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『魔法』と呼ばれるものの話をしよう。
それは地球には決してないものであり、この世界と地球が決定的に違うと結論づけるもっともな理由の一つである。
地球で魔法の存在を口にすれば馬鹿にされるだけだ。そんなもの科学的にあり得ないとされているから。
だけれども、この世界には『魔法』と呼ばれるものが確かに存在する。
それは決して誰にでも使えるような万能な力ではない。
幾つか必要なものがある。
魔法を扱うに足りるだけの魔力。
魔法を放つために必要な魔力を体に巡らせる事が出来るだけの魔力回路。
魔力を感じる事の出来る才能。
魔法を使えるだけの才能。
絶対に努力では手に入らないものが沢山ある。
『魔法』を使える者と使えない者の差は激しい。
『魔法』を使えるというだけで、国の重役になれる事もある。
利益は沢山ある。だけれども不利益も多い。
『魔法』を行使出来る人は、国にとって手元に置きたい駒である。
綺麗なだけの世界なんて存在しない。組織が大きくなればなるほど、その闇は濃くなるものだと少なくとも俺は思ってる。
そして利用されるのだ。国のために。どんな犠牲を払っても『魔法』を使える者を国は手に入れようとする。
俺と睦月は元々『魔法』を使うためのものが足りなかった。
「…あー、壊していいかな?」
だけど、今俺達は確かに『魔法』を使えるようになっていた。
現に今、睦月はその手に闇色の炎を出して、俺に『壊していい?』と無邪気な目を向けている。
純粋な子供が我儘を言うような、そんな態度の睦月。
それは決してこんな穏やかな風景の見える道中でいうべき事ではない。だけれどもこれだから睦月は面白いのだ。
「駄目だ。此処ら辺はもうフェイタス神聖国に近いだろ。下手に動くと神聖騎士達が弾圧しに来るぞ」
子供をなだめるように俺は睦月に言う。
俺の隣を歩く睦月はその言葉に一瞬きょとんとした顔を浮かべて、次に不機嫌そうに顔を歪めた。
「もー、神聖騎士とか私嫌い!」
「まぁ、そういうな。どうせ、後からたっぷり殺せるんだからさ」
「えー。後からより今殺したい。殺して殺して殺して――全員皆殺しにしたいかなぁ。心情的にはねぇー」
俺の言葉に睦月は表情を変えた。
にこにこと楽しげに笑う顔。それに不釣り合いな何処までも物騒な言葉。
『神聖騎士』はフェイタス神聖国と呼ばれる『勇者』と『聖女』を召喚する力を持つ、宗教国家のトップクラス国に仕える騎士の事を指す。
王への忠誠心を絶対的に持ち合わせていて、サンティア帝国における俺達以外の『蘭』の連中と似たような奴らと思ってくれればいい。
睦月は奴らが非常に嫌いである。それはもう全体皆殺しにしたいとさえも思っているぐらい。
俺だって『神聖騎士』に良い思いはない。というか、フェイタス神聖国自体特に好きではない。
フェイタス神聖国の王は非常に慕われている。
聡明で、民の事を考えて、慕われている『賢王』などと呼ばれている男だ。
そんなつまらない、何処にでもいるような『王』など俺は好きにはならない。まだサンティア帝国の『皇帝』の方が面白い。
あいつは非道な事も躊躇わずにやる。それでも周りからの信仰を失わないだけの強烈なカリスマがある。
フェイタス神聖国の王にもそれはあるだろうが、『皇帝』のそれとは比べると俺にはちっぽけに感じられる。
「好きにやればいい。やるならやる事やってからだけどな」
笑ってそう告げれば睦月も、
「うん」
と嬉しそうに笑みを零したのだった。