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過去:14

 睦月は実験が成功してから、自分の中にある力――魔力を使いこなそうと必死だった。

 強さがあれば、向井光一を取り戻す事が出来る。矢上菜々美を殺す事が出来る。

 睦月はそんな風に考えてた。

 それは確かな事実だっただろう。

 それでもそれは考えがたらないような、馬鹿みたいな甘い考えだ。

 睦月は馬鹿で、単純で、あまり考えずに動くような不器用な人間だ。睦月がもっと器用に、例えば向井光一に素直に気持ちを言える性格だったならきっと睦月はこんな風に狂わなかった。

 そんな事を思いながらも目の前に居る睦月へと視線を向ける。

 今、俺と睦月が居るのはサンティア帝国の帝都の城の中にある訓練場だ。サンティア帝国の皇帝直轄部隊には魔法を使えるものも結構な数が居るという。そういう連中が魔法を放っても大丈夫なように施された場所が此処である。



 ―――心の内にひそむ感情よ。

 ―――それを力へと変換させよ。

 ―――我が力をもって、それを出現させよ。

 ―――『黒き炎』



 睦月の詠唱と共に現れる、とぐろをまいて燃え上がる真っ黒な炎。

 自分の中に魔力が流れるようになったからこそわかる。その、強大な魔力を感じる事が出来る。

 睦月の出現させたそれが濃い密度の魔力を、人を簡単に殺せるほどの力を持ち合わせている事が理解できる。

 睦月の意思のままに、その黒い炎が睦月の視線の先にある案山子へと向かってく。

 それが、ぶつかる。

 触れるとと同時に一瞬でそれは燃え上がって、その姿を消すのだ。

 睦月が最も適正のあった属性――それが『闇』と『火』であった。逆に俺は攻撃性の強いその二つの属性の適正は皆無である。

 しばらく睦月は魔法の練習をしていた。

 そして、ぱたりと倒れた。

 「あー、またか」

 俺はそれにそう呟いて、睦月に近づいて、睦月を抱える。

 睦月が倒れる事なんてよくある事だった。何故かというと、魔力は魔力切れ状態――平たく言えば倒れて死にかける――その状態を経験する事により量を増やす事が出来るからである。

 魔力が少なくなると人は活動出来なくなる。そして息が苦しくなり、たっているのもままならなくなる。そして下手したら死ぬ。

 それでも、睦月は魔力切れ状態になるまで魔法を使う。

 元々『魔力炉』との相性が良かったのか、俺よりも魔力量が多いのに、それでも睦月は貪欲に強さを求めた。



 全ては向井光一を取り戻すためだ。ただそれだけのために、睦月は必死だ。睦月にとって向井光一はそれだけのことで片づけられる存在ではない。



 俺は睦月と向井光一の事を詳しくは知らない。

 ただ、時折口にされる睦月の言葉から推測するに、睦月は虐待されていた。そこを向井光一が助けた。

 ――――ただ、それだけの事だった。

 でもたったそれだけのことでも、充分なのだ。

 人が人に執着する理由には。

 人が人を好きになる理由には。

 人間なんて結局単純だ。

 その中でも睦月は特に単純だと言える。

 そんな睦月だからこそ、ころっといったのだと思う。誰も助けてくれない状況で助けてくれたヒーロー、それがきっと睦月にとっての向井光一だった。

 幼く絶望した自分を助けてくれたヒーローが、ずっと自分だけのヒーローであるべきだと睦月はそれを信じて疑わない。

 「――なぁ、睦月。お前きっと助けたのが他の奴だったら、他の奴に惚れてたんだろ?」

 思わずそんな事を口にした。

 それはきっと真実であろう言葉だ。

 助けたのが他の奴だったなら、例えば俺だったとしたら睦月はきっと―――。それを想像する。単純な睦月の事だからきっと、惚れた事だろう。

 誰でもよかったといえばそうかもしれない。

 でも誰が助けてくれたか、誰が傍にいてくれたか、問題はそれなのだ。

 睦月を助けたのが向井光一で、睦月の傍にいてくれたのが向井光一だった。

 そう、たったそれだけの事。それだけのことで、今俺が抱えている睦月は向井光一に依存して、向井光一を愛した。



 気絶した睦月を俺は運んで、医務室に寝かせる。

 目を閉じて、生きてるか死んでいるかわからない、そんな様子で眠る睦月を見ながら俺は―――、睦月が向井光一と幸せにならない未来を願った。






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