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魔物なんていう物騒な化け物がこの世界には存在している。
人の歴史が紡がれるようになってから今日に至るまで、奴らの顔を拝まなかった時代はない。
犬のような物、山羊のような物。人間のような物。鳥のような物。多くの種類が存在していることだけは確かだが、総じて魔物と括られている。
地方によっては妖魔と呼称されたりもするが意味は同じだ。人間の敵であることに変わりはない。そうして、魔物もまた人間を敵だと思っているに違いない。
魔物は人であろうと動物だろうと見境なく襲う。生命を宿す生き物ならば、目に付く限りを食い殺す。しかし、不幸なことに魔物は人間が大好物だった。
そのためか、人喰い(マンイーター)などと呼称された時代もあったものだが、それは間違った見解でしかない。
やつらはただ、ひところ氏が好きなだけなのだ。
そんな害悪たる存在ではあったが、人類はなんとか、彼らを飼育しようと努力した。
魔物から取れる魔石と呼ばれる結晶は、今日における文明に不可欠なほどの動力を生み出す物だったためだ。
そのため、多くの学者、探索者、権力者がこぞって実験を繰り返した。
結局、現在に至るまで飼いならすことができた者はいない。
たとえリスほどに小さい魔物でも、その小さな身体を存分に使って威嚇し、襲い掛かってくるのだ。
飼いならそうとして、小動物のような魔物に殺されてしまったという話など、文献を探すまでもなくその辺に転がっている。
魔物は人間を殺すことが好きだと言える。人間を弄び、殺し、野ざらしにしてまたさ迷う。
そこには獣に付きまとう生存本能に基づく捕食行動などありはしない。
魔物は人間を敵対者として認識し、人間もまた血脈に嘘偽りなくそう刷り込まれてきている。
長い年月を経て、歴史の中で何度となく衝突を繰り返し、語られることのない殺し合いを果たしてきた。
魔物は人間を見つけては殺す。人間は魔物を見つければ殺すのだ。
武器を持てば誰だって魔物を殺すことができる。
ただ、生き残るには相応の才能や経験が必要だった。
殺す側は次第に淘汰され、やがて<掃除屋>と呼ばれるようになり、今では探索者と混同されるようになった。
探索者の多くが危険を冒して未知を探求する。未開は広く、彼らは大陸全土を旅した。
誰もが見たことのない土地を調べ、走破し、地図を作ろうと旅に出る。
誰も見たことのない生物を見たという与太話を信じ、森へと入る。
希少な鉱物が豊富に採掘されるからと、魔物が巣食う迷宮に挑む。
一人で、時には仲間とともに。
彼らの勇気と好奇心は計り知れず、多くの講談話が作られては、その話よりも多くの探索者が帰ってこなかった。
だが、得られる名声と富は計り知れない。
探索者から貴族になった者も居る。
度胸と健康な身体があれば、誰でも探索者になれたのだから、夢想し死んでいく者は今でも後を絶たない。
探索者にも組合が存在し、その組合に属するには試験を受ける必要がある。しかし、この規律は近年に出来た制度でしかない。
もちろん、現在でも正規でない探索者のほうがずっと多い。しかし、魔物との戦いで、五体満足でなかろうと生き残ってみせる者たちは、総じて才能と経験を持ちえた正規の組合員が多かった。
掃除屋と探索者は気質的に似通っていて、とても相性が良かった。そのため、今では同職とみなされるようになったくらいだ。
今では探索者が正式な職業に認められるようになっているのだから、なおのこと組合のない掃除屋は職種ではなく、魔物を討伐した者らの総称として使われるようになっていく。
ジスは探索者であり、掃除屋だった。昔はどこかへフラフラして傷を作り、また別の土地にねぐらを作り、女を抱いたりした。
何のために、探索者をしているのか、もはやジスにすらわからない。けれど、流浪を重ねることによって自分が生きていることを実感できているのだから、探索者をやめようという気にはならなかった。
惚れた女もいる。結婚も考えた。良い町を見つけもした。
ジスは全てを捨てて、旅に出たこともある。もう何年も前のことだ。
自分が今、何歳なのかすら彼にはわからない。歳が必要になったこともない。それくらいには成熟した大人、というみてくれをしている。
だからこそ、旅をして魔物を殺し、探索をして金を得るとすぐに使っては、逃げ出すように旅を続けるような生活をしたところで、誰からも文句を言われることはなかった。
魔物を殺す生活に不満はなかった。彼は魔物を殺すだけで生きていけた。綺麗に殺すことが出来た。掃除をするかのように、面倒ではあったが、殺せば殺すだけこの世が綺麗になるような気をさせながら、ジスはただひたすらに殺してきた。
それでも、ジスは安定した生活を得ることに成功している。
ここ五年ほどのことだ。とある爺と出会ってから、彼はちょっとばかしの安寧と、目的ある旅を手にしていた。
新しい組合設立に寄与し、その組合員に属して王都に部屋を借りている。大家とは顔見知りになったし、隣人関係もそれなりに良好だった。
行きつけの酒場に、見知った知人が増えた。
魔物に怯える必要はない。王都に詰める警備隊から王宮の衛兵を合わせて五千の兵士が居る上に、城壁は高く見張りが絶えることはない。
それでも、ジスは旅に出る。飛び切り長い旅を進んで選び、徒労に終わろうと、与太話を確かめに行く。
危険を冒し、嘘を確かめ、つまらない真実を報告を行い、魔物を殺す。
そうして、実感する。
留まることが、安定した世界に生きることが、なんだか自分にとっては死んでしまうことのように思えてくる。
ジスはそれが怖かった。そして、流浪の旅を楽しみ、魔物を殺すことに興奮する自分が恐ろしくもあがなえない存在であることを、理解していた。
まるで飢えた獣のように、ジスは何かを殺し飢えをしのいでいるのかもしれない。