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HAPPINESS  作者: 篠塚 優人
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第三話 夏-3

「それはまさに真理だよ。キミのところの当主は、この地をよくわかってらっしゃる。私のところの祖父、まあつまりはうちの方の当主のことだが、祖父も同じことを言っていたよ。当主たる人間に備わった人生観、みたいなものかもしれないね」


 少し日は飛んで一週間後。明日帰京するので、時間を作って彼女といつもの場所に居た。相変わらず心地よいせせらぎの音が耳から脳髄を癒してくれる。

 僕の左肩に軽くもたれかかりながら、彼女は言葉を紡ぐ。


「私たちは確かに、大切なものを得ようとしている。だけど、そのための犠牲というのはまだはかりきれていない部分もある。知らないことはたくさんあるんだ」

「そう、だね。でも僕らは、もう決めてるんだ。一緒に、生きよう。こんなくだらないモノが渦巻くこの土地を出て、人込みの中に紛れてだとしてでも、二人で生きよう」

「うん、うん……」


 足元を流れる清流から、涼しげな空気が僕らのところまでじわりじわりと上がってくる。その中で僕らは……




「……やはりキミは発情期のサルになったんじゃないかい? 何だか会う度会う度に身体を交わらせている気がしてならいんだが……」

「半年分、と思ってくれるとありがたい、かな」

「私は思春期の欲望のはけ口になるつもりはまったくないんだが」

「大丈夫、描写は全くないから何をしてたかは誰にもわからない」

「……それはいったい何の話だろうね?」

「言ってる僕にもわかってないんだけどね。どうも、ね、やっぱり僕も男だしね」

「おや、昔は舌戦で私に負けて半分涙ぐんでいた人間も大きく出たね。男、とは」

「あのね、そんな昔の話を出さないでくれ……子供なりに負けず嫌いだったんだよ。それが教え込まれたものだったし、第一君だ。相手方、とわかればどんなことがあっても負けてはいけない刷り込みがあったしね」

「大変だね、将来の当主も」

「君もだけどね」

「私の場合は正確には当主夫人」

「……血筋を受け継いでいる以上変わらないと思うけどなあ」

「何やかんやで、古いしきたりのお約束である男尊女卑はしっかりと根付いているよ。まして私の場合、性格がコレだ。一部の強烈にお堅い人間には行動もあいまって疎まれていることだろうさ。それよりも、うん。一個だけ訂正しておこう。あれだけ激しく動かれた後でキミが男じゃないなどと否定するわけにはいかないね」

「君も大分引っ張るね……」

「……毎回毎回、後で歩くのが大変になることへの愚痴だと思ってくれたらいい」


 口調そのものには非難めいたものも存在していたが、顔は笑っていた。


「後は、半年待つだけ。その間は私たちは会えないけど、今は便利なことにインターネットも携帯もある。昔の人たちは遠距離恋愛をどう維持していたんだろうね」

「そうだね……よかったよ、今に生まれて。生まれた場所は悪かったけど」

「もし私たちが、何もしばらみも存在しない環境で出会えたとしたら、どうなっていただろう? たとえば家が隣同士の幼馴染で、窓伝いに互いの部屋を行きかうような関係とかだったら?」

「それは前提条件の時点でフラグ立ってると思うよ……もっと別の前提条件のほうがいいかな、比較するんだったら」

「そうか、なら……うん、普通に、高校でたまたま同じクラスになって、前後の席になって、とかは?」

「普通、うん、普通だね」

「それだったら、私たちはどうなっていたのだろう?」

「……僕たちは、実にありがちな高校生活を送りつつ、きっと二人で青春を謳歌していたと思うよ」

「いいね。望んでも仕方ないものだとわかってはいるけど、自他共に認める変人とはいえ私は女だ。人並みの青春を送ってみたかった。こう、隠れながらではなくて……」


 笑顔が消え、彼女の瞳には涙が浮かんでいた。

 何年にも渡り、堪えてきたもの。僕たちの間には、障害が本当に多すぎる。


「大丈夫、あと半年、あと半年だから、一緒に行こう、東京に。そして、僕たちはやり直すんだ」

「うん、うん……」


 普段の気丈な態度も失せ、僕の隣には、ただの女の子が居た。傍目に居たら、ただの男と女が寄り添う光景にしか見えなかっただろう。肩を抱き寄せ、頭を胸に抱え、鳴咽を漏らす彼女。僕はただ上を向き、目からこぼれそうになっていた熱い液体を堪えることしか他に出来なかった。


 しばらくの時間が経ち、互いに落ち着いたところで、打ち合わせていたかのように口付けを交わす。


「これで、半年間はお預け。耐えられそうかい?」

「耐えなきゃ後で何されるかわからない状況で言われても……」

「お互いに同じさ。私も耐える、キミも耐える。大事なのは、」

「二人の未来、さ」

「……キミに大事な所を奪われた」

「たまには格好つけさせてくださ……って、胸のポケットに何か入ってるよ?」

「ああ、これかい? うちで無駄に広い面積に植えられている草の花だよ。毎年夏になると紫色の花を咲かせていてね。今日は何気なく、一輪だけ失敬してきたのさ。乙女の身だしなみというやつさ」

「やっぱりはやってるのかなぁ、乙女がどうたらというのは」

「女性は皆、少なからず思っているものだよ。口に出すかどうかは別問題として、ね」

「君は変人だからねえ」

「その変人相手に必死に腰を振っていたのは、どこのどちらさんかな?」

「……すみません、僕です、ホント、ゴメンナサイ」


 涙を流した後は消え、再度、彼女の顔には笑顔が現れていた。またもや顔を近付けそうになったが、お預けだっけかと思いなおし踏みとどまる。さすがに、あれほどサルサル言われた後だと躊躇してしまうものだ。


「じゃあ、半年後にまた会おう。それまではメールとかで、ね」

「うん、向こうの家に婚姻届は用意しておくから。それと……」


 最後の最後で、僕は祖父の言葉をもう一度思い出す。


『おそらく、次はじいちゃんもフォローできない』


「今日は、別々に帰ろう。念のために」

「うん、そうだね。ここまで来てばれましたでは、お話にならない」

「じゃあ先に帰ってくれ。適当に時間をつぶして、僕も出ていくから」

「わかった。とりあえずは、さようなら」


 岩場を離れ、古い階段を彼女は登っていく。

 真ん中辺りで、一度立ち止まって振りかえり、手を振る。僕が振り返すのも待たずに、彼女は登っていってしまった。


「……あ、さっきの花、だ」


 彼女の姿が消えた直後、上から僕の元へ、彼女の胸ポケットに刺さっていた紫色の花が舞い降りてくる。

 手を伸ばして掴み、じっと観察してみる。

 うちの庭にも生えている、烏帽子のような紫の花を咲かせる草。


「こんな妙なところまで同じことやっているくせに、どうして反目しあうんだろね……」


 僕のもっともなつぶやきは、清流へと飲み込まれていった。






 僕の見送りは実に簡素なものとなった。というのも、当主であるじいちゃんが何故か強権を発動して見送り要因はじいちゃんと従妹だけとなったからだ。どうせ今ごろ本家では、「当主ったら相変わらず孫を独占したいのね」などという会話が家政婦さんたちの間で交わされているに違いない。皆さん、それは真実です。きっと。

 じいちゃんの運転するセルシオで、遠く離れたこの地域の中心駅まで送ってもらう。近年再開発が行われたこの県庁所在地の駅は、駅舎、駅前ロータリー、大通りと大きく様変わりした。昔はぱっとしない場所だったのに、駅前だけは一丁前となった。これがいいことか悪いことなのかと聞かれたら、まず間違いなくいいことだと答えられる自信はあるが、少しだけ寂しさを感じたのも事実である。何が寂しいのかは未だによくわからないけど。


「そりゃあ、知っている町並みが変化するんだから寂しくもなる」


 ロータリーそばにある駐車場に止め、駅の前から大通りを眺めた時にじいちゃんに聞いてみると、こんな答えが返ってきた。


「知っているものが知らないものに変わるってのは怖いもんじゃ。まるで取り残されるような気がしてな。だけど、見えないだけで生活なんかが楽になる部分も確かにある。たまにテレビ番組のドキュメンタリーなどで、単純に無駄な公共投資だなどと批判しているものがあるが、そうでもないもんよ。住んでいるものにとっては、な」

「そうそう、お兄ちゃんは都会かぶれしちゃってるから無駄にノスタルジックになってるだけよ。あたしと今すぐにでもUターンして、一緒に昔の思い出を取り戻しちゃったりとか!?」

「とか、って疑問系で聞かれても困るし、僕は学業の為に戻るんだから……」


 無論、学業のためというのは建前である。心が痛むが、表に出してはいけない。


「あーあ、いいなあお兄ちゃんは。あたしもこのまま東京についていっちゃおうかなー?」

「なっ、みっちゃんを行かせるわけにはいかん。ああ行かんとも! 東京に行って阿呆な人間と付き合いだして馬鹿になられたら困るっ!」

「……じいちゃん、素直に寂しいって言った方が美知には効果あると思うんだけど」

「みっちゃんまで行かれたらじいちゃんは誰と過ごせばいいんじゃ!?」

「うわぁ、おじいちゃん、こんなところ親戚に見られたら、当主としての地位が思いっきり下がるんじゃない?」

「関係ないわ。孫をかわいがって何が悪い?」

「……おじいちゃんは、いっそのこといつまでもそのままでい……あ、れ?」


 はあと露骨なため息をつこうとした従妹の身体が、不意に崩れ落ちる。とっさに荷物を置き抱きかかえると、すぐに力を取り戻し立ち直った。


「ごめんごめん、なんか急にふらーっときちゃった。もしかしてもしかするとつわりかもお兄ちゃん!?」

「な、なんじゃとーっ!?」

「あのね、つわりが起きる前提条件に関して身に覚えが無いし、第一本当につわりだったら即座に回復するものでもないから。後じいちゃんは美知の言うことを鵜呑みにしすぎ」

「じゃあこの子はお兄ちゃんの子じゃないというのねっ!?」

「おい新ちゃん、どういうことじゃっ!?」

「だーかーらー! はあ、もういいや、勝手に行こうかなあ……」

「ううっ、おじいちゃん、お兄ちゃんが冷たいよ」

「まったくじゃ、みっちゃん。わしらは残されたもん同士、楽しく過ごそう。後で後悔しても知らんぞー?」

「本当に当主なのかなあ、この人は……」


 駅前はアスファルトだらけということもあって、実家とは違い都心部的な暑さが篭っている。もう本当にどうしようかと途方に暮れつつ、先ほどの従妹の様子が思い出されて気になってしまう。


「にしても、本当に大丈夫? 最近寝てなかったとか?」

「お、お兄ちゃんがあたしの心配を、ってボケてる場合じゃないみたいね。大丈夫だよ。ちゃんと寝てたし身体の調子がよくないわけでもないから、単なる立ちくらみだと思う」

「わしからも聞いておくが、本当に、大丈夫じゃな?」

「もう、おじいちゃんまで怖い顔しちゃって。あたしは今からお兄ちゃんとホテルに行っても平気なくらい元気だから」

「行かない行かない。僕はこれから帰るんだって」

「なんじゃ。ラブホテル代くらいならわしが出してやるのに」

「あんた本当に当主というか大人かっ!?」

「うむ、葛城家現代当主であり、御歳六十三のナイスミドルじゃ。だからさりげなく孫の手伝いもするし、孫の健康に何かあるのかと思ったら、即座に近くの赤十字病院にでも連れていく優しさも持ち合わせておるぞ」

「おじいちゃん、まさかこの後本気であたしに健康診断とか受けさせる気だったりする……?」

「まあ、みっちゃんが平気というなら大丈夫じゃろ。この歳になるとついつい色々な病名を浮かべてしまうんじゃが、みっちゃんはまだ十九だし、生活習慣病とは関係ないし」

「いったいどんな病気を思い浮かべたんだか……」


 昔から変わらず、この二人との会話は楽しい。だが楽しいと感じる度に、息苦しさも感じしまう。

 僕は半年後には、この人たちと会えなくなる。単純な寂しさと同時に、進行中の計画を知らないじいちゃんに対しては、騙している、あるいは裏切ることからくる後ろめたさもあった。

 これが、僕が犠牲にしなければならないもの。彼女と過ごすために支払わなければならない対価。

 僕らが進む道には、障害物が多すぎる。


 時計の針が、十一時を示す。乗車予定の特急列車が発車するまで、後二十分強。東京に戻るには、そこから一時間半かけて新幹線の駅まで辿りつき、さらにひかり、のぞみと乗り継がなければならない。最速で到着予定が十六時半なのだから、どれだけ遠いかがよくわかる。もっとも、一番早いのは、今いる場所から海側に向かったところにある空港から、羽田まで空の旅をすればいいのだが、飛行機が苦手な僕は時間がかかってでも列車のほうが楽なのである。


「じゃあ、僕はそろそろ行くよ。また冬に、ね」

「とりあえず着いたらメールしてねー」

「うむ、気をつけてな」


 二人の声を背に受け、プラットホームに入っていく。始発駅ではないので、まだ列車は到着していなかった。早すぎたか、とは思いつつもまあいいかと気を取り直す。それもまた風情の一つ、などというとキザ過ぎるか。

 売店で季節外れの名産、蟹弁当と冷たいお茶を買い、ベンチに座って待つ。ここで食べるのは味気ないしまだ腹も減っていないので、弁当の封は開けず、お茶を一口飲んで線路の向こう、屋根の途切れた先にある青空を眺める。


 やっぱり、雲一つない青空が、遥か彼方までつながっていた。

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