ろく
寿さつき。
十六歳。
高校二年生。
尋常高校二年七組所属。
容姿端麗。
才色兼備。
が、協調性皆無。
彼氏の数、数え切れず。
学年有数のビッチ。
それが周りの評価だ。
「うーん。でもなんか違うんだよなー」
「なんだよかずまさ。つーか馴染んでるなお前」
「うーむ。わからん」
「話聞けよ」
昨日の寿の反応。
つまりは無視にあたる行為だが、そういうキャラなのだろうか寿は。
もっと周りの話では、ピーキーな調子で一匹狼気取ってるとか、そんな風だったたのだが。あれじゃただの暗いやつだ。ちょっと面がよい、な。確かに遊んでいそうな空気は醸し出していないでもなかったが、いかにも男慣れしてます、男大好きです、などといった遊び人のような感じではなかった。
事実がねじ曲がって伝わることは往々にしてあり得ることだが、なんだが調子が外れてしまう。
能登の不満を無視して、俺は机に突っ伏して寝ている、ふりをしている、のか? 多分ふりをしている寿をぼんやりと視界の隅に起きながらクルクルとボールペンを回した。
「おいそれ俺の」
「うーむ」
「かずまさ帰れよお前クラスに。なんで10分の休み時間にこんなとこ来るかねえ」
能登は俺が寿を観察していることは知っているはずだが、わざわざ一限終了の直後にやってくるとは思わなかったみたいだ。いや俺も行くつもりなかったんだよ? でも昨日昼休みにあんなことあったしなー。警戒は怠れねえわけだよ。
能登の言うように、俺は朝から七組にいた。
それには昨日の元木のようにどっかの馬の骨に言い寄られる可能性は、低いとはいえあり得なくはないということもあったのだが、どちらかというと昨夜のスライムの言葉の確認と言った意味合いが強い。いやわかんないんだけどね。
100%スライムを信用したわけではないが、現に現実じゃあり得ない現象が起こったわけだし、不安ではないか。
能登の所に居るのは特に意味はない。強いて言うなら俺七組に仲良いやつあんまいないし、ていうか俺浅い付き合い多いなー。悲しくなってきた。
「なんかさ、お前が勝手なことすんのは何時ものことだけどさ」
「んだよ」
「俺の机占領してんじゃねえよ」
能登の声が少しイラついてるのがわかったので、俺はそっと尻をズラした。
「いやどけよ……」
俺の心を知ってか知らずか、イラつきを通り越して呆れに入った能登は、鞄から次の授業の教科書を取り出す。へえ、次は漢字の小テストなのね能登よ。てかやっべ、俺次化学の小テストじゃん。
一つの椅子を半分こ。なんかホモくせえとか失礼はことを考えながら、俺は肩越しに漢字をちらりと覗き込んだ。憂鬱ねぇ。オタクの子はわりと書けるよな、この漢字。
辺りを見渡せば殆どの生徒は漢字の単語帳を取り出している。問題を互いに出し合うやつ、一人黙々とノートに漢字を並べるやつ、我関せずと全く勉強しないやつ。比重はそれぞれだが、全体的に見て七組は真面目な奴が多いのだろうと思われる。だからより一層寿が浮くんだろうな。
プリンとは言わないが、明らかに素人が一人でやって失敗しました、みたいなくすんだ金髪に、赤色のメッシュが前髪付近に申し訳程度に散りばめられている。今日は髪の毛を横に束ねたサイドアップ? つーのかなあれ、にしていた。頻繁に髪型を変えるから寿を髪型で判断することは難しいのだ。まぁ色で速攻分かるけど。
この学校は頭髪の規則は緩い。やりすぎる生徒がいないからか、それとも他にも理由があるのかわからないが、女子でも茶髪がチラホラいる。巻き毛とかパーマとかウェーブとかも。男子もチャラいのとか結構染めてたり。そういえば俺も何人かの男子誘ってスーパーサイヤ人フェスタやったなぁ。文化祭前じゃなかったら校則で髪染め禁止になってたやもしれん。げふんげふん。聞くところによると進学校のほうが校則は緩いようだ。ソースは太田君。あやつの高校は校内でお菓子を食べたらいけないとかいう校則まであるレベル。頭いい方がフリーダムってことなのかね、学校が社会の縮図とはよく言ったものだ。
話を戻そう。
お手軽感覚に染めまくる連中の中でも寿の髪は浮いていた。どこのアーティストですかってききたくなる感じだからな。制服とか着崩してるから援助交際臭がもう半端ない。何度も言うように雑誌にでもセンター飾ってそうな面だからってのもあるが。
しかし、それを抜きにしても。
「どーも今回はやりずらいなー」
何時もはわりと周りの情報が正しかったり、俺が対象の人間のことをよく知っていたりするパターンが多かったので、恋愛の事を発展させるのはさほど難しいことではなかったのだが、どうも今回はうまくいかない。まずファーストコンタクトであんな大こけかますなんて初めてだ。どこから手をつけていいものか。一回ミスしてしまうと尻後んでしまうのは俺の悪い癖かもしれない。
まぁ、これが相手の相談じゃなくて自分のだからってのもあるんだろうけど。
それにしてもなんで寿かねー、他にもいるんじゃねえの? ほら、四組の辻井さんとか、一年の中本とか、いやどっちも彼氏持ちだったわ、クソ。
そんな時だった。
なんの予兆もなかった。
俺がアホみたいに口を半開きにして、寿を周りの目を気にしながらガン見していると、耳の奥から機会音のような、弦楽器のような、高い、それでいて酷く不愉快な、例えるならギザギザの鍵で長い黒板を一直線に引っ掻いたような、
そんな音が鳴り響いた。
ーーーーぃぃぃぃいいいいいっん!!ーーーー
「ぐぅっ!?」
なんだこれ! まるで頭の中に映画館を詰め込まれたような反響だ。アクション映画が炸裂してんのかよ!
身をよじり、頭を抱える。
なんだこれ、痛え痛え痛え痛え痛え。
心臓がバクバクいってやがる。
なんだ、俺、どうしたのこれ。
能登の口が俺の方を向いて動いてる。何言ってのお前聞こえないっつの。
周りがざわついてるのか? 俺の方を見てる。
何?
なんで俺見てんの?
ていうか教室の机ってこんな高かったっけ? 倒れたのか俺?
音はすぐに止んだ。
自然に終了したのではなく、まるでテレビをコンセントごと引っこ抜いたような、乱暴な途切れ。
だが安心してはいられなかった。
頭の中がやけにクリアになり、宇宙の中にでも放り出された錯覚に陥った。
そして、一瞬の静寂の後、その声は訪れた。
『きーめた』
「おいかずまさ! いきなりどうした!」
能登がなにか叫んでいる。
俺を揺さぶっている。
脇汗だけが制服を濡らし、呼吸が整わない。
誰か酸素くれ酸素。
ペタンと床に腰を下ろし、ふぅーと息を吐く。好奇心でタバコ吸った時みたいな動悸だ。
「かずまーーー」
「……大丈夫。いつものギアスが発動しただけだから、ちょっと演出過多になっただけだから。文句は映像監督に言って、くれ」
何か言いたそうに眉根を寄せる能登。それになんとか軽口で返して見せれた。
『なに? あれ?』
『今のってエンジェル様?』
『どうしたんだろう?』
ハットみると能登以外の奴らもチラホラ俺を伺っていた。あらやだ恥ずかしい。どうも俺の痛い姿を何人かの人に見られていたようだ。
「能登? なんか変な声、聞こえなかったか?」
「変な声? どんな」
「六歳くらいの子供の声」
「かずまさ、お前」
「能登、チャイム鳴るからいくわ」
「あ、おい、保健室行っとけって。やばい汗出てるぞお前」
「もっさん苦手だからやめとく」
三十路過ぎの保険教諭の顔を思い浮かべながら、俺は逃げるように出口へと向かう。
すれ違うたびに好機の目線を受け、中にはエンジェル大丈夫? なんて声をかけてくる奴もいるが、今は相手にしている暇がない。
まっすぐ自分の教室に向かうのではなく、男子トイレの個室に駆け込んだ。残り数分でチャイムが鳴るからか、何時もは鏡の前で髪の毛を整えている奴や、無意味にトイレでたむろしている奴らもいない。
後ろ手に個室の鍵をかけ、扉に背中を預ける。
大きく息を吸い、呼吸を整えた。……トイレだったわ、ここ。
ポケットからスライムを取り出す。このみたらし団子持ち上げた時のようなタレ具合ももう慣れたな。
「さっき変なことが起こった」
【ちょうせんじょーだなー】
こうなるのが分かっていたからか、レスポンスは早かった。
「挑戦状? なんだそれ」
【ことぶきさつきをめぐってのばとるー】
「本気かよ……」
俺は先ほどの現象を思い返した。
割れるような高周波の音波。
その後に響いてきた、幼い子供の声。間違いない、ありゃ幼女だ。いや、そこじゃない。
「なんか、話が未だに追いついてないっていうか、置いてけぼり感が凄いっていうか、なんなんだよ」
【すぐにわかるー。たぶんきょうなんかあるー】
「今日? 何があるってんだよ」
【………………うばいあい】
それだけ言ってスライムはゆっくりと瞼を閉じた。
思わせぶりなセリフを残して眠りやがったこいつに腹を立てた俺は、揺すったり、叩いたり、便器の中に突っ込んで見たりしたのだが効果はなかった。
やはりこいつの生態もいまいち理解できない。
こういう生物ってどういう機関に出したら研究してくれるんだろうか。
チャイムは既に鳴った。
二限目の化学では教師が俺の欠席を訝しんでいることだろう。だが俺は全く動く気になれなかった。
わからないことが多すぎる。
昨日にもまして、いや、昨日以上に危機感が募る。
俺はどうやら何かに巻き込まれならしい。そして、その何かの中心には寿がいて、俺が寿を手に入れるにはその何かを知る、もしくはそれを乗り越える必要がある。そういうことなのだろう。
だが意味不明だ。
例えるなら、紙とペンを渡されて、「じゃあ、テストするから」と、教師に言われるようなものだ。
筆記試験ということはわかるが、その紙に何を書けば正解か、また数字を書くのか漢字を書くのか英語を書くのかもわからない。そういうあやふやさが微妙に不愉快だ。
奥歯に挟まった鳥モモだ。いや意味わからん。
ただ、わかったことが二つある。
一つは、あの時、教室で俺が倒れた時見えた。俺の懐にある本が薄く光っていたこと。
そしてもう一つは、
伏した寿の腕の間から光る双眸が、確かに俺を捉えていたことだった。
これの意味するところは奇しくも、スライムの言う通り、すぐに知ることとなる。
うん。次回でようやくファンタジー要素出せそうです。
……長かった。