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 「―――あははははは」

 しばらく黙りこんでいた睦月の笑い声が突然響いた。

 この場に酷く場違いな、楽しくて仕方がないといったような声。

 黒目が狂気に染まっていた。

 口元が何処か不気味に、歪に歪んでいた。

 その口から洩れる声は異常な響きを持っていた。

 「……む、つ、き?」

 「そうだよぉ。光一が。私のヒーローが。私の。私の大好きな光一が。私の、敵に回るはずない」

 それは自己暗示のような言葉だった。目の前の現実を否定するための、言葉。

 「そう。光一はずっと私の傍で。私の味方で。だって。そう約束した。どんな私も。受け入れて。傍で。大切だって。結婚しようって。私の、私の。光一は」

 一端そこで下を向いていた睦月は向井光一へと視線を向けた。

 それに対し、向井光一の肩がびくついた。明らかに異常な様子を見せる睦月を理解出来ないものを見るような目で見ていた。

 あーあ。

 俺は向井光一に呆れながらも、心が歓喜に震えたのを理解した。



 「光一は、私にそんな目を向けない! 光一は、私の。光一は。ずっと私に優しいもん! 私が泣いてたら慰めてくれて! 私の傍に一緒に居るって! そういって優しく笑ってくれたんだ!」



 向井光一が自身に向ける目を受け入れないとでもいうように睦月は叫んだ。



 「だから、違う。光一じゃない(・・・・・・)。光一は私の事そんな目で見ない。光一じゃない! お前なんか光一の姿してるだけで私の光一じゃない! 光一は、光一は――、私にずっと優しい。私を。私を。待っててくれてるはずだもん! 優しい優しい光一は。ずっと一緒に居るっていってくれた光一は。私の味方をしてくれて、傍に駆けよってくれるはずだもん!」



 一瞬ぶるりと体を震わせた睦月はそう口にした。

 目の前に居る向井光一を、向井光一だと認めないと叫んだ。



 「む、つ、き……。何を言って……」

 「私の名を呼ぶな! お前なんか光一じゃない! 光一はそんな目で、そんな顔で私を見ないもん! 光一光イチコウイチ―――待ってて。この偽物消してから探しに行くから」



 目の前に『向井光一』が居るというのに、睦月はそれを認めないとでもいう風に叫んだ。そしてそれと同時に出現するのは先ほどとは比べ物にならないほどの魔力を纏った黒い炎。

 あんなものぶち放ったら向井光一と矢上菜々美どころではなくこの城自体吹き飛びそうだ。

 この城がどうなるかなんてものは正直どうでもいい。だけど、睦月のそれに巻き込まれて死ぬなんて事になるのはごめんだ。

 「……睦月!」

 「睦月ちゃん、そんなものを此処で放ったら――」

 周りが煩い。

 睦月の圧倒的なまでの魔力のこめられたそれを見て、彼らが騒ぐのを横目に俺はただ魔法を発動する準備を始める。小さく囁かれた詠唱は他の誰にも聞かれる事はなかった。

 第一、騒いだ所でどうにもならない。だって睦月は止まらない。

 今まで見た事ないぐらい睦月は狂いを見せている。

 向井光一が睦月を否定したから。

 向井光一が睦月を受け入れないとでもいうような目を向けたから。

 向井光一が矢上菜々美を庇う事に必死で、睦月の傍に来なかったから。

 そう、ただそれだけの事。でもそれだけのことで睦月が壊れるには充分だったのだ。



 「しんじゃえ。壊れちゃえ。全部、全部」



 無邪気に笑った睦月はそのまま、手を振りかざした。

 手の平の中に存在していた膨大な魔力の塊であるそれが放たれた。それは真っすぐに向井光一と矢上菜々美へと向かっていた。


 それに向井光一と矢上奈々美はどうしようもないと思った。そのまま死ぬと思った。


 だけど、死ななかった。

 向井光一は、『勇者の剣』を抜き、全力でその魔力の塊を排除した。

 「睦月!」

 睦月の名を呼ぶ、向井光一の目は、酷く冷たかった。



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