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HAPPINESS  作者: 篠塚 優人
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第四話 冬-1

 秋が過ぎ、正月が過ぎ、一月も終盤となっていた。冬休みはたったの二週間なので実家に戻ることもせず、バイトをしたり徹夜でテスト勉強をして燃え尽きたりと、それなりに学生として多忙な日々を過ごしていた。

 今年度の全ての学事日程を終え、この先に必要な準備を終え、さあ彼女迎えに帰るか、と思った矢先。携帯に、実家の父からの電話が入る。一人暮らしを始めて以来、祖父からの電話はあっても、父からの電話は無かった。


「美知が倒れた。戻って来い」


 父からの電話はたったそれだけ。たったそれだけで、電話は切れた。だが僕を慌てさせるには充分すぎた。

 従妹が、倒れた……?


 ――やっぱり、私たち両家の謎の病気は、遺伝病のようだね。


「ま、まさかっ……」


 脳裏に苦しむ従妹の顔がよぎる。そして同時に、夏の帰省時、見送りの際に従妹が倒れたことも思い出す。

 例の原因不明の、遺伝的なものによる病気だとしたら、ほぼ助からない。少なくとも記憶にある限り、発症してから三ヶ月後に生きていた人を知らない。従妹の両親も、共にひと月ももたなかった。この病気は、親子ともども命を奪って行くのか……?


 どうにかならないのか。

 どうにもならない。後少しで、僕は従妹に手を出せない位置に行ってしまう。

 それが、犠牲。




 彼女に「従妹が倒れた。予定より早く帰る。だけど、予定通り君を連れて帰るから」とメールを送り、それから祖父に今からすぐ帰ることを告げ、慌てて荷造りして、仕方なく飛行機に乗り、一目散に実家を目指す。

 到着ゲートの先には、じいちゃんが一人、厳しい顔をして待っていた。


「……新ちゃん、すまん。これはわしが悪い」


 開口一番、じいちゃんは頭を下げて僕に謝ってきた。


「じいちゃんは悪くない。悪いのは……」


 さすがに、近親交配の影響だ、などとは言えずに口篭っていると、


「いや、わしが見抜けんかったのが悪い。早く気付けておれば、こんなことには……」


 珍しくいらだった様子を見せる祖父。これに関しては、祖父に落ち度などないはずなのに、この人は自分の責任だと明言している。何故。


「とりあえず、従妹のところに行こうよ。この目で、確認したいんだ」

「……わかった。行こうか」


 冬の日本海側特有の、黒く重苦しい雲が低く垂れこみ、今にも雪が吹雪いてきそうだった。

 早足で駐車場に辿りつき、セルシオに乗りこんだ祖父は、本来なら左へ曲がるべき場所を右へ曲がり、車を市街地の方へと走らせてる。


「って、志郎さんのところじゃないの?」

「うむ……実はみっちゃんが倒れたのを見たのはわしでな、つい気が動転して、救急車を呼んでしまったからの。だから今回は、救急指定で且つ大規模病院ということで、赤十字病院に入院しておる」

「そうなんだ……」

「まあ、志郎のところではある程度までの治療しかできんだろうから、これはこれでよかったのかもしれん」


 そうこうしているうちに病院に到着する。荷物はトランクに入れたままにして車から病院内へと駆け込み、祖父の先導のもと、五階にある従妹の病室のドアを開けると、そこには父と母、それに叔父さんの姿が合った。

 父は僕を一瞥すると、母や叔父さん、そして祖父とアイコンタクトを取り、そのまま病室を出て行ってしまった。その後に続き、母や叔父さんも出ていき(叔父さんすら、何も言わずに)、病室には僕と祖父、そして……ベッドの上に横たわり、じっとこちらを見上げる従妹だけが残された。実の息子が帰ってきたのに、とは言わないが、血の直接的なつながりはないにせよ、娘である従妹に対しても無言で出ていく相変わらずな大人たちの姿に嫌悪感を覚える。が。


「お兄、ちゃん……」


 従妹の少し細い声に呼びかけられ、黒い感情を奥底へと仕舞うことにする。


「調子はどうだ?」

「うん……ちょっと、最悪」


 最後に会った時の元気な姿はそこになかった。視線をさまよわせ、活力に満ちていた声も、病に伏す人間のそれへと変わっていた。思わず手を握りしめるが、返された力も弱々しい。


「参ったなあ。まさかあたしまで、コレに罹るなんて……」

「まだ決まったわけじゃないだろ?」

「……倒れる前の症状が、そのまんまだったから、ね。さすがに疑い様がないよ」


 ……ダメ、なの、か?


「お兄ちゃん、痛いよ」

「あ、ごめん……」


 知らぬうちに、手に力を込めてしまったらしい。慌てて手を離すも、従妹が物欲しそうな視線を向けたので、改めて、彼女の手を両手で、大事に抱えなおす。手には、熱がまだ篭っていた。


「おじいちゃん、ごめん。ちょっとだけ外してくれる?」

「……わかった。新ちゃん、外の廊下にいるから終わったら声掛けてくれ」

「うん……」


 珍しく従妹が祖父に退席を願い、珍しく祖父が何の切り返しもなく外へと出ていった。普段とは違うことが、僕の心に大きな圧迫感を与える。

 ふう、と一つため息をつき、祖父が出ていったドアから従妹へと姿勢を戻すと、従妹がベッドから手招きしているのが見えた。


「……なんだい?」

「もうちょっと、こっちに来て。傍に来て。顔をあたしに寄せて」


 要望通り更に近づき、しゃがんで顔を寄せる。耳元にいる形となった僕へ、従妹はゆっくりと向き直る。視線と視線が交差する。


 ――先程までとは違う、意志の篭った瞳だった。


「お兄ちゃん、今から言うことを心して聞いて欲しいの。あたしの言うこと、信じてくれる?」

「……わかった、信じる」

「本当に、本当だね?」

「うん、本当だ」

「先に聞いておくけど、お兄ちゃんの一番大事な人は、あたしじゃなくて、あの人。これは変わりない?」

「……変わらないよ。今までも、これからも」

「なら、優先順位を見失わないで。お兄ちゃんが守るべきなのは、あたしよりも先にあの人。いい?」

「……わかった。けど何でそんなことを」

「これから言うことを聞いても、お兄ちゃんの予定はそのまま進めて欲しいから。きっと、それが一番だから」

「どういう、こと……?」


 従妹は、僕をまっすぐに見つめ、静かに言い放った。


「あたしのコレ……あたしだけじゃない、今まで遺伝病によって亡くなったと思われるあたしたちの血筋の人間たちは、病気で亡くなったんじゃない……


これは、毒殺だったの」





 病院を祖父と共に出、そのまま実家に向かった。到着後、両親や集まっていた親戚への挨拶もそこそこに、僕は帰省時にいつも充てられていた部屋……元僕の部屋へと引き篭った。

 思考が、ぐちゃぐちゃに混乱していた。病室で従妹から聞いた話が、あまりにも現実離れしていて、なのに信憑性も溢れるほどあって、何を偽者として切り捨て、何を真実として確保しなければならないのか、全くわからなくなっていた。


 誰も、信じられない。何も信じられない。この地は、腐っている。誰も彼も。




「毒殺……毒殺って、どういうことだよ!?」

「あまり大きな声を出さないで。おじいちゃんにすら今は聞かれるわけにはいかないから。色んな可能性が存在してる状況では、極力人に知られないほうがいい」

「……わかった。それで、どういうこと、なんだ?」

「夏、お兄ちゃんが帰った後もあたしは調べを続けた。そうしたら、奇妙な共通点がこの病らしきもので亡くなった人たちにはあったの。それは、亡くなった人たちに関する記録が、亡くなるある程度前からほとんど無くなっていた、ということ。傍系ならともかくも、直系筋、たとえばあたしのお父さんやお母さんのことに関してまで無いのはおかしいと思わない? お父さんは次男。春敏叔父さんは三男。ある程度昔までは位の高いお父さんのほうが細かく書かれているけど、お父さんが倒れた二週間くらい前から、お父さんに関しての記録は少なくなり、代わりに叔父さんの記録が多くなった。まるで、いない人あるいは存在感の薄い人みたいな扱いに変わってた」

「……待って。まさか、毒殺って言うのは……」

「きっとお兄ちゃんが気付いたことが正解。倒れる直前、お父さんはあたしにこっそりと漏らしてたことがあった。『この地は腐っているとこの歳になってようやく気付いた』と。そして、実の兄……つまりはお兄ちゃんのお父さんに対して、憎しみみたいなものもあったみたいだった。その後すぐよ、お父さんが、そしてお母さんまでもが倒れ、そのままいっちゃったのは。詳しくは調べられなかったけど、他の人も同じだったみたい。つまりは……」

「葛城家に対し、何らかの不利益をもたらそうとした人間を、病死に見せかけて、殺し、た……?」

「まだわからない。だけど、状況的に不自然なことがたくさんある。例えば……ここに運ばれる前まで、あたしは様々な症状に悩まされてた。病気なんだなあ、と思わせるような体調不良、嘔吐、痙攣、麻痺……だけど、ここに運ばれてからは、体調はまだ戻らないけど、他の症状はぴたりと止んだ。不思議でしょ? 志郎さんのところに運ばれた場合はそのまま亡くなっていったのに、あたしだけ、まあまだわからなけど生き長らえてるなんて」

「で、でもどうやって? いったいどうやって、そんな毒物なんて……」

「簡単よ。あまりにも簡単すぎる。あたしは、いったいどういう状況で症状が起きたか、思い出せる限りだけど思い出した。するとね、全て……食事の後、だいたい一時間から二時間くらいの間に起きてた」

「食べ物に、毒を?」

「そう。それしか考えられない。しかもね、起きないときもあったんだけど、起きたときは必ず五人、あたしと、叔父さん二人に叔母さん、そしておじいちゃん。この五人でご飯を食べた後にだけ、苦しくなった。宴会なんかの後では起きなかったの。あれ、座る場所決まってないからだろうね」

「方法はわかった。けど、どうやって毒物なんかを手に入れることが出来るんだ?」

「もっと簡単。だけど、重要なこと。お兄ちゃん、ベッドの中……ちょうどあたしの身体の下にノートパソコン隠してあるからそれを出して電源を入れてみて。バッテリーはまだあるはず」


 言われた通り、失敬してベッドの中に手を伸ばし、パソコンを取り出してスイッチを入れる。ものの数十秒で起動完了した。


「ついたよ」

「そうしたら、Dドライブ下に“お兄ちゃんとあたしのらぶらぶモード”っていうフォルダがあるから、そこを開いて。パスワードは、あの人の名をローマ字で、逆から」


 フォルダ名にツッコミを入れる余裕も無く、フォルダをダブルクリックし、彼女の名のローマ字を逆から入力してパスワードを解除する。そこには、いくつかのHTMLファイルと、テキストファイルが存在した。


「開いたら、ウィキペディアのHTMLファイルがあるはずだから、それを開いて。すぐに答えがわかるよ」


 該当ファイルを開く。


「こ、この草は……」


 そこには、実家の庭園にて無駄に広い面積を占めている、あの紫色の花を咲かせる草の写真が掲載されていた。

 草の名前は――


「トリカブト……あれは、トリカブトだったのか……」

「そう、トリカブト。植物界一、そして生物界という広い範囲でもフグ毒に次ぐ強烈な毒性を持ち、一ミリグラムの摂取で死に至ってしまう、根から花までほぼ全てに毒を持つ、恐ろしい草よ。トリカブトがあれだけ栽培されているんだから、手に入れるのなんて簡単よ。そして、大量に栽培されているという事実こそ、この家の裏側で計画的に殺人が行われていたという有力な証拠となる。あたしはもしこの後本家に戻れたとしても、迂闊に物を食べれないね」

「……何で、何で美知まで狙われなきゃならない?」

「調べてたから、かな。下手に行動力あるのはみんなわかってるから、いつかこのタブーに気付くのではと恐れてでしょ。幸運なことに、まだ生きてるけどね」

「……腐ってる。この家は、本当に、腐ってる…っ」

「そう、本当に、腐ってる。だからお兄ちゃんは……お兄ちゃんは早く、あの人を連れて東京に逃げて。今日この後すぐにでも」

「な、なんで……」

「前にも言ったよね、あたしにとって一番つらいのは、お兄ちゃんが不幸になること。それだけは避けなきゃいけない。調べてるのがあたしだけなんてあいつら思うわけないし、お兄ちゃんには大きな爆弾がある。いつ殺されてもおかしくないんだよ? それに……この“病気”は、うちだけでなく向こうの家にもある。全く同じ症状で、無駄に共通点も多いんだから、向こうの家にも同じような裏側があってもおかしくないよね? だから、逃げて、すぐにでも。誰も信じられない、どの辺りが決断を下したかはわかっても、明確に誰が首謀者なのかすらわからない。こんな状況に二人ともいちゃだめだよ」

「でも、でも美知はどうなるんだ!? このままだと、このままだとっ!」

「お兄ちゃんの、優先順位は? さっき、確認したよね? あたしを放って、逃げて。お願い……」




 どうすればいい? このまま僕が彼女と共に逃げたら、毒殺が真実の場合遅かれ早かれ、従妹は殺されることになる。

 退院させて、今度は致死量のトリカブトを無理矢理投与されたら終わり。周囲には急死と知らせれば、それで終わり。

 ……冗談じゃない。


 僕は、携帯のメール新規作成画面を開いていた。件名には、「今すぐ」と打って。

 窓の外は、粉雪がちらつき始めていた。

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