プロローグ
完結するかもしれない作品。
そこは不思議なもので、わたぼうしのような光源が所在無さげに漂っていた。
その光の群れを邪魔くさそうに掻き分けながら、男が二人。
男たちは探索者のようだ。
先頭を行くスキンヘッドの男は革鎧を着込み、刀身が六十センチメートルばかりで反りのある両刃の剣を握り締めていた。
彼はしきりに首を動かし、腰を落として進んでいる。斜めの姿勢をつくり、実に警戒しているそぶりを見せている。
もう一人は甲冑に身を固めおり、長剣を握りしめつつ、後ろや左右に気を配っていた。
迷宮に潜る探索者には、ありふれた光景だった。
ペアでの探索から実力者であることが窺い知れる。
迷宮にしては随分と広く、それでいて珍しい。天井ははるか高く、歩む道筋は都市を走る路地裏だった。
四方を壁に囲まれた空洞の中に、迷宮となった都市は眠っていた。
時が止まったままのように、朽ち果てることもない建物の壁の間を縫って歩く。
通りに面した扉はどれも開かず中に入ることも出来なかった。
これは一体どういう原理なのか、それすらわからない。異様な世界が広がっていた。
「なぁ、もう引き返そう。新しい迷宮を発見しただけでも金は入る。別の奴がもう戻ってるかもしれないし、報告するだけでかなりもらえるだろ?」
後方を歩いていた甲冑が立ち止まってそんなことを口走った。
本来ならば、この迷宮が異常であることなど所見で察することはたやすい。けれども、彼らは足を踏み入れてしまっている。
「馬鹿かお前。未発見の迷宮ならお宝が手付かずだろう。魔物の影もない。大金が入るかもしれない」
前を歩くスキンヘッドが声を荒げた。
「未発見もなにも、迷宮内にまた迷宮があるわけないだろ……きっとここは下層の迷宮なんだよ。俺たちには荷が重いって。誰も知らないってことは誰も到達していないってことだしさ。俺たちの身の丈にはあってないって」
先ほどよりも弱弱しくも捲くし立てるかのように、甲冑は言葉を吐き出す。
「穴に落ちて生き延びたのに、こんなところで死にたくないだろう? 魔素だって光るくらいに濃いじゃないか……」
「魔素じゃねぇかもしれねぇだろうが」
「迷宮の下層は魔素が濃いって有名な話じゃないか!」
「うるせぇ、魔物に気づかれるぞ」
スキンヘッドの忠告に甲冑はとっさに肩をすくめた。
「でもよぅ、建物には入れなかったじゃないか。それどころか、扉に触れることすら、」
「全部をぜんぶ、確認したわけじゃないだろ!」
「だったら――」
もっと近場を漁れば良い。いくら城のような建物が見えたからといって、奥へ行くのか。
スキンヘッドは鼻で笑い、後ろを見やった。
「帰るなら一人で帰れよ」
彼は再び歩き出した。
「……解ったよ、一人で帰るさ。死んだってしらねぇぞ」
甲冑は悪態を吐き散らして、来た道を引き返そうと踵を返した。
鉄材の擦りあう音が遠ざかる。スキンヘッドは特に気にもせず前を進む。ペアを組んでいながらも、互いの認識には大きな隔たりがあったようだ。
「い゛っ」
ふと、そんな音が漏れた。スキンヘッドは眉間に皺を寄せる。
甲冑の口から絞りかすのような声だ。確か、酔っ払って喧嘩を吹っかけてきたときにこんな声を出していた。そう、殴られた時にだ。
「あぁ?」
なんでまた、そんな声を出すんだ。
スキンヘッドが振り返ると、甲冑は剣を構えて戦闘態勢に入っていた。一体、どうしたというのか。恐怖のあまり、気でも触れたのか。
鉄同士の擦り切れる音が鳴る。耳障りな音だった。
「おいおい、何震えてんだ――?」
甲冑を嘲笑していたスキンヘッドは、甲冑の背中から這える奇妙な物に気づいた。それは段々に伸びていく。
「えっ、おい」
ぎぃぃぃぃあぁぁぁぁ!!
甲冑から耳をつんざく悲鳴が挙がり、スキンヘッドは短剣を握り締め、逃げ出していた。
スキンヘッドは事態が飲み込めてはいなかった。しかし、その場に居残るのは甲冑と同じ末路を辿ると本能と経験から察し、身体を動かしていた。
マッピングは甲冑がしていた。だが、スキンヘッドも探索者として頭の中に地図を描くことが出来る。
何の変哲もない迷宮探索。最近発見されたばかりで、まだまだ同業者も少なく、山脈地帯に存在することから良質な鉱石が見つかるかもしれない。そんな欲を出した。
クモやコウモリを蹴散らして、奥に進めば、見たこともない人型の魔物がはびこっていて、二人ではどうすることもできなかった。
必死に逃げ回り、崩落した壁にできた穴に落ちたのはまったく偶然だった。怪我はした。けれども動きに支障がでないくらいの軽症で、ひとまず別ルートからの帰還を目指して、歩を進めたはずだった。
そうして、地底に眠る都市を、スキンヘッドと甲冑は見下ろす形で見つけたのだ。
その都市の中を走る。息を切らせて、ただひたすらに逃げる。
どの道筋を走っているのか。曖昧ながらも把握しているスキンヘッドは、大通りに出てしまえば良いと知っていた。
走る、走る。路地裏を疾走する。そうして、気づく。
鉄材の擦り切れる音が鳴っていることに。
「な、なんだよ!」
恐怖に声が飛び出した。次第に増えていく擦りきれる音。打ち鳴らす音。
誰かが、何者かが、走っている。聞き間違えるはずはない。スキンヘッドの相棒が、甲冑を着込んでいたのだから。
息が荒れる。身体が重い。いつもなら簡単に逃げ切れるはずだった。
狭い路地を抜け、大通りに出る。左手には巨大な建物が見えた。それはスキンヘッドたちからすると城に見えた。ただ、見たことがない。
城門に掛かっているつり橋は降りていた。まるで大口を開けているように、今のスキンヘッドは感じ取っていた。
悪いほうへ考えが及ぶ前に、視線を動かす。
右手には洞窟のあったであろう壁にまで道が伸びているようだった。
ァァァァアアアア――。
巨大な建造物から音が漏れてくる。どう見ても石造りの立派な面構えをしている建物だ。それも距離はまだある。スキンヘッドはわが耳を疑った。何を聞いてしまったのか。きっと幻聴だ。そう思いたい、幻聴であればどんなに気が楽になるか。
けれどもしっかりと聞こえた、聞こえてしまった、何かの音。
それは声。
「くそっ、くそっ!」
スキンヘッドは走り出す。一刻も早くこの魔界から逃げ出すために。
大通りには、視界不良に陥るほどの光がぼんやりと漂っている。ただ、その光に隠れきれない陰が蠢いていた。
腰を降ろし、どこかで休みたい。そう思うことすら許されない。
影がどんなものかを考えるよりも、その影の蠢きが攻撃だと理解した。
スキンヘッドは疲れる身体に鞭を打ち、走ったまま横に跳んだ。耳に聞こえる風きりに、大地の震動、身体を突き刺す小石の数々、立ち込める土煙。
蹲り、衝撃の方を見やる。
両手剣が突き立てられていた。握る腕は人間のものだった。いや、そう思えた。鈍い銀色の光沢が、甲冑だと教えている。錆び一つない、綺麗なものだった。
全体像を確認するまでもない。たとえ人間であったとしても、問答無用で攻撃してくる連中に、言葉が通じるとは思えない。
逃げよう。
攻撃者を確認するよりもまず逃げる。スキンヘッドはそうして生き永らえて来た。
身体はまだ動く。不自由と顔を顰めるがまだ走れる。
早く、早くしろとせっつきながら立ち上がる。
攻撃者が握る両手剣は構えをなおして、標的を定めつつある。
踵を返す、そう動こうとして、力を失った。
「へっ――?」
胸が熱い。下を望む。
剣が生えていた。
スキンヘッドの身体から、二本の両刃が突き出ていて、血をつけている。
あっ、あっ。
ぼやける視界に両手剣の横薙ぎが微かに見えた。
四苦八苦して書いております。
時間をとって推敲していきたいものです。
矛盾とかありそうですし。