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そこの君、異世界なんて行きたかないですよね?  作者: 杉井流 知寄
第二章 お前今更何言ってんの?
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 2

「さあ、説明して頂きますよ?」

 家に帰ろうとしたら、捕まった。

 先輩だ。

 さっき仲間外れにした事を根に持っているらしい。厳めしい顔をしているが、先輩がそんな顔したって怖くない。

「……なんの説明ですか?」

 面倒だからすっとぼける。

「あなたが、何故十年も向こうに居たかの理由です。それと勇者様以外の人を連れてきた理由。あなたらしくないもの」

「そうですねぇ、疲れましたから、家に帰ってからでもいいですか? お茶くらいは出しますよ」

「それでは送ります」

「仕事はもういいんですか?」

「勇者様のご帰還ですもの。今日はお祭りです」

 勇者が帰ってきた。

 多くの人はそう考えているだろう。それを声高々に否定するつもりはない。私は反乱軍ではないのだから。

「……反乱軍は、大人しくしてますかね?」

 反乱軍。

 我らが世界の教えに真っ向から対立し、ある浮遊島を占拠している武力集団だ。もうほとんど国家規模の。

「今の所目立った動きはないようですわ。まだご帰還の事実は市民には伏せられていますから」

「これから忙しくなりそうですねぇ、神官様方は」

「あなただって、きっとそうよ」

 どうかな。私の役目はもう終わったんだし。お払い箱じゃないかな、なんて物騒な事は思っても口には出さない。

 魔術士としてお払い箱になったらなったで、今度は女としての務めがある。アレだ、子孫を残す事。子供を産んで、育てる事が次のお役目、って言われるんだろうねぇ……もう二十歳も半ばも過ぎたおばさんですが。

 十年経った私を見て、家族はなんと言うだろうか。やっぱりロクスさんみたく怒るかな。それとも私の話を信じてくれるだろうか、嘘だけど。

「それでは行きましょう」

 先輩に促されて、のろのろと歩く。

 唯一雲海に建っているこの神殿。移動は魔法陣が描かれている地上に一旦出なければならない。

 ああ、どうしよう。ちょっと億劫になってきた……けれども、まあ、仕方ないよね。

 家には帰らなければ。他に帰る場所もないし……ね。それにあの二人の事もある。とりあえずの任務は終わった。残りの人生をあの二人に捧げるのも悪くない。そして向こうの世界に、一緒に、戻っても……良いし、ね。



 石造りの街並みは、勇者殿の故郷日本の風景とは全く違う。鉄道は辛うじて走っているものの、主な交通手段は未だ馬車。もしくは地点と地点を結んだ魔術による転送陣。

 この世界、浮遊島となってから少なくとも三千年はもう経つというのに、向こうの世界と比べてびっくりするくらい文明の発展が遅い。向こうでいう中世くらいか、この世界の文明は。誰も疑問に思っていないが、いや、私だって向こうの世界に行くまでは疑問にすら思わなかったが、この世界の文明の発展は止まっている。

 この世界が浮遊島だけの世界となった時から。勇者に導かれ、空へと飛び立った時から。「向うの世界はどうでした?」

 待ちきれず、興味津々といった様子で先輩は私に訊ねた。

 神殿との唯一の連絡通路である移送魔法陣。その魔方陣は王宮の前の広場にしか出れず、私の家は近くにあるものの少し歩かねばならない。

「……喉乾きません? ちょっとお茶してから行きましょうよ」

 ちょっとでも嘘を吐く機会をずらしたくて、適当なカフェを指さす。

「駄目です。あなたの帰りを今か今かと首を長くしてお待ちなのですよ? 寄り道はいけません」

 先輩は私の実家からの手先なのだろうか? まあ、さっきあの子達やロクスさんと話している間に誰かが連絡ぐらい入れてるだろうけど。

「それにしても、どうして十年も向こうの世界に? 勇者様以外の人間も連れてくるし、どうかしていますわ。やっぱりあなた、教えについてちゃんと理解していませんのね」

 神官なんだから当たり前なんだが、好きな先輩にそんな事を言われると腹立つし、ちょっと悲しい。

 神官とは賢者の教えを伝える者の事。この世界の運命を握る存在といっていい。私は魔術師だから詳しくは知らないが、彼らには運命を見通す秘技があるらしい。その秘技でもって使命を割り振る事が神官様のお務めだ。

 まあ私が思うに、秘技なんていうのもただのハッタリじゃないかと思う。前々から感じてはいたが、向こうで十年いたおかげではっきり目が覚めた。

 運命だの使命だの、くだらない。そんなものクソ食らえだ。天職だなんて言葉も嘘。自分と周りを騙しているだけだ。心地良いのは認めるが、それは麻薬に似ている。技術が発展しないのもの、きっとその所為だ。

「それよりも、私は何日程向こうに行ってました?」

「……七日ですわ」

 逆に質問し返した私に不満げな顔をしながらも、先輩はちゃんと答えてくれた。

 理論上では向こうで経た時間と関係無く、こちらの時間は進んでいない。筈。だが向こうの世界に行った時既に時間はずれていた。そこから更に十年間放浪したからもしかしたらと危ぶんだが、大丈夫だった。理由は全く見当がつかないが。

「そんなことよりも、エレン。私の質問にはいつ答えてくれますの?」

「そうですねぇ、何でと聞かれても、見つからなかったからしょうがないじゃないですか」 なんて、のらりくらりと喋っている内に、私の家は見えてきた。



「ただいま戻りました」

 王宮に近い、高級住宅街の一角。その中でも緑色した我が家は目立つ。庭も緑だし、家のタイルも大体緑。おまけに使用人達の制服も緑ばっか。

「お帰りなさい、エレン。無事務めを果たしたそうですね」

 玄関を入ると、お出迎えがあった。

「……はい、まあ、なんとか」

「少し見ない間に……その、変わりましたね。身体に変わりはありませんか?」

 母親だろ、アンタ。十歳も年取ったのくらい分かるだろう? それとも髪が真っ黒になった事を気遣っているのか?

 弱々しく戸惑う母を前に、私は何も言えなかった。 

 髪が黒く染まるのは魔力を使い果たしている証拠。本当なら私の髪色は銀色。それはもう、月の光に例えられるくらいに綺麗な銀色の髪なのだ。

「……その、元気でしたか? いえ、髪が真っ黒ですもの、疲れてるわよね?」

 この、実の子だというのに私の顔色を覗うような所。遠慮なんかすることないのに。なんだか無性に腹が立つ。

 彼女はイルマール・ファーレンハイト。私の母だ。私によく似て綺麗な人なのだが、まあ、ぶっちゃけ私はこの人が嫌いだ。

「向こうの世界は、どうでした?」

「……別に」

 

 すっぱーん。


 素っ気なく答えた瞬間、勢い良く私の後頭部は叩かれた。

「もう、嫌ですわこの子ったら。お養母、おば様もすいません。この子ったら疲れて子供っぽいですわね。本当、ちっとも変わっていませんわ」

「……いいえ。変わらないのはわたしも同じ事。ごめんなさいね、ロゼさん。あなたにはわたし達皆の支えだわ。みっともない所を見せてごめんなさい」

「いえいえ、そんな、とんでもないですわ。この子は私にとっては可愛い後輩。妹みたいなものですもの」

 実際馬鹿兄貴が家を出さえしなければ、この人は私の養姉になるはずった。先輩の綺麗な笑顔を見る度に、ちくちくと小さく胸が痛む。

 私には兄が居た。優秀な兄だ。魔術師としては私の方が強かったが、兄は独自の術式を編み出す事に長けていた。今はどうしてるかは分からない。始めは反乱軍にでも加わったかと思ったが、それらしい人物が反乱軍に加わったという報せはない。まあ、家を出た時点で教えを破っている訳だから、同じようなものだろう。……あ、教えを破ってるという点では私も同じだ。どうしよう、どうしようもない兄妹だな。

「ありがとう、ロゼさん」

 母は先輩に深々と頭を下げた。

 ああ、イラッとする。

「エレン、疲れているでしょうけど、お父様がお待ちかねです。ロゼさんはこちらへどうぞ。折角ですもの、お茶でも如何?」

「ありがとうございます。勿論是非。おばさまのお茶はとっても美味しいんですもの」

「ありがとう」

 そうやって、母と先輩はうふふあははと奥の間へと消えた。私と一緒にいるよりずっと母と娘らしい。私はお茶なんて苦手だし、甘い物も苦手……って、その話は置いといて。

 父がお待ちかね。と、いうことは、父は書斎に居るんだろう。大抵そこに居るし。 

「失礼します」

 こんこんとノックもそこそこに、一階にある父の書斎の扉を開けた。

「……うむ、入りなさい」

 父は相変わらず、本に埋もれていた。棚には本。机の上にも本。窓枠にも本。本。本。

 名をダグラス・ファーレンハイト。厳つい顔したおじさんだ。

「ご苦労、務めを果たしたそうだな。無事で何よりだ」

 読みかけの本から顔を上げ、父は言った。

「ありがとうございます」

「今日はゆっくり休みなさい。疲れただろう?」

 父はそれだけ言うと、顔を本に戻した。

 腐っても魔術士の家の家長というのに、私のこの状態に関して何も聞く気はないらしい。ああ、この人もそんなに好きじゃないな。

「はい」

 一礼して、私は部屋を下がった。

 母様と先輩の所に顔を出す気にはなれなかったから、そのまま自室に戻る。

 十年ぶりの私の部屋は、まるで別人の部屋だった。

「……」

 それはそうか、十年前とでは私が別人だ。

 なんだかどっと疲れが出て来たから、コートだけ脱いでそのままベッドに横になる。

 広い部屋だ。

 前に住んでいた部屋に比べると格段に広い。前の、つまり向こうで住んでいた部屋は布団を敷いて、小さな机を置いたらもうそれでいっぱい。押し入れはあったから収納には困らなかったが、あの狭さはどうしようもない。まあ、厄介になっていた身だから偉そうに文句を言える立場じゃないけど。

「失礼いたします、お嬢様」

 失礼するなら帰っておくれ。

 なんて、言えるはずもなく、私はむくりとベッドから起き上がった。

「……なに」

「奥様とローゼリッタ様がお呼びです。お嬢様の好物を用意したから、必ずお出でになるようにと」

「……好物?」

「はい」

 エリスはずかずかと遠慮なく部屋に入ってきた。そしてクローゼットを開けると、主人の許しも意向も全く聞かずに服を出した。

 薄紅色の、可愛いドレス。フリルも盛りだくさん。私にはもう着れない。年齢的な意味でも、体格的な意味でも。

「どうぞこちらへ。服のサイズ確認しますから」

「はいはい」

 エリスには逆らっても無駄だ。すっごい頑固で、いつも私が根負けする。

 のろのろとエリスの横に並ぶ。エリスの横に並ぶと、エリスよりも身長が高くなっているのがよく分かる。向こうに行く前は私の方が低かったのに。

「すっかり太ってしまいましたね、お嬢様。これでは服を全て仕立て直さなければいけませんわ」

「太ったいうな」

「ではご成長? 何年向こうでお過ごしで?」

「……」

 何故、父も母も聞かない事をずけずけとこの使用人は聞けるんだろうか。少しは見習って欲しい。

「これでは奥様のお召し物でも小さいかもしれませんね。とりあえず今日はこちらの服で――」

「いい、このままで」

 結構好きだし、これ。

 クローゼットの横には等身大の鏡がある。その中に映る白のローブ姿の私。

 白のローブは魔術士の証。背中には大きく属する家柄の家紋が描かれている。我がファーレンハイト家の家紋は鹿。鹿の角に様々な植物の葉やツタが絡まっている紋章だ。

 勿論ただの白ローブではない。成長した分、つぎはぎしている。内ポケットを増やしたりボタンを増やしてみたりひだを入れてみたり。向こうで着てもそんな変な服ではない、はず。

「服は今度、明日でも買いに行くからこれらは全部処分しといて」

「よろしいので?」

「全部、趣味じゃないし」

「かしこまりました」

 深々と一礼して、エリスはクローゼットを閉めた。

「それじゃ行こうか」



 アップルパイ。

 さくさくとした香ばしい生地と、リンゴの酸味と甘みの絶妙な調和。甘さ控えめなアイスやクリームを添えても美味しい。

 好物ってこれか……いや、嫌いじゃないけどね、確かに。お菓子の中では好きな方かな、確かに。

 一切れを二等分して、ぱくり。向こうのと違って、母の作るアップルパイはやや甘め。少々甘さがくどい。

一階の応接間にて。やっぱり緑で統一された室内。その一角で二人は小さなテーブルを囲んでいた。

 母と先輩は楽しく談笑している。最近公開された劇の話とか、うわさ話。劇は好きだけど、他は全く興味ない。誰々が結婚したとか子供が生まれたとか、どうでもいい。 

「全くあなたは。もっと味わって食べなさいな」

 すぐに空になってしまった私の皿を見て、先輩は呆れている。

「ふふ、いいのよロゼさん。この子の食べっぷりを見ていたら、すっきりしました」

「そんなおば様、駄目ですわ。この子を甘やかしては駄目です。つけ上がるばかりですもの。ここはびしっとはっきり言わないと」

「いいえ、いいの」

 母は力なく首を振った。その姿は弱々しく、口の中が乾いてきて気持ち悪い。アップルパイの生地で水分が取られた所為だ。

「でもおば様、時にはぶつぐらいの事しませんとこの子は道を間違えるかもしれませんわ」

 おいおい、先輩は私をなんだと思って……いや、兄さんの事もあるからあながち間違ってないか? 実際、任務を忠実に実行しなかった。

「間違っていたら間違っていたで、いいの。わたしはいつもこの子の味方でいます」

 いやいや、私だって好きこのんで間違いたくはないんですけど。

 口を挟みたいのは山々だが、なんだか重たい雰囲気に飲まれ私の口は開かない。

「でも明らかに間違っているのなら、それを正すのも愛情ではありませんか?」

 先輩は真剣な顔で、問いかけた。とても真剣な表情。失礼だけど、こんな真剣な先輩の顔は初めて見る。

「そうね、それも愛情の一つ。でもわたしは、わたしは全て受け入れたい。どんな結論にせよ、この子が考え抜いて出した結論ですもの」

 対して母はいつも通りの母だ。どこか冷めていて、儚げ。

「そんなの、間違ってます。お互い駄目になるだけですわ」

「そうなるかもしれないし、そうならないかもしれない」

「……無責任です」

「そうね」

「……」

 訪れる、重たい沈黙。先輩もそれきり黙ってしまった。母もそれ以上何も言う気はないらしい、紅茶を楽しんでいる。

 うわぁ、なんだこの雰囲気? え、私が来た途端とかやめてくれないかな? 私の所為みたいで感じ悪っ。私の所為じゃないよね。

「……ご馳走様」

 食べるだけ食べて、私はさっさと失礼する事にした。元々私はこういう席は苦手だし。何を話していいか分からなくて困る。

「今日は疲れているので、これで失礼します」

 私がそう言うと、先輩もつられるようにして席を立った。

「では私もこれで失礼いたします。ご馳走様でした、おばさま。またお邪魔させて頂きますね」

「ええ、楽しみにしています。エレン、送って差し上げなさい」

「はい」

 黙々と、先輩と並んで歩く。

 ちらりと横をうかがっても、先輩は俯いていてその表情は分からない。明るい顔はしていない事はすぐに分かったけど。

 そうして、気まずい沈黙のまま玄関口まで先輩を見送り、

「それではまたね、エレン。ご機嫌よう」

 ご機嫌よう、なんて気恥ずかしくて言えず、

「はい、お疲れ様です」

 そう言って、私は別れた。


 超お久しぶりです! 一個の方完結しましたので、そちらもよろしくお願いします。

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