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 ダリスは城砦都市である。

 堅牢な城壁に囲まれ、市民を守るのは戦闘農民ではない、純粋な兵士たちだ。

 優秀な騎士団を従えて、女領主であるアリシアは騎士団長として指揮経験もある。

 市民は避難勧告に従い、複数個所に定められた篭城施設へと入場していった。

 男たちは血気盛んに武器となるものを探しては、両手でしっかりと握り締めた。前線に出ることはない。

 市街戦ともなれば判らないが、万が一にもそうなってしまった場合の覚悟など国境線で暮らす者としてとうにできていた。

 それがたとえ、魔物という異形なる生命体の群れであったとしてもだ。

 馬出しには、多くの兵が詰める。市民の命を守る最前線。

 たとえ、馬出しが落ちようとも、堅牢な城壁を越えることはできない。

 それこそ、翼の生えたドラゴンくらいが、やすやすと突破することだろうが、報告では人型魔物ばかりで、飛行種はいない。

 魔物の大群との戦いは、さしも城砦都市たるダリスでも経験はない。大丈夫だと言い聞かせながらも、市民たちはやはり不安を抱えていた。

 ハンスはそんな市民の一人ではなかった。彼は傭兵として、ベルネルリ家に雇用されて今回の篭城戦に参加している。故郷の窮地に、彼は憤り、また不謹慎かと思いながらも、若々しく興奮していた。

 魔物との戦いを経験している者いたが、大群相手は皆が初めてで、兵士たちの指示をすんなりと受け入れていた。

 彼らとてこんなところで死にたくはない。所詮は金に眼がくらんで参戦した者がほとんどだ。ハンスそういって、自分は違うと思っていた。

 手に持つのは使い慣れた石弓である。これで故郷を守るという強い決意があった。

 未だに王国では弓は、狩猟の道具で、石弓は弱者が使う道具だ。あれは武器ですらないと貶す貴族が多く、王国の兵士で使い方を習ったものは少ない。

 ハンスはこの石弓に何度か命を救われている、大事な相棒だ。そして、ダリスにおいて弓や石弓を、弱者の道具と思っているものなどいない。

 そのことも、ハンスにとってはうれしかった。自分の使っている武器が本職に認められているからだ。

 ダリスには大型弩砲バリスタも配備されていることから、やはり敵国相手の防衛戦を考慮されていることが窺い知れた。

 石つぶての用意もきっちりとされている。魔物に効果があるかはわからないが、矢が尽きたり、接近されすぎた時には重宝するだろう。

 意気揚々と準備をした。

 自分の故郷を守るために、命をかける。その行為は、ハンスの中で酷く神格化されていた。

 それに、これは野戦ではない。正面からぶつかりあって殺しあうわけじゃなく、城壁の内から、好き勝手に射抜けば良い。

 つり橋を死守するために、騎士団が前に出る。その援護が、傭兵の仕事だ。兵士は傭兵を補佐し、騎士団が作り出す盾の隙間から、槍を放ち、魔物を殺す。

 そういう指示を受けていた。

 大丈夫、やってやれないことはない。

 戦争の経験こそないが、魔物や賊徒を殺したことはある。自分はきっと、上手くやれる。

 ハンスは安全の中で戦えると、そう思っていた。

 だからこそ、

「こ、こんなの……」

 彼は圧倒されてしまった。

 戦争の空気に当てられてしまった。

 誰もが声を挙げている。大声、いや、怒号と言って差し支えないくらいのもので、そうしなければ会話もできないくらいの騒音が馬出しを襲っている。

 絶え間ない魔物の圧力に屈しまいと、兵士たちは呼吸を合わせて弓を射る。石弓を発射する。

 たとえ、城壁があろうとも、魔物たちの雄たけびが、地鳴りが、ハンスの心を鷲掴む。殺気とでも言うのだろうか。とにかく、ハンスは死ぬ思いをしていた。

 おびただしい数の魔物が、一直線にダリスへと攻めてきている。街道が魔物であふれている。

 百や二百なんてものじゃない。千を超える魔物が、大挙して押し寄せてきている。

 喉が異常に渇く。声が出ない。けれども、死んでしまうという嫌な気持ちが身体を震わせた。石弓を撃つ事もままならない。

 ハンスは、ほかの者たちと呼吸を合わせて石弓を使うことができないくらいに狼狽してしまって、今では、馬出しの奥で、魔物が見えない位置に座って、震えていた。誰も咎めないのは、彼らにも余裕がない。

 騎士団の盾はよく持っているし、兵士も続々と魔物の死体を作り出しているが、いかんせん数が違いすぎたのだ。

 いつまで続くか判らない攻防は、人の心をあせらせ、動揺を作る。

 このような時、自発的に仲間を助け合い、支えあい、言葉を掛け合う兵士は貴重であり、熟練していると言える。とはいえ、その数は少ない。

 兵士も人である。死にたくはない。だからこそ、彼らをある種戦場に縛り付ける何かが必要となる。それが、金や刑罰を受けるという恐れ、逃げても生きていけないという決死。

 そして、

「怯むな!」

 一筋の光のように、他者を惹きつける将官。その光がどんなに弱くとも、兵士は突き従う。大儀を得たかのように、彼らは奮起する。

 アリシアは、光。

「私が先頭に立とう」

 自分たちが戦えば、勝てると思う。その思いが、強くなりやがては本当の勝利を得る。そうさせる存在は確かに存在するのだ。

「諸悪の根源を断つため、すでに別働隊が動いている。われらは辛抱強く魔物を殺すだけで良い!」

 先ほどまで挙がっていた悲鳴は鳴りを潜め、今度は鼓舞するかのように、威勢がそこかしこから漏れて来る。

「魔物の死体を壁にしろ、消滅するまでの時間稼ぎに使え!」

 最前線で、彼女は吼えた。盾を左手に括りつけ、右手には鋭くも短く切り詰めた槍を握り締め、魔物と対峙する。

 騎士たちが喚く。

 自分たちが敬愛すべき団長が、その身を差し出すかのように、魔物へとぶつけて、槍で止めを刺すものだから、

「ご自愛ください!」

「ここはわれらにお任せを!!」

 と、とにかく煩くなった。

「口を動かす前に、身体を動かせ。そら、来たぞ!」

 アリシアの怒号に、騎士たちはまだ小言を放った。しかし、彼らの顔に生気が戻る。絶望の中で、ただ一筋の光を見た。その光をたどって、ただ前へ進むがごとく、混沌とした戦場で戦い続ける。

 奇妙な、それでいて心地よい安心を胸に秘め、騎士は盾となる。

 兵士は槍を突き、矢を放つ。

 ハンスはその光景を見て、泣いていた。

 かっこ良かった。それでいて、とても高潔だった。身体が熱い。それは戦いの前に感じていた興奮とは違う。

 触発された。感化された。それでも良い。

 やれることをやろうと思えるようになった。

 ハンスは石弓を握りしめ、前面に顔を出す。

 蠢くは魔物の有象無象。

 狙う必要もないくらいにひしめいている。けれども、どういうわけだろうか。数が先ほどより減っている。ハンスにはそう思えたし、実のところほかの者もそんなことを思っていた。目に見えた変化は乏しい。しかし、アリシアの勇姿が、彼らに勇ましさを再び取り戻させた。だからこそ、悲観的に増大していた数は、楽観的な減少に打って変わり、それが良い方向に動き出す。

「構え!」

 大声とともに、弓と石弓を持った者たちが、壁に張り付くように構えを作る。

 ハンスも習って石弓を構えていた。もはや持ち場を固定している者は居ないほどに、兵士も傭兵もごちゃまぜになっている。けれども、不思議と衝突はなく、皆が機敏に動く。

 彼もまた、その一人になりつつあった。

「放て!」

 矢の雨が魔物に降り注ぐ。

「勝てるぞ、諦めるな!」

 誰かの鼓舞に、全員が同意して喚声かんせいを挙げた。


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