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そこの君、異世界なんて行きたかないですよね?  作者: 杉井流 知寄
第二章 お前今更何言ってんの?
7/30

 1

 人は何の為に生きるのか。


 何の為に生まれてくるのか。


 人はただ生きているだけでは満足できないらしい。そういった問いかけへの答えを求める者は多く、それは救いを求める姿によく似ている。そういった問いかけへの答えを求めない者、あるいは無意味だと考えている者は心に癒される事の無い虚無を抱えて生きている。この私のように。


 人々に平穏を与える為、その答えを様々な宗教や思想が、それぞれに出した。


 あるものは生まれながらに罪を背負い、その罪を浄化する為だという。その罪とはよくは知らない。またあるものは死後に永久の楽園へ行く為、善行を積んで身を清める為とか。もう今では失われたものだから、そのどれも詳しくは分からない。


 失われたのには理由がある。


 我らの世界、アガスティアではたった一つの宗教だけが支配しているから。それ以外のものは失われた。処分されたといってもいいかも。一切残されていないから。何故私がそれら他のものを知っているかといえば、それは他の世界に行って知ったからだ。


 ……話があっちこっちいったな。まあ、簡単に私の世界の宗教をいえば、こういうこと。


 人は世界と調和する為に生きている。


 世界と調和。


 つまり与えられた役目を果たせと言う事。農民なら農民らしく、商人なら商人らしく、王侯貴族なら王侯貴族らしく。それぞれが己の役目を果たし、世界をより良く発展させること。それが生まれてきた意味。宿命。


 悪いことだとは思わない。この教えに厳しい戒律はなく、他で見られるような絶対悪や善といった対立するものもなく、調和こそが重要である。


 調和。


 全ては予定調和。


 予め全て決められている。


 絶対運命。


 あっちの世界のように自分で自分を決める事はできない。与えられた役目をこなす事が最重要なのだ。


 勿論あちらの世界だって全部が全部、平等に公平に自分の事を決められるかというと、全くもってそうではない。私の世界のように生まれで将来が決まる者もあれば生まれた家庭での経済事情によっても大きく変わるし、一概に自由で平等な世界とは言い難い。また勇者殿の国は比較的裕福な国だったが、あの世界の多くの人間は貧困に喘いでいる。その日生きていくだけで必死の毎日。私の世界では信じられない光景だ。同じ世界なのに、ああも生活水準の差が激しいとは。まあ、確かに向こうの世界は広すぎるとは思うが、広いなら広いなりに食料自給率は高そうなものなのに。実際は豊かな国へと食料も流れ、生産国では物価が高騰……って、まあ、あちらの世界の事情はもういいか。私には関係無い事だ。


 それよりもこの場をどうにかしないと……。


 先程まで居た、青空の下気持ちの良い地上とは一転。


 人工照明の下でもどこか薄暗く、陰気なこの室内。空を描いた絵画が飾られているが、陽気さとは程遠い。調度品はどれも立派だが、やっぱり陰気。


「何故答えない? エレンフリート・ファーレンハイト。私の質問に答えられないのか?」


 冷淡に私を詰問する美形のオッサンは、さっき勇者殿達を迎えに来たアシュレイ――眼鏡の顔だけはカッコイイ奴――のお父様。名前はロクス・バイルシュミット。息子によく似た美形のおじさまで、こんなに間近でお顔を拝見できるのは嬉しいのだが、やっぱり遠くからこっそりと見守りたい。私には合わないよね。


「……はぁ」


 曖昧に返せば、その形の良い眉がぴくりと動く。貴重なものを見た。


 息子は輝く笑顔を無駄にサービスするが、この親父殿は鉄仮面で有名だ。あの無愛想無表情のクライブさん――アシュレイのお供させられていた貧乏くじな人――の更に上をいく。この人とクライブさんが横に並んだら、クライブさんの顔がブスっとした表情に見えるのが不思議。


「ふざけているのかね?」


「いえ」


 これは即答できる。私はいつだって大真面目だ。


「私は、勝手が全く分からないあちらの世界で、最大限の努力はしたつもりです」


「つもり、かね」


「結果がこうなってしまいましたからね。心苦しいことに」


「とても心苦しんでいるようには見えないが」


「心を読まれないのは魔術士としての基本技術です。私はこの世界最高の魔術士ですからね。たとえ魔力を使い果たした残りカスみたいになっても、その本質は変わりません」


「君の本質は最高の魔術士ではない。君は使者だ。勇者を我が世界へ迎える、使者が君の本質だ。それが君に与えられた使命だろう」


 全くその通りです。でも、


「ちゃんとお連れしたはずですが。ちょっとしたおまけはできましたが、彼女達は、」


「そんなことはどうでもいい。問題は勇者だ」


 どうでもいいと切り捨てられ、ちょっと気分が悪くなる。


 ああ、やっぱり私があの子らの事はちゃんとみないと。


「……彼に、間違いないはずですが」


「勇者には間違いない。だが、あれは勇者ではない」


「はぁ」


「……最初の質問に戻そう」


 生返事を返すと、ロクスさんは埒があかないと悟ったのだろう、仕切り直してきた。


「使者の君に、勇者が分からなかった筈はない。何故すぐに戻らず、十年もあちらの世界を放浪していた?」


「ですから、最大限の努力を尽くした結果ですね、」


「ふざけるな」


 取り付く島もないね。


 肩をすくめて見せたら、ますますロクスさんの眉がぴくぴくした。


「君には説明した筈だ。勇者をすぐにお連れする事の重要性を」


 生まれてからずっと、耳にタコができるほど……って言ったら怒られるだろうな。


 黙ったままの私に、彼はご丁寧に説明を始めた。


「勇者は勇者であるが、ただ生まれただけでは勇者とはならない。勇者として育てねば、勇者にはならない。勇者として相応しく成長しなければ、それは勇者ではない。ただの人だ」


 つまり赤ちゃんの状態でさらってこいと、このお方はおっしゃっている訳だ。それから自分達の手で

一から教育することで、勇者は勇者になると。


 勇者。


 この世界がまだ海と陸続きの大地であった頃、預言者アガスティアに導かれ魔王を討ち滅ぼし、魔王によって汚された大地を飛び立たせ、今の浮遊大陸を創造したとされる者。あの少年の、前世の姿である。 


 勇者は死の間際、周りの神官達に言ったという。


 もし、己の力が必要なら来世でも力を貸そうと。


 それは勇者の、新天地でまだ混乱していた当時を憂いただけの、親切心からだったかもしれない。しかし私に言わせれば呪いに近いよ。ご丁寧に術式まで伝授して……異世界に転生されてるし。本当は嫌だったんじゃないかと、勘ぐりたくなってしまう。


 しかしまあ、少年は異世界に憧れているようだった。それも強く。前世の影響かもしれないが、まあマンガや本の読みすぎなだけかも。彼の国では盛んだし。


「君は何を考えていた?」


「でーすーかーらー、」


 向こうも辛抱強く同じ事を言うが、こちらだってそれは同じだ。


「あちらの世界は広いんですよ、本当に。大陸が五つもあるんですよ、島じゃないですからね、大陸ですよ大陸」


「だから分らなかったと? 送り出す時、勇者の魂の近くに送ったはずだが」


「魔術師の私が言うのもなんですが、術だって完璧ではないでしょう。ずれてたんじゃないですか?」


 実際に生まれたてほやほやの時期に送られたはずが、彼はもう五、六歳くらいに成長していた。


 黒い革の鞄を誇らしげに背負い、ご両親と一緒に記念撮影している場面に遭遇してみろ。ただでさえ本当にいいのかな、なんて迷っていた私の使命感は見事に粉砕した。もうどうしていいか分からずに、とりあえず勇者御一行を観察することにした。そこからは苦難の連続で、ってまあいいや。この話は後にしよう。ともかく、彼らを観察する内に私は思い立った。


 そうだ、折角だからこの世界を見て回ろう!


 何が折角なのか、多分ロクスさんも含め誰も分らないに違いない。私だって今となっては分からないから。まあ、あえて言葉にすればノリってヤツか。しょうがない。


 こっちの世界に帰る為には、どうしても彼に問わねばならなかった。


 それが勇者が残した術式。勇者殿の言葉によって、界と界との扉を開く力を得る。原理は全く分からない。この術式以外の術でも扉を開く事は可能だが、途方もない魔力が必要となる。私一人では到底無理な程の量が。だから、彼にはちゃんと問わねばならなかった。


 誰も予想していなかったが、それで嫌だと言われれば、私はそのまま帰るつもりだった。術の理論上、必ずしも勇者を門に通す必要は無い。もし、もし万が一勇者が居なければ門が開かないようなら、まああのままあの世界に残っても良かった。占い師として、そこそこやっていけてたし、手紙一枚通すだけの魔力なら、二、三年溜めれば十分だ。


「……君の言い分は理解した」


 長い沈黙の後、ロクスさんはそれだけ言った。


「君の処分は後ほど伝えよう。故意か偶然か、どちららにせよ失敗には変わりない。大人しく自宅謹慎でもしていろ」


「畏まりました」


 深く一礼すると、ロクスさんは私に見向きもなく、とっととお帰りになった。残された私は素直に、さっさと自宅に帰る事にする。


 十年ぶりの、我が家に。






「さあ、説明して頂きますよ?」


 家に帰ろうとしたら、捕まった。


 先輩だ。


 さっき仲間外れにした事を根に持っているらしい。厳めしい顔をしているが、先輩がそんな顔したって怖くない。


「……なんの説明ですか?」


 面倒だからすっとぼける。


「あなたが、何故十年も向こうに居たかの理由です。それと勇者様以外の人を連れてきた理由。あなたらしくないもの」


「そうですねぇ、疲れましたから、家に帰ってからでもいいですか? お茶くらいは出しますよ」


「それでは送ります」


「仕事はもういいんですか?」


「勇者様のご帰還ですもの。今日はお祭りです」


 勇者が帰ってきた。


 多くの人はそう考えているだろう。それを声高々に否定するつもりはない。私は反乱軍ではないのだから。


「……反乱軍は、大人しくしてますかね?」


 反乱軍。


 我らが世界の教えに真っ向から対立し、ある浮遊島を占拠している武力集団だ。もうほとんど国家規模の。


「今の所目立った動きはないようですわ。まだご帰還の事実は市民には伏せられていますから」


「これから忙しくなりそうですねぇ、神官様方は」


「あなただって、きっとそうよ」


 どうかな。私の役目はもう終わったんだし。お払い箱じゃないかな、なんて物騒な事は思っても口には出さない。


 魔術士としてお払い箱になったらなったで、今度は女としての務めがある。アレだ、子孫を残す事。子供を授かって、育てる事が次のお役目、って言われるんだろうねぇ……もう二十歳も半ばも過ぎたおばさんですが。


 十年経った私を見て、家族はなんと言うだろうか。やっぱりロクスさんみたく怒るかな。それとも私の話を信じてくれるだろうか、嘘だけど。


「それでは行きましょう」


 先輩に促されて、のろのろと歩く。


 唯一雲海に建っているこの神殿。移動は魔法陣が描かれている地上に一旦出なければならない。


 ああ、どうしよう。ちょっと億劫になってきた……けれども、まあ、仕方ないよね。


 家には帰らなければ。他に帰る場所もないし……ね。それにあの二人の事もある。とりあえずの任務は終わった。残りの人生をあの二人に捧げるのも悪くない。そして向こうの世界に、一緒に、戻っても……良いし、ね。


 まあともかく、さあ帰ろう。



 ちょびっとだけ変更しました! 話の大筋には関係ありませんが、設定的には重要だったり……。げふん。


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