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 真っ暗が、そこにはあった。

 身体が軽い。いつだったか、それは川に飛び込む時の浮遊感に似ている。あれは気持ちが良かった。川魚を捕まえて、焚き火で焼いて食べた。

 どうでも良い思い出が浮かんでは消えていった。

 自分の身体が固体としてきちんと認識できるわけではない。存在ひどくあやふやで、それがとても恐ろしくもあり、どこか心地よい既視感を生み出している。

 知っているのだ。

 ジスはこの感覚を、当の昔に忘れてしまっていた。けれどもようやく理解した。

 暗闇にうっすらと青白い炎が灯り、それはやがて列を成して道を作り出す。道しるべをたどるかのように、身体は自然と動いた。

 声が聞こえる。

 誰かの声がする。

 苦しそうにうめく声もあれば、ゲラゲラと笑っている声もある。

 泣いている声も、怒っている声も、内容がわからない会話が耳にまとわりつく。暗がりにゆらめく道筋から、音は漏れ、人の気配がかすかに滲む。

 雑音が、熱を帯びて世界を動かしジスを誘って行く。自分が動くのではない。この真っ暗な空間が風のように流れていく。

 人の記憶。想い、思念。言葉で言い表すことは容易にできない。けれども、確かに存在する人であった証。

 悪魔に殺された人間たちが、この暗闇の中で息づいている。その思念が、ジスに道を示すのだ。

 彼らは死んでいない。肉体は滅ぼうとも、彼らの自我が悪魔の中でさまよい続けている。それはとても苦しいことなのだ。だからこそ、ジスに助けを求めた。

 そして、悪魔であるエカテリーナ自身もそんな哀れな亡者の一人に他ならない。

 何よりもまず、自分もそうなのかもしれないと思うほどの親近感を覚えてしまうほどに、今のジスはおぼろげな存在でしかない。

 歩いている感覚はない。ジスにとって、水の流れに身をゆだねているだけだ。考えは及ぶ。思い出すこともある。だが、そこに感情の揺らめきはない。

 達観とは違う。すべての感情が出し渋っている。個人の思惑など介在する余地もなく、淡々と物事を眺めるだけにとどまる現状。ジスは漫然と、過去を振り返るしかなかった。これが、走馬灯なのかもしれないとさも他人事のように振舞いながらも、自分がかつて、悪魔を殺していることの確信を得るに至った。

 そうだ。殺していたんだ。

 悪魔となった父親を――。




***




 家族がいた。

 当たり前だ。

 人間は突然、この世に生れ落ちるわけじゃない。

 なのに、忘れていた。親のことを。

 父が居た。ぜんぜん似ていない。傷だらけの顔をしている。黒い顔だ。日に焼けていて、でも、笑顔だった。

 母は病弱だったけれど、よく笑い、豪快な女性だった。

 父は良く薪を投げつけられていた気がする。

 仲が良くて、どうしてか家族というより友達という言葉のほうがひどくしっくりくる関係のようだった。

 たぶん、仲の良い家族だったんだろう。よく笑い声がこぼれていた。そうだ……そうであってほしい。

 こんな思い出までも、隠してしまっていた。

 忘れていたかったから……。

 三十年前に、全てが終わった。

 五年戦争の渦中で、両親は死んだ。

 殺した。紛れなく自分自身がこの手で殺していた。

 母は磔にされていた。

 血を流し、布切れも纏わせてくれない格好のまま、四肢がなく眼もくりぬかれて、それでも生きていた。

 生かされていた。

 死ぬことを許されず、最後まで餌として、父の目の前に、手足を縛られた父の目の前に、悠然と立たされていた。

「次は、息子だな」

 心臓を鷲づかみされたような息苦しさが巡った。

 そこからただただ怖いだけだ。

 叫びたかったけれど猿轡ががっちりとかみ合って、無様な声を出すに留まった。

 父は泣いていた。

 それでも、要求には屈しなかった。

 父は知っていたのだ。

 ウィニペグには古代人の遺跡が眠っていることを判っていたのだ。

 そして、父は帝国が古代人の技術を研究しようとしているのではないかと考えていたに違いない。

 ホムンクルスという存在があった。

 不老不死に近しい生命体の技術を渡してしまえば、帝国が何をするか判らない。

 現に、あの五年戦争は皇帝と教主が不老不死を願ったからだ。

 だからこそ、父は――その血を、能力を狙われた。

 魔断の一族。

 他者とは隔絶した存在。

 子供のころはよく父親に諭されていた。

 魔が見えることを安易に言うことはならない。

 他者とは隔絶した能力を持っていることになど、幼いころのジスは気づきもしなかった。誰しもが同じものだと信じてやまなかった。

 けれども、現実は違う。

 自分は他者とはまったく別の生物だった。

 そう認識し始めたのはいつだったか。

 父親が、能力についていさめることを自然にやめたころと同じだ。

 自分は特別だという認識を持ちつつも、それをひけらかすことで、自分自身を死なせることにつながる恐怖を抱きながら、周りの人間に虚偽なる自分自身の実像を見せ付けなければならない人生を送っていた。

 哀れなものだ。

 今でこそ、判る。

 なぜ、両親は自分を偽りながらも大衆の中で生き延びようといしていたのだろうか。世捨て人になって、社会と離れてしまえばよかった。そうすれば、死なずにすんだ。

 なのにどうしてか、両親は大衆と同じで居たかった。きっと、自分たちはちょっとばかり変な技能を持っているだけだと思っていた。

 自分たちは皆と同じ存在である、そう錯覚するため。

 ただ、人間でありたかったから――。




***




 もはや、過去の産物に過ぎないのだから、涙を流すこともなければ、本来ならばすでに、ジスの内では終わったことだった。

 なので、当人以外では誰しもが知るよしもないほどに、些細な事象を想い、嘆く必要はない。

 起こってしまったことだ。

 それも、当人は本当に忘れようとしていた歴史。

 いまさらだ。こんなものを掘り起こされては不愉快でしかない。

 ジスはそんなことを思った。それは自分の思いのようで、実のところ、第三者が意識に混入してきていたことで発生した転換を期すものだった。

 誰だ、とは疑問にも思うまい。もはや、この空間において、自分以外に自我を持っていよう者など、ただの一人のみでしかない。

 しかし、身体は動かない。自己を確立させている固体の証明ができない。ひどく空虚なもので、自分はすでに死んでいるのではないかという錯覚を感じさせるにあまりある状況。

 意図してこの状況を作り出した諸悪の根源が、周りにうごめいていることだけはわかった。

 思念の歪み、それを餌として生き長らえている何か。

 頭に意識が飛び込んでくる。意識、いや、これは知識というべきものか。

 妙にすっきりとしている。何ら違和感なく、他人の絶対不可侵領域にノックもなしに入り込んできては、酒だ食事だとのたまい叫ぶ。

 ふてぶてしい限りだ。そう思うジスも図太い神経をしているようで、急な楽客に何の応対もせず、静観を決め込んだ。むしろ、ジスからすると、現状をどうにかしてほしかった。

 呼んだ相手の察しはついている。しかし、迎えが来ない。

 当事者の変わりに、まったく知らない人が勝手に何かをしようと必死になっている。ひどく滑稽だ。待ちぼうけをくらって、見知らぬ奴から、話を振られる。それもくそ面白くもないものばかりだ。

 ジスは考える。そうだ、これは胡散臭い宗教の勧誘に似ている、と。

 そんなことを考えていると、辺りに変化が生まれた。

 見知らぬ者が、慌ててジスから出て行く。続いて、開けっ放しの扉から、真っ白い光が差し込んで、ジスは体内に人の熱を取り戻した。

 続いて、誰かの高笑いを聞いた気がした。

 それを機に、意識が急速に浮上していく。導かれるように、真っ白い世界へと変貌を遂げた視界に辟易しながら、今度はどういうわけか身体が動いた。

 悪魔の中で、ここだけは暖かい。

 エカテリーナがここには居る。その息遣いがひっそりと自分自身に寄り添っている。だからこそ、記憶の闇から拾い上げた。

 今やるべきことは邂逅ではない。だが、これは独りよがりな自殺に等しい行為に加担していることにもなる。

 それが腑に落ちない。

 死ぬのならば勝手に死ねばよかった。なぜ、そうせずに今の今まで生きていたのか。

 悪魔となってまで、なぜ、エカテリーナは生きていたのか。

 この白い世界がそれを教えてくる。

 器用なもので、どういうわけか知識が頭へと流れ込んできているかのように、察しがついていく。

 魔王なんて御伽噺の存在が、数百年もの間、その存在を現世にとどめ続けていることにまず驚き、そして、エカテリーナがその魔王の残り香を封ずるだけの余力しか残されていないばかりに、悪魔へと変貌を遂げたことを告げられる。

 いや、知りえたというべきか。語られたわけでもなく、頭に知識として入り込んできているのだから、自分なりに咀嚼して情報を溜め込んでいることに変わりはなく、わかりやすい。

 彼女は知っていた。世界を牛耳ろうと画策する権力者たちが血眼になって不老不死の研究に打ち込んでいたことを。それによって、数多の生命が奪われ、無意味な争いを引き起こしてきたことを。

 不老不死などという存在しない夢物語を追い求める浪漫に胸をときめかせる有象無象を相手に、ひたすら現実を突きつけようと躍起になったヒステリックな女でもあり、正義感に溢れた女だった。

 そんな女の末路がこれだ。

 この世界、この白こそが最後の搾りかすだ。

 彼女の自我がそんな自嘲の波長をジスに向けてきていた。ひどく怖がりでありながら、大胆にも触手のように、自分の感情をジスに仕向けるように伸ばしては、彼の身体に触れると慌てて距離を置く。

 そんなやり取りを感覚的に察するまでに、ジスの身体は変調をきたしている。それがどういうものかをおぼろげに理解するのは、彼がまぎれもない悪魔殺しであることの証左であった。

 判っている。彼女は弱々しい。それが望んでいない姿であることも知っている。

 もはや自我の形成すらもままならないから、彼女は早く死にたいのだ。

 人としての自我を保ち、自分勝手に死ぬのだ。

 殺す側のことなど一切気にも留めず、結局のところ自分が良ければそれで良い。

 ただ、責任はとりたいのか。面倒ごとを押し付けてくる。

 最後の良心とでも言えば良いのか……。

 エカテリーナの記憶が艶やかに通り過ぎた。

 悪女だ、とジスは吐露した。いや、それは果たして口から零れ落ちたものではなく、脳裏に抱かせた本心である。

 もっとも、そういった感情の波は、彼女がめざとく察知しているもので、今も怯えたように自我を震えさせた。

 男の捕まえ方を知っている。それも、ジスにはめっぽう強いもので、面倒だと思いながら、ジスは必ず約束を守るだろう。

 何せ、彼女は美人だった。

 眼鏡が似合いそうでいて、凛々しさが眩しい女。

 ここのところ、既視感ばかりを覚えている。頭がどうにかなりそうだった。

 それに、ジスの弱点を厭らしく刺激する。捨て置けない面倒ごとだと確信めいて、強引に押し付けてくる。

 断れないと思うから強気に行こう。

 そんな打算すらもジスにはもれてきているのだから、始末に終えない。早々に、こんな悪趣味空間から抜け出さねばならない。

 だからこそ、壊す。

 気がつけば槍を握っていた。自慢の短槍だったが、今は白く光っている。なぜ、白いのか。白い空間で白い槍を目視できるのは、やはり自分の眼がおかしいのだろう。

 あきらめのため息がこぼれた。

 まだ人間だ。そして人間はいつも化け物を倒して幸せになる。

 これが御伽噺ならば、絶対にそうなるべきだ。

 場つなぎな妄想を振り払い、ジスは槍を構えた。

 いつもの構えではない。それは実に奇妙なものだった。

 槍を別の用途に使うつもりで、ジスはテンポ良く歩きだしてから、小刻みにステップを作りなし、その勢いを持って全身をしならせ仰け反った。

 どこに向けて投げるつもりだ?

 全方位が真っ白い。けれども、何ら問題はない。

 つまらない自問に自嘲しつつも、ジスは勢い良く槍を投擲した。

 魔を断ち、魔を従え、魔を食らう。

 ジスには魔が見えた。何の問題があっただろうか。

 薄い赤色のようでいて、その実、強烈な自己主張をしている。とはいえ明滅しているわけでもない。一部の、特別な存在にだけ判る目印。

 一滴垂らしただけの血痕のように、ポツポツとした赤が、急所を教えている。

 だったら、外すことはない。

 そうだろうし、実際にそうだったのだ。

 まるっきり自分のみの力で槍を投げたわけではない。つまりは、この空間の誰もが、ジスにはずしてほしくはないと思っていたに違いない。

 世界が崩れ、ジスはようやく終わる面倒ごとに安心しつつも、即座に始まる新しい面倒ごとに肩を竦めた。




***




 視界が移り変わる。ほのかに白色に輝く聖堂が姿を見せると、ジスは

 ――ここは、こんなにも小奇麗なものだったのだろうか。

 という疑問を持った。

 薄い赤のほとばしるわたぼうしの姿はない。

 聖堂の床に足をつける。

 足元に横たわる黒い影は、風も吹かぬうちに、どこかへとそよぎ消えていく。

 悪魔の消失を持ってして彼の仕事は終わりを告げたのだ。

 疲労感が身体を包む。しかし、その場にヘたれ込むほどに疲れているわけではない。

「ジス、ありがとう! エカテリーナ様は確かに解放されたぜェ!」

 シュートはそんなことを口走っていた。

 ジスは大声を聞きつけて、首を回す。聖堂の一角で、未だ十数人は生きていたのだ。ジスの顔なじみは全員が生きている。それが、なんともなしにうれしかった。やはり、顔見知りが死ぬのは目覚めが悪い。

「クソッ、やっぱりオレはァエカテリーナ様のようにはいかねェな」

 シュートは大手を広げて、ジスを抱擁せんとばかりだが、どうやら魔術の行使によって身体を酷使しすぎたのか。動きがぎこちない。

 彼がエカテリーナの解放を願ってやまなかったことが良くわかる。ここまで有難がられることも中々味わえない。

 彼の手に書物を見ると、ジスはこの白色が、シュートの魔術による余韻であることを察する。

「ジスさん!」

「まったく、心配かけて。でも、しっかりやり遂げちゃったんだから、イイ男よ、ジス」

 ジンとベッキーは笑顔で、ジスに手を振った。疲労からか、ジンはベッキーに肩を借りて起き上がっている。

 その二人を横目に、ローとオオカミたちが顔をしかめていることに気がついた。

「おい、シュート」

「おぉ、なんだ心の友よ!」

 なんとも胡散臭い台詞を吐く。ジスは苦笑を浮かべた。

「お前だろ、魔術使ったの」

 そういって、ローのそばに寄った。

「大丈夫か」

「平気。少し持っていかれただけだから」

 ローはしゃがみ込んで苦しそうにしていたが、息を整える。そこへ、ジスが手を伸ばした。ローはジスを見上げたが、素直に彼の手をとった。

「オゥ、ロータスには悪いことしたな。エカテリーナ様が吸い取っている魔素を弾き飛ばしたんだが、周りもいくらか巻き込んじまった」

「良い。最善だった」

 シュートの大声にローは答えてから、

「早くここから出る」

 と皆を急かせる。

「どうした?」

「結界が消えた」

 その言葉を聞き、ジスは首をかしげる。結界が消えたことによって、帰り道ができたことになる。それは良いことだが、なぜ急ぐのか。

「……そうか、結界が消えたことによって、ここが崩落する危険があるぞ!」

 突然、ギュスターの大声が広がった。

「なら、急ぐしかないな」

 ジスはそうつぶやき、辺りを見回した。乗ってきたオオカミは五頭。シュートの魔術による影響もあるだろうと思ってのことだったが、

『シュート!』

 ディアブロの鋭い叫び声が飛んだかと思えば、

「――おァっ?」

「邪教徒めが、われわれの計画をよくも滅茶苦茶にしてくれたな!」

 目を奪われた。誰もが、いったい何が起こったのかを理解するまでに幾ばくかの時を消費するくらいに、突拍子もない出来事だった。

 マイヤーが、オオカミによって拘束されていたはずの男が、剣を握り締めてその刃をシュートの胸に突き立てていた。

「シュ……」

 ジスの声が漏れる。

「オイオイオイ、てめェはまだ諦めてなかったのかよ」

 誰もが驚いた。シュートの声に、抑揚ある落ち着き払った声だった。胸のほぼ中心に位置するであろう場所から剣を生やし、血を流している彼が平然としている。

「な、なんだと」

 刺したマイヤーですら驚愕している。

「やめときな、ただの人間には荷が重いぜェ?」

 シュートは口端を吊り上げて笑うと、魔道書を開く。すると、シュートの左半身が輝きだした。

「な、何を!」

「慌てんな」

 その言葉とともに、シュートとマイヤーは真っ赤な光に一瞬だけ包まれた。

「何が起こっている」

 たまらずつぶやくジスの言葉に、ローは一言添えた。

「彼の命が消えていく」

 彼女の言葉にジスは言葉を失った。その淡々とした宣告に愕然とした。シュートが死ぬ。あの男が、いや、確かに目の前の光景を見る限り、生きる希望はない。しかし、どうしたって、納得がいかなかった。

 振動が起こる。聖堂全体が揺らぎ始めた。

「不味いぞ……生き残りはすぐに退避だ、走れ!」

 ギュンターの号令で、生き残っている騎士たちはシュートの出来事を気にせず、逃げ出し始めた。

「ジンとベッキーは先に行け」

 ジスの指示が飛ぶ。

「ディアブロ、二人を」

 ローが続けて言うと、ディアブロはオオカミ二頭を動かす。

「ちょ、ちょっと!」

 ベッキーの慌てた声を挙げた。ジンは黙ってジスを見つめたが、ジスの硬い表情にため息を吐き出す。

「ベッキーさん、乗せてください。ふがいないですが、僕の身体はもう動けそうもありません」

 ジンの言葉にベッキーはジンを一瞥した。

「……判ったわ」

 二人はともにオオカミへと乗り、聖堂を後にする。

 風のように消えた二人を見送るわけでもなく、ローとジスはシュートを見守っていく。

 聖堂の天井から瓦礫が落ちてくる。今はまだ小さいものばかりだが、もう一刻の猶予も残されてはいないほどに、振動がジスたちを揺らす。

 光は未だに輝いていたが、突如としてマイヤーと思わしき叫び声が轟いたかと思えば、それがきっかけとばかりに光が消えうせる。

 そこには先ほどと変わらない二人が居た。

 マイヤーは剣から手を離し、へたり込んでしまっている。

 うわ言のように何かをブツブツとしゃべるマイヤーの目は白濁し、血の涙を溢れさせていた。

 いったい何が起こったのかはわからないが、もはやマイヤーに暴れる元気は残されていないようである。

 それを他所に、シュートは実に心地よい笑顔を作って膝から崩れ落ちた。

「シュート!」

 ジスは駆け寄って、肩に手を置いた。まだ暖かい。

「ジス――」

 シュートがうつろな瞳を揺らしながら、聖堂の高みを眺めている。

「あぁ、俺だ」

 シュートが手を、指を動かした。ジスは咄嗟に握る。

「そんな顔すんな。これはオレが望んだことだからなァ……」

 その刹那、ジスの身体に何か得体の知れないものが入り込んできた。

 頭が割れそうになる。目が痛む。全身が熱い。

 人の記憶が、ジスに流れ込んできていた。

 シュートの想い、マイヤーの知る帝国の計画。

 はち切れそうな痛み。悪魔の中で見た走馬灯とは違う。強烈な刺激を彼にもたらすそれにより、意識を刈り取られていきながら、これこそ、シュートが遺した生きるということなのかもしれない、そう思い立った。

 ――この痛み。生きているから感じられるんだよな。

 流れ込む記憶の中で、シュートは確かに救われていた。

 シュートは最後まで、ジスに感謝し、エカテリーナ様の救済を喜んでいた。

 そして、彼は理不尽な死を当然のように受け止めている。

 むしろ安堵していた。

 身体がもう、持たないところまで来ていた。魔に冒され、いつ死ぬことになるのか。それよりも、人でなくなってしまうのではないか。

 そんな状態のまま、シュートはただ望んでいた。

 この時を。

 だったら何を悲しむ必要がある。


 死ぬときが来た。

 嗚呼、聖なる死よ。

 エカテリーナ様とともに享受できる。

 オレは、幸福者の何物もありません。


 シュートの歓喜を胸に抱き、ジスはシュートを寝かしつける。

 遺骸はここにおいて置こう。ここが、シュートにとっての墓にしよう。

 魔道書をシュートの胸に置く。

 瓦礫で埋まるだろうし、遺骸が欠損するはずだ。しかし、ジスはそれでも関係ないと思っていた。すでにシュートは居ないのだ。

 彼は生を享受し、死へと旅立った。

 それで良い。

「ロー、急ぐぞ。ダリスが帝国に襲われている」

 ジスは気持ちを切り替える。

 その言葉に、ローは即座に頷き、自身はシルヴィアに飛び乗った。ジスの言葉に対して微塵の疑りすら感じられない綺麗な動きだった。

『行くぞ』

 ディアブロの低い声で、ジスは慣れた動作といわんばかりに、黒きオオカミの背中に腰を落ち着ける。硬い毛の感触をより一層強めるように、胴体を脚で締め付けるように固定した。

「マイヤーを拾っていく。それと、騎士の中で一番えらい奴もだ。帝国との交渉ごとや、戦いに関して助言を請おうじゃないか」

 不敵に笑うジスの言葉は、動き出したディアブロとともに風に乗った。


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