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 「あはっ」

 隣の部屋から、睦月の楽しげな声が聞こえてくる。

 こんな夜中には不釣り合いな、無邪気な声だった。

 『皇帝』から『勇者』と『聖女』が『魔王』を殺したと聞いたその日の夜、俺と睦月は皇居からすぐの所にある自室にいた。

 『蘭』に与えられている部屋は、一人ずつの個室である。

 地球でいう一人暮らしの大学生程度の部屋の広さしかないが、そこそこ快適だ。

俺と睦月は丁度隣接する部屋で暮らしている。

 『蘭』はエリートが所属する実力主義の場所である。だから給与も割と高い。

 俺と睦月は食うのには困らない生活を送る事が出来ている。寧ろ贅沢をしても余るぐらいだ。

 此処は地球の日本――俺達の暮らしていた国とは違って身分差が激しい。底辺の民はその日の食事を手に入れるのにも苦労するほどだ。それを考えれば毎日食事をするだけの収入があって、贅沢も出来る俺達はさぞ恵まれている事だろう。

 ベッドで寝転がった俺の耳には、ただ睦月の声が聞こえていた。

寝る気配もない、夜中には不釣り合いな楽しげな声が壁越しに響く。



 あ

    は

       はっ。

 う

       ふ

  ふ

     ふふ。

 


 そんな不気味な笑い声が聞こえてくる。



 これは対して珍しい事でもない。

 時折睦月は狂ったような笑みを浮かべるのだ。そしてそんな笑みを浮かべたまま凶暴と言いあらわせるまでに暴れたりもする。

 地球のような完全な防音設備なんてこの世界にはない。

 魔法で防音の効果を発揮するものもあるが、それも地球のよりも効果は薄い。それにわざわざ限られた魔力をそんな魔法に使用しようって者はあまり居ない。

 この世界では科学という、地球では当たり前にあったものが存在しない。

 『蘭』の官舎自体には防音の効果の魔法が使われているらしいが、部屋にはかけられていない。

 だからこんな睦月の声は周りによく響いている。

 大きな声で狂ったように笑い、暴れる睦月を同じ『蘭』の連中は良く思っていない。

 睦月の声は、時折闇の中で不気味に響く。


 「光一ぃい」


 何処か甘い響きの呼びかけが聞こえてくる。甘く、叫ぶような、そして焦がれるようなそんな声色。

 「光一光一光一こういちぃ」

 まるで愛しい人を呼ぶように、何度も何度もその名を呼ぶ睦月。

 声だけでも睦月の異常性はどこかしら感じられる。俺にはその狂ったような声が心地よくて、ずっと聞いていたいとさえ思う。

 仰向けに寝転がったまま、目を閉じる。

 「あははははははっ。殺すもん。殺してやるもん。私の光一に変な役割つけた奴。そしてあの女も、絶対、ぜぇええたい殺すもん」

 耳に入ってくる、睦月の声。

 他の音は微かで、はっきりと耳に届いてくるのは睦月の声だけだ。

 声を聞きながら、睦月がどんな風な表情を浮かべているか想像する。

 きっと俺の好きでたまらない、狂気を帯びた瞳をしているんだろう。そして楽しそうに笑っているんだろう。それが容易に想像出来た。

 「こーいち、こーいちこーいちぃ、こーいち、光一、こーいちぃ光一こー一、コーイチ、こーいちぃコーぃちこーぃち……、うふっ。私のこーいちぃ」

 何度も、何度も何度も、その名が繰り返し告げられる。

 「私だけのこーぃち」

 その声は止まない。ひたむきにたった一人の存在を求める声が響く。



 「迎えにいくよぉ。私のぉ、こーいちぃ。あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは。……殺してやるもん」



 狂ったように笑う睦月。

 それは明らかな狂気を含んだ笑い声。



 俺はそんな睦月の狂気に触れながらも、そのまま眠りにつくのだった。



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