第二話 夏-2
共同の墓参りは午後から、というのはこの田舎のどうしょうもない風習であり、従って午前中には時間的余裕が合った。昨日のあの長い台詞はどこに消えた? と思わんばかりの従妹からの過度のスキンシップ(というか、お医者さんごっことかスキンシップ以前の問題)をかいくぐり、黒い金のおかげで電波も常時三本の携帯電話で連絡を取りあって、彼女といつもの場所で合流し、やはりいつもの浅瀬へと向かった。
「やっぱり、私たち両家の謎の病気は、遺伝病のようだね」
話題は、昨日仕入れた最新版である。互いの家系に存在する病について、従妹から聞いたことをそのまま伝える。
「まだ断言は出来ないけどね。みんな同じ症状を発症して、呼吸困難で死んでいってるから、確率は高いだろうけど」
「にしても妹さんはよく情報を握ることが出来たね。危ない橋だったんじゃないかな」
「強権発動もなかったって言ってたから、個人情報保護法案が浸透してない地域だったことをむしろ危惧するべきだよ」
「ならいいのだけどね。妹さんには嫌われてるとは思うけど、私としては直球でキミにぶつかっていく彼女の姿勢にとても好感が持ててね、何かあったらと思うと気が気でないんだ」
「……大丈夫。従妹にもし危害を加える人間が現れたら、僕はどんな手を使ってでも排除するよ」
「頼もしい言葉だね。だけど……恋人がいる前で、他の女の子の騎士役を宣言するなんて、キミは相変わらず乙女心をわかっていないなあ」
「乙女心って言葉は、いつの間に流行語になったのかなあ……」
少しばかり困惑の表情を浮かべてみた僕に対し、彼女は優しく、だけどはかなげな笑顔を浮かべる。引き込まれるように、僕は彼女の両頬に手を当て、薄い桃色の唇へと顔を近づけた。
「……普段は風習だのはくそ食らえと言っている私だが、さすがに先祖の墓前に赴く前に身体を汚すのは不謹慎じゃないかいと思うけど」
「……ごめん。止まらなくなっちゃった」
「まったく。都会の馬鹿者どもに感化されて、発情期のサルにでもなったのかい? ……後半年待てば、いつでも、好きな時、さすがに四六時中は困るが、ともかく、出来るんだから」
「……うん、そうだ、そうだよね」
一時の情事の後、僕らは岩肌に並んで座り、小川の行く末を眺めていた。ほてった身体を、せせらぎが冷ましてくれる。
半年後、つまりは来年の一月か二月に、僕らは駆け落ちをする予定だった。彼女の誕生日が一月十五日、旧来の成人式の日なので、そこを過ぎれば互いに二十歳、婚約に関する親権者の承認規定の対象年齢から外れる。彼女に東京まで来てもらい、今借りているアパートとは別のアパートに二人で住み、そこに婚姻届を出す。出してしまえば面子を気にする田舎のことである。僕らは生まれてこなかったものとして扱われ、別の人間を当主に立てるだろう。彼らは一時の混乱に陥るだけ、僕らは、親戚一同の援助を全く貰えない状態で新たなる生活を切り開くだけ。
支援が切られるのは目に見えているので、僕はこの一年半の間、大学生活を送りつつ貯金にいそしんだ。大学進学すら許されなかった彼女は、実家にインターネットを導入させ、彼女自信の口座を密かに開設して投資を行い、利益を貯めていった。僕の貯金は微々たるものだが、何にでも才能を開花させる天才肌タイプの彼女は、一年半で同年代が手にすると思われる年間収入の三十倍は稼いでいた。資金だけは、充分にある。
家同士の対立というしがらみから解放された後は、同じ大学に行こうと約束している。本来だったら高校卒業後に過ごすことが出来たはずの生活を、二年遅れで実行しようというのだ。……いや、違う。僕らの仲を引き裂かれた、五年前の秋以来からの、二人でいることが出来たはずの時間を、取り戻すのだ。
僕らが出会ったのは、中学入学の時だった。小学校の学区は綺麗に勢力分布図で分けられていたのだが、中学となるとうちのような狭い町では一校だけ。膝元である町内の行政はいじることが出来ても、お上の事情をはねのけるまでの力はさすがに両家には無かった。
クラス分けが発表され、彼女と僕は同じクラスとなる。互いに苗字で、敵対する家の直系だとわかり、最初はいがみあったものだった。だけど何度と無く舌戦を繰り広げるにつれ、考え自体は同じだと気付く。それから段々と口喧嘩することが減り、代わりに普通に話す機会が増え、二年をかけて、僕らは恋人同士となった。ここまでなら、ありがちな話、だった。だけど、二人の間でのわだかまりが氷解したところで、家全体のわだかまりが解けるわけではない。こっそりと付きあっていたとはいえ、誰かの口を通して両家にばれるのは時間の問題だった。
あっさりと、よりによって僕の父に見つかった。
ばれた後、僕は父を中心とした大人たちに、こてんぱんに叩きのめされた。至る所に傷跡を作り、あざを残し、僕が泣いて懇願しても、殴り、蹴るが一昼夜続いた。それから、狭い牢屋(こんなものがあることがそもそもおかしいのだが)に一日、監禁された。直系の一族の中でも珍しく外部から婿に入ったためか、どちらかといえば穏健派の祖父が曾祖父に僕の釈放を進言してくれなければ、あのまま一週間は鎖に繋がれていたことだろう。
彼女は彼女でひどい目にあわされた。彼女はほとんど語りはしなかったけど、その後も隠れて交際を続けていく中、僕と初めて結ばれたときに膜が存在しなかったこと、そして僕が初めての交際相手であることから、彼女の身に何が合ったかおおよその推察が出来る。最低としか言いようがないが、ありえてしまうのが、この町、この両家だった。
高校は、互いの家が示し合わせたかのごとく、学区内でも全く逆方向の高校に通わされた。敵対し合っているくせにこんなときはなぜ波長が合うのか不思議で仕方なかった記憶がある。
それでも僕らは交際を止めなかった。わざわざ遠い地で落ちあってまで、ばれないように、付き合っていたのだ。でも、無駄に掛かった時間だって存在した。
僕らは、その時間を、二人でいる時間へと変えたいだけなのに。
駆け落ちという最終手段しか取ることが出来ないこの地が、互いの家が、憎くて憎くて仕方なかった。
「あと、半年の辛抱、だね」
その言葉だけを糧に、先に見える幸せを掴むためだけに、僕らは今を生きていた。
山の麓にある、やはり無駄に広い寺。本堂の裏手にある墓地に、どこにこんな人数が住んでるんだと疑問符を浮かべたくなる人数の親戚一同が集合していた。日本を直撃している高齢化の波もどこ吹く風、今現在いる直系筋ならびに傍系筋でも血が近いか実力を持つ家系に関しては、お年寄りから乳飲み子まで、割と各年代のバランスがいい。これは、高齢の人間の割合が増えるのを阻止するため、というよりも子孫を確実に残し、相手側に乗っ取られないように次世代を育てるという計画的な出産が代々行われているからである。それはあちらさんも同じなので、特定の年齢、たとえば俺や彼女、従妹と同じ今年度で二十歳世代というのはこの町で多かったりする。
百二十人強の人数が、一つの大きな墓石に向かって、等しく頭を垂れている。
これもまた独特の風習で、直系傍系問わず、うちの血を引いている者は皆、死後この墓に骨が納められる。血にはうるさいくせに、コレに関してはおおらかというか、温いというか……不思議だ。第一、いつから火葬が始まったのか知らないけど、もし土葬が存在するころまで遡っても家系図があったりするのなら、その時の人間たちは皆、今居る足元に埋められたということになる。考えたくもない。
長である祖父の一声で、皆下げていた頭を上げる。そして、祖父の先導で本家……つまりは僕の実家へと戻っていく。先頭に祖父、その後ろに僕の両親、そして僕と従妹、以下地位順叔父さん叔母さん……などと並んでいく。
僕の両親は三兄弟の長兄なので、次代の当主となることが決まっている。そして僕は次々代の当主。これが規定路線。従妹は本来三兄弟の次兄の娘なので、地位的に僕の横に居てはいけないのだが、従妹の両親が不幸にも共に例の病で十年前に死去し、それ以来僕の両親の養子となり、僕と同程度の立ち位置となっている。これの魂胆は見え見え。血を重要視する家系であることを考えたら、従妹は将来的に養子から外れ、僕と結婚するのが規定路線なのだろう。僕と一緒に育てられたのも、ある種の帝王学を当主夫人にも求めているのと、僕との生活を当たり前のものにするため。馬鹿馬鹿しい。そしてこの後を考えるたびに、従妹には大きな負担が掛かることが予想され、申し訳なく思う。……万一、従妹にすら危害を与えようとするのなら、昨日の宣言通り、排除してやる。そして、東京にいるだろう僕らの元に来てもらい、その後は僕のことを忘れ、自由に羽ばたいてくれたら……
実家に辿りつくと、また宴会。太陽もまだ傾いてはいないというのに、ご苦労なことである。
昨日とは違い、従妹の飲むペースも普通だったので、僕は安心してゆっくりと、料理を摘まみ、酒ではなく水を飲んでいた。さすがに二日連続で大量の酒を飲めるほど、肝臓が出来ちゃいないのは、どこぞの新観コンパ三連発で学習している。
相変わらずの従妹からの積極的なコミュニケーションという名の逆セクハラを交わしていると、父から声が掛かる。
――祖父が、呼んでいる。
瞬間的に誰かにばれたのでは、という恐れをどうにか内面に押し込むことが出来た。これは自分を誉めてもいいと思う。
あまり時間を掛けるのも怪しまれるので、すぐさま気持ちを切り替え、席を立つ。従妹がわずかに目配せをしてきたので、今時はやらないとは思いつつもウインクで切り返して安心させる。効果の程を知る前に、僕は父の後についていった。
通されたのは、祖父の執務室。ここ、ということは単なる雑談のみ、というわけではあるまい、と思うのは時期尚早。
「宴の最中にすまぬな。啓一、お前は下がりなさい」
眼光を光らせ、父を退室させる一連の動作に、当主として生きてきた重み、あるいは力強さを感じる。
……父が居なくなり互いに席に着いたところで、その力は霧散してしまうのだが。
「すまないねえ、新ちゃん。せっかくみっちゃんとお楽しみのところを邪魔しちまって」
「じいちゃん、態度変わるの早すぎだから。誰かが聞き耳立ててるかもしれないよ」
「その点は大丈夫。ここの息がかかっていない業者に、カメラや盗聴器の類がないか調べさせたからな。見つかって持ち主がばれた時のことを思えば、誰も仕掛けたりせんよ」
「それはそうだけど、でもじいちゃんの場合は……」
「何、腐っても外様でも宗主は宗主。逆らうことなど出来んよ、誰もな」
「……僕らには本当に甘いけどね」
「それは孫だからのう。子は憎かろうとも、孫は目に入れても痛くないわ」
「また安直な表現を……」
今目の前にいるのは、単なる孫にだだ甘の、世間一般のお財布係のおじいちゃんだった。公の場ではきっちりと、当主たる人間としての振る舞いをしているが、僕や従妹だけしかいないとなると、すぐさま態度を変えるのだ。
……従妹以外には唯一といっていいほどの、よき理解者である。
「本当はみっちゃんも一緒に呼びたかったんじゃが、そうするといらぬ噂が立つからのう。噂は必ず尾ひれ背びれがつくからのう。余計なことはしない、これは鉄則じゃ。……やっぱり呼べばよかったかと今では後悔しておるが」
「どっちなんだか、いったい……というか、世間話なら昨日したじゃないですか。ということは何か別の話でも? それとも単に昨日のだけじゃ話し足りなかったとか?」
「それもあるんじゃが……今後の人生の為に、わしだから、外から来た人間だから言えることを伝えようかと、の。新ちゃんももう二十歳。先の身の振りを考えんといかん時期じゃろ?」
じいちゃんの言葉に、僕は違和感を覚えていた。
先の身の振り? 本来なら敷かれたレール以外を走ることなど許されない立場の僕に掛ける言葉じゃあない。
……今度こそ、背筋が凍る。
「おそらく、次はじいちゃんもフォローできない。当主といえども、一族会議になったときにはフォローしきれんよ」
はぐらかされてはいる。だけど、何を意味するかは一目瞭然――
「何が大事なのか、見誤っちゃいかん。大切なものを失いかねない。まだわからんとは思うが、じいちゃんは先代に厳しく教え込まれた。新ちゃんも、これは忘れちゃいかん。……この地では、何かを得るためには何かを犠牲にせんといかんのだよ」
部屋の窓の外には、例の相変わらずよくわからない草が、紫色の花と共に風に気持ちよさそうにたなびいていた。




