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 「睦月」

 睨みつけている。あの向井光一が睦月の事を。

 あの、誰に対しても優しい笑みを浮かべていた向井光一が。

 地球でも異世界でも聖人君主な様子しか見せていなかった向井光一が。

 睦月を。向井光一にとって大切な幼馴染であったはずの睦月を鋭い目で睨みつけている。

 「……私の名を呼ばないで。呼ぶな呼ぶな呼ぶな。光一と似た姿で私を惑わす偽物が。光一光一光一ぃいいいいいいいい。違う違う違う。目の前のは光一じゃない。光一は――」

 ブツブツと睦月から紡がれる言葉は、小さく、向井光一には届いていない。もし届いていれば何か変わっただろうか。

 向井光一は、睦月の言葉に耳を傾けようともしない。

 ああ、なんて愉快なんだろう。

 幼馴染同士が殺し合いをするなんて場面を見ても俺はそんな風に感じてならなかった。

 寧ろなんて美しい光景なんだろうとさえ、感じてしまった。

 『勇者』は『聖女』を守るように『勇者の剣』を手に睦月と向かい合っている。光り輝く長剣を『悪役』である睦月を睨みつけている。

 誰に対しても優しく、誰に対しても平等で、誰に対しても諦めない――本当に物語に存在するような『勇者』のような存在だった向井光一がさ。自分たちに殺意を向けたっていうたかがそれだけの理由で、幼馴染を切り捨てようとしている。

 なんて滑稽で、なんて面白いんだろう。

 向井光一の事だから、睦月の豹変に驚いて動けなくなると思ったのに。あの向井光一は睦月がどうなろうとも睦月を殺そうとはしないと思っていたのに。

 だから、さっきの逆上した睦月の一撃で死ぬと思ったのに。

 ああ、この場には似合わない笑い声を上げそうになる。口元が緩む。

 結局どれだけ人に愛され、人を思いやれる人間だったとしても自分の大切なものが、自分自身が壊されようとしたとき、大切だった幼馴染を殺す事が出来るのかと。

 それが、愉快だった。

 向井光一の後ろで矢上奈々美がずっと震えていた。

 睦月の事を怯えるようにみつめながら。そんな矢上奈々美を守るかのように向井光一は立っている。

 その様子はさしずめ、姫を守る王子様のようである。

 それは、睦月が恋焦がれた場所。

 それは、睦月が望んでいた場所。

 睦月はただ、向井光一だけのお姫様になりたかった。向井光一の傍にずっといられればそれでよかった。

 その位置に自分ではない誰かがいる事。それは睦月にとって耐えられない事だった。

 睦月は、多分、口ではあれは向井光一ではないと自分に言い聞かせながらもあれが向井光一なんだって心の底ではわかっている。

 でもそれを理解してしまったら、壊れてしまうから。睦月が正気でいられなくなってしまうから。だから、あれは、向井光一ではないと睦月は思う。向井光一ならば、自分の唯一の存在ならば、自分を絶対に嫌うはずがないと。

 ああ、何て愚かで馬鹿な睦月。

 向井光一を何処までも大切で、向井光一だけを求めていた睦月が向井光一に剣を向けられているだなんて。

 そして向井光一の後ろでただ震えている矢上奈々美も、『聖女』として世界を回る中で敵だろうと慈悲深く救う存在と言われていたけれど、今睦月を庇う様子はない。

 やっぱり、人は自分が可愛いのだ。

 目の前で向井光一と睦月が殺し合いを始める様を俺は面白そうに見るのであった。




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