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 白いオオカミ<シルヴィア>が持ち込んだ奇妙な死体!

 その話題は朝日が顔を覗かせる、一時課(六時)の鐘が轟くころには、広くはない市内を縦横無尽に駆け回り、市民の話題を独占した。

 ダリスに住まう様々な組合員はこぞって死体安置所へ赴き、おぞましい死臭を振りまく恐ろしい化け物の死体を拝んでは、誰もが顔を顰め、中には吐き気を催しその場を後にする者が現れるまでの騒ぎになって、早々に入所規制が掛かるほどであった。

 死体安置所は、城外の墓地と城内を結ぶための特別な城門に併設されている。さらに、城門の近くということで住居はなく、噴水と雪を被った木々を伴う広場があるばかりで、いつもは閑散としていた。

 それがどうか。かつて建物の外まで人が溢れたことなど、悪徳商人の死体が街道で発見されたときいらいだ。

 あのときは、死体を吊るし上げて石を投げさせろと抗議運動が起こったほどの盛況ぶりだった。

 しかし、今回は民衆が集まったのではない。

 迷宮目当てに立ち寄った探索者、入植を希望して流浪を重ねてきた開拓民。果ては隣国へ抜けようとしていた傭兵――そして当然ながら狩人と、なにかしらの戦闘経験のある老若男女が集っていたのである。

 領主であるアリシア自身、賛課(三時)の鐘にはすでに起きていたもので、報告が来たときには、遅いと一喝したほどである。早々に日程を変更し、死体安置所に向かっている。

 この一報を聞いた管理人の所長など、柄にもなく家にしまいこんでいた礼服を着ようかと夫人に問いかけたほどだ。

 夫人は呆れながらいつもどおりで良いとたしなめたものの、所長は興奮気味に職場に走っていくと、所員に私語を謹み、勤勉に作業するべしと、開所式以来となる朝礼すらする始末だった。

 そのような外野の慌てようなど知りもせず、集いに集った数十にも及ぶ組合員らは唸っていた。そして首を捻り、腕を組んで、眉間にしわを寄せた。

 そして、ここに集まった誰もが口をそろえた。

 これまで見てきた獣、人、魔物。あるいは御伽噺や講談にだって出てきていない――これはまさに謎の死骸だと。

 ただ、共通の認識として意見が一致しているものもある。

 この死骸には頭があり、手足も損壊しているもののしっかりと確認でき、呼吸したり食事をするために必要な口だってちゃんとあるし、咀嚼するための歯も並び、舌だってあった。

 それらを考慮に入れて全体像を説明するならば、人のような死骸だということが一番に適当だった。

 人型の魔物自体は珍しくはない。

 代表的なゴブリンやオークなど、邪悪な精霊たちは独自の社会を作っている。しかし、種族としてこれほど特異な魔物を見た者は居らず、新種という可能性が浮上する。

 常に新種は発見こそされているが、人型は社会性が強いために、集落を作る習性があるようで、探索者がもっとも発見しやすい種類の魔物だとされている。そのため、近年では新種の発見はなく、今回の魔物が新種と判定されるとひさかたぶりの大発見となる。

 さて、改めて見つめてみると、この人型の死骸は実に不可思議なものだ。

 まず、大豆のような形をしている頭部がある。そこには兜のような鉄材がこびりついている。引っ張ると肌がくっ付いてくるのだから、外皮だということは解った。兜が顔をまるまる覆っているようなものであるが、これは全身に至っている。まるで具足を身に着けている兵士のような出で立ちだった。

 背丈は成人男性に近しく、計ってみれば一メートル六十センチメートルほどであった。

 四肢は細く肉のつき方はよろしくないように思えるが、指が五本ばかりあって物を掴むのに苦労することはないだろう。

 背中が以上に丸みを帯びており、これがもししっかりと伸びていたのならば、成人男性よりも随分大きい姿になっていることだろうことが伺えた。

 特徴的なものは背中や大豆のような頭だけではない。

 この死骸には目玉がなかった。目玉のあるはずだったくぼみはしっかりとあるのだが、そこに目玉はなく不気味に暗い。

 明かりをかざして見たところで、中を望むこともできず、見ていた人々も気味悪がって、しまいには死骸の顔に布きれを被せていた。

 アンデッドのようではあるが、それにしては元が人間だったようには見えない。

 新種の魔物――あるいは魔人の発見か。

 発見したのは人間ではなくオオカミで、そのオオカミがわざわざ人に見せ付けるかのように持ってきた。これは死骸だけではなく、一連の事柄全てを奇妙と言って良い。

 加えてオオカミが近頃、凶暴になりつつあるという噂もあることから、死体安置所に集った者たちは、森の変事かと口を揃える。

 その渦中に身を置くローとジスの二人は、死体安置所の待合室で腰を落ち着け、領主を待っていた。

 壁や扉から洩れてくる同業者らの混乱を耳に挟んでいるだけで、会話はない。

 ローは背もたれに身体を預け、足を伸ばしているばかりか、腕を組んで目を閉じていた。ジスはその真横で椅子を引き、スケッチブックを膝にのせて、筆を走らせ、絵を書いていた。

 鉛筆の小気味良い音が耳をくすぐる。

「何を書いている?」

 ローの言葉に、ジスは筆を止める。一瞥をくれる。瞳は閉じられ、眠っているように見えるローが居る。

「死体とオオカミ」

 そう言って、ジスは再び絵を書き始める。

 ヴェルは落ち着き払った二人をよそに、顔を強張らせて、椅子に張り付いていた。

「現物なければ、こんなものか」

 ジスはため息混じりにスケッチブックを仕舞う。

「見てくる?」

 ローの言葉に、ジスは

「人ごみは苦手でね」

 と相槌を打つ。

「ただ、まぁ大勢集ったもんだな」

 耳を傾けるかのように、ジスは瞳を閉じて背もたれに身体を預けた。

 喧騒が僅かに聞こえてくる。

「新種、か」

 それも人型の魔物だ。

 ジスの言葉で、ローは片目を開けて一瞥をくれる。

 嘆息を一つ、それから欠伸を一つ。ジスは眠たげに続ける。

「……理解は出来るさ。むやみやたらと、馬鹿正直じゃあ、混乱するだけだ」

「お前ら……一体何を言ってるんだ」

 ヴェルは緊張した面持ちで、横に連なる二人に声を掛けた。

「今後、慌しくなるって話だよ」

 ジスは愉快に笑う。その顔を見て、ヴェルはごくり、と息を呑んだ。

「ヴェル。全員がいつでも動けるように」

 ローは抑揚ある声を出し、ヴェルに指示を出した。

「わ、わかったよ。しかし、奴隷なかま全部か?」

「規定通り」

「おいおい……それって」

 ヴェルの慌てように、ジスは首をかしげる。

「予備兵員というわけだ」

 ローの補足に、ジスは納得した。

 警備隊に騎士団を保有しているダリスでは、前線で戦う者は過分だと思われるくらいにはいる。そして、その戦闘力を維持する治療品や武具なども揃っていることだろう。ベルネルリ家が、それを怠るとは考えにくい。

 そこで問題となるのは維持ということになる。

 いくら戦闘力があったとしても継続できるかは、後方支援に依存する。特に、今回の一件に関しては、伝令を含め、多くの人材が後方に割かれることになるだろう。

 そうなれば、魔物討伐隊の実働は減ってしまう。ならば、奴隷を用いて都市を兵站の要に置くことで、物、人の流動を管理しやすくすることによって、前線に投入する兵力を維持できるようになる。

 恐らくは戦争を見越しての仕組み作りだ。それも長い年月をかけて作られたことが、ジスには良く判った。

「しかし、兵員としての奴隷も確保済みとはね」

 他の都市ではまずありえないことだった。

「予備兵員は志願制だ。強制されたわけじゃねぇ。俺だって望んで兵隊になるんだ」

「判っているさ、ヴェル。ここは良い都市で、治めている人も良い人だってことくらいさ」

 そもそも、志願制云々。奴隷に戦闘技能を持たせようとすること自体が、異端なのだ。そしてダリスの奴隷は、その異端に気づいていない。

「ヴェルは、ダリスから出たことがあるのか?」

「俺は、ルーベに居た。生まれはわからねぇし、ルーベの市内を見たこともない。だが、先代のヴァルドア様に拾われて、ここにきた」

「そうか。だったら、ここが故郷だな」

「――おうよ」

 ヴェルはここにきて、初めて笑う。嬉しそうに、恥ずかしそうに。

 奴隷にも役割を持たせ、労働力として領地の発展に寄与させる。

 こういう世界も悪くはないはずだ。ジスは確かにそう思った。

「すまない、遅れてしまった」

 脳裏に浮かぶ得体の知れない組合長が、したり顔で笑った。

 癪に障るが、あの爺ならばやりかねないと思ってしまう自分がいる。

 ベルネルリ家に関して、裏で情報統制が行われている。そして、その一端を担うはジスの属する組合だ。

 元々裏で同じようなことを幾度となくやってきた。ジスも意図的に流行りを生み出し、何かを社会的に抹殺してきた。だからこそ、このベルネルリ家が厚く保護されていることを察することができた。

 何故、そうまでしてベルネルリ家を守ろうとするのか。

「いえいえ」

 ジスは取り繕って営業スマイルを作り出していた。

「とんでもありません!」

 ヴェルは起立して、頭を下げた。アリシアは笑いながら、着席を促す。

「世辞が長い」

 ローは目を開けていた。いつのまにやら姿勢も直っている。

「鋭いね、ローは……。さて、まずは経緯を軽く話して欲しい」


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