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過去:11

 「『勇者』と『聖女』の召喚に貴様らは巻き込まれたのだ。それは理解しているか?」

 瞬間移動なんて現実味のない出来事の先に存在していたそいつは、それはもう楽しげに美しい笑みを浮かべていた。

 綺麗なんて言葉が似合いそうなその笑みを見て、俺が真っ先に思った事はなんて 胡散臭くて、面白そうな人間だろうなんていう興味だった。

 非現実的な事が続いていた事に俺も戸惑いはしていた。

 でも戸惑いよりも俺の心には好奇心の方が大きかった。

 一瞬で移動出来る力があるのかと心が躍った。それに目の前の人間が面白いと思って仕方がなかった。

 「『勇者』と『聖女』とは何ですか?」

 俺はそいつに問いかけた。

 見るからに偉そうで地位の高そうな人間だったから、念のためにため口では話しかけなかった。もしこれで無礼だなんて言われて殺されるなんて事になったら楽しいものが見れない。

 『勇者』と『聖女』なんて地球では本気で言っている奴が居れば馬鹿にされる事極まりない事を大真面目に告げる事が出来る世界のようだ。此処は。

 巻き込まれたと言った。

 それならば、俺と睦月は向井光一と矢上菜々美に巻き込まれたのだろう。あの時一緒に居たのはあの二人なのだから。

 常々、何かの主人公のような奴だとは思っていたが本気で『勇者』なのかもしれないと思うと向井光一の事が何だか愉快になった。

 俺の問いかけに、そいつの赤い目が鋭く細められた。

 見定めるような目がこちらに向けられる。俺はその目を見返して、逸らす事はない。

 そいつは、俺のそんな様子におかしそうにくくっと笑った。俺はそれを聞いて、場違いにもそんな風に笑う奴居るんだとただ面白くて仕方なかった。

 「『勇者』と『聖女』はこの世界の救世主などと呼ばれる存在だ。時折現れる『魔王』を倒す事が出来るのは『勇者』だけだ。そして『魔王』が存在している間にこの世界に満ちる瘴気を浄化出来るのは『聖女』だけだ。そしてそれらは、この世界で見つからない場合は異世界から調達される」

 そいつは偉そうに椅子に腰かけたまま、一気にそう説明してくれた。

 本当に異世界ファンタジー的なものだった。ゲームなんかでよくありそうな設定である。

 俺と睦月は、向井光一と矢上菜々美に巻き込まれてこの場所に居るのだ。そして目覚めた時牢獄に入れられていた事を考えると俺と睦月は邪魔ものとして排除されようとしていたのかもしれない。

 それを思えば目の前の男が何者かは知らないが、命を救ってくれた事はありがたく思う。俺たちはこの男に助け出されなければ殺されていたことだろう。最もただで助けてくれたわけでは決してないだろうが。

 それでも生きてさえいれば俺は面白い事を見てられる。死んだら、終わりでそういう面白い事が見れなくなるからな。

 「『勇者』と『聖女』? 『勇者』が私の光一? 私の光一がそんな面倒で仕方がない事強要されているの? そのために私が光一の傍から引き離されたの? 許せない。許せない。私の、私の光一なのに」

 俺の隣でそいつの言葉を聞いていた睦月は突如、ブツブツとそんな事を言い始めた。

 そんな睦月の様子に、目の前の男は驚いた顔をした。その後、面白そうに口元を上げたのを俺は見た。

 あ、こいつ俺と同類だ。

 なんて俺が感じたのも仕方ないだろう。だって明らかに情緒不安定で、何処かおかしな様子の睦月を見て引いても恐怖しても居ないのだ。

 普通ならこんな女を見れば何処か不気味なものを見る目になる。

 それが常識だから。異世界では睦月みたいな女が珍しくないなら別だが、それならば驚いた顔はしないだろう。

 「貴様は『勇者』を好いているのか」

 「……愛してる」

 男の言葉に一端冷静になったらしい睦月は、その問いかけにただそう答えた。

 愛してると。

 ただ向井光一の事を愛しているのだと。

 中学生が本気でそんな事を言うなんて現実じゃほぼあり得ないのに、睦月は何処までも本気でそう言っていた。

 その人じゃなければいけないなんていう執着。

 その存在がいなければ狂ってしまうというまでの依存。

 それを中学生っていう幼いながらに睦月は持っていた。だからこそ、俺は睦月が面白くて、見ていて好きなんだ。

 「貴様は『勇者』に会いたいか?」

 そいつは『愛してる』なんて陳腐な言葉を告げた睦月を見て、笑った。

 「……私は光一に会いたい。私と光一を引き離した奴らを殺してやりたい。私から光一を奪った奴らから光一を取り返したい」

 睦月はそう言った。

 会いたいといった声は酷く甘かった。だけど続けられた殺してやりたいと告げた声は何処までも本気と聞いている方に思わせる変な響きがあった。

 俺がそれを聞いて何を思ったかと言えば、俺は――歓喜していた。

 異常な事だってぐらい理解している。だけど睦月が、躊躇いもせずに殺してやりたいと口にした時の声が、表情が、目が、今まで見た事ないって位の狂気を見え隠れさせていたのだ。

 「ほう? 無残にも我が助けなければ殺されていたであろう貴様がどうやって取り戻すというのだ?」

 男は俺同様、口元を緩めていた。

 その目は睦月を面白いと思っているかのように輝いていた。その言葉はきっと睦月を見定めるための言葉だった。

 「……今のままなら、私は光一を取り戻せない。それが貴方の意見?」

 「当たり前であろう。たかが小娘一人に後れをとるほどフェイタス神聖国は甘くはない」

 男が笑って続けた。

 フェイタス神聖国――それが俺達を召喚した挙句、処分しようとした国かと俺はただ冷静に男の声に思考した。

 俺を処分しようとした事は憎むべきものだろう。でも俺はそれよりも感謝を胸一杯に感じていた。

 もっと狂った睦月を見れる予感がひしひしとして、俺は事実興奮していた。

 「………」

 睦月は一端、男の言葉に下を向く。ぎゅっと拳を握るその手は微かに震えていた。

 その様子に男は一瞬、つまらなそうな顔をした。睦月が何か面白い事を言い出すのを期待していたのだろう。

 だけど結局、その後、睦月は俺や男の期待するような事を言った。

 睦月はふと顔をあげて言うのだ。その目に意志を宿らせて。



 「今の私じゃできないなら、何としてでも光一を取り戻せるようにするだけよ。此処が異世界だとか、光一が『勇者』として召喚されたとか、そんな事情私にはどうでもいい。光一が私の傍に居ない事が問題。だから、絶対に光一を取り戻すの。だって光一は私のものだから」



 此処が異世界だというなら、睦月には不安は少なからずあるだろう。それでも自分に暗示するかのように睦月は『異世界だとかどうでもよい』と口にした。

 自分の知らない世界に対する恐怖よりも、睦月にとっての一番の苦痛は向井光一が傍に居ない事なのだ。

 例えばこの場で共にいるのが俺じゃなくて向井光一だったならば、睦月は幸せそうに微笑むだろう。

 寧ろもし目の前の男に助けられる事なく、処罰されたとしても、向井光一と一緒に死ねるなら睦月にとって本望かもしれない。

 向井光一が先に死ぬのも、自分が先に死ぬのも、きっと睦月は嫌だと思っているはずなのだ。少なくとも俺がずっと見てきた睦月はそんな考えをしている。

 男が睦月の言葉に笑った。

 俺も睦月のその態度に笑みを零す。

 俺も男も、神無月睦月って言う面白くて仕方がない存在が何を起こすかきっと期待している。

 「くくっ……そうか」

 男が笑った。その美しい顔を何処か悪そうな笑みに変えて。

 「それならば都合が良い。どっちにしろ我は貴様らを実験材料として生かしたのだ。それが貴様の望みなら、下手に拒む事もしなかろう?」

 男が笑う。

 不遜に、何処か気品のある笑みを浮かべて。

 実験材料、と男は口にした。

 やはり思っていた通り、こいつは俺達を決して善意だけで助けたわけではない。寧ろ見るに俺達を何かしらの理由で利用するためだけに、自分のためだけに連れてきたのだろう。

 まぁ、異世界で見返りなしに助けたって言われた方が警戒するからこの男みたいにはっきりしている方が俺としても良いけどさ。

 「一つ質問です。実験材料とはどういう意味ですか」

 「それを聞いて貴様はどうする?」

 「どうもしません。というより出来ないのは貴方もわかっているでしょう。でもただ一つ、自分が何をされるか知っておきたいだけです」

 「ほぉ? それだけか」

 「そうです。俺は生きてさえいられれば、俺が俺としていられれば他はどうだっていいですから」

 まぎれもなく本心だった。

 結局の所俺は興味深くて面白い人間が居ればそれで良いのだ。面白くてたまらない事があるならば場所が『地球』であろうと『異世界』であろうと関係ない。

 何処だっていい。

 それに睦月をもっと狂わせる事が出来そうな『異世界』に来れた事は俺にとって嬉しい事だった。

 「ほぉ、お前も面白い奴のようだな。いいだろう、教えてやる」

 男は俺の言葉に面白そうに笑い、言葉は続けられる。



 「生物に魔力を蓄える実験――要するに魔法を使えない生物に魔法を使えるようにする実験だ。失敗すれば貴様らは死ぬ」



 『魔法を使えるためにする実験』――男はそういった。


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