よん
【るーるぶっくこーしんしたぞー】
通学鞄を拾い上げ、自転車のカゴに放り込んだ時スライムはぼやと光ってそういった。見ると本も薄く光っている。
本格的に心の力とか使いそうだなこの本。
【ひらいてみろー】
俺はついでとばかりにスライムも籠に放り投げて、光っているページを開く。
「なんか書いてある」
【あつかいざつーい】
ざっと目を通して俺は本を閉じた。
「意外と制約多くね?」
【それがじんせーだー】
最後のやつとか鬼畜すぎるだろ。あの女月一で男変えるぞ。
「じゃあ少なくとも今日のうちにコンタクトとらなきゃまずいってことだよな」
【ちなみにいまつきあってるひといないー】
だろうな。そうでなきゃ始まる前からルール3に違反してる。
だが時間がないことは確かだ。
俺は自転車を走らせた。
遅刻したにも拘らず、クラスのみんなは暖かく向かいいれてくれた。なぜか遅刻の罰則に一発ギャグをやらされたが誰か笑えよ。
担任には腹痛と頭痛が交互に襲ってきたと言い張った。信じてくれたあの人は多分キャッチセールスとかのゴリ押しに弱い。
一見には俺はいつものように振舞っていたはずだ。だが心の中は焦りでいっぱいだった。
昼休み。俺は早速寿さつきのクラスを訪れた。迅速行動が吉って言うじゃない。
閉まってる扉をよそのクラスが開けるのって勇気いるよな。なんで閉めてんだよこいつら。
二年七組の扉をできるだけそっと開けてけれども堂々と入る。何人かのやつに「なにお前?」みたいな目で見られるけど気にしない。こういう場合、逆に堂々と入った方が注目を浴びないものなのだ。おい、そこのお前、なんで俺見て笑った。
「よう能登。元気?」
「かずまさか?」
タコさんウィンナーを口の頬張っている能登と、その友人の中に俺は半ば無理やり入り込んだ。能登の友人とも何度か話したことはあるから、「あぁ、エンジェル様ね」とか流してくれる。ていうか能登。その似合わねえ弁当箱は明日香ちゃんのだなそうだな?
「なんか用か?」
「ん? んー」
能登の疑問を俺は軽く聞き流し、教室を不躾にならない程度に眺める。おかしい。寿がいない。
しょうがない。ちょっと聞いてみるか。いや待て。頭を使え。いきなり切り出したら不審すぎる。よし。
「なぁ能登。このクラスって割と教室で弁当食う奴多いよな」
「いきなりなんだよ。そんなことねえだろ。学食とか他のクラス行ったりで今でも半分くらい席空いてるし」
「そうか? 俺のクラスより全然いるぜ? 」
くだらない世間話をしつつも、これからどうやって寿の居所を聞き出そうか考える。その機会は期せずして、「で、今回は誰の仲介だよ」と能登が勝手に言い出してくれた事で叶った。あぁ、こいつ俺がまた誰かの恋の手助けでもしてると勘違いしたんだな。本当は違うのだが今回はそれに乗ろうじゃないか。
「ちょっと耳貸せって。あんま広めんのいくない」
相手があいてだからな。仮に嘘だとしても俺が誰かと寿さつきをくっつけようとしてるなんて知られたら学校がその噂でプチパニックになるに違いない。月一で男を変える女と、付き合わせたら必ず別れないというジンクスをもつ男。話題性としては十分だ。なによりそんなこと知られたら俺は寿に話しかけに行くなんてできなくなる。
能登は呆れ顔で頷いた。
誰にも言うなと釘を刺した上で、俺は寿さつきの事を聞いた。
複雑そうな表情を浮かべた能登に、普段寿はどこにいるのかを尋ねた。顔の広い能登はこういうことに結構詳しかったりする。なお、その間能登の友人たちは俺たちを除いて携帯のアプリの話に華を咲かせていた。よし、聞いてないな。
「俺はよくわからんけどさ、マネさんが一棟の三階の踊り階段で飯食ってるとこ見たって言ってたぜ」
一棟の三階といえば屋上前か。南京錠なんてチャチなロックじゃないから漫画みたいに侵入できるわけじゃない。そんなところで飯食ってんのかよ。便所飯とあんま変わらねえぞ。
「あとわりとそこで男子からの告白とか受けたりするらしいってのもマネさん言ってたな」
「っ!」
その言葉を聞いた瞬間俺は駆け出した。なんつーことだよおい。告白とか基本放課後だろ。断られたら五六限気分最悪だぞ。あ、寿は断らないのか。くそ!
途切れながら能登に感謝の言葉を投げかけたが聞こえたかどうか。
能登のいうマネさんとはサッカー部のマネージャーさん、大垣さんのことだろう。
噂に耳聡く、悪い人物ではないのだが、典型的な井戸端会議系のおばちゃんのようなひとだ。しかし女子のそういう話はばかにはできない。
【はしれー】
「学校じゃ喋んなって言ったろ」
ポケットから例のスライムがうにゅうっと出てくる。
制服の上着のポケットに突っ込んでいたのだが微妙に生暖かくて授業がまったく集中できなかった。
変幻自在のこのスライムは、ポケットの中に入れるとその形に沿ったフォルムに変形してくれたのは非常に助かったが、この微妙な湿り気をどうにかしてほしい。
今は廊下を全力疾走している最中だから目立たないけど、普通ポケットからよくわからないでろでろのぬいぐるみみたいなのを男が引っさげてたらみんな気になるよな。
幸いにも誰か知り合いに遭遇することなく、一棟の屋上前までたどり着くことができた。
この学校は三つの棟からできていて、それぞれ縦に並べて川の字になっている。
正門から近い方を川の字の一画目と捉えて一棟。ついで二棟、三棟だ。二棟と三棟は普通教室が立ち並び、一棟は職員室や図書室、音楽室なんかの特別教室で占めている。
吹奏楽部の子たちなんかは部室に使っている音楽室に弁当を持ち込み、昼休みに練習にふけるものだ。そう考えるとなにも部活をしていないという寿が一棟にいるというのは奇妙な話だった。
いや、まぁクラスで居場所がなかったから逃げてきただけかもしれないけど。でも大垣さんとかにばれてるから逃げた意味とかない気がするんだけどな。
踊り場に近づくに連れて、そこから声が聞こえるのがわかった。
誰かが会話をしているようだ。
男と女。
女の声は寿で間違いないだろう。
じゃあ男は?
【あらーみんぐ! あらーみんぐ! ことぶきさつきがこくはくされるまであといっぷんー】
やっぱりか!
俺は階段を二段飛ばしであがった。
飛び込んできた俺の姿をぎょっとした目で見る二人の人物。
二年七組、出席番号十番。寿さつき。相変わらず陶器人形みたいな白い肌してやがる。金髪に赤のメッシュがいかにも不良って感じだ。
男の方は、元木か。何組か覚えてないけど、なんかチャラいやつだ。
確か七裏さんが気になるとか言っていた気がするんだが。いや、このチャラい男のことだ。どうせ形だけでも恋人生活を送ってみたかったのだろう。魂胆が見え見えなんだよ!
食事の最中に元木がきたのか、寿は片手にウサギ型のお弁当箱と箸を持ったままポカーンとした表情を浮かべて俺の方を見ている。元木はどこか恨めしそうだ。
「エンジェルじゃん。いまちょっと俺ら取り込んでるんだけど?」
案の定元木は嫌悪を隠さないまま俺を追い払おうとする。つーか敬称をつけろよデコスケ野郎。
「いやいや、俺は元木お前に話があってきたんだよ」
本当はないけどな! でもこいつの告白を阻止するには凸するしかなかったんだ!
「なんだよ。後にしろよ」
案の定元木はそう返してきた。さて、こいつ好みのネタはあっただろうか。
俺は頭の中で最近耳に入った情報を整理する。
女子も男子俺が尋ねれば周りの個人情報をホイホイ教えてくれのだ。エンジェル様なんて伊達に言われてない。
「ほら七裏さん。最近彼氏と別れたってよ。これやべえよ、ぱねえよ!」
これはつい最近仕入れたネタだ。
七裏さんが大学生の彼氏と喧嘩別れしたという話を他ならぬ七裏さん本人から聞いたから間違いない。
七裏さんのことが好きだとか本気で思っているならこのネタで多分食いつく。
「はぁ!? マジで!? え、ちょ、マジで!?」
俺の思惑は見事成功した。ていうかおい、どんだけ食いつきいいんだよ。
でも好都合だ。このまま話を丸め込んでしまおう。
「こりゃアタックするしか?」
俺は努めてバカみたいなノリを作った。元木みたいなチャラ男はノリに弱い。だから無茶振りに近い感じのを振ってみた。
さぁ、こい、貴様らの一番好きで、やられると超ウザいノリ攻撃。やり過ぎるのリアルに友達無くすので注意が必要だがもともと友達じゃないやつ相手に遠慮なんてしてられっか!
「え、ちょ、えぇ……」
「いくしかー?」
「ね、ねえ?」
まだ弱い。勢いが足りていないからこの場を流せない。
こうなりゃ奥の手だな。
「あんまこういうのあれだけどさ、人気あるよ? 七裏さん」
なので元木を少し煽ることにした。事実だしな。七裏さん人気あるの。すると元木は「え?」と少し焦り出した。
今だ!
「こりゃもう速攻アタックかますっきゃ?」
「ねえ!」
よしよし。今度は乗ってきたな。
いぇー! とアホみたいにハイタッチ。しかしあれだな。こいつバカだ。ちなみに、横目で確認すると寿は弁当を再開していた。動じないなー。
「また連絡すっからよ。いつでも来いよ」
「サンキューエンジェル。あ、えーと寿さん。やっぱ話とかなかったわ、ごめん、じゃ!」
下衆みたいな言葉を吐き捨てて元木はるんるん気分で階段を二段飛ばしで駆けていった。
うん。あいつに七裏さん紹介するとかできんわ。彼氏と仲直りしてもらうようはからおう。
俺は暫くの間元木が去った方を眺め、寿さつきに向かい合った。
あれ? 何事もなく飯食ってるよこの子?
んー、なんつーか、噂通りなら向こうから声かけてきそうなもんだが、機嫌でも悪いのか?
取り敢えず挨拶からかな。
「ちはっす。元気?」
困った時の元気? が発動した。全く接点なかったからな。いきなり話しかけるのは不躾かもしれないが仕方ないだろう。
そしてこっからが見せてやるぜエンジェルの本気! 巧みな話術でさぁ乗って来い!
「いやー、話すのは初めてだよねー。あ、俺のこと知ってる? 多分名前出すよりエンジェル様って言ったほうが伝わんのかな。なんかもう男のくせにエンジェルとかかなりヤバめな感じだけど、もう諦めたっていうかさ」
横目で寿を見る。さっきからベラベラとまくし立てているのだ。少しは興味を持つだろう。それがたとえウザいとかキモいとかでもいい。存在を認識させるところから始める。それは中学の時に学んだ。
「…………」
「…………」
寿からの反応は、ない?全くない。 なにこいつ。無視して弁当めっちゃうまそうに食ってんだけど。隣うるさいなーって顔じゃなくて、マジで俺が居ることに気づいてない、そんな感じがするぞ。
う、うそん。俺ってそんな影薄い?
それとも彼女耳悪い?
「…………」
「…………」
沈黙が耳に痛い!
並の男ならここで諦めるだろう。女子の無視は想像しているよりも辛い。だが、俺には耐性がある。中学二年の時に挑んだ工藤ちゃんだ。
彼女のATフィールドを突破するのに俺はどうすればいいのか苦悩した。苦悩した結果たどり着いた結論が喋り続ける。
一人で居る人間が誰しも一人を好んでいるとは限らない。友達を作りたいのに性格が、周りの目が、タイミングが、要因は様々だが、そういったものが重なって一人で居ることを受け入れている人間はいる。それを見分けることは俺には出来ない。ぼっちである経験のない俺はそういった人の考えを想像することしかできない。本当に理解できはしないだろう。
だが近づくことはできる。
理解は無理だが自分が他社の中に無理やり入り込むことはできる。それが相手の望まない行為であっても、俺はする。したいからする。
「あの、寿さ」
いくぜ第二弾!
キーン……コーン……
言い切らないうちに昼休み終了のチャイムが鳴った。
ちくしょう!