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4: Kaleidoscope

――――黎暦37年10月 湖水地方 廃墟都市ステラ(旧名:ルーナ)



 トコイ殲滅部隊首都本部、第二隊隊長、ジャックウェル=フィラー。殲滅部隊の制服に、だらしない赤い長髪、伸びている髭。

 名前だけなら、『ブックエンド』の仕事用書棚で見覚えがある。仕事の記録に彼の名前があったはずだ。『ブックエンド』に来る依頼は、俺とショカで対応する場合もあれば、俺だけないしショカだけで事に当たる場合もある。星府が絡んでくる依頼、とりわけトコイの殲滅が依頼の場合はショカだけが行って、俺は留守番なんてこともざらにある。無論、今回みたいに一緒に仕事をすることもある。ちなみに、俺だけが呼ばれる依頼というのは、家事だとかペット探しだとか、そんな“意外に大雑把なところもある誰かさん”にやらせたらちょっとヤバいことになりかねない依頼だ。

「トコイ殲滅部隊?」

 ポートマンの前情報通りではあったけど、こうしてかち合うのは村に着いてからの予定だったのだ。実際、今回の遺跡調査隊の調査区域は、今俺たちがいる場所から離れている。

(それがどうしてこんなとこに……)

 どういうわけだか小舟のスピードが心なしか上がっているようで、顔やら全身やらに水しぶきが飛んできて痛いくらいになっていた。

「毎度のことですが、求人ならお断りしているはずですよ。お宅が慢性的人手不足で、魔法使い探しまくってんのは存じ上げてますがね!」

 魔法使いの絶対数が少ないせいか、トコイ殲滅部隊は常に人手不足だ。そのせいで、ショカは毎度入隊を求められている。事あるごとに、あるいは事がなくても星府の使者が何度もやってきて、そして何度も断っているのを俺は知っている。

「こんな時に勧誘するわけなかろうに!ピンチに参上仕った正義のヒーローの俺に感謝こそすれ、その言い草はないんじゃないか?」

(何が正義のヒーローだっての)

 だが、確かに正論だった。助けはほしい。ジャックは左手を引っ込めて自分の顎鬚を乱暴にジョリジョリと掻いた。

「状況は大体把握しているぜ。こっちは『ブックエンド』には何度も助けてもらっている。頼ってばかりもいられねえ。うちのメンツにかけても、アンタんとこの魔法使い、助けさせてもらうぜ」

 だから、アンタも力を貸せ。そう言いながら男はまた拳を突き出す。それだけでもスゴイ圧で俺は仰け反った。というか、メンツにかけて助けると言いつつ力を貸せとはこれ如何に。まあ、無論、俺も見ているだけでいるつもりは毛頭ない。

「ああ、分かった。行こう」

 睨み上げた先でジャックは眉を寄せた。

「……な、何だよ。助けに行くんじゃないのかよ?」

「はあ、最近の若いのは言わなきゃ何もできないのか。かー!やってらんねえ!」

「え」

 鼻先を掠めるように拳がさらに急激に近づいた。ギョッとしながら、熱を帯びている拳としかめられた顔を交互に見る。

「言葉はなあ、話したり書いたりするもんだけじゃあねえぜ。こういうのも言葉の一つの在り方ってことよ。さあ、拳を合わせろ、坊主!!」

 ああ、何だ。そういうことか。拳を合わせるという動作があることは知っていたが、そういう意味だということに頭が回らなかった。ショカがピンチで、俺もピンチで、やっぱり少し平静さを欠いていたのかもしれない。何だか、おかしくて俺もジャックのようにニヤリと笑ってみせる。

「坊主って呼ぶな」

 そして、拳を合わせた。

「俺は、フォリオだ」



 ※



「【舟はぁあああ!!面舵いっぱああぁあああああい!!!】」

 無駄な話をしている間にショカと離れた位置から大分遠くまで来てしまった。遥かそこから沸き立つような言葉が、空気を叩く。途端に、小舟がものすごい速さで旋回する。船体が傾き、積んでいた荷がひっくりかえりそうになる。縁を強く掴みながら、傾きに合わせて滑る荷をどうにか抑えた。麻袋の荷はどうにか落ちずに済んだ。一先ずホッと息をつく。

「フォリオ、その荷は一体なんだ?」

「舟借りたときに預かったものだよ。舟の持ち主に“舟貸す代わりに、シャロルにこの荷を届けてほしい”って。中身は首都で作られた薬とかって……。っつーか、操舵が荒っぽすぎるだろ!」

「大丈夫だ。問題は一切ない!」

(いやいや、問題だらけだよ!)

 激しく船体が跳ねる中、操舵手だけが涼しい顔で立ったままなのが解せない。

 船体は傾いたまま、湖面を盛大に波立たせる。浮いているヒガンバナが弾き飛ばされる。ジャックはビルにぶつからないように細かい進路は鉈を湖に突っ込んで調節している。鉈の使い方として、常識的にありえない。正面を向いたまま、操舵を続けるジャックの背中を俺は見上げる。巨大すぎる背中にはこの世すべての武器がそこにあるのではないかと思わせるほど、色んなものが背負われている。メイスやら大剣やらもあれば、名称どころか使い方も分からない妙な形状の武器もある。

「フォリオ!」

 ジャックの呼びかけに俺は顔を上げた。広い青空にそびえるいくつものビル、そのうちの極端に斜めになっている一棟に黒い霧が群がっている。遠くて細かいところは確認できないが、恐らくそこにショカがいる。その証拠に時折黒の中に白が一瞬光って、そこに赤が零れている。どうやらさっき別れた位置から少し移動したようだ。

「ジャック、あそこにショカがいる!トコイと戦っている!」

 船底に一旦鉈を置き、ジャックは自分の腰に手をやった。真鍮製らしい望遠鏡を取り出して、俺が指さした方向に向けた。調節するようにくるくると何度か回す。

「ああ、でもこのまんまじゃ、ちとマズいぜ」

「マズいって何が?」

「数だ。多すぎる」

 ジャックが望遠鏡を投げて寄越してきた。冷たい手触りのそれを受け取って、どうにか立ち上がる。跳ねる船体によろけながらも、望遠鏡の先を黒い霧の中心部に向けた。

 斜めになっているビルの側面、ガラスで光るそこにショカは立っていた。鳥型トコイたちは牙を突き立てようと襲い掛かるも、ショカの繰るコトダマに阻まれヒガンバナになっていく。

「あのトリども、一羽一羽は大したことはない。大きさで言えば、F級かどうかってところだ。だがな、トコイってのは数が多けりゃ多いほど厄介なんだぜ。こんなことなら、俺らとしても巨大な奴一匹出てくれる方が遥かにマシってもんだ。いくらショカでも、あの量を捌き切るのは難しいはずだぜ。あまり長時間あのままってのはマズい。……しかも、俺たちの方にもちっとばっかし来てるな。気づかれたか」

 確かにさっきよりも数が倍近くに増えている。今もどこからか次々とトコイたちが飛んできているようだ。

 距離が近づいたことで、トコイたちは俺たちの発している言葉にも反応しているようだった。まだ余裕はあるが着実にこちらにも鳥型トコイが迫ってきている。

「【舟はぁあぁぁぁあああ!!止まれえぇえええ!!!!!】」

 ジャックがそう叫ぶと、舟は急停止した。反動でつんのめって顔を船底に叩き付けるはめになった。鼻の頭と額を擦りむき、視界が微妙にチラついた。

「おい、何で止まるんだよ。早くショカのところに、」

「このド阿呆がああああああ!!!!!!」

 天地がひっくり返った、と思った。気づいたら、また顔面が船底に沈んでいた。前歯が折れるんじゃないかと思われる痛み、その衝撃が脳の芯に伝わる。

 俺を船底に叩き付けた本人は、俺の耳元で怒鳴り散らした。

「確かにここからじゃあショカを援護するにも遠すぎる!!が、むやみに突っ込んでも、状況は改善しないだろーが!!!焦るときこそ冷静に、救いたい奴がいるなら尚更だ、坊主!!!」

「……坊主じゃない。フォリオだ」

 皮肉なようにも思えるが、脳への刺激のおかげで少し頭が冷える。顔を上げると真上にある日差しがしつこいくらいに眩しい。

 ジャックは何かを探すように辺りを見回し、呼びかける。

「ジルゥウウウウ、いるかぁああ!?」

「はい。私はここに、ジャックウェル」

 止めた船のちょうど脇にあったビル、その割れた大きなガラス窓から声がして、人影が姿を現した。

 ジャックと同じようなデザインの赤いローブ。フードを深々と被った小柄な人物が立っていた。ジャックとは違って、そんなにたくさん武器を持っているわけではないようで、両手でかなり長い錫杖を携えているだけだった。錫杖は滑らかな黒い柄をしていて、先の方は分かれて複雑に折れ曲がっている。そこに一つ、大きいな赤い宝石が埋め込まれて怪しく光っていた。フードを被っていて顔を確認できないけど、恐らく女の子。どこか空気を張りつめさせるような声だ。あえて言うなら、ジャックの熱さとは真逆にいるような。

「そう大きな声で呼ばなくても、聞こえています。ただでさえ、貴方の声は大きいですから。それで?」

「あのトコイどもを一掃するぞ。やれっか?」

「愚問です」

 俺たちを見下ろしながら、ジルと呼ばれたその女の子は凛々しく返事をした。錫杖を軽く取り回す。ここからでもそれが風を切る音が聞こえた。

「ここからなら射程圏内です。この建物の屋上から放ちますので時間稼ぎ願います。それとこれを」

 ジルがこちらに何かを投げて寄越した。ジャックがそれを受け取る。

「通信機です……耳につけてください。放つ準備ができたらこちらから知らせます」

 視線が少しこっちに向けられた、気がする。ジャックから通信機を受け取って、俺は右耳にそれをはめた。

「……気を付けろよ、ジルエット=ウィンハート」

「……貴方こそあまり無茶しないように。幸運を、ジャックウェル=フィラー」

 さっきのように大きな拳が振り上げられ、それに大きな錫杖の先が応えた。そして、二人は一斉に動き出す。

「よっしゃああ、行くぞ、フォリオ」

「え、は、ちょ!?」

 女の子がビル内に駆けていくのを見ていた俺の背中をジャックが思い切り叩いた。流石に三度目の船底ダイブは阻止しつつ、俺は立ち上がった。ジャックのコトダマで舟が再び動き出す。

「何する気だ!説明しろ!!」

「ジルがコトダマを使う。それでアイツらを一気に殲滅するんだ。俺たちはトコイどもがアイツを襲わないよう囮になって、アイツが放つまでの時間稼ぎをするって寸法だ」

「放つって何を」

「何ってコトダマに決まっているだろうが。アイツのは超高火力だからな。あれくらいの量のトコイなら訳なく殲滅するんだぜ。すごいだろ」

 あんな小さな体で高火力……?一体、どんなコトダマと使うんだろうか。今までショカを含めて、両手の指の数に満たないくらいしか魔法使いを見たことはないから気になるところではある。しかし、状況としてそうも言っていられない。こちらに向かってくるトコイの数も心なしか増えてきた。これでショカの方の負担が少しでも軽くなると良いんだが。

 俺は唾を飲み込んだ。

「それって、下手したらショカも」

「巻き込まれるな。確かにこのままだとそうなる。が、アンタがいるから大丈夫だ!何も問題はない!」

 清々しいほどに目の前の大男は言い切って見せた。つまりだ、時間稼ぎをするのはあくまでジャックの役目。俺はショカのところに向かうという算段。ということらしい。ということは、たぶん、下手したら俺もその超高火力とやらに巻き込まれるかもしれないということか。

(でも、ショカを救えるのならそれでも良い)

 ショカを失うくらいなら、俺は死んでも良い。そんなことを言葉にしたら、きっと彼女は怒るだろうが。

「……で、どうやって時間稼ぎするんだ?」

「時間稼ぎの作戦はこうだ。名づけて“渾身の力を込めてひたすら物理&コトダマで殴るのみ作戦”だ」

(そんなこったろうと思ったよ)

「……でも、最高にクールだな、それ」

 嫌いじゃない。

「おう、男のロマンだぜ」

 空気が騒めいて重くなる。風が鳴り、呻き声がする。


 クヤ……シ……

 ニクィ……ニ、クイ

 ネェ……ドコ

 スキ……ナノニ…ド…シテ

 ボク、ハ……


 耳を澄ましながら、腰にある革製のホルダーから俺はコンバットナイフを引き抜く。さっきまでの航行で全身びしょ濡れであまり格好良くとはいかないが、それでも彼女を救えるのならそれで良い。

 俺は左拳をジャックに突き出した。意外そうな表情でこっちを見る顔は、しかし不快そうではない。むしろ、めちゃくちゃ楽しそうだ。

「舟と荷物、頼む」

「おうおう、任されたぜ!行ってこい!!」

「ああ!」

 拳が強く合わさる。

 舟と荷が無事であれと祈りつつ、俺は走行する小舟から飛び出した。近くにあった緑の三角屋根の縁を掴むとよじ登る。屋根の下には文字盤だけで針のない時計があった。屋根の上から湖を覗き込むとそう深くないところに列車の線路らしきものが見えた。

 小舟は激しく飛沫を上げながらビルの合間を複雑に蛇行する。ジャックが大声でコトダマらしい何かを叫んでいる。その派手さにトコイが吸い寄せられるように方向を転換させていた。けど、すべてを引き付けられているわけじゃないようで、俺の方に向かってくるものもいる。

 やることは至ってシンプルだ。さっきのジルとかいう魔法使いが高火力の何かを放つまでに、ショカを助け出す。そして、巻き込まれないよう離脱する。

 呼吸を整える。あまり心地よい空気ではない。トコイのせいか頭もガンガン痛む。

「……」

 それでも呼吸ができないよりかはマシだった。空気を吸う。思い切り吸う。

 そして、叫ぶ。ジャックのように響かせるようにはいかず、ジルのように空気を張るようにもいかない。コトダマなんかろくに扱えず、魔法使いでもない。それでも、俺は俺の声で、彼女に届くように叫ぶ。

「ショカァアアァアアアアア!!!!!」

 堰を切って溢れるままに、俺は叫んで、飛び出す。

 ブーツで力強く屋根を蹴る。不思議と体は軽く、身軽だった。胃袋が揺さぶられる。よろけつつ、苔むしたコンクリートに着地、錆びついた柵を掴んで体勢を立て直す。そこからまた別の足場へ。張り出した鉄骨に足を延ばす。

「邪魔なんだよ!!」

 迫るトコイを気合と共に一閃、地面に叩き付けた。

 コトダマやコトダマを帯びた武器でなければ、トコイに致命傷を与えることはほとんどできない。トコイ殲滅部隊も武器は確かに装備しているが、コトダマと併用しているはずだ。きっとジャックもあの女の子もそうだろう。

(けど、怯ませることくらいならできるっ!)

 倒す必要はない。ただ怯ませる。それで十分。

 目の前のトコイを斬り付け、体を反転、後ろから迫るトコイを袈裟切りにする。腰を捻り、蹴りを喰らわせる。頑丈そうな蔦を利用して、次から次へと建物や看板、鉄塔なんかを飛び移る。ジャックの体くらいデカい看板を踏みしめると、鈍く軋んだ。

(動き続けろ)

 止まれば集中的に襲われる。少数ならあしらえるが、多数に囲まれてしまえば魔法使いでもない俺はそのまま喰われることになるだろう。

(走れ)

 助走をつけて、マンションのベランダらしき場所に着地する。そのまま窓を割って部屋の中に入った。後から追ってくるトコイの翼を斬り付けつつ、埃と湿気とかび臭さに満ちた空間を駆ける。赤いカーペットが敷かれた長い廊下が割った窓から漏れる光に照らされる。左右には扉が整然と並ぶ。呼吸するたびに喉に何か張り付くようで、目も染みるように痛い。

 段々光から遠くなり、とうとう届かないところまで差し掛かる。暗闇に目を慣らそうと目を眇めつつ、トコイの喚き声を頼りにナイフを振った。逆手に構えて薙いで行く。


 ギャアァアァァァ!


「くっ……そが!!」

 斬り付けが甘かったらしい。トコイのうちの一羽が右手首に食らいついた。牙が食い込み、痛いというよりは焼けるように熱い。すぐにナイフを左手に持ち替え、その体を串刺しにする。牙の食い込みが弱まったところで、腕から振り下ろした。幸い、骨はやられていない。出血はひどいが、見た目ほど重傷ではなさそうだ。一先ず、動けば良い。

 ついでにまた何羽かを斬り付けて、踵を返す。トコイは地面に落ちてのたうち回って、断末魔のような悲鳴を上げる。

 慣れてきた視界の先に光が見えた。曲がり角になっていて、そこが明るくなっている。差し込んだ光は、割れて倒れている青い壺を照らしている。俺は夢中で足を動かす。トコイの声が耳を激しく突く。何羽追ってくるのだろう。そう考えると恐怖に苛まれる。

(考えちゃだめだ)

 走れ。走るんだ。

(ショカを救うんだろうが!)

 俺が、彼女を、助けるんだ。

 さっき割ったものと同じような窓が見えた。開け放たれ、少し色あせた白いレースのカーテンが風を導いている。白い光の先に、きっと彼女はいる。腐ったような空気を吐き出して、俺は外へ飛び出した。視界が開けた。またさっきのようなベランダに出たらしい。

 真っ先に見えた空と湖の青。映るビル群。大量のトコイ。そして、

「ショカァアアァアアア!!!!」

 黒い霧の中心で、そしてビル壁面に散った赤い花の中心で、黒い髪が揺れて白い包帯と青の瞳がこちらを向く。驚愕に見開かれたのが見えた。

「フォリオ!?」

 ショカのビルに飛び移るにはまだ少し距離がある。しかし、ここで耳にノイズが走った。さっき受け取った通信機だ。

 《こちら、ウィンハート。公式成文集第三章十四節、詠唱完了。15カウントで放出します。『ブックエンド』は今すぐ退避を》

  タイミングが良いのか、悪いのか。15秒。あまりに短い。

(大丈夫だ。問題は一切ねえよ!!)

「へへっ」

 変な笑いが漏れる。大丈夫だ。大丈夫なんだ。だってショカもいて俺もいて、『ブックエンド』二人が揃っている。

 《カウントダウン開始、15、14、13、12……》

「【晴らせ!】」

 鋭い声。より一層強い白い光が目を焼いた。僅かだが、ショカに群がる黒いトリの大群にスキができる。これを逃す手はない。どうすれば退避ができるか。考える間は一秒もない。

「ショカ、来い!」

 俺の声を受けて、ショカが走り出す。斜めになっているビルを駆け降りる。タイミングを合わせて、俺も狭い窓から飛び出した。ナイフの柄をくわえて両手を目一杯伸ばす。風に煽られるが、同じく伸ばされていた彼女の手をどうにか取った。引き寄せて、衝撃に備えて抱きしめる。

 《5、4、3、……》

 残りは聞こえなかった。

 たぶん、派手な水柱が上がっただろう。マンションから湖面に飛び込んで、背中を強く打ち痛みを感じた。俺は息を止め、ショカを抱えたまま水の中へ潜る。ショカは俺の背中に腕を回してコートをしっかり握りしめている。少し体が冷えている。彼女の髪とコートが水に揺れている。彼女は顔を俺の肩に埋めていた。左手で彼女の頭をしっかり支えて上を見上げると、上がっていく空気の泡の先で太陽の白とヒガンバナの赤い光が浮かんでいた。そして、



 ーーーーーッ



 音にならない衝撃が水の中にまで響いてきた。放たれた巨大なエネルギーが近づいてくる。心臓を鷲掴みにされて、そのまま揺さぶられたかのような。何か書物を読んだ時のような心地よい謎の高揚感が脳を走る。その高揚感に浸りながら瞬きした瞬間だった。頭上の光が一瞬すべて真っ赤に染まる。ジルのコトダマが通り過ぎるのは本当に一瞬で、その瞬間だけ時が止まったかのようでもあった。赤が過ぎて、すぐに白い光が戻る。俺はそれでもどこか惚けたまま、水面を見上げるばかりだった。

 僅かな時間差を経て今度は次々と白を遮るように、赤い花が落ちてくる。さっきの一瞬の赤で殲滅されたトコイの死骸が、ヒガンバナが、くるくると迷うように揺れながら揺蕩う。

 腕の中でモゾモゾと黒い頭が動くので、一先ず手を離した。少し体を離すと、ショカは俺の両手に指を絡めるようにして手を繋いできた。何だか気恥ずかしくなってきたが、それ彼女は頓着せず赤い光を見開いた片目にいっぱい映していた。

(ああ、ショカ)

 俺も視線を同じくする。重なり合ってどんどん濃くなる赤い色。

(本当に、綺麗だな)

 それはまるで、万華鏡のようだった。

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