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どどど、童貞ちゃうわ!  作者: 100均のルーズリーフ……
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かんわ・あすかのつぶやき


私の大切な人について話そうと思う。


一番初めに挙げるとするならば、やはり両親だろうか。


この苦しいご時世に汗水垂らして子供のために働いてくれる両親には感謝しても尽きない。


両親が大切な人だなんて、数か月前の私には思っても口になんて出さなかった。

それは反抗期だとか、思春期だとかの言葉で片付けるのは容易だ。

だが、私をその厄介な状態から抜け出してくれた人たちにはもっと感謝している。


一人は能登隆春。私の最も大切な人であり、彼氏だ。


彼との出会いは今から四年前。中学一年生の時まで遡る。


当時の私はどうしようもなく嫌な女の子だった。

丁度下の弟が生まれたことと重なり、私の中学校の入学式や、その他諸々の私の事が全ておざなりになり、弟優先となっていた。

両親が弟にベッタリというのにそこまで腹は立たなかった。これが小さい子供の時だったら、親を取られたようで駄々をこねたかもしれない。でも私はもう中学生だ。逆に親が鬱陶しいと感じてくる頃だったので、弟の出生は素直ではないにしても喜ばしいものだった。


親は良かった。だが親戚がいけなかった。

うちは特別裕福な家庭ではない。特別貧乏でもなければ金持ちでもない、所謂中流家庭の子供だ。

だが、母方の実家は非常に面倒なことに、今だに男尊女卑を謳っている堅物集団であった。現代社会でそんなものがまだ残っているのかと耳を疑ってしまった。


弟はそれはもうちやほやともてなされた。

逆に私は女の癖にとますます風当たりが強くなった。なまじ私の優秀だったのがいけなかったのだろう。降りかかる非難罵倒に両親でさえ眉をしかめたというのに、当の私は馬耳東風と聞き流していた。だからか、両親はその点で慰めてくれはしたが、勝手に私を強い子と認識したのは頂けなかった。ますます弟の世話に熱を入れ、あまり私の方に関心が寄せられることはなくなっていった。気づいて欲しかった。別に親戚に何か言われるので心を痛めることはなかったが、それでも嫌だな、くらいには思っていたのだ。勝手に私を強くしないでくれと、そう思った。だがそれも随分と身勝手な話だ。何せ私はその時両親と殆ど会話らしい会話などしていなかったからだ。自分から歩み寄っていないのに分かってくれとは無茶苦茶である。でもそれは今だから言える話で、やはり当時としては納得がいかなかった。


自分が不幸な子供だとは一度も思ったことはない。そんなこと思うだけで失礼だ。世界には、どころか日本にでさ私より不幸な子供は腐る程いる。私は我儘であった。我儘を自覚しつつも楽しくなかった。楽しみといえば学校に行くくらいだ。家が楽しくないと途端に学校が楽しくなる。楽しくなる、というよりは、家から離れること自体が嬉しいということなのだろう。本当に当時の私はどうかしていたのではないかというほど家が嫌いだったのだ。


私には数人の友達がいた。

りっちゃんとなっちゃん。

この二人は高校で別れてからも頻繁に連絡を取り合う親友といっても過言ではない。

友達付き合いの下手な私は、自分から友達を作るというのに向いていない。だから入学式の日にこの二人に声を掛けられたのは本当に幸運だった。


りっちゃんはアニメが好きなちょっとオタクっぽい子で、なっちゃんはオシャレ好きな派手な子だった。

好みのベクトルが全く違う二人がどうして一緒にいるのか私には不思議でならなかったが、すぐにわかった。


異性の好みがかなり二人とも近い。


りっちゃんとなっちゃんは小さくてマッチョな男の子がタイプらしいということは比較的すぐにわかった。


二人がどうして仲良くなったのか不明だった私はそれで納得がいった。


りっちゃんはともかく、なっちゃんは見た目通り色恋沙汰の話が大好きだ。

話題に詰まればクラスの男の子の話になったりする。ひとしきり自分が騒いだ後に、そういえばと切り出してから私たちはどうなのかと訊くのが普段の会話だった。


答えはきまってNO。

りっちゃんと私は手をひらひら振って「興味ありません」と言った風に主張する。事実その通りだった。が、内心心臓がバクバクだった。先日気になる男の子が出来た。そのことを二人にはまだ話してはいなかった。


その子の名前は能登隆春といい、目立たない私と違い同じ一年生だというのにもうサッカー部のレギュラーになっているほど凄い人だった。

人当たりも良くて、優しくて、その上二枚目だ。これは私の好意フィルターがかかっているというのは自覚している。それでも耳に入ってくる話ではやはり能登君は女子に人気があった。


彼と私との間には接点がなにもなかった。

話したことも無ければ、同じクラスでもない。

ではなぜ好きになったのかと尋ねられると、こう返すしかない。分からない、と。


彼と話すことは無かったが、入学からずっと姿だけは目で追っていた。こう表現するとまるでストーカーのようだから否定させてもらうと、私が所属する吹奏楽部の部室である音楽室からはグラウンドが一望出来るのだ。


いくつかの運動部がグラウンドでひしめき合っていて、その中にサッカー部の姿があった。

練習の合間になんとなくグラウンドを眺めると、ちょうどサッカー部の練習試合だったようで、誰かが得点を入れるところだった。


相手選手を掻い潜ってシュートを放ち、ゴールネットぎりぎりの所を狙い撃ったその姿に私は感心した。凄いな、と。


遠目だから相手はよくわからなかったが、黄色のシューズを履いている彼を私はしかと目に焼き付けた。


それから私は機会があれば黄色のシューズの人の姿を目で追っていた。またあのシュートが見れるかもしれないと期待したからというのもあったし、ぼんやりと外の活動に目を落とすのではなく、目印を付けて眺めた方が楽しかったというのが本音だ。


能登隆春の名前はなっちゃんの口から零れた。


入学から少し経ったお昼休みのことである。

サッカー部の一年でエースストライカー。

記憶の中の黄色のシューズの人と結びついたが、確信は無かった。なっちゃんはほら、と言い、昼休みのグラウンドに目を投げた。数人の男子がサッカーをしており、その中に黄色のシューズの人がいた。誰? とりっちゃんが訊くと、あの人といってなっちゃんは黄色のシューズの人を指差した。やはりそうであったか、と私は少しだけさみしく感じたが、りっちゃんはあまり興味が無かったらしく、すぐに弁当箱のおかずに夢中になった。なっちゃんは私の顔色を見て、どうしたと訊いてきたが私は答えなかった。


私がこっそり応援していた彼が、実は皆に注目されているエースだなんてなんだか寂しかったのだ。これではまるで私も彼を好いているその他大勢の一人ではないか。


その時に気がついた。

あぁ、そうか、自分は彼を特別だと思っていたのだ。

女の子がきゃいきゃいと黄色い声を上げて彼を見るのに複雑な気持ちを感じたのも納得した。


私は彼に恋をしていたのだ。


自覚した想いをどう処理しようかと悩んでいたが、考えてみれば彼は人気者で、そもそも私とは接点がない。思い悩んだところでどうしようもなかった。それでもこのもやもやした気持ちをどう片付けたら良いのやら。


りっちゃんとなっちゃんにはこの事は話していなかった。

彼女たちが信用できなかったのではない。ただ叶わないであろう初恋を誰かに話そうと思うほど酔狂な性格ではなかったというだけだ。


隆春のことはそんな感じでけりを付けていた。まさかあの時は隆春と恋人関係になるなどとは夢にも思っていなかった。

きっかけは保険委員会だった。

あみだくじで決まったクラスの委員。私はさして好きでも嫌でもなく始めての委員会会議に出た。そこで彼と出会った。


彼は自分の名前を酷く嫌ったので、これからはキューちゃんと呼ぶことにする。

私たちのせいで呼ばれるようになるこの不名誉なあだ名だが、彼は別段気にした風でもなかったから。

彼が私の大切なもう一人の友人だ。


キューちゃんは一見ちゃらそうな男だった。

初対面から「元気?」などと言われても「はぁ、健康です」としか返せない。初めはぎこちない関係だった。

キューちゃんの事は存在だけは知っていた。

所詮一学年四クラスしかないこの中学だ。お調子者は目立つのだ。その筆頭がキューちゃんだった。私が敬遠した理由も推し量れよう。

しかしキューちゃんはその見た目とはかけ離れて親しみやすい性格だった。より正確には私と近い考えを持っていた。


食べ物の好みが合うことは無かったが、読書の趣味や、好きな芸能人などが被っており、彼との会話は尽きることが無かった。何より、家族の話が嫌いという所も、同じだった。


出会ってから数ヶ月。不思議なことにキューちゃんに異性を感じたことは無かった。

外見は悪くなく、寧ろ平均より良いキューちゃんの容姿は、中身さえ知ればむしろ好きになりそうな筈なのに、私たちの間には友情こそあれ愛情はなかった。それは向こうもそうに違いないと思っていた。なぜなら、キューちゃんは私と話すとき私を意識しているという仕草が全くなかったからだ。男子と話す時はそれなりに相手が自分に好意を持っているかということは案外わかる。だがキューちゃんには親しみの視線は感じても、下心満載のその他の男子のような感じはしなかった。だからキューちゃんと私の間には奇妙な友情が成り立っていた。


なっちゃんは私の意見に反対していた。男女間で友情など生まれるわけがないと力説していた。むっとした私はキューちゃんに「私たちの友達だよね?」と何度か確認したものだ。その度に彼は大きく肩を落とし、暫くすると満面の笑みでサムズアップした。りっちゃんはボソッと「笑顔が引きつってる」などと漏らしていたが絶対になっちゃんの意見に乗っているだけだと思った。


ある時廊下でキューちゃんと出会ったとき、私はグラウンドに目をやっていた。能登君の姿は未だに目で追ってしまう。キューちゃんは何見てんの? と言った調子で近づいてきた。

私は適当にぼかしたが、キューちゃんは衝撃的な事を口走った。

「おー、能登のやつ頑張っちょる頑張っちょる。よくやるねぇ」

と。

能登君の事を知っているのかと私は尋ねた。声が上ずらなかったのは良くできたと思っている。

訊けばキューちゃんと能登君はあまり交友のない幼馴染のようなものだと分かった。今でも廊下で会えば軽口くらいは叩き合う仲らしい。が、その話の大半を私は聞き流していた。

そうか、キューちゃんに相談しよう。

脊髄反射のようにそう思ってしまった。

キューちゃんと私はそれから別れた。

私はキューちゃんにどう相談しようかと迷った挙句、手紙で呼び出して話を訊いてもらうことに決めた。

携帯電話を持たしてもらえなかった時分である。奥手な私はキューちゃんのクラスに単身で乗り込めるわけもなく、さながらラブレターのような形になってしまった。大丈夫だ。キューちゃんならそんな勘違いはしない。私なそっとキューちゃんの下駄箱に手紙を忍ばせた。



それからキューちゃんは私の為に色々と動いてくれた。

私の告白にはすごく驚いていたようだが、すぐに頷いてくれた。

キューちゃんはまず能登君と小学校の時のような関係に戻そうと能登君に絡みに行った。二人はすぐに仲良くなった。

仲良くなるとキューちゃんは時々二人の会話に私を混ぜるようになった。

ごく自然に、廊下で通りかかった時「へいあーちゃん!」と呼んでくれるのだ。ちなみにあーちゃんというのは私のことだ。私は彼をキューちゃんはと呼び、彼は私をあーちゃんと呼んだ。さり気なく能登君が私とキューちゃんとの仲を疑いそうになったが、キューちゃんが能登君にもあーちゃん呼びを強要させると誤解は起こらず上手く行った。ただし能登君は普通に私の苗字呼びだったけど。


能登君も私も奥手だった。

あんなにモテる能登君にどうして彼女が出来ないのか不思議だった。キューちゃんは眉をしかめて、あいつはヘタレだと罵っていた。冗談だと分かっていたが、私はそんなことはないと強く否定した。愛されてるねーとキューちゃんは私の方を見ずに冷やかした。私は顔が真っ赤になるのを感じた。


いつまでも続くかと思われた私と能登君との関係。それを打ち破ったのは能登君からだった。


いつになく神妙な顔つきの能登君と私は二人で向かい合っていた。

今日、学校に着いたら能登君からの手紙が下駄箱に入っていたのだ。

まるでいつかの私とキューちゃんだな、と私は思った。


教室には既に能登君しかいなかった。

指定したクラスは能登君のクラスで、仮にクラスの子が忘れもしてきて入ってくるかもしれないというのに、考えてみれば私の彼氏はチャレンジャーだったのかもしれない。


能登君は意を決したように私に向かい合った。その顔は熟れたトマトよりも真っ赤だった。


彼の口から紡ぎでた言葉に、私の顔も真っ赤になった。

教室には二つのトマトが向かい合っていた。

その日から彼と私は恋人になった。


後日、私はキューちゃんにお礼を言った。キューちゃんは素知らぬそぶりで手をひらひら振った。


彼が居なかったら隆春とは付き合えなかっただろう。そのことに私は今でも感謝している。


中学を卒業した後、キューちゃんと隆春は同じ高校に進んだ。二人の仲は相変わらずらしい。

聞けば今キューちゃんは学校でエンジェル様と呼ばれているのだとか。

人気があるのは結構なことだが、キューちゃんはあれで冷やかされるのを結構嫌う。ストレスを感じてはいないだろうか。

そういえば、隆春が最近面白いことを口にした。キューちゃんに意中の相手ができたかもしれないという話だ。

私は大層驚き、どんな相手か隆春に詰め寄った。隆春は実に答えにくそうに相手のことを話した。

なんでも相手は相当の遊び人だということはわかった。大丈夫なのか、キューちゃん?


何はともあれ、私はそれから直ぐに電話を掛けた、内容は勿論キューちゃんのことだ。

中学からずっとキューちゃんのことを目で追っていて、高校もこっそりと同じところを選んだ可愛い友人。


「りっちゃん、負けるなー」


なかなか繋がらない友人に、私はこっそり呟いた。


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