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どどど、童貞ちゃうわ!  作者: 100均のルーズリーフ……
2/13

いち





生まれてこのかた女性にもてた試しなんで一度もない。


必死で努力をしても結局はいい人止まりで、俺の友人なんかとくっつきやがる。


おかげで俺のコミュニケーションツールの中の女の子はみんな友人の彼女だ。しかもその内の何割かは俺が仲裁したものもある。ていうか結構多い。泣けてきた。


よくマンガの主人公は受け身だよなあとか思っていた。


なにもせずに女の子の友達できたり、いい雰囲気になるなんてこいつらどんだけ顔いいの? とかね。あり得ねえんだよそんなこと。フィクションなんだよ。


俺は周りの友人と比べて割合早く男女の違いについて知った。


確か間違ってインターネットのエロ広告踏んでしまったのがきっかけだったかな。いやフィルターってマジで大事だと思ったよ。


そこからなんだか女子と会話するのが恥ずかしいと思うようになったのだが、それと同時に仲良くなりたいという気持ちも強くなった。


小学校の高学年の時は周りの男子の「女子と話してるとかダサいよな」みたいな風潮に流されて、喋りたい、でも周りの目がなあ、と我慢していた。しかし中学に上がると逆に異性の友達がいるというのは一種のステータスとなっていた。


俺は迷わず突撃した。


この頃の原動力は単にエロスに尽きる。思春期突入の自意識の芽生えってやつだった。


結論から言うと女子の友達を作ることはできた。


やつらも実は男子に興味津々だったのね。エロいのには男女関係ないね! いや全員がそんな卑猥なこと考えてたわけじゃなと思うんだけどさ。


多分俺はクラスでもかなりのお調子者キャラだったんじゃないかと思う。


いるじゃない? やたら男子にも女子にも話しかけるやつ。あんまり話したことのない冴えない男子とかにも「よう! 長友君! 元気?」とか。海外ドラマかっつの。


俺はそこまでハジけてはいなかったものの、クラスに敵を作らない程度にははっちゃけていた。


いつだったかな。あれは中一の春から夏に入りたての頃か。


俺は好きな子ができた。


名前は小清水明日香ちゃん。


利発そうな顔つきで、初対面ではちょっと近づきがたい雰囲気の子だった。


切れ長の目からすっと並ぶまつ毛がとても綺麗で、その横顔はまるで西洋絵画の一枚絵のようだった。


惚れた。


彼女は俺と同じ保健委員で、クラスは違ったが委員会で同じだったからよく喋った。主に俺が一方的に。いやぁ、何してんだよ俺ってね。


幸いなことに俺は彼女と仲良くできた。やべえ、俺勝ち組じゃね? 彼女出来んじゃね? なんて、そんな妄想を布団の中で身悶えたことは黒歴史なんて軽いものじゃないな。死にてえ。


夏休み前。


俺は彼女から呼び出された。綺麗に四つ折りにされたルーズリーフに簡素な文字で『放課後七組に来て』の文字。俺は意気揚々と彼女のクラスへ行った。心臓がばっくんばっくんいってたね。


夕焼けに染まる教室にポツンと一人自分の席に腰掛ける彼女。正直萌えた。


彼女は俺を見るとふわっと微笑み、そっと切り出した。


『話があるの』


聞こうじゃないか


『好きな人ができたの』


なんて両想い。 僕たち素敵なカップルになれるよ!



『能登君が好きなの』




世界が崩れ落ちたね。


いやね、薄々気づいてはいたよ。


切り出し方からしてもうありありとね。


こう俺の方を意識せずに、まるで頭の中の誰かに愛の告白をしているかのようなあのそぶりね。きゃー言っちゃった、みたいな。いやそれを聞かされて俺にどうしろって話だよ。


あ、能登ね。能登はねぇ、俺の友人その一ですわ。


小学校の地元のサッカークラブで同じだったのですよ。俺は自分の才能がない事を嘆いてすぐに辞めたんですけど能登は続けて今やこの学校のエースストライカー。一年なのに即戦力ってかっこいいよね。俺が女なら惚れるよ。割とイケメンだしね!


俺は彼女の告白に素直にショックを受けた。

能登が嫌な奴なら「そんな男やめとけよ!」って言えるんだけどね。あいついい奴だからなあ。ガリガリ君奢ってくれたからなぁ。


そこから彼女のお願いが始まった。

あまり接点のない二人をなんとか仲裁して欲しいとのこと。


正直嫌で嫌で仕方なかったけどこれ断ったら多分友達にも戻れねないよな、と逃げの姿勢からしぶしぶ了解。


断ったよ? 一応は。俺も。だってもうこれ俺の望みねえじゃん。何が悲しゅうて他人の幸せ祈らなきゃいかんのじゃい。むしろ盛大に失敗して俺と付き合おうぜ、なんて思ったよ。


でもできなかったんだよねぇ。


好きな女のために頑張る俺かっけえ、みたいな状況に酔っちゃったんだよ。


俺は持てる知識と人脈をフル活用した。

不審に思われようが能登に何度も話しかけに行った。



その結果、数カ月にも及ぶ俺の画策で彼らはめでたくラブラブカップルになったとさ。現在進行形だよ? だってたまに写メ付きでメールくるもん。Facebookにあげてるもん。弾けろ!!


と、まぁこんな感じで、結果から見ると俺の中学校一年目は惨敗という形で終わった。


今回の経験で学んだことは、自分の好きな女の子に、違う男の好きな所を聞くなってことだな。あれシャレにならんダメージくるんだ。


前回の経験を踏まえて二年時はちょっと派手めな女の子に目をつけた。同じ穴の狢っていうじゃない?


同じクラスになったビッチ系女子の工藤桃ちゃん。


化粧をしていること自体が珍しい中学生の中で彼女だけ浮いてたね。しかも友達もあんまりいそうになかったし。


近寄りがたいって空気は明日香ちゃんと同じだったけど、明日香ちゃんはインテリ系の近づき難い感じ。こっちはガテン系の絡んだらやばいなって怖い感じ。


だから他の女子に意地悪されてたわけじゃないけどいつも一人。チャンス!


前回同様アタックしたね。


出来るだけみんなの注目の的にならないようにね、細心の注意を払ったことはここに付け加えさせてもらう!


みんな本格的に思春期だからね、異性と話してるの見ると過敏に反応するんだよね。あ、能登と明日香ちゃんたちペアは我が学年で初のカップルで大分冷やかされた冷やかされた。俺のフォローがなければ多分別れてたね。もっと感謝してもしいいよ君たち! ていうかしろ! 能登!


話が逸れた。


俺は工藤ちゃんに話しかけまくった。初めは無視されたけどだんだん笑顔を見せてくれるようになった。十五歳の心臓はもうキュンキュンしまくった! 嘘だ! そんな乙女チックな表現では足りん! 自宅で枕殴りながら「うおおおお!!」とか叫んで親父に殴られた。めっちゃ痛かった。


一大決心は十一月。


前回の失敗は事を早く荒立てようと少しばかり関係を先走ったのがいけなかった。よく言うガッツいていたのだ。


今回は綿密に、濃厚に、じっくりと関係を積み重ねた。


工藤ちゃんはそのかいあって大分笑顔の眩しい女の子になったよ。クラスでも笑えば可愛いと大人気さ。おいおいお前ら、俺が一番初めに工藤ちゃんに目を付けたんだぜ? と何度自慢してやりたかったか。



女子の友達も出来たし、工藤ちゃんは春とは別人のようになったね。もともと明るい子だったんだけど、家庭の事情で一時グレてたみたい。だからこれが本来の工藤ちゃん姿らしいと知ったよ。ていうかすぐに分かったけど工藤ちゃんは全然ビッチじゃなかった。誰だよビッチって言ったやつ!


告白は今しかない。俺はラブレターを書いてそっと彼女の下駄箱にいれた。


わざわざ文房具店に足を伸ばして購入したレターセット。正直恥ずかしかった。自室で文章を練ってる時なんて何枚か恥ずかしくて破り捨てた。



この手紙にはそんな俺の深い想いが詰められていたのさ。



その日、工藤ちゃんに始めての彼氏ができた。


俺じゃないよ。


同じ部活の先輩なんだって。


工藤ちゃんが少し明るくなって来た時に俺は部活動を勧めたんだよね。運動神経のいい彼女なら二年からでもきっと活躍できるし、なにより友達も増えるよって。


鳶になんたらって諺思い出したね。


あとこの話にはオチまでつく。


俺はラブレターを入れてドキドキと体育館裏で待っていた。いつやってくるのかわからないからトイレにも行けない。何度携帯の時計を確認したかわからないね。


まさか太田君が頬を染めて来るなんて思わないじゃないか。


太田君は近所の空手教室で強いと有名な少年で、厳つい風貌だが優しい奴だと評判のいい人物だ。


太田君が来た時点で俺は思い出していた。


下駄箱ってそういえば一年の時と位置が一緒だってことに。


俺はクラスも番号もそのまま一緒っていう偶然があったから気がつかなかった!


つまり今のクラスの工藤ちゃんの出席番号は一年の頃の太田君の番号ってことだったんだねえ!? だったら下駄箱の中身で判断しろってか!? 無理だよ、だって8×4とかピンクのタオルとかいっぱい入ってたんだもん。ビンゴ! って思うっつの!!


太田君が若干そっちの気があるって事を知った俺は、なんとか誤解を解き、その場は謝って帰ったもらった。ついでにアドレス交換したぜ! なんでしたんだろうね!


翌日教室に着くと工藤ちゃんがそわそわしながら俺にお礼をいってきたんだ。


『あんたのおかげで今すごい幸せ。ありがとう』


ってね!



いやね、正直ね、これはきたね。


お前らこれショックとかそういう次元じゃねえぞ。自分の存在全否定された感じがもう笑えない。


言われた直後はポカーンって感じだったんだけど、その直後にクラスの女子がぶわっとやってきて『ももおめでとーー!!』とか言い出すから嫌な汗出た。


『高槻先輩と付き合うことにしたんだ。昨日告白されて。あんたが部活やれっていってくれなかったらこんな事なかった。だからありがと』


そういって微笑んだ彼女は誰よりも綺麗だった。


俺? 俺はその日は必死で平生を取り繕って夜になってから太田君に電話掛けて泣いたよ。彼はうんうんと全部俺の話を聞いた上で、辛かったな、なんて言ってくれるもんだからね、危うく男に惚れかけた。


何やってんだよ俺。


とんだピエロだった。あるるかんだった。どうせならマリオネットになりてえ。いや別になりたくない。


自分のやってたことの馬鹿らしさに思わず笑ってしまった。


しかし彼ら彼女らは笑っていた。


俺のおかげとも言える行動のせいで笑顔だった。


だから俺は何も言えずにただ泣いた。



二組目のカップルも良好にお付き合いが続いてるみたいで、三年の卒業式の日に高槻先輩とやらが一人で俺のところま来て俺に感謝して行った。なにあのイケメン。


その一年後。つまり俺たちが受験を迎えた時だな。


工藤ちゃんは高槻先輩と同じ高校に受かった。


彼女達はいつまでも俺に感謝してたね。なんでそこまで俺に恩義を感じるのか不明だけどさ。


俺はというと、中3では流石に好きな子は出来なかった。立て続けに振られたショックから立ち直れなかったってのがデカイし、なにより野郎友達と遊ぶ方が楽しかったからだ。女と違って分かり易いしね。太田君大乱やたら強いしね!


クラブもしてなかった俺は暇さえあれば勉強に勤しんでいた。その合間に遊び、みたいな。


その甲斐あって地方でもかなり偏差値の高い高校に入学することができた。


ぶっちゃけ嬉しかったね。


太田君とは残念ながら離れてしまったけど、地元の商業高校で彼も頑張っている。


能登は明日香ちゃんと離れてしまったらしい。お付き合いがって話じゃないぜ!


明日香ちゃんは親の意向で女子校に、能登は俺と同じ高校に。


この頃から俺は明日香ちゃんと能登が一緒にいることに胸を締め付けられることは無くなっていた。負け惜しみじゃぁないぜ? まぁひょっとしたら心の片隅にそんなものがあるかもしれんが、それよりも微笑ましんだよね。だから俺は学校が離れても二人が別れないようにいろいろ画策したんだけど、それはまた別の機会ってことで。



高校に入るといるじゃない。ほら、高校デビュー、略して高デ。略す必要ない? あるよばか! なんかニュアンスからウザさが伝わってくるでしょ!


入学当初、クラスにそっち系の男子女子がぱらぱら居て正直うざったくてしょうがなかったのよ。


なんだよいきなり肩叩いてきて「よう、元気?」って。あ、これ俺自分もやってたわ。


高校生になった俺は一大決心をしていた。

即ち、彼女を作る。


中学でのショックから俺はようやく立ち直っていた。


さぁやるぞ! 中学なんて所詮はおままごとのようなものさ! 高校こそ本番! 高校こそ真の恋愛!


そんな謳い文句を掲げて、俺は高校ではちょっと切り口を変えてみることにした。


中学での敗因。それは多分俺のこのお調子者って属性にあったと思うんだ。真面目な空気を纏わないから、女の子達はあくまで友達としか俺を見ない。そんなので満足できるなんて小学生までだよね!


高校ではクールに。so coolにね!


結論からいうと無理だったよ。いややろうとはしたんだよ? ちょうクールなナイスミドルに。


なぜかあだ名ついてたんだよね。


聞く? どんなか。


エンジェル様。


おい。笑えよ。

俺なんて笑いすぎて泣いたからな。


なんかこれ中学のやつが勝手に広めたらししいんだけどさ、語感から伝わるようにこれ恋愛の女神様とかそんなことらしいのね。男なのにね。


中学時代、俺が直接経験した恋愛は二つだけどさ、それ意外にも何かと恋愛相談は受けてたんだよ。男女共に。


俺ってクラスのまとめ役っていうか、嫌味な言い方じゃないけど中心的ポジションにいて、さらに初カップルの能登AND明日香ちゃんペアを仲裁したって陰で有名だったらしいのよ。そんな大胆な行動起こすヤツいなかったし、初めてのことをする奴はなにかと注目される。


男子は勿論、女子からも話しかけられやすい俺はよく恋愛相談に乗ったよ。俺自身彼女いないのにね! 不思議だね!


で、不思議なことに俺が取り持ったりアドバイスして成立したカップルって今んとこ別れたって聞かないのね。いやもうマジでどうでもいいんだけどさ。


だから当時俺はキューピッドさんって呼ばれてた。このさんって所が微妙に敬意を表してないよね。いやいいんだけどさ。まじでいいんだよ?


そんでその噂を高校でも流された訳。


運悪く入学したての俺に中学同じだった奴がまた相談に来たんだ。高塚ってんだけどね。同じ高校になったから告白したいんだけど勇気で無いってさ。多分牧島さんのこと言ってんだなってすぐ分かったよ。中学の時からお前意識してたもんな。


高塚は割と話す友達だったから俺も真剣に考えてやったよ。玉砕覚悟でも悔いが残らないやり方で散って欲しかったからね。


告白は見事成功。幸せそうな顔してたよあの男は。


このまま終われば、よし俺はいっちょクールキャラに、なんてなってたんだけどね。


まことしやかに囁かれていた俺のキューピッドさん伝説。高塚がその恩恵に先日授かったと暴露するからもう大変。


クールな俺よ、さようなら。

恋の伝道師の再来さ。


悲しいのはさ、この変なあだ名が付けられたことによって俺の恋がことごとく発展する前に潰えることなんだよね。


例えを出すと、俺が一年の時青島涼子ちゃんに告白したとするじゃない。例えだよ。あくまで例えだからな!


告白する前に『ごめん。エンジェル様と付き合うと皆の幸せがエンジェル様に戻ってきちゃうから無理』って言われたんだよ。


俺頭に疑問符浮かべたね。パードゥンって。


聞けば俺は自分の恋愛パワーを他人の恋愛に使っているんだってさ。だから仮に俺が自分の恋愛を成就させた日には今まで俺の紹介とかでうまく行ってたカップルが別れるんだって。初耳だよばか!


あの時の涼子ちゃんの顔。笑ってたな。性格最悪じゃねえかちくしょう!


で、俺のエンジェル様伝説は噂が勝手に一人歩きして、二年時には俺の下駄箱は靴入れか賽銭箱なのかどっちかわからなくなっていた。


この頃かな、もう俺には恋愛なんて無理なんだって諦め出したのは。


だってこんなに努力したのに報われないってありかよそれ。


なんか恋愛の教祖様みたいなのに祭り上げられてるけど全然嬉しくねえよ。つうか別れろよお前ら。なにが『エンジェル様のおかげで幸せです!』だ。その言葉は3年前から聞き飽きてんだよ。


ネガティブ思考に突っ込んだ俺はらしくもなくグレた。


なんとなくもう学校に行くのが嫌になったのだ。


行けば男女問わずエンジェル様エンジェル様とうるさいし、仲のいいカップルを見ればいらいらする。


欲求不満とかそういう次元の話だった。だからグレたなんて直線的な言葉を使うほどのことでもなかったんだけど、



その日俺はちょっと学校休んでやろうと思った。



なんでかはわからない。ただなんとなく、そうしたかったのだ。


しかし根が真面目な俺は八時を過ぎた頃からそわそわしだし、結局学校に行くことにした。


この日、俺はどうして休んでしまおうと思ったのか。


また、思っても普段通りに行くか、そのまま休んでしまえば、【アレ】は起こらなかったかもしれない。


後悔はしていない。が、ひょっとしたら違う選択をした自分がいたのではないかと疑ってしまう自分もいる。


どちらにせよ俺は遅刻して学校に行った。

それ以外の選択肢なんて考えるだけ無駄である。


長い回想が終えてようやく今に戻る。

ここまでが回想で、こっからが今だ。

ここからが俺の、物語の始まりだ。



家の中に何の音もしない。


静かだなー。

ポツンと零すが反応する声はない。どうやら誰もいないみたいだ。

リビングには書き置きと市販のトーストが一斤置いてあった。


休むなら学校に連絡しろ、遅刻ならさっさと行け。


書き置きの字から察するに母親である。

書き残すくらいなら自分が仕事に行く前に一声かけてくれてもいいのではないだろうか。


苦々しく思いながらも、それが我が家の母クオリティと開き直った。ポイポイトースターの中にパンを突っ込んで三分焼く。一度五分のところにダイヤルを回すのは忘れない。


ジジジジー、とパンに焦げ目が付く様子をぱやーっと眺める。あれ、この光って目に悪いんだっけ? いやあれはオーブンだったか。


至極くだらないことで頭を悩ます俺は、きっとまだ寝ぼけているのだろう。


完全にサボりを想定していた俺の昨日の夜の就寝時間は明け方三時。ぶっちゃけ今でも立つのが辛い。俺は健康少年だからな。


時計を見る。もうすぐ予鈴の時間だ。

確実に遅刻だけれども特に焦ってはいなかった。

もともと行く気なんてない。

というか素直に答えよう。サボりたい。


きっかけなんてくだらないことだ。

普段からエンジェル様とかぬかしてるアホどもはどうでもいいが、それを祭り上げて授業中に無茶振りをさせるのは良くない。


俺は昨日の【一発ギャグやってー】の後の白けた空気を思い出し、むかっ腹を立てた。


いやね? 別にたががこんなことでサボるとかアホみたいだなーって思うよ?


でもさぁ、めんどくせえよくそったれ。


わかっている。本当に嫌がっているわけではない。クラスメイトたちの軽口に本気で腹を立てているわけではない。でもさっき言った通りサボって見たかったのだ。


「でもなんかそわそわすんだよなー」


若干焼きすぎたきらいのあるトーストを頬張って数分、俺の中の良心がそわそわと訴えかけてきた。


【いいの? 学校サボっていいの?】


気がつけば俺は制服に着替えて家の外に出ていた。

はー、やっぱ優等生にはサボりとか無理でしたわー。

マイバイクルにまたがって走行する。定価一万円弱。近くのスーパーでセールプラスポイント、さらには他商品との抱き合わせという裏技まで用いて購入したママチャリだ。ウチの母は強い。


学校までには電車で乗り継ぎをしなければいけない。


頑張ったら自転車一本でもなんとかなる距離なのだが、親父がなんたらわけの分からん事を言って電車通学を勧めてきた。子煩悩なこって。


中町から霜田で乗り換え、片道30分。この通学時間を長いと見るか短いと見るか。


駅の近くには大きな商店街があった。


イオンモールや大型スーパーが立ち並ぶ時分、よく生き残ってるなぁと関心もしてしまう。俺は商店街の活気ある雰囲気が好きだった。スーパーの事務的でない、人の温かみのあるあの通りを通るたびになんだかワクワクした気持ちにさせられるのだ。


いつもは学校があるから商店街の前を自転車で素通りするのだが、今日はもう遅刻だし、なんなら休んでもいいし。そんな考えでちょっと店を覗いて見ることにした。


まだ準備中のところもあったけど、大半は店を出していて、ポツポツと人の姿も見る。へえ、玉ねぎ20円か。でもバラで売られてもなぁ。買わねえけどさ。


自転車を押しながら商店街を闊歩する学生服は目立つだろうが、誰も注意はしなかった。されたら逃げる気満々だったけど。


大通りを抜けた時、そういえば小学校の先生がこの辺りに怪しいところがあるって言ってたよなあと思い出した。


幽霊通りの名称は、神宮小学校では高学年の人から低学年の子に代々受け継がれて行く有名な怪談だ。


概要としては実にしょうもない話で、占い師のおっさんが夜な夜な怪しい占いをして、その占いの代金として人の命を頂いてるのだとか。



どこかで聞いたことのあるような話。信憑性ゼロだし、オチも弱い。今考えると怪談としてもイマイチだ。でも当時はマジでビビったな。噂が学校を駆け回って先生が幽霊通りを徘徊してたもん。


でも結局そんな変な占い師のおっさんはいなかった。噂だったのだ。


それでもビビりまくる生徒たちを見て先生はこの幽霊通りを通学路から外した。立ち入り禁止区域ってやつね。


多分あの幽霊通りの名前の通りの、不気味なじめっとした感じが嫌にリアリティを帯びていたんだなって思う。


あの頃は若かった。今も若いけどそれは突っ込まない方針で。


俺が昔を懐かしんでいるとちょうど神宮小学校の前までやってきた。母校である。


校庭からはワイワイきゃわきゃわした幼児のはしゃぎ声が聞こえてきて、遠目で体育の授業をしているんだと分かる。


あー、懐かしい。小学校は楽しかった。今が楽しくないわけではないが、あの頃は男女差がなかった。即ち彼氏彼女があんまりいなかった。……なんで俺何かにつけて自分がモテないことに繋げるんだろう。ある意味病気だ。


暗い気持ちを払拭するため、何の気なしに辺りを見回した。近所の安全を見回ってる帽子被ったおじさんを警戒したわけではない。本当だよ?


そこで気がついた。あぁ、ここからだと幽霊通りってすぐそこだな。


せっかくだしちょっと寄ってみようと思った。これはあれだな、昔作った秘密基地が今もまだ残っているのか確認しに行く感じに割と近い。


シャーっとものの数分走らせただけでそこには着いた。通りの入り口から感じるこの湿り気。懐かしいな。

俺は自転車から降りて、歩いて道を確かめる。

うへぇ、相変わらずじめってる。

伐採されないのか、これでもかと木が生い茂っている。


幽霊通り一帯からは、それまで住宅地だったのに急にそれが途切れ、なぜか地面もコンクリートから土に変わる。


自然を残したかったのかは知らないけどまた微妙に昔のままだな。道路とか舗装されてると思ったのに。


ちなみに、この幽霊通り、薄暗くって街灯も少なく、いかにも怪しい感がすごいのだけれど痴漢の被害とかは皆無だ。


多分痴漢のする人間もこの空気にビビるんじゃないかな。夜とか超怖いもん。


こういう風に昔を懐かしむってのをノスタルジーに浸るっていうのかね。俺も歳をとったもんだ。っと、そんなこんなで幽霊通りも抜けてしまった。案外なんてことなかったな。昔はあんなに怖かったのに。


「うーむ。こんなもんか」


なんだかあっさりと終わってしまった。

記憶は美化されるとはいうが、俺の中の幽霊通りはもう少し、こう、わくわくするものだったのだが。


ともあれ、そういうことは良くあることだ。

じゃあもう学校行くか。


いろいろ満足したし、なんかスッキリした。

クラスメイトに遅刻の理由を尋ねられたら、キッパリと自分探しをしていたと言おう。白けたらしらけたで構わない。


俺は自転車にまたがり、ペダルをぐっと踏み込んだ、その時。


こひゅー。

こひゅー。


そんな音が俺の鼓膜を震わせた。


よくそんな音に気づけたなと自分を褒める前に、余りの驚きの為に咄嗟に全身に力が入ってしまった。

ブレーキとペダルを全力で踏んで転けた。ちくしょう。


ひゅーひゅーと、音は途切れずに俺の耳まで届く。


幻聴ではない。でもさっきまでこんな音なかったぞ。


プチパニックを起こしながらも俺は辺りを伺った。このまま逃げ出してもよかったんだけど、耳に届くこの音は明らかに呼吸音なのね。悪い予感が当たってたら人か、もしくは哺乳類的な動物が割とピンチなんじゃないかと、そう思ったのだ。


それに付け加えるなら、なんか非日常ぽくってワクワクしてたってのがある。わー最低。


音の発生源はすぐにわかった。


通りの先の曲がり角。


小学校の時に占いのおっさんが出没すると警戒されていた場所だ。


そこに、なんか変な服着たおっさんがのたうち回ってた。






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