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 黒い炎が動く。

 睦月の意思のままに動くそれを見て、向井光一が顔をこわばらせたのが視界に映る。

 その顔が、絶望に染まったら楽しいだろうなんて悪戯心が湧いてきた。だから、俺は敢えて口にした。

 「向井光一は本当薄情な奴だよなぁ、睦月」

 俺が言ったのはただそれだけの言葉だ。

 だけどたったそれだけの言葉が、向井光一と矢上菜々美にどれだけの効果をもたらすか俺は知っていた。想像することが簡単にできた。

 そう想像出来るからこそ、口にするのだ。

 『睦月』というその名前に、向井光一と矢上菜々美の顔が驚きに染まったのが見えた。

 「……睦月? 今、睦月っていったか?」

 「睦月って、神無月睦月ちゃん……? どうして、此処に……」

 向井光一と矢上菜々美からそんな声が響いた。

 睦月は向井光一の言葉を聞いた瞬間、とぐろを巻いて向かっていっていた黒い炎を消した。

 そして、嬉しそうに口にするのだ。

 「うん。こーいち、私だよ。睦月だよ。ずっと、会いたかった。会いたかったの。迎えに来たの。だから、一緒に来て。光一。ようやく、ようやく会いにこれたの。光一を縛っていたものを私がどうにかするから。だから、私と一緒に居るの」

 睦月は矢上菜々美の言葉なんて存在しなかったかのように、ただ向井光一の言葉だけを聞いていた。そして向井光一だけを見ていた。

 というか、寧ろ睦月は自分の気持ちを言う事に夢中になっていて全く二人の驚きに対する返答はしていない。

 「……む、つき? どうしたんだ、お前。それに此処の人達を殺すなんて」

 「睦月、ちゃん? どうしたの。そもそもどうして此処にいるの?」

 ああ。なんて、なんて馬鹿らしいんだろう。

 二人の言葉を見てただ俺はそう思った。

 隣に立つ睦月は、向井光一が自分を認識した事は嬉しいようだが、何故すぐに傍に来てくれないのだろうという苛立ちがあるように見えた。

 「どうして此処に居るか、なんて滑稽な質問だな。どうせお前ら俺の事もわかってねーだろ? 俺と睦月はお前らの『勇者』と『聖女』の召喚に巻き込まれてこの世界に来たんだよ」

 睦月は説明なんてする余裕はないだろうから、俺が言ってやった。

 自分達に巻き込まれて、召喚されて人生を駄目にされた人が―――それも親しい知り合いが居たなんて知ったら絶望するだろう事わかってたから。

 だって俺達が此処に居る事実を知ってもらった方が、絶対向井光一も矢上菜々美も俺にとって面白くて、楽しくて仕方ない反応してくれる。

 「俺たちに、巻き込まれた……?」

 「でもそんな話誰も……。それに貴方は誰なの?」

 唖然とした表情が酷く愉快だ。

 それにしても向井光一は事実を知って余裕がないからか、睦月ではなく俺を見ているわけだが、睦月が超こっち睨んでる。あとショックを受けたような表情を浮かべてる。

 何で光一は私を見てくれないのだろうとでも思ってるんだろう。

 向井光一と矢上奈々美は二年も会っていなかったことと、俺の雰囲気が地球にいた頃とがらりと違う事もあって、俺の事を欠片も気づいていなかったようだ。

 まぁ、当たり前と言えば当たり前か。二年会わなかった幼馴染が豹変していたぐらいで、その幼馴染がわからなくなるほどに向井光一は愚かなのだ。俺の事がわかるはずもない。

 「俺は寺門樹。それとお前らが知らないのは当たり前だろ。ここの国の奴らは邪魔者であった俺と睦月を処分するつもりで牢屋に入れてたんだ。助けてくれる奴がいなきゃ、俺と睦月はとっくに死んでた」

 こうやって会話を交わしているのは、時間稼ぎだ。

 俺が向井光一と矢上菜々美と会話を交わして、向井光一が睦月に視線さえも向けない時間が続けば続くほど俺にとって面白い展開へと変わってくのだ。

 それを俺は理解していた。

 理解していて、敢えて止めなかった。敢えてそうなるように仕向けた。

 「……いつき? その口調は……」

 「処分だなんて酷い事するわけないわ。皆優しい人達なのに……」

 「間違いだったなら、俺達は牢屋で目が覚めたりしないさ。連れ出されなければ俺達はとっくに死んでいて、こうしてまた会う事さえもできなかっただろうよ。少なくともこの国は甘やかされた『勇者』と『聖女』にとっては良い環境なんだろうけど、俺にとっては邪魔者を簡単に排除する事が出来るだけの非情さは持ってる」

 まぁ、そもそも邪魔者を排除できる非情さを欠片も持っていない国なんてないだろうけど。どんな国でも非情な選択をしなければならない場面はある。

 このフェイスタ神聖国が俺と睦月を排除しようとしたのも、俺と睦月という異端で、本来存在しないはずの異世界人が居る事の影響力を考えた結果なのだろう。大勢を助けるために少数を犠牲にするとかそんな考えでだったのかもしれない。

 他人事ならまぁ、良い判断だとでもいう奴らは多いかもしれないが、切り捨てられるのが自分だというならば理不尽な事としか思えない事である。

 こいつらって、『勇者』と『聖女』の仕事を全うする中で少なからず色々な葛藤を持ってきただろうけれど、本当の苦難なんて感じた事ないのかもしれないなんて間抜け面を見て思った。

 誰も助けても、支えてもくれない状態を知らないのだ。

 「で、でも例えそうだとしても簡単に人を殺すなんてやっちゃいけないわ。復讐なんて悲しいだけよ」

 そんな矢上菜々美の声を俺は聞いた。

 何処までも幸せで、明るい世界を生きてきたからこそ出てくるような言葉。きっと俺が復讐で此処に居ると思い込んでる。俺がこの状況を楽しんでいるだなんて欠片も考えていない。

 例え、俺達が復讐で此処に居たとしてもたった一声でその復讐が終わるだなんて普通に考えてあり得ない。

だってそうだろ? 自身が死ぬかもしれなかった事を正論を言われたからと簡単に納得できるわけがない。

 確かに復讐って一般的に見て寂しい事でしかないかもしれない。でも正論が通じないからこその復讐なのだ。

 「俺は睦月が望んだから、ただ手伝ってるだけさ」

 それを言ったのも、やっぱり自分勝手な思いからだった。

 ほら、こうして俺が時間稼ぎをしている間に睦月が徐々に我慢がきかなくなっている。


 「……でっ」


 微かに聞こえてきた睦月の声に、俺はそちらを振り向く。それは向井光一と矢上菜々美も同様である。


 「何で。何で何で光一は私が迎えにきたのにこっちに来てくれないの。何で私だけに言葉をくれないの。何で私を優先してくれないの。何で、ナンで、ナンデ!! 何でそんな女の傍にいるの!」


 心からの叫び。

 きっと睦月は、向井光一が傍に居てくれるだけでよかった。傍によってくればそれで満足しただろう。

 でも向井光一は『壊れた睦月』を認識さえもしていないから、それさえもしなかった。

 だから、俺が望むとおりに睦月がもっと壊れてく。

 「……む、つき? どうしたんだ。何を言ってるんだ」

 「そうよ、睦月ちゃん……。おかしいわよ。そんな事を言うなんて」

 きっと向井光一が睦月の心情を察して、睦月の傍に近寄ったならまた違っただろう。俺が思い描く壊れた睦月は存在しなかっただろう。

 それでも向井光一は、此処に来ても『壊れた睦月』を理解しない。

 ああ、なんて愚かなんだろうか。

 睦月は向井光一が隣にいて、昔と変わらない様子で話しかけてくれればそれだけで平常心を取り戻すというのに。

 向井光一の今の行動は完全に逆効果だ。

 「何で、何で。こーいち。どうして。どうして。私の傍に。折角、せっかく会えたのに。ずっと、ずっと。会いたかった。私は。光一も。私が居なくて。駄目で。私は。光一が居なきゃ。光一も。だって私は。光一の。光一は。私の。そう。そうなのに――」

 呂律の回らない、何処かおかしな様子の睦月。

 異常という言葉を感じさせるような言葉たち。

 それに向井光一と矢上菜々美の顔が怪訝そうに歪んだ。

 そして睦月は自分から向井光一という存在に壊されに行くのだ。

 「―――――あはあははははははははあははは。そっかぁ」

 突然、黙ったかと思えば睦月は笑った。

 「その女が。私から光一を奪う。そいつが。その女が居るから。だから、光一が私の元に来ないんだぁ。あはっ」

 狂気を含んだ目が、矢上菜々美に敵意を向ける。射殺しそうなほどの、殺意もそこには含まれていた。

 その目に、矢上菜々美がのまれていた。

 顔を真っ青に青ざめさせて、きっとこんな殺意を向けられた事が一度もなかったのだろう。

 そうしている間にも睦月は笑ったまま、黒い炎を出した。

 その炎が、一気に矢上菜々美だけを狙って向かっていった。その炎に反応を示したのは向井光一だった。矢上菜々美は動く事さえもままならなかった。

 向井光一の腰に下げていた聖剣と睦月の炎がぶつかり合う。

 矢上菜々美を庇うようにして、その炎をたたき切る向井光一は流石『勇者』と言えるだけの力量は持っているようだった。俺なら睦月の炎――魔力の塊であるそれをたたき切るなんて無理。

 「……なんでぇ。どうしてぇ。こーいちぃ、何で。その女を庇うの。どうしてぇ」

 睦月はその様子を見ながらも、ただ視点のあっていない目で向井光一だけを見ている。

 どんどん、睦月が壊れてく。元々崩壊しつつあった心を益々壊してく。

 その目は狂気と共に、泣きだしそうなほどに歪んでいた。

 「睦月! 何で庇うも何もないだろ。何で菜々美にそんな危ないもの向けるんだ」

 「何でぇ。どうしてぇ。何で。ナンデ。こーいちぃが私にそんな目を向けるの?」

 「何でって……! いいからその危ないものをこっちに向けるな、睦月。どうしちゃったんだよ、睦月。お前、おかしいぞ?」

 向井光一の切羽詰まった顔が視界に映る。向井光一に庇われながらも不安そうな目を睦月に向けている矢上菜々美。

 「おかしい……?」

 「そうだ、睦月。二年間で色々あったのかもしれない。それでもまだ戻れるさ。この国の人達も睦月達に酷い事をしてしまったかもしれないけど優しい人達なんだ。何か理由があったんだと思う。だから、許してやってほしい。復讐なんてやめるんだ、睦月。俺は幼馴染がそんな風に復讐で人生を潰すなんて嫌なんだ。俺が一緒に―――」

 向井光一が口にしたのはまっとうな言葉だ。そしてそれは睦月が『復讐心故におかしくなっているだけだ』と勘違いしている言葉。

 俺はその言葉に―――、

 「ぶっ」

 思わず噴き出した。

 あまりにも『幼馴染』として傍に居た癖に睦月をわかっていない言葉だったから。

 「樹、何を笑って…」

 「笑わずにいられないの当たり前だろ。向井光一さ、お前睦月の事わかってなさすぎ」

 思わず笑えば、その顔がゆがんだ。

 何故そんな事を言われているかわからないという表情が滑稽だった。そんな何処までも楽観的で、睦月の異常さを考えないからこそこいつは睦月をもっと壊すんだ。

 「睦月が矢上菜々美を攻撃するのはただそいつを壊したいからだけさ。お前が矢上菜々美を庇う限り、睦月は止まらないぞ」

 本心からの言葉だ。だって睦月はもうすでに壊れてる。矢上菜々美という存在への憎悪で心が一杯になってる。そんな睦月を止めるためにそれだけの言葉で足りるわけがない。

 「何でお前はあんな睦月を止めないんだ! 睦月がおかしくなっているのに。どうして樹は……。そもそもお前本当に樹か? 樹はお前みたいな喋り方は――」

 「あー、こっちが本当。それに睦月はおかしくなってないさ。昔から睦月はこうだったよ」

 お前が知らないだけでな、なんていう意味を込めて笑う。

 実際睦月は昔からこうだ。向井光一とか他の連中は全く知らなかっただろうけど、俺はあの日、睦月の狂った様子を目撃した日からずっと睦月の狂行を見てきた。

 「何を……! 俺の知る睦月はこんなにおかしくはなかった! 睦月は普通に優しい女の子だった」

 「お前がそう思い込んでるだけさ。……まぁ、いい。本気でお前が矢上菜々美を選ぶっていうなら睦月は止まらないぞ。俺は巻き添えはごめんだからな。まぁ、せいぜいがんばれ」

 俺はどういっても納得しなさそうな向井光一にそういって笑いかけて、彼らから離れる。

 睦月はもう限界だ。

 ずっと求めていた向井光一が矢上菜々美を庇い、矢上菜々美のヒーローである様子が睦月には耐えられない。


 横目に見た睦月の目は、狂気に満ちていた。



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