそんなことは忘れていた。

「あの舟に予備の包帯もあるから、後で巻き直そう。……ところで、フォリオ、舟はどうした?」

「あ、そっか。舟なら、たぶん……」

 俺は再び外に目を転じた。赤い花畑と壊れたビル群の中に目を凝らす。その中で探していたものはすぐに見つかった。

 数百メートルほど離れたところで花をひたすら蹴散らして、小舟とは思えない速度で進む小舟。その上に立って乗船している赤い大男とその後ろにちょこんと座る赤い少女。あちこち蛇行して進み、恐らくは俺たちを探している。

「おーい!ここだ!」

 俺はそれに向けて力の限り叫んだ。

「おぉぉおおおおお!!!!無事かあぁぁぁああああああ!!!?」

 耳元で叫ばれたんじゃないかと思うほどのジャックの大声が返ってくる。その言葉に対して、俺は手を振って応えた。そうすると、向こうも手を大きく振り返したのだった。



 ※



 結局、小舟に四人の人間がかなりのぎゅうぎゅう詰めで乗って、共に目的地シェリルに向かうことになった。特に四人のうち一人が規格外の大きさと装備なので余計に狭い。正直、水に濡れて風に当たる羽目になっては体を急激に冷やす結果になるので、このある程度人で狭い状態は保温の意味でありがたいくらいだった。

 ショカはやってきたジャックに対して拳を突き出し、ジルに対しては互いに軽く自己紹介をして会釈をするといった形で挨拶を交わしたのだった。曰く、ジルはほんの数か月前にジャックのいる首都本部第二隊に配属になり、その副隊長に就任したとのことだった。たった数か月でもこんな女の子がこの大男の豪胆さに付き合っていると考えると気の毒にさえ思えてくる。

 そもそもジャックとジルはどうやってあんな湖の真ん中までやってきたのかと問えば、

「そりゃ、気合いだぁぁあああああ!!!!」

「我々二人は小型飛空艇で拠点まで戻る途中で、上空からトコイの存在を確認いたしました。操縦をしていたジャックが真っ先に飛び降りたので、私も援護で。飛空艇は大破炎上してしまいました」

 とのことだった。

「拠点はどこに置いたのですか?」

「ここから南東部に位置するシェリルという村の外れに。遺跡調査隊との共同拠点です」

「ああ、そうでしたね。ラジオでニュースを聞きました。確か、湖水地方庁の方々も現地入りしているというお話でしたね」

「はい、バルドア=ディズタール地方知事も現地視察にいらしています」

「実は私たちも、たまたま、届け物の依頼でシェリルに向かっている最中なのです。奇遇ですね。何という偶然でしょう。会えると良いな、地方知事に」

(たまたま、ねえ)

 相変わらずフードで表情の見えないジルにショカは笑顔で会話をしている。その様が俺から見ればあまりに白々しく、胡散臭い。何でも屋なんて仕事柄、こうして接客顔も必要だって分かっているけれど、俺にはとてもできそうにない。俺にはこんな風に言葉は繰ることはできない。

 そんなことを思いつつ、俺は気になっていたことを口にした。

「っつーか、どうして小型飛空艇で移動なんかしてたんだ?しかも、隊長と副隊長、指揮官二人して」

 部隊を放って指揮官が二人とも出かけていたというのも不自然だが、もう一つ。

 あれだけの規模でトコイが出れば、普通は魔法使いが両手の数ほど出張るはずだ。殲滅部隊の二人、それにショカ。三人の魔法使い、プラス俺で片づけるような量では恐らくなかった。トコイの厄介さが大きさではなく多さだと言うなら、尚更、色々解せない。俺たちだけであのトコイの大群を片づけられたというのは所詮結果論で、本来ならトコイの存在を確認した時点で増援を呼ぶなり何なりした方が効率が良かったのではなかろうか。

「それは、」

(あれ?)

 明らかにフードが大きく揺れた。呼吸が一瞬乱れた、ような気がしたが、それを確かめる前に邪魔が入る。

「おお!!!見ろ見ろ見えてきたぞ!!!あれがぁああああシェリルだぁああああああ!!!!」

 舳先に足をかけて鉈で舟を漕ぐという相変わらずのとんでも所業を見せていたジャックが、俺の頭を殴った。いや、たぶん殴ったんじゃなくて、本人としては頭に手を置くくらいのニュアンスなんだろうが、俺が感じた衝撃はまごうことない“殴った”だった。

 頭を押さえて顔を上げると、先の方に陸地が見えた。小さな小屋もいくつか湖岸に見える。

「やっとだな!!!なあ、フォリオ!あそこは保存肉が旨いんだぜ!!ハム、ベーコン、ソーセージ……早く食うぞ!!」

「あ、ああ、そうだな」

 勢いに気圧されて頷いたが、実際急激に腹が減ってきた。血を流したせいか、肉を食うという提案はなかなか抗いがたい魅力的なものに感じる。俺はふと自分の手首を見て、そしてショカの顔を見た。意図的なのかそうでないのか、ショカの左目は相変わらず髪で隠れている。小首を傾げて笑顔を浮かべていた。

「うん、確かに私たちには休息が必要だと思うよ。今はしっかり食べて、しっかり眠ろう」

 これは白々しくない方の笑みだ。それに何だか安心して、俺も笑って頷いたのだった。

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