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「あれが、魔術なんていう代物なの?」

 小声で、ベッキーはシュートにそんなことを問いかけていた。その表情は硬い。

「た、確かに凄かった、ですよ」

 ジンのうわづった声が漏れる。

 ジスは会話よりも、周囲の警戒に意識を散らす。集中を切らすことだけは避けたかった。

 森の中に足を踏み入れてから、じわりと身体を包み込む言い知れぬ何かを感じ取っていた。

 ローはずんずんと、ただひたすらに前を行く。

 ジスが最後尾を歩き、ジンとベッキーが横に広がり、その真ん中にシュートが居た。ひし形のような形で、樹木を避け、一定の間隔で歩いていく。

 視線を前の三人に送る。ローは気付いているだろう。

 幸いにして、ローからの警告がないので、視線は襲撃を考えている、という線は薄いだろうとジスは見切った。

 ベッキーとジンも組合の初期から居る元探索者だ。二人とも、十年はともにペアを組んでいるらしいため、その連携と実力に関しては同僚として疑うまでもない。

 彼らも、話をしつつ、いつでも動けるようにほどよい緊張感は残していた。

 足取りもしっかりとしており、視線も注意深く、周囲に向かっている。

 口だけは、きちんと話をしている体を成していた。

 魔術について、ジスにとっても興味を惹く話題だ。

 御伽噺に出てくる魔術はもっと単純で、わかりやすいものばかりだ。

 現実の差が酷いことも、より一層の拍車をかけている。

 杖から火の玉を飛び出させたり、王子様を醜いカエルに変身させたり、それを解く魔術があったり、雷を走らせ、邪悪な悪魔を打倒したりする。

 それが、少なくともジスにおける魔術の印象だった。

 もちろん、実物を見たことすらない。それどころか、魔術が実在していたことすら彼にしてみれば疑っていた。

 それはジンとベッキーも同様だ。

「ま、魔術ってもっと、こう、なんといいますか、かっこいいものだとばかり……」

 ジンは未だ怯えが残っているようだった。

 無理もない。理想の魔術とはかけ離れていたのだ。

 言うなれば、魔物同士を融合させて使役した。そう思える現場だった。

「魔物は、魔を餌としてる、そうだろ?」

 シュートは相変わらず緊張感の欠片もない。声に疲れもない。ただ、少しばかり歩き方がおかしい。ジスは後ろから見ている分に、それが観察できた。

 左半身を気にしている、庇っているような歩き方だ。魔術の行使における後遺症ではないだろうか。

「オレはよォ、ただ、やつらの前に極上の餌を与えてやっただけだぜ」

「餌?」

 ジンは眉をひそめて考えるそぶりをみせたが、ベッキーは鋭く眼を細めていた。

「魔力、ということね……だとすると」

 あの黒い球体は魔力の塊ということになる。そうして、捕食されたと思われた魔物は、その実、餌を食らっていたというこだ。

「だ、だから急激な進化を……」

 未だに、凄惨な現場が浮かばれるのだろうか、ジンの顔色は青い。

「でも待って、どうして共食いを始めたのよ」

 ベッキーは疑問を口にすると、シュートはニヤリ、と笑った。

「白い方陣は、本来浄化に使われるんだぜ?」

「浄化って……」

 神話に登場する、悪しき魔を払う聖なる魔術としてでしか登場してこない言葉を、さも当然のように発言されてしまった。

 呆れたようにベッキーは額に手を置いた。

「夢でも見ているのかもしれないわ」

「心地良いもんだろ?」

 シュートの態度から、間違いはないようだ。

「浄化は、魔素を拡散させる。つまりは繋がっていたものを解き放って、遠くにやっちまうってだぜ。そうれば魔素が集り、魔石になることもなければ、そこから魔物が生まれることもねェんだ。だとするとよォ、奴らの身体から魔を吸い出しているような効果に使えるってわけだ」

 シュートは黒い球体、魔の塊をあえて魔物に食わせることによって、力を増した存在へと進化させた。進化した魔物は、当然、身体を維持するための魔力が、今すぐにでも必要になった。

 突然、極上の餌が消え去り、今度は、身体から魔力が出て行くのだ。このままでは身体を維持することは出来ない。

「一度、旨い味を覚えると、簡単には忘れられねぇよな? それに、どんどんと腹は減っていく。周りには微量の魔力たち。背に腹は代えられねぇってわけよ。ついでに、オレたちの前には浄化が発動している。オレの魔は相当に不味く見えていたはずだぜ……だったら、後は同類しかいねぇだろ」

 喜悦まじりの饒舌で、声が高い。

「食うしかない。腹が減っているんだ。欲望のままに、貪るのさ。理知的な人間サマですら、飢餓の情勢下では実の子供だってを食うんだぜ? 頭がからっぽの魔物なら、結果はご覧の通り」

 誰もが言葉を失っていた。もはや、どうやって魔術を行使しただとか、シュートは魔を持つ人、魔人なのか、といった疑問が吹き飛んだ。

「嗚呼、感謝します。エカテリーナ様のお陰でオレは魔術を使って魔物をぶっ殺せるのです。嗚呼、聖なる生を差し伸べ、聖なる死へと誘うことができました」

 忘れていた。そして、再確認してしまった。

 彼は、シュートは、紛れもなく狂信者だということを。



***



 どれほど歩いただろうか、昼は当に過ぎているだろう。ジスは腹時計を信用して、歩きながら食事を済ませていた。

 魚の干物と、穀物をすりつぶし、ペースト状にしたものを燻製にした保存食を咀嚼して、雪を飲み水の変わりに口の中に放り込んだ。

 そろそろか。行程を自分の歩数からおおまかに予測していたジスは、ローの動きと木々の隙間から覗く、外の世界で起こる変化を感じていた。

 ジンやベッキーも同じようだった。先頭を行くローは言わずもがなだろう。

 ローは手を挙げて静止を支持する。村の近くまでやってきたようだった。

「右手の丘、人影」

 ローの眼は街道でのやり取りで誰もが信頼していた。そのため、一言で状況理解していた。

 無言で頷き、ハンドシグナルで、陣容を確認する探索者三人。

 先行する。矢印を指で作ってから、ジスは迂回するために動き出した。

「ロータスは、援護をお願いね」

 ベッキーはローに向けてウインクを飛ばし、ローは真正面からそれを受け止めて頷いた。ベッキーはそんなローを見て、万遍の笑みを浮かべた。

 ジンはシュートの傍におり、この場から動く気はないようだった。

 ベッキーはジスに付いていく。ローは二人の後を追ったが、ある程度のところで立ち止まり、弓を携えた。

 街道から反対側の丘へ到着した二人は慎重に上っていく。いくら木々が茂っているとはいえ、雪を踏めば音がなるし、今は冬で葉が落ちてしまった木も目に付くもので、完全に身を隠せている保障はない。

 やがて、丘の中腹までジスとベッキーが進むと、それはやはりローの言うとおりで、人影であることがわかった。

 数えてみると四人のもの人間が立っていた。それも、自力で立っているわけではない。

 彼らははりつけにされていた。恐らくは見せしめとして磔にされてしまったのではないかとジスは疑った。

 注意深く進むと、姿格好から村の住民だということが推測できたが、いかんせん薄汚れていている。

 雪に埋もれながら、近寄っていたジスはここで、彼らを助けるか逡巡する。

 素人を同行させて周囲の探索は難しい。見たところ、暴行と思わしきあとが確認できるが、もう少し近くに寄らなければ細部は判らない。しかし、今すぐに死ぬようでもなさそうだ。比較的、暖かい服装を着込んでいることは見て取れた。

「事情を聞くだけ、ね」

 ベッキーの言葉に、ジスは頷いた。

 やはり村での仕事の最中に襲われてそのまま磔にされてしまったのだろうか。

 とにかく、状況を知るためには証人がどうしても必要だ。助けはするが、ダリスまで送り届ける余裕はない。

 目配せをして、ジスが動くことにしたようだった。

 ゆっくりと木々の隙間から身を晒し、近づいていく。

 その時、磔にされていた人間がジスに気付いた。

 ジスは静かにしろとばかりに、指を口元にやった。

 しかし、磔にされていた男は、突然、縛られていたはずの右を自由に動かし、笛を取り出した。

 ピィーー!!

 口笛のような鋭い高音が響き渡った。その刹那、村が慌しくなり、磔されていた人間の周りに新たな影が生まれる。

 その数は六。

 軽装ながら、しっかりとした鉄製と思わしき黒々とした鈍い光沢を放つ薄片鎧ラメラーアーマーを着込んでいる。

 手には剣を持ち、すでに抜き身だった。

 ――罠か!

 ジスは舌打ちを盛大に打った。

 磔にされていた四人は、緩く縛り付けられていただけのようだった。即座に四肢を自由の元に晒すと、背後に隠していた剣を握っている。

 問答無用で斬りかかって来る剣士たちに、逃げるのは無理があると判断したジスは迎撃する。すでに、間合いは潰されつつある。

 斬りかかって来た一人は雪の斜面だというのに、体勢を崩さず迫ってきた。ジスはそれを正面から受けるのではなく、剣を受け止めると同時に重心をそのまま、右にずらし、横を向く形をとって、剣士の攻撃を捌いた。

 剣士は今度こそ、斜面を転がり落ちた。

 残りの五人は、進む速度を落とし、包囲するように攻め立ててくる。

 ベッキーが前面に出て、援護に回る。包囲してくるのならば、二人の死角をついてくるはず。そこを補うように、背をあわせた。

 剣戟を響かせて、短槍で刃を受け止め、さらには弾き飛ばす。

 槍とはいえ取り扱いを容易にするため、切り詰めているものだから、中々に間合いは狭い。

 剣士たちも、賊徒ではないと即断できる。

 囮に加えて、息を潜めて得物を待つ忍耐。そして、尖兵を軽くいなしたジスを見て迅速な包囲網を作ることを優先する。

 蛮勇を好まず、集団での勝ちを取りに来ている。集団戦闘を知り、無駄口もなく、戦いに身を置く剣士は、紛れもない実力者であろうことがうかがい知れる。

 ――偵察は裏目だな。初めから警戒されていた。

 アリシアが軍を仕向けると仮定していたとみるべきところか。

 攻防のうちに、街道から敵の援軍がやってくる。手際が良い。

 どうやら、先遣部隊を壊滅させるだけの兵員を斥候部隊として周囲に隠していたようである。

 あの視線なのだろうか。そうだとするならば、なぜもっと素早く仕掛けなかった。いや、存外と自分たちを分断させるために仕掛けてこなかったのか。

 ローの矢が、ジスに向かうその援軍を牽制する。

 鋭い一撃が、先頭を走っていた騎士の眉間を射抜いた。馬は騎乗者の落馬で制御を失い、鋭いいななきを響かせた。

 まさか一撃で甲冑を貫通するとはジスとて驚いたが、敵はもっと驚いたようで、どこから撃ったのかとしきりに確認しつつも、行軍速度は眼に見えるほどに遅くなった。

「ベッキー走れ!」

 だが、ジスの危険はさっていない。徐々に包囲されている状況だ。

「判ってるわよ!」

 それでも、ジスは落ち着いていた。後は、ジンがシュートを連れて離れてくれるのかという思いだけだった。

 ローに関しては、言わずもがな。ベッキーも何度となく危険を冒しながら生き延びてきている。

 ジスは丘を下りながら、追撃を避ける。

 皆が雪に足をとられているためか、中々にジスやベッキーを追い詰めることが出来ていなかった。しかし、確実に圧力は増してくる。徐々に包囲を詰めてくる。

 森に入れば騎馬は素早さを殺せるだろうが、だからといって脅威がなくなるはずもない。

 背後を見つめる。数は十を超えている。あいまいだが十五、六人は追ってきているようだった。

 これは不味いことになったな。

「不味いわね。ただの賊じゃないのは判ってたけど」

「そうだなッ」

 うぬぼれているわけではないが、ジスは自分の腕に自信を持っており、強者だと自負している。

 人間相手では、十を超える賊徒を相手にしたこともあるし、盗賊騎士を討伐した経験もある。

 魔物など、数えるのも面倒なくらいだ。

 そんなジスを持ってして、今の追っ手を互角以上に往なし、対処できているのは降雪という環境に慣れていたことだけだと、言わざるを得なかった。

 それほどまでに、ジスに降りかかる剣の一打は鋭く、重い。

 彼らの視線は、殺気というべき気迫がじりじりとジスの身を焼いていく。

 騎士や剣士は雪面戦闘に不慣れのようではある。時折足を雪にとられながら、あるいは勢い余って転んでしまっている。

 しかし、それでも確実に追ってくるのだから、日ごろから鍛錬を怠らず、身体を作っていることが良く判った。

 ほころびこそ生まれるが、ジスからの攻撃も致命傷を与えるに至ってはいない。

 だが、拮抗しているとは言いがたい。

 敵は数が多いのだ。このままいけば、善戦こそすれど、圧殺されることは眼に見えていた。

 ローの援護がなくなっている。恐らくは向こうにも敵が向かったのだろう。今頃は森に逃げ込んでいるはずだ。ともすると合流は難しい。

 ここは、一端ダリスに戻るべきだろう。相手はそれを見逃すつもりはないだろうことは判っている。

 さて、どうしたものか。逃げることはできるかもしれないし、出来ないかもしれない。曖昧すぎて、いっそのこと打って出て死んだ方が気持ちが晴れそうな状況だった。

「ちょっと、なに笑ってるの」

「いや、何、どうしようもなくて笑えてきただけさ!」

 だが、ジスの自暴自棄をやめさせるが如く、突如としてその圧力は薄まった。

 そうして、増大する悪寒がジスを襲う。

 背筋が凍る。冷や汗が引き出してくる。それは騎士も同じだった。同時に、敵味方関係なく、丘の右手に広がる森を見つめる。

 そうして、騎士は何者かに襲われて倒れ付した。

 皆が呆気にとられてしまう。

 ジスにはそれが影に見えた。それくらいに背毛が黒い。そして、腹は白い。

「――ディアブロ」

 口元は真っ赤に濡れて、轟々と燃え盛るように光る瞳。

 この森の主が、ジスと同じ目線の先で、悠然と四肢を大地に立たせては、佇んでいた。


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