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どどど、童貞ちゃうわ!  作者: 100均のルーズリーフ……
8/13

なな


何時もの昼休み。


何時もの放課後。


何時もの、下校。


朝、二時間目をボイコットしたことで担任にお咎めを喰らった以外は、何事もなく普通に終わった。

化学の大鐘の印象は悪くなっただろうが、テストで点数を取れば許してもらえるだろう。取れるかなあ。


きゃっきゃうふふと騒々しい生徒の波を縫って一人で昇降口へと向かった。


ところで、俺は意外と友達が少ない。

いや、少ないというよりは作らないという方が正しい。言い訳ではなくて。


一人で居る方が基本的に好きだからだ。こんな事を言うと幻滅されるかもしれないが、周りに合わせるのが死ぬほど嫌いだ。みんな仲良くー、なんて聞くと鳥肌が立つし、運動会で二人三脚があった時は地獄だった。


高校を卒業したら多分会わない奴らの方が多いだろう。浅い関係の友達を作ることは可能だが、自分の本性を存分にひけらかすことのできる友達を作るのは意外と骨が折れる。しかもこれは自分が努力したからといって作れるものでもない。だったらわざわざ作る必要もない。本当の友達というのは自然と湧いてくるものなのだ。


だから俺は交友範囲は広いが浅い。


自分でも自分が嫌なやつに思えてしまって不思議だ。


でも時々誰かと一緒にいたいと、矛盾した気持ちが生まれることもある。


今日みたいな日がそうだ。


朝の一件から、俺の心はどうも落ち着かない。

昼休みに寿の所にも行かなかったし、トイレに行ってスライムに話しかけることもなかった。というかスライムはずっと寝ていた。寝るの好きだなおい。


アンニュイな気持ちで靴を履き替えていると、珍しい顔が目に入った。


「よ、桂木」

「キューピッド?」

「おひさー」


ふりふりと手を振る自分はキモいな、とか思うが、こいつ相手だと多分そのことを突っ込んでくれるので気が楽だ。案の定「キモいから手を振るな」と本気で嫌そうに突っ込んできてくれた。泣きそう。


俺は桂木に片手を上げて近づくと、桂木は肩をすくめて「よっす」と言った。


桂木鈴音。

それが彼女の名前だ。

中学三年の時に同じクラスで、桂木の友達の恋愛相談を俺が受けている時に間接的に仲良くなった。


出身が近畿の方らしく、訛りは強くないがしばしばツッコミが入る。

それが楽しくて話すようになったら仲良くなった。


「聞いたよ。七組でまたやらかしたらしいじゃん」

「あー、朝のね、あれか、あれは違うんだよ、こう俺の滾るようなパトスが抑えきれなくてな」


どうやら朝の一件は離れたクラスの桂木の耳まで届いたみたいだ。普通に恥ずかしい。


「うさんくせー。ていうか何しに七組まで? あ、能登?」


「おいそのちょっと嬉しそうな笑顔なんだ。違う。何度も言うが俺はノーマルだ」


「でも太田の例が有るし」


「太田君はバイだ。それは認めるが俺は至って普通の性癖だ! 普通に女の子が好きだ」


「めちゃくちゃ可愛い男の子と、視界にも入れたくないような凄い女の子なら?」


「なにその凄いって……」


「眉毛が太巻き。マスカラパチリ。ぽってり唇に全面ニキビ。身長185に体重130キロ、で黒髪ロング」


「キャラ濃っ!」


「女の子押すけどねー」


「いや、そんなすげえ要素詰まってたらさすがになぁ……」


これが俺たちのいつもの調子だった。

俺がボケて桂木がツッコミ、桂木がボケて俺がツッコむ。

まるで男友達と接しているかのような間柄だ。

「あとそれからなー」

「あー、うん、なに?」


歩きながら桂木を横目で見る。

うん。やっぱこいつ相手だと楽だ。

変に気を使わなくてもいいし、馬が合う。こいつが男子だったら良かったのになーとか時々思う。


女子だと、顔が良すぎるのだこいつは。


中学の時、俺は危うくこいつに惚れかけたことがある。かけた、であって、それは未遂に終わったわけだが、その話は今はいいだろう。今のこの距離感が俺には心地いい。


桂木は交友範囲は狭い。一日の大半を部活仲間の女子だけのグループにいる。その所属しているのが運動部系のサバサバした感じの人たちが多い所なので、男子からは敬遠されがちだ。怖いからなー、運動部系の女子。謎の団結力あるし。


だから桂木に想いを寄せる男子はいるだろうが、今まで俺にそう言った相談が来たことはない。仮に来たとしたら俺はどうするんだろうか。彼氏なんて出来たらこれまでのように話せないだろうし、じゃあ断るのかな、わからんね。


今日はいつにも増して帰宅する生徒が多い。給水機の周りで水の回収に勤しむサッカー部のマネージャーも見ない。どうしたことやら。


「そういやクラブは? いつもあるだろ、夜遅くまで」


俺は思ったことを口にした。


そう、俺が桂木を見かけるのが珍しいのは何もクラスが離れているという理由だけじゃない。


うちの高校のクラブで、最も厳しいとされるバレー部にこいつは籍を置いているのだ。練習時間は最終下校時間の七時を余裕で切るというスパルタぶり。全国大会にも出場したことのあるというガチな部なのだ。その副キャプテンがこいつだ。


「何言ってんの。今日からテスト期間じゃん」

「あ、今日からか」


色々あってそういえばホームルームで担任がそんなこと言ってたかな。おいやべえ、あと一週間でテストかよ。どうりで帰る生徒が多いわけだ。


テスト一週間前にはテスト期間というものが設けられており、基本的に全クラブその間は休みになる。大会が近いというクラブは別だが、バレー部は今回何もなかったらしい。


「じゃあ部活仲間と帰ったりしねえの?」


「ま、それもありやけど堅苦しくってさ、珠には一人もええかなって。ほら、部活遅いと危険っていうじゃん? あのーなんだっけ、何事件だったかな」


「グリーンジャージパンツ事件か」


「そう、それ! それのせいで一人で帰れなくてさ!」


グリーンジャージパンツ事件。


奇怪かつ滑稽な名前だが、これがあまり笑えない。昨年、十一月半ば頃の放課後。五時半ごろに真緑のジャージを着た四十歳くらいのおっさんが学校に侵入してきたことがあった。女子更衣室に侵入したそのおっさんは、クラブ女子のブラウスを大量にボストンバッグに詰めこみ、その代わりに男物のトランクスを置いていくというなんとも珍妙な事件がおこった。


幸い、見回りに来ていた体育の先生が警察に通報して事なきを得たが、今考えるとぞっとする話だ。


「まぁそんなこともあって集団下校しなきゃ行けなくってさ、毎日一緒に帰ると話す話題も尽きるじゃん」


「尽きるか? なんか女子の会話ってエンドレスに続く気がするんだが」


「いやそれが同じ話題になったりとか、同じ反応になっちゃったりとか、もういいだろそれってなっちゃう」


「そう思ってんのお前だけじゃねえの?」


「かも。めんどくさい人間だよ私しゃあ」


「いやマジでそれは思うわ」


「何? ぶっ殺されたい? いいよ、こいよ」


「目つきがマジだ……」


校門を出て、坂を下っていると桂木は、あっと声を上げた。


「数学の問題集教室に忘れてきた」


「うわ馬鹿だ」


「うわー、取りに行かななー」


「置き勉してるお前が悪いな」


「うっせ」


取りに戻るかー、と言いながら、桂木は俺をちらっと見た。


「なに?」

「……別に。んじゃ私戻るから」


「おう」

「また今度なキューピッド」

「さんを付けろよ」


だーっと軽快なステップを踏んで人垣に逆らいながら、桂木は振り向かずに校舎の方に消えて行った。相変わらず足がはやい。


走り去って行く桂木の後ろ姿を俺はしばらくじっと見つめた。


待とうか? とは言わなかった。


帰っても勉強くらいしかすることがないし、桂木を待って一緒に帰るのも全然ありだった。でも言えなかった。


「男と女ってめんどくせえ」


こういう時男女の差って出ると思う。結局男友達にカテゴライズしても女なんだよな。

どんなに仲が良いと思っても同性の友達のようには振る舞えない。それがなんだかもどかしい。


うーはー。微妙にもやもやすんぜー。


ポケットに手を突っ込んで、んじゃ帰るかとグルリと体を戻すと、顔があった。


「のわっ!」

「…………」


誰?


目と鼻の先、下手すればキスするんじゃないかという距離でその男は俺をじっと見ていた。


ばっとその男から離れ、二三歩距離を取る。何こいつ。


ちなみに、俺は女にはモテないが何故か男子には非常にモテる。太田君しかり、その他しかり。全然嬉しくねえ。


だから時たま初対面の人にも「あの、お茶とかどうですか」とか誘われたりするのだが、今回は違った。


俺は男の容姿をじっと観察した。


「古林か」


二年六組。古林恭弥。

前髪を隠す艶のあるマッシュ野郎。

身長180オーバーの高身長で、何度か読モもしたことがあるとの噂のハンサム野郎が俺の前にいた。


「なんかようか?」


だが俺はこいつと話したことがない。こいつだけに限らない。俺は誰とでも仲良くできる自身はあるが、俺を嫌っている人間はその限りではない。


俺は更に距離を開けた。


俺を嫌っている人は結構いる。


目立っているとどうしても人の注目を浴び、その目立っているのが男女の色恋沙汰の斡旋なのだから嫌いな人は嫌いだろう。


俺を嫌うのは大抵真面目な奴らか、もしくは目立つやつらか。真のリア充共は俺のことを無視してくれるのだが、中途半端に目立ちたい奴らにとって俺は所謂「調子のってる奴」なのだ。うざい、とか、なんかキモいとか、泣きそうになる陰口を叩かれたのを聞いたことがある。あれは結構ズシンときたな。今ではもう周りも呆れているせいか、もしくは慣れたのか、一年の時より干渉されることは少なくなった。ただ、まだ俺のことをよく思っていない奴らは多くいる。おそらくこの古林もその中にいる。


ちなみにリア充ってのはリアルが充実しているっての略してるみたいなのだが、この定義ってなんなんだろうな。単に日常生活が充実しているだけなら俺は既に「リア充」だが、これが恋人がいるという事の隠語だとするなら苦笑ものだ。そんならリア充ではなく恋人がいて世界がバラ色、略して「恋薔薇」とかにすればいいのに。なんか八十年代の少女漫画みたいなタイトルになったな。


閑話休題。


まったく面識のないはずだが、はて、古林が俺の目の前に現れたことに俺はいささか疑問を感じた。


その疑問に答えたわけではないだろう。

ポケットからくぐもったスライムの声が太ももを揺らした。


【はじまったぞー】

「なにが?」


はっと目を見開き、俺は飛び退いた。

ふわっとした空気の流れが、ここにいては危険だと俺に告げていた。


轟音。


けたたましい破砕音。


局地的な地震にでも巻き込まれたかのような錯覚に陥る。


反射的に顔を覆うと細かく砕けたコンクリート片が顔やむき出しの腕の皮膚を切り裂く。


もうもうと立ち込める砂煙の後に現れた姿に、俺は笑うしかなかった。


地面が抉れていた。


「ははは……」


乾いた笑いしか起こらない。


俺は夢でも見ているのだろうか。


コンクリートで舗装された通学路は、まるで巨大な獣にでも切り裂かれたような爪痕を残していた。


だが、俺の目線が釘付けになっているのはそこじゃない。


目の前に立つ能面ヅラの無表情野郎。古林。

奴から生えている異形の手。


それは巨大な手だった。


ビッシリと乾いた鱗が手首から肩口まで張り巡らされ、左手のサイズと比べると二倍近く膨らんでいる。

四本の指から流れる爪から立ち込める煙。間違いなく、地面を抉ったのはそれだろう。


恐竜のような腕が古林から生えていた。


【いまーじぇんしー、いまーじぇんしー。こられよりせんとーたいせーにはいるー】

スライムがぶつくさ言っているが、俺の耳には入らない。


やべえやべえやべえ。

なんだこれなんだこれなんだこれ。

逃げなきゃ逃げなきゃ立てねえ!

やべえよ腰抜けたよ、腕超震えてるよ。てかなんだよこれ!


逃げなければいけないと頭では理解しつつも、体がそれに反応しない。


俺の意思とは反対に古林はゆっくりと、足場を確かめるようにこちらに近づいてくる。

しゃりしゃりと異形の手の爪が地面を擦り、それだけで薄っすらと線が残る。


なんなのこいつ。

なんで来るの?

何が目的なの。

ていうかその腕何なの!?


益体もない疑問が次々と頭の中を周り、目の前の景色が夢のように見えた。


【うごけー】

「こ、腰が抜けた!」

【なさけないなー】

「う、うっせえ!」


余裕があるからか、それとも俺を精神的に追い詰めるためか、その足取りは非常にゆっくりだ。


「おい! なんとかなんねえかな!?」

【ぶっとばしてやろうかー?】

「なに? どういうことよ!?」

【まんまのいみだけどなー】

「なにでもいいから頼む!」

【あいなー】


言うが早いか、ポケットの中で蠢いていたスライムがひょこっと頭を出し、もぞもぞと俺の尻まで移動した。自力で動けることが今わかった。


【ぶっとべー】


ぶわっ。

そんな音がなった。


胸にのしかかる大きな重圧。

瞼が開けられない。

浮遊感。

髪の毛が揺れる。

足場が安定しない。


「は?」


安定しないのは当たり前だった。

気づけば俺は飛んでいた。

翼が生えて飛行しているのではない。

言うならば砲弾。

尻には生暖かい感触がある。こいつが飛ばしたのか!?


「うおぉぉぉっ!?」


びゅうびゅうと風が耳を切る。

下界の景色が恐ろしい速度で変わる。

同時に落ちて行っているという確かな感触もする。


一体どういう原理で俺を飛ばしたのかはわからないが、スライムは俺をあの場所から人間砲弾として俺をぶっ飛ばしやがった。


気分はマリオ。

でも全然楽しくねえ。


「おい! 着陸どうする!?」

【まかせろー】

「任せろってお前!」

【したかむぞー】


着陸寸前、スライムは巨大な座布団のように膨れ上がった。


そのまま俺を包み込むように座布団は丸まり、二転三転地面を跳ねたところで俺は起き上がった。


怪我は、ない。


寝袋の要領でスライムの中から這い出し、辺りを見る。どこだ? ここ。いやそれよりも。


「お前さあ。もちっと周り見てやれよ。今回はたまたま人いなかったからよかったけど、これ着地の時人に見られたり、下手すりゃ車に跳ねられてもおかしくねえぞ。いくら、あの、なんだ? 化けもんから逃げる為だからって……」


【ひとみられることはないぞー】

「はあ? いやあるだろこんな往来じゃ」


ここは初めて来るところだが、高校周りの道より垢抜けているようだ。

大型デパートやチェーンの飲食店、コンビニなんかもちらほらある。ん? しかしよく見ると見たことのある風景もちらほらある。あ、ここ地元じゃん。えらく飛んできたな。


そこは地元の駅の、いつも使っている方面の逆側だということがわかった。飛んできた方角を確かめると、確かに納得がいく。


「でもおかしいな。なんか変だ」

【そりゃそうだー】


そう、変だ。何かおかしい。

いつもの街の筈なのに、いつもの何かが違う。この異変はなんだ。

同調するスライムに俺は視線を向けた。


そこではっとスライムの言わんとしていることがわかった。


人が誰もいない。


【もっとはやくきづけー】

「そういえば道路に転がってきたのに車が来なかった。普通この時間なら結構通るのに」

【もっとまえからだぞー】

「もっと前?」

【あのおとこがきてからー、にんげんきえたぞー】


そういえばそうだ。

あの時は焦っていたが、普通通学路であんなことが起こったら確実に騒ぎになる。だが実際はどうだ。騒ぎになるどころか、人っ子ひとり何も言わなかった。

違う。言わなかったんじゃない。

誰も居なかったんだ。


突然、ぶわっと鳥肌が立った。

冷や汗が流れる。

振り向かなくてもそこに誰が立っているのかくらい分かる。



「準々決勝、始めようか」


ざりっと地面を靴でこする音。

振り返ると、古林恭弥が立っていた。




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