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 フェイタス神聖国に向かう途中、こんな事を言った人が居た。

 


 「『魔王』を倒した『勇者』様と『聖女』様が結婚なさる」



 そこはマハラ王国の辺境の村だ。

 小さな村だった。村人は全体で三十人ぐらいしかいない。娯楽も何も存在しない、生活感にあふれた村である。

 旅人として滞在していた俺達は黒装束の恰好を不気味がられていたものの、心優しい村人達に受け入れられていた。

 黒装束はサンティア帝国では『蘭』の服装だとわかる。でも閉鎖的なあの帝国の内情を外の国が知るはずもないのだ。

 まぁ、日本人にしては色素の薄い茶髪の睦月はともかく、俺は黒髪黒目だ。

 瞳も髪も黒となると世界中でも珍しい。

 現在の『勇者』と『聖女』が黒髪黒目なのもあって、その色は今は神聖とされているらしい。

 『勇者』と『聖女』が召喚されるまでは不吉とされていたらしいのに、随分都合の良い思想転換だと思う。

 今まで黒色は魔物達の色で不吉だからと差別していたというのに、いきなりそんな風になったのだ。黒色を持っている人からすれば喜ぶべき事かもしれないが、今まで差別されてきた事実が消えるわけでもない。

 珍しい不吉な色を持っていた人の中には家族を奪われた人だっていると聞く。一度抱いた憎しみは簡単には消えないものだ。制度が変わった事実を素直に喜べない人も中には居るだろう。だって失った命は二度と戻ってこないのだ。

 だからこそ、実際に犯罪組織かなんかのトップは黒目を持っている男だとも『皇帝』から聞いた事がある。

 『勇者』と『聖女』はきっと都合の良い事実ばかりを耳に入れらされて、そういう事情を詳しく知らないのだろうと思う。

 只の推測だけれどもあの二人の性格からしてそれは間違いない気がする。そう思ったらなんだか面白い。

 自分達がやっている事を正しい事だと信じ切って、『勇者』や『聖女』としての役目を終えてこれからきっと幸せになる事を疑ってないだろう。

 俺達が行動を起こしたら、あいつらはどんな表情を浮かべるだろう。それを思うと何だかわくわくしてきた。

 「まぁ、それは素晴らしい!」

 「『勇者』様と『聖女』様がご結婚ですか!」

 「嬉しい事だね!」

 『勇者』と『聖女』の結婚の話をした旅人を囲うかのように村人達が集まる。旅人のもたらしたその情報に皆が笑顔を浮かべていた。不服そうな顔をしている者は旅人の周りには一人も居なかった。

 人々の脅威であった『魔王』を討ちとった『勇者』。

 そして人体に悪影響を与える瘴気を浄化して回った『聖女』。

 『魔王』を倒した事により魔物の活発が収まった。そして瘴気の浄化により瘴気に侵される事がなくなった。

 二人は真に世界の救世主だった。

 「私も人づてに聞いた話なんですけれども『勇者』様と『聖女』様は思いあっているらしいのです。なんて素晴らしい事でしょう」

 二十代後半ぐらいの、赤髪の旅人がそう言って朗らかに笑った。

 その言葉に集まってきた村人達はまた笑みを零す。俺達はその輪の中には入らないで、村を囲うようにして存在する柵にもたれかかっていた。

 隣に立つ睦月の目が、細められたのを見て俺は笑った。

 「あんたたちもこっちに来たらどうだい? 『勇者』様と『聖女』様の結婚なんてすばらしい事が――」

 優しげにほほ笑む、おばさんが俺達に向かって告げた言葉は睦月の笑い声にかき消された。


 「……あはっ」


 突然の、小さな村に響き渡るような笑い声。

 それに集まった子供も、若い女性男性も、老人達もその笑い声の発信源の睦月へと視線を向ける。


 「あはははははははははっ」


 心底おかしいものを聞いたとでもいうような声が響く。

 それに周りの人の顔が怪訝そうに、可笑しなものを見る目に変わる。

 それでも睦月の、狂気は止まらない。

 その黒目に確かな狂気が宿った。

 口元を緩めて、何処までも楽しげな様子。

 そしてありえない事を聞いたとでもいうようにその顔には深い笑みがあった。

 黒装束を身に纏っている事も相まって、余計その姿は不気味に見える。

 俺はそんな睦月の姿や睦月に怯えたような目を向ける村人達を見て思わず口元を緩めた。本当、睦月の傍は退屈しなくて楽しい。

 「あ、あんた――」

 俺達に声をかけようとした先ほどのおばさんの声は、続けられなかった。


「あはっ」


 その場には似つかわしくない笑い声と共に、その人は一瞬で黒い炎の中に消えた(・・・・・・・・・)。文字通り突然現れた黒い炎が女性を飲み込んで、一瞬で灰さえも残らないほどに燃やしつくされた。

 「……え?」

 周りから何が起きたかわからないとでもいうような、理解したくないとでもいう声が聞こえた。

 その表情は驚愕に染まっている。

 信じられないものを見る目が、睦月に向いていた。

 その表情を見て、俺は何だか楽しくなった。

 日常が続く事を疑わず、将来に不安も何も感じてなかった。そんな能天気な様は滑稽だった。

 隣に立つ睦月はそんな俺とは違った意味で笑みを浮かべていた。

 「ふふふ」

 睦月は笑うだけで、動きもしない。

 それでも睦月の笑い声と共に現れた禍々しい黒い炎が人の命を無慈悲に奪ってく。今度散った命は三つだった。

 瞬きをするほどのほんの一瞬。

 それだけの時間で睦月の黒炎は人の命を散らしていく。

 「いやああぁ、お母さん!」

 「あ、あんたがこんな酷い事をしたのか!」

 ようやく二回目の笑みと共に人が消えたのを見て、悲鳴が上がる。中には睦月を非難する声もある。

 恐怖に満ちた瞳が、俺と睦月に向いていた。

 だけど、だからといって睦月が止まる理由は何もない。

 そして俺が睦月を止める理由も、何もない。



 「はははははははははは」

 睦月に近づこうとした男が。


 「あはは」

 悲鳴を上げて逃げようとした女が。


 「ふふふはは」

 肉親を失った憎しみに向かってくる子供が。


 「あはっ」

 逃げ纏う足の悪い老人が。



 全てが燃えていく。

 全てが黒い炎に飲まれていく。

 塵さえも残らずにその村にいた全ての人が、睦月の手によって消えていった。

 全員が燃やしつくされた後は、まるでこの村に誰も住んでなかったかのようにその場は静まり返っていた。先ほどまで人が生活していた後はあるのに、文字通り肉片すらも残らずに人は消えた。

 後から現場を見てない人間が見たら、神隠しかなんかだとでも勘違いしてしまいそうなほどに何も残っていない。




 その村に残されたのは、

 「睦月、面白いけどあんまり派手にやるなよ。目的が達成できなくなるだろ」

 笑いながら睦月を咎める俺と、

 「もー、いいじゃんかぁ。だってこいつらふざけた事いってたんだもん! でも今度からは我慢するよ! 光一に会えないまま何かあるのとか嫌だもん!」

 不機嫌そうに子供みたいにそんな風に言う睦月だけだった。



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