プロローグ
一荒野に佇む冷たきオーラを放つかのような、そんな雰囲気を醸し出す扉がそこにはある。周囲を見渡しても特に特別なものはなく、ただ単に何も考えず草木が数本生えているだけだ。その中にぽつんと、一枚の白紙に墨を一滴たらしたかのように、人影がみえる、。太陽の光を反射してまるで、プリズムの反射のようにそれは白く目だっている。それが扉に近づくと扉は自然に、本当に何もないかのような静けさとともに開いていく。
「ようこそ、第三研究所へ。」
その職員と思われれる五人の機械ぶった声が扉が開くと同時に発せられる。奇妙なものだ。
「さぁ顔を見せてください。」
言い終わるか否か、五人はさっきまで白く輝いていた布を引きはがした。そこにいたのはまるでまだ自我を持っていないような少年だった。
「っぁ・・・ぅ・・・。」
言葉をうまく発せられないようだ。障害があるその少年は村から追放されたのか、村がこの研究所に提供したのは今になってはわかるものではない。
「第四号室に連れて行け。」
逆立った髪の毛を前後左右で四色に分けている男は暗い目つきのまま隣にいた三〇代前半と思われる少しばかり髪の薄い白衣の男に指示した。その男は支持されるがままに少年を「第四号室」と書かれた白いプレートがドアの取っ手に引っかかってる部屋に連れて行った。
「実験番号三〇。実験を開始する。準備に取り掛かってくれ。」
男はその指示の後、少年を椅子に座らせ拘束する。他のメンバーは四色の髪の男の部下らしく、それぞれ機械の並んだ部屋に入っていく。
「実験開始。」
そういうとさっきの三〇代前半の男は隣の部屋から輪っかを持ってきた。その見た目は白い布を円くしただけのように見えるのだが、よく見るとその内側に小さな針のような毛がたくさんついている。男は少年の左腕にそれを装着させた。
「っ・・・。」
少年は何も言わない。だが、
「ぅ・・・わぁぁぁぁぁがあああああぁぁぁぁぁ。」
突然叫び声を上げた。なんと毛のようなものがのびて、身体の中に侵入していく。直ぐに腕が血だらけになる。
「うああああああああああああ・・・。」
「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。」
叫び声が徐々に弱っていく。そして次の瞬間、バキッと。拘束していた金属の手錠のようなものが壊された。子供の力でこんなことができるはずがない。
「実験結果は?」
四色男は三十代前半に問う。
「成功かもしれません。」
話をしていると部屋からまた声が
「あああああああああああああああああああああ。」
「また騒いでるぞ。何があった?」
「わかりかねます。今調べてみます。」
そういうと三〇代は少年を拘束している部屋に入る。しかし、少年は座ったままだ。三〇代が拘束具の一つが壊れてるのを見て、驚きの表情とともに近づいていく。
刹那、男の頭が無くなった。体だけが少年の方へと動いていく。男は見た。自分の体が少年の方へと歩いていることを。
ドッペルゲンガーという言葉を知っているだろうか。それを見たものは自分の死が近づいている象徴だそうだが、この男が見たのはまさにそれだろう。だが一つ違うのは、その体には頭がなかった。こういう説もある。ドッペルゲンガーを見たということは既に自分の体から頭が取れてしまい、その頭が自分の体を見たことによる勘違い。
この男の場合は後者だろう。
「あああ・・・・・・」
状況を把握する間もなく叫び声を上げる。だがそれも一秒ともたなかった。男の影すら残っていない。残ったものは灰色のコンクリートにまるで太陽でも描いたと思われる水たまりが。それも赤く、冷たく広がっていく血で描かれている。このことに他の研究者は驚愕する。
「おお。」
「成功だ。」
完成を上げる者たちの中に静かにその場を立ち去る男がいた。
男が外でたばこを取り出し、口にくわえる頃、
「おい、これはどういうことだ。」
「成功じゃないのか。」
中から失敗を指し示すかのような議論する声が聞こえてくる。
そう、実験は失敗であった。しばらく観察を続けていた研究者たちは次の実験のために準備していた。その間に少年は血を吐き、体中を震わせて声を上げる。
「ぅ、ぅ、ぅをあああああああああ・・・。」
たったそれだけ吠えただけで。
動かなくなった。体中の血液が固まり、とんでもない筋力を使えるようにするのは成功した。だがそれには時間制限があった。血流が止まってしまうので二分しか動けるはずがない状態だった。そんな普通のことに気づいてすらいなかった。
たったそれだけ。そう答えた研究者はいた。だが、それ以外にも、
「研究の最中を録画していたものを見ると少年が叫びながら自分の首を絞めて自殺を計ったように見えたとも答える者もいる。
そして曖昧な答えを出したまま、この研究自体凍結された。
もちろん少年の死体とも思われる動かない身体も、処分された。