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どどど、童貞ちゃうわ!  作者: 100均のルーズリーフ……
3/13



状況を正しく認識することはとても大事だ。


緊急事態、自分がしたいことを優先していては周りの人間は助からない。自分も助からない。


地震が起これば机の下に隠れて頭を守り、なんなら先に脱出経路を作っておくのもベストだ。


火事の時は姿勢を低くしてできるだけ煙を吸わないよう、口元にハンカチを当てておくとよし。


あくまでこれらは災害の時の対処だな。人が沢山居る屋内なら「おはし」の標語なんて有名かもしれない。「押さない」「走らない」「喋らない」だったか。あえてボケない俺をつまらない男ということなかれ。これでも真面目な時は真面目なのだ。


では変わって、人が溺れていた時のマニュアルは知っているだろうか。


もしくは心停止かなにかで倒れていた時。

一番は息をしているかの、意識はあるかの確認だ。肩を叩いて耳元で大丈夫ですかの一声。


反応がなければその次に気道確保。くっと顎を上に上げたら気道が開くとかなんとか。そんで一番の難関。人工呼吸。それとあの胸押すの。確か交互だ。でもどっちが何回するとかいまいち覚えてねえや。やべえ。


何事にもマニュアル通りにすれば素人でもなんとかなるもんだが、なにぶん素人だからマニュアル通りに事を進めること自体が難しい。


目の前のおっさんが急に倒れて「AED!」とか叫べるかって話だ。結構難しいんじゃないだろうか。


見ず知らずのおっさんに介入するってのことは、その場の厄介ごとを背負いこむことと同じだ。


今の世の中悲しいことに進んで厄介なことに首を突っ込んでくるやつなんて珍しい。誰かがやってくれる。そう思っちまうんだ。と、俺は考える。


しかし、目の前に呻いているおっさんがいる。そこには俺しか人はいない。


ここから住宅まで少しある。その間おっさんがもつかわからない。


動くしかねえよな。こんな状況じゃ。


「大丈夫っすか!?」


俺は転がっているおっさんの方まで走って行った。すごい行動力って褒めてもいいんだぜ?


うつ伏せになってるおっさんをひっくり返し、なにがどうなってるのか確認。あんま動かさない方がいいんだろうけどせめて仰向けにしなければ状態が分からない。そう思っての行動だった。しかしだ。はた、と。そこで俺の手が止まった。


冷静に、いや、冷静になろうと頭を総動員させて、この事態を分析していた。


……駄目だ。


首に蛇巻いてる人の事情なんでさっぱり分からん。


見るも不可解な事実。


きしゃーとかいって蛇が何重にもおっさんの首を締め付けていたのだ。


虹色の鱗に真っ黒な目。


大蛇というわけでもなければ、そこまで小さくもない。テレビでしか見たことはないがアオダイショウとかそのへんのサイズだ。あくまでサイズは。


しかしなんで蛇なのか。


冷静に考えればそんなヘビ俺は見たことも聞いたこともないとわかるのだけど、この時は必死だった。だって蛇だぜ? 巻きついてんだぜ? 蛇ってあれだろ、獲物とか巻きついて骨バキバキにして丸呑みすんだろ。おっさん死ぬじゃん! っと、どんだけテンパってたんだろうな俺は。首に巻きついた蛇を引き剥がす事に必死だった。


この時俺は蛇に噛まれるかもなんて微塵も考えていなかった。


ただ助けなきゃって、人が死ぬって、そんな事で頭がいっぱいだった。



不思議なことが起こった。



俺が蛇を取り払おうと体表に触れた途端、俺が触った箇所から蛇の体が蒸発していったのだ。


すごい悲鳴をあげて今度は俺の方に牙を向いてくるんだけど、その蛇も俺の腕に噛み付いた瞬間頭からぽんって弾けた。


俺はそれをどこか夢のように眺めていた。なんだい。これ。


俺は自分の手をしげしげと眺めた。塩酸とか分泌してないよな? 大丈夫だよな? ってかあれは夢か?


白昼夢にしてはやけにリアルな夢。

あれー、夢ー? あれー?


なおをシゲシゲと自分の両手を訝しんでいたので、のっそりと起き上がる気配にまるで気がつかなかった。


「お前さんよ。助かった」


びくりと声の方を振り返った。


「うお!」


振り返ると、って怖っ!


人か!? マジでこれ人間か!? あ、ペイントか。


目の前には絵の具か何か、真っ赤な塗料で奇抜なペイントを施している40手前くらいのおっさんがいた。それどこの民族ですかって聞きたい。けどすごい怖い。


真っ赤な外套に緑のロープ。今時FFでもそんなジョブねえぞって風体。


どうやらこのおっさんを俺は助けたらしい。


「怪しまんでくれ。怪しいもんじゃない」


説得力が微塵もなかった。せめて塗料を落として欲しかった。と、俺の心中を察してか、いや多分察さなかったんだろうな。何もリアクションを起こさない俺におっさんは勝手に語り始めた。あ、咳き込んだ。首を押さえてむほむほ、蛇は実際におっさんの首に巻きつかれていたらしいな。


「私は占い師だ。とはいっても、普通の客を相手にしているわけではない。選ばれた人間だけを占っている」


引き締まった表情でおっさんはそう宣った。

場所が場所だけに凄い違和感がある。これが貴族の屋敷とかだったら「うおぉ! マジっすか!?」とかなるんだけどな。こんな曇り空の、しかも住宅地の片隅でだからな。


あとな、なんか似たようなセリフを昔テレビでやってたオカルトアニメで聞いたことあるぜー、おっさん。


おっさんは幽霊通りの方をちらりと見てから、「あの通りが選別してるんだよ」と言った。俺はもはや、はぁ、そうですかとしか言えない。



なんかこのおっさん怖えーなーとか徐々に思ってきた。言っていることが普通に電波じゃん。


奇抜な服装、謎の蛇、電波発言。


エマージェンシーエマージェンシー!


直ちにこの場を離れよ俺! と心の中のアラームが警報を掻き鳴らす。警戒レベル3だ。因みにMAXは5。


ぱないほんと半端ない。

自転車どこだー。あー、走れば勝てか、厳しいかなぁ。

しかし、次のおっさんの一言で俺の動きは封じられることになる。


「蛇がな。いたろ。あれを、どうした」


俺の退路を塞ぐつもりなんておっさんにはなかったろう。事実、おっさんは俺に会話を試みようとはしても、俺を引きとめようとはしていない。疲れたのか地面に腰を下ろしているのがいい証拠だ。


しかし結果的におっさんの発言は俺の逃走しようという意思を無くさせるには十分な問いだった。


それは、俺も疑問に思っていたからだ。


「よくわかんなかったんだけど……」


俺はできるだけ冷静に話始めた。


といっても説明できることなんて限られている。なんせ握った瞬間なくなったとしか言いようがないからだ。


おっさんは俺の話に大仰に頷いたかと思うと、パチンと指先を鳴らした。


その途端目の前に机と水晶。街頭の占い師のセットみたいなものが現れた。いや街の占い師よりよっぽど豪華なセットではあったが。


目を疑ったね。


物理法則とか幻覚とか俺の頭どうしたんだとか、蛇が現れた以上のパニック。


おっさんは落ち着けとかいってるけど無理だからなおい。


「助けてもらったのも何かの縁。どれ、利き手を出しなさい」


どうやらこの人はあまり説明が上手ではないようだ。何が礼なのか、何を占うのか、なぜ占いなのか、とツッコミどころ満載の所に一切触れない。


なのになんで差し出しちゃうんだろう俺。

逃げりゃいいのに。


おっさんは俺の手をじっくりと、それこそ舐め回すように見た後、水晶まだ俺の手を持って行った。途端に灰色に染まる水晶。それはまるで水の中に絵の具を垂らしたかのような濁り方だった。


しかしあれだな、綺麗な色が灰色に染まるって不吉だな。

なんだよ。ふむとかいって納得してんじゃねえよ。怖えよ。

ここまでぼーっと場の流れに合わせてきた俺だが、不意に、何の脈絡もなく、なんか忘れてるなーと思い、そして思い当たった。



小学校。

幽霊通り。

占いのおっさん。

占いの対価。


そうだここは幽霊通りだ。

そして占いのおっさんはいた、占いもしている。だが肝心なことを忘れてはいないか、そう、対価だ。たしか、確かだ、思い出せ、……あ。



人の、命。



「っ!!」


俺はすぐさま手を引っ込め、れねえええ!! なんだよこの親父! 力強すぎんだろ! こんだけ強かったら蛇とか圧勝だろ!


「そう焦るな。結果はすぐにわかる」


そっちじゃねえよ!


体感時間で一時間ほど。実際は五分とか十分とかだろうけど。俺は生きた心地がしなかった。あぁ。俺童貞のまま死ぬんだ。なんか淋しいな。


「終わったぞ」

「早いっすね!」


思わずいつもの調子で返してしまった。すげえ後悔。


こう、なんか先にやられた感があって、それで命を請求されるのも理不尽な気がしたが、聞きたいことだけ聞かせてもらおう。


「あのー、俺、魂とか取られるんでしょうか?」

「は?」

「あ、いや、占いの対価っていうか」


なんだこの意外そうな顔。


ほうけているおっさんに俺は小学校の頃伝え聞いた話をそのままはなした。おっさんは神妙に頷いた。頷くんだ?


「確かに。私はある時期に毎年ここに来ている。何度かここに来た人間を占ったことがある。ひょっとしたらそのうちの何人かが漏らしたのかもしれないな」


なんと、占いのおっさんの怪談は実在したのか!

だとすれば笑い事ではない。


「じゃあ!」


「だがお前さんは恩人だ。対価なんてもう十分すぎるほどもらっている」


俺はそっと胸を撫で下ろした。よかった俺生きれるじゃん。つか人助けてその人に殺されるとかどんだけ理不尽なんだよ。


ほっと胸を撫で下ろした。


いや待てよ。そもそも命とか対価とかそういう話自体デマなんじゃ。そもそも占いで人の命って取引自体がもうオワコンというかなんというか。


「もっとも。そうでなければお前さん以外の誰かの魂を頂戴したがな」


…………よかったなぁ、俺。


「で、結果なのだが」

「wait wait wait」

「なんだ突然」


ぶんぶんと目の前で両手を振る俺を奇怪に思ったらしい。おっさんの会話が止まる。


深く息を吸った。人一倍警戒心の強い俺はこの辺でストップをかけてもらいたかった。

なんだか、戻れなくなるような予感がしていた。


「ちょい待ちおっさん。俺は何を占ってもらうとか言ってない。それなのにあんた俺の何を占ったって言うんだ。正直意味不明だし、ていうかもう怖いし、なんなんだよ」


だから、俺はちょっと強気に出た。


虚勢を張っているとも言える。このおっさんに会話の主導権を握られるのが怖かったのだ。おかしな言い方かもしれないが、俺は今、宇宙人と会話している気分だった。


「私が何者かであるかというのはひとまず置いておいて、占ったことか、そうだな、あえて言うなら全てだ。お前さんの全てを占った」


おっさんの言葉はびっくりするほどアバウトだった。


「全てだ? じゃあなにかい。俺の過去、未来、来世まで占ったってのかい? すげえすげえ」


思わず調子に乗って煽ってしまう。怖いもの知らずもいいところだ。

俺の挑発などまるで見向きもしないと言ったように「あぁ」と頷いたかとおもうと、


「その通りだ【エンジェル様】くんよ。それとも【キューピッドさん】のほうがいいかな。それとも本名? 【かずまさ】? いやこれもあだ名か。随分と名前が安定しないんだなお前さんは」


そう言った。


……俺。自分のあだ名なんて口走ってないよな。


さっきとは違う恐怖が、鳥肌という形で俺の体に現れていた。


「真面目に聞く気になってくれたようでありがとう。では言おう。お前さんが一番気になっている件だ」


「な、なんだそりゃ?」


頭の中は恐怖でいっぱい。なにも考える余裕なんてない。

そんな俺がいま一番気になっていること。


不安もある、恐怖もある。

このおっさんが信じられる要素なんてなに一つない。

でも俺は続きが気になって仕方がなかった。


緊張の一瞬。


おっさんは言った。


「お前さん。このままじゃ一生独り身だぞ」




ここからはじめの冒頭に戻ります。

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