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過去:8

 そしてあの日がやってきた。



 「ふふ、あのねー」

 睦月は笑っていた。

 「もう二度とあの女が光一の傍によらないように」

 まるで歌でも歌うかのようにご機嫌に。

 「光一の視界に入らないように」

 にこにこと笑いながら。

 「光一の声を聞かないように」

 名案だとでもいうように。

 「光一の姿を見ないようにするのぉー」

 それを宣言した。

 「光一を見る目をくりぬきたいの」

 それは率直な願望だった。

 「光一の声を聞く耳をはねたいの」

 脳内でそれを思い浮かべているのだろう、笑ってる。

 「光一に話しかける口を切り裂きたいの」

 狂気に満ちた言葉が続けられる。

 「光一の傍に近づく足をボロボロにしたいの」

 にっこりと、口元を上げる。

 「そしてね、光一に二度と近づけないように首を切断したいの」

 睦月がそういってほほ笑んでいた、あの日が。

 矢上菜々美を殺そうと睦月が本気で考えたあの日がだ。


 睦月は狂った。


 あの向井光一が、矢上菜々美に惚れたなんて笑顔で睦月に言ったから。

 睦月がそれを聞いたらどうなるか、どう思うか、それを全く考えもせずに祝福してくれると信じて向井光一はそれを睦月に告げたのだ。

 だからあの日、屋上で睦月は今まで見た事ないぐらいに狂った表情を見せていたのだ。歪んだ目には微かに悲痛さがにじみ出ていたのが俺の記憶に残った。

 どうしようもないくらい狂って、矢上菜々美を殺すといったあいつに俺は協力するといった。

 常識的に考えれば止めるべきだっただろう。

 でも俺はもっと狂った睦月の事、見たかったから。

 何処までも狂って、向井光一に依存していた睦月がどうしようもなく辛そうに見えたkら。


 そしてその二日後、俺は睦月と共に帰宅することになった。

 その場には向井光一と矢上菜々美も居た。




 「樹も一緒とか嬉しいな」

 向井光一は俺が優等生ぶったまま「一緒に帰っていいですか?」と問いかければ迷わずに頷いた。

 警戒心の一切ない様子で、俺を信じ切った態度で笑う向井光一に思わず馬鹿にしたように笑いたくなった。

 「寺門君も一緒なんだね」

 矢上菜々美も人懐っこい笑みを浮かべて、俺が一緒に帰る事を簡単に受け入れた。

 その日、俺と睦月は矢上菜々美を殺そうと思っていた。

 全くこちらを疑いもしていない矢上菜々美を誘導して、睦月がとどめを刺す予定だった。向井光一にバレないようにやる予定だが、警察は無能ではない。

 馬鹿みたいに一直線な睦月は完全犯罪なんてものには全く向いてはいない。きっと何か証拠を残すだろう。

 そうすれば向井光一は睦月がやった事を知るだろう。

 俺はその瞬間が見たい。

 向井光一が犯人が睦月だと知って何をいって何を思うか、そしてそれを経験して睦月がどれだけ壊れて、狂うか。

 悪趣味なのは理解しているけれど、それが見たくて見たくてたまらないのだ、俺は。

 だからこそ、俺は『殺人事件』なんて真似に加担する。自分の好奇心を満たすためだけに。

 「ええ、今日はそちらの方面に用事がありまして」

 適当に理由を作って笑う。

 この笑い方も人の機嫌を損ねないような作られた笑みだ。作り物の俺を疑わない連中は本当に滑稽だ。

 「それよりはやく帰ろうよ」

 しばらく校門付近で話していれば、睦月が笑ってそれを急かす。

 その笑みが、矢上菜々美を殺せるという事実に興奮して、速く殺したいと願って浮かんでいるものだとその場で俺だけが理解していた。

 「ちょっと、菜々美と女の子同士の話がしたいんだぁ」

 俺達は歩道を二列に並んで歩いていた。向井光一の隣に当たり前のように矢上菜々美が居る事実が余計睦月をいら立たせていた事が俺にはわかった。

 睦月が笑みを浮かべて矢上菜々美に笑いかけたのは、丁度人気のない路地―――家に帰るのに近道になるその場所に差し掛かった時だった。笑顔の睦月の言葉に「わかったわ」と矢上菜々美は疑いを一切感じさせない笑みで頷いた。

 「何の話だか楽しみだわ」

 「ふふ、それは二人になってから言うね」

 優しげにほほ笑む矢上菜々美の手を、睦月が引いて行こうとする。

 はやく二人っきりになろうとする様子は、事情を知らない人からすれば『はやく話がしたいのだろう』という微笑ましいものかもしれない。だけど実際は矢上菜々美を殺したいがために睦月はあれだけ笑顔なのだ。

 その睦月が手を入れている鞄の中には包丁がある事を俺は知っている。はやく矢上菜々美を殺したくて仕方のない睦月はもう既に包丁の柄に手を伸ばしている事だろう。

 本当、今から『殺人』を犯そうとしているというのに何も感じないとでもいうように笑える睦月が面白くて仕方がない。



 そしてそれが起こったのは、丁度睦月が矢上菜々美を連れていこうとした時である。



 突然、地面が光った。

 比喩ではない。酷く現実味のない事に地面が光り輝いていた。

 それは俺達四人を囲うようにして存在しているものだった。

 「え?」

 誰かが驚きに声を上げた。だけどその声は何の意味もなさない。

 光り輝いたそれは、一瞬にして俺達を飲み込んでしまった。



 ―――そう、その日、俺と睦月は異世界召喚に巻き込まれたのだ。



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