じゅういち
一般的に、目に涙貯めて抱きついてたら感動の再会とか想像するだろう。
違うんだぜ、こいつら。
「し、に、さ、ら、せぇぇぇーーっ!」
「落ち着け寿ぃ!!」
俺ははんぞーに襲いかかる寿を必死で羽交い締めにしていた。
どうしてこうなったのだろう。
初めは、本当に初めは感動の再会だと俺も思っていた。
現に「っけ、蚊帳の外ですかあぁそうですか」などとやさぐれていた。
変化は早かった。
寿がはんぞーをギュッと両手で包み込んだ時、はんぞーがブブブブっと携帯のバイブレーションのように揺れた。
俺は「照れてんのかこいつ?」と推測し、ぼーっとその光景をブッダのようなポーズを取ってベッドの上から眺めていた。あれな、ブッダのラストのポーズな。肩肘ついて横たわるアレ。
次の瞬間、寿の体から『ゴワっ!』などと表現すべしオーラのようなものが流れ出した。俺の肌を刺すような、この空気。ピリリと場の空気が一気に凍るように冷たくなったこの空気。色も何もないけれど確かに場の雰囲気が変わった。
この感じは知っている。
ついさっきも古林から感じていたもの。明確な敵を見つめる目。ぶっ殺してやんぜゴラっ!! 的な時に放つ殺気ってやつだ。
はんぞーの行動は素早かった。
ばっと体を膨張させ、寿が怯んだ隙にぬるっと抜け出し、縋るような目線を俺に配った。俺はそれだけで察した。
転がるように立ち上がり、さして広くもない部屋なのに全力疾走で寿に詰め寄り、全力で寿を押さえつける。
「落ち着け寿!」
そして今に至る。
「は、な、せー!」
「果物ナイフ振り回すなこら!」
俺が寿の異常を察せたのは空気だけではない。いや勿論それもあるが、それはあくまで判断材料の一つであって、本命は実は違う。そう、少し膨らんだ彼女のブレザーのポケットが何と無く気になったのだ。
とはいってもそれは危険物を仕込んでいるのか、という不審感ではなく、「なに入れてんのコイツ?」といった、会話に詰まったら世間話でもふってみようかなーと、そう思っての興味だった。
オーラが吹き出たと同時に取り出した果物ナイフを見て、俺は本気でなんかヤバイと思ったのだ。
「てめえなんだよいきなり。銃刀法どうしたコラ!」
「はな、せ!」
寿は俺の拘束を振りほどこうと必死に暴れる。しかし体格の差か、寿に力では負けていない。女にしては異常に強い気もするが。
どたどたと暴れ狂う寿。
「はなせよ」
寿の目は真っ赤に染まっていた。
すげぇ怒ってますわこいつ。
あんたなにやったの? ねぇ、はんぞーくん?
ばたばた動く寿を、固定しやすいベストポジションまで持っていく。その時にはんぞーと目が合ったがウインクされてしまった。ぶっ殺すぞてめえ。
「ぐぐくくぅっ」
「おいおい……」
ぐわっと顔面の筋肉を引きつらせ、今にも噛みつきそうだ。
暴れ続ける寿に俺もいい加減どうにかしないといけないなという気持ちに駆られた。だって冷静に考えたら下に母親がいるんだぜ? 母親ははんぞーの存在なんて知らないから、下手したら寿のこの声で俺が寿を襲っていると勘違いするのではないだろうか。ていうかする。少なくとも暴行を加えているようには確実に見える。
はんぞーは俺に全てを任せたとばかりに学習机に鎮座しており、薄っすらと汗溜まりを作っている。
俺はジリジリとベッドの中心に移動する。暴れる寿の後頭部が俺の鼻骨を執拗に叩く。感覚ねえんだけど血とかでててもおかしくねえよ。
仕方ない。
多分これって最低の行為なんだよな。でも本当に仕方ねえしな。
すまん寿。
俺は心の中でこっそり謝った。
「ぬおりゃ!」
「え!?」
俺は勢いに任せて女子にジャーマンスープレックスをかけた。
◯
「今日は、ごめん」
「ま、俺もジャーマンかけたしな。別にいいよ」
俺たち二人は玄関前にいた。
理由は単純明快で、俺が大技を掛けたあと突然元気をなくし、というより俺の見解が正しければ冷静になったのかな、寿は帰ると力なく言ったのだ。ついでにその辺りから寿の言葉が柔らかくなった。その場にはんぞーがいないからかも知れない。
なんだか理解が追いつかない俺ではあったが、特に引き止めることもせずに寿を見送ることにした。途中母親が「さっきのすごい音何?」と疑惑の眼差しを向けてきたことは追記しておく。
「コングラ、はんぞーか、今は」
「あいつがどうかしたか?」
後はおててを振ってバイバイというタイミングで寿は俺を見た。
「部屋に置いてきたの?」
「揉めんの面倒だしな」
「不用心だね。私が今君に危害を加えるとは思わなかったの?」
「果物ナイフで襲いかかられたってそこまでビビらねえよ。ていうかその口ぶりだとなんか色々知ってるっぽいな」
「うん。君はあんまり知らなさそうだね」
はんぞーとの絡みで、今回のわけのわからない寿争奪戦について寿自信が何かしら知っていそうだということは予想はついていた。そのことを質問するタイミングは逃してしまったけど。そういえば何でこいつあそこまではんぞーを嫌っているのかね。いやあれ嫌ってるってレベルでもないきもするけどさ。
寿はクスリと口に手を当て、暫く何かを考える仕草をとり、また口を開いた。
「ちょっと時間もらえる?」
「いいけど。なに?」
「話がしたいから。お願い」
そうまで頼まれたら俺も断れない。
俺は小さく首を縦に振った。
○
こうして隣にいる寿を見ると、やっぱり可愛い容姿をしているなと思ってしまう。
金髪に学校指定ではないセーターを着ている不良ビッチ女だと認識はしていてもどうしたって横目でチラチラ見てしまう。桂木から聞いた話では、女子は男子のそういう視線に敏感だと言っていたから多分寿も気づいてるんだろうけどさ。俺きもいなあ。
「じゃあここでいいか。えと、座りなよ」
「いや、このままでいい」
「私だけ座ってるってなんか気持ち悪いな。ならいいけど」
俺たちは俺の家から徒歩数十分の位置にある小さな公園に来ていた。第三公園と石のプレートに彫られたこの公園だが、俺は今まで第一公園も第二公園も見たことがない。どうでもいいか。
四人掛けのベンチが二つに、ジャングルジムがひとつ。滑り台となんかレールがついてぶら下がるやつとその他諸々の段差みたいなのがついてる合体遊具が一つ。それに水飲みが置いてあるだけの簡素なつくりだ。しかしこの公園はまだ小さい子に人気のようで、たまに学校帰りに側を通るとちっちゃい子がきゃいきゃいと遊んでいる姿を見ることがある。
時間が中途半端だからか今は公園に誰もいない。
寿は手でベンチの砂を払い、そこに座った。俺は何と無く気恥ずかしくて寿の横に突っ立っていた。いや包み隠さずに言うと隣に座ったら会話どころではないと判断したのだ。で、それでさっきの会話である。
「どこから話そうかな」
寿はさっそく切り出した。が、何を思ったか「あっ」と驚いたように声を上げた。
「どした」
「ごめん。私が一方的に知ってるだけで、君は私のこと知らないよね。なのに自己紹介もしてないなって」
「は?」
やっちゃったなあ、などと寿は頭を抱え出した。いやいや、ちょっと待ってくれよ。俺お前のことめっちゃ名前で呼んでんじゃん。何回か会いにも行ったじゃない。
そんなことを出来るだけ感情的にならないように俺は言った。まさかな、無視はされてると思ってはいたが認識すらされていないとは。
寿は俺の言葉に酷く驚いた。何度か「え、本当に?」と確認してきたくらいだ。
「この前昼休みに会いに行ったの覚えてないの? ほら、寿が元木に告られてる最中に乱入した」
「元木?」
またもキョトンと首を傾げる寿。何の話だと言わんばかりの顔つきだ。
「多分知らない」
「お前、マジで言ってんのか? 流石にそれは引くぞ」
「ごめん。その前に私の話をちょっと聞いて欲しいんだ」
「話?」
なんの話をするつもりだこいつは。
ふぅ、と一息つくと、キリッとした顔で寿はこう言った。
「私、異世界人なんだ」