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 3

「ともかく、その変な人を見つければいいのね」

 うきうきとした調子で広瀬が言った。


 山崎に見惚れていたオレははっとして、大きく首を振る。


 見つからなくて結構だ。むしろやめてくれ。


 そう意味を込めてオレは強く首を振ったのだが、無論広瀬に通じるはずがない。


「遠慮しなくていいわよ、水臭いわね。あたしとあんたの仲じゃない!」


 どんな仲だ。


「それにあたしも興味あるしね、その変な人。瑠璃も興味あるみたいだし、変な人が言う異世界ってやつ。だからいいでしょ?」


 山崎を出されるとオレは強く言えない……できれば一緒に居たいから。


「……どんな人なの?」


 遠慮がちにだが聞いてくる山崎。そんな山崎を、無下に断れるはずがなねぇだろ!?


「……あー、黒髪の女で、背はお前らよりも高いな。服装は黒のジャケットにジーパン」


 中身はともかく広瀬も、当然山崎も華奢で可愛らしい。少しでも力を入れればぽきりと折れそうな程に。何度ぶっ飛ばしてもケロリとしていそうな、あの女とは大違いだ。


「他に持ち物は? カバンとか」


「持ってなかったな」


「髪型は?」


「短かった」


「名前とか……」


「知らん」


 記憶力のいいオレはしっかり女の名前、エレンフリート・ファーレンハイトを記憶していたが、面倒だったからすっとぼける。


「あっそ。じゃあとにかく、あたしは向うの駅の辺りを探してみるから、あんた達は逆方向をお願い! じゃね!」


 広瀬は一方的に告げると、駅の方へと走って行った。残されたオレと山崎は茫然と広瀬が走り行く背を見送り――


「……私達も行こっか」


「……ああ」


 山崎に促され、とりあえず歩き出す。


 ……くそ、山崎に主導権を握られちまうとは情けない。折角の二人きりなのにカッコわりぃ……まてよ、二人きり?


 二人きり。


 突然の恋愛ワードの出現にオレの心臓は大きく跳ねた。


 よく周りを見回せばもうすっかり薄暗く。街灯がともりいい雰囲気だ。


 鈍感で空気の読めない広瀬だが、この状況を作り出してくれた事は感謝しよう。


「……ねぇ、その、谷崎君はどうなの?」


 俯きながらオレに尋ねる山崎は超可愛い。なにやってても可愛いな、畜生。


「……何が?」


 声が嬉しさのあまり上ずってしまわないよう、腹に力を込めて短く聞き返す。


「ええと……だから、そのさっき言ってたこと」


 異世界云々の話か。


「どうって……」


 オレは言葉に詰まる。


 異世界に行きたいか。


 そりゃあ行きたい。とても行きたい。子供の頃からずっと憧れてきた事だ。


 しかしそれは……


「やっぱり怪しいよね、分かってはいるんだけど……なんていうか、谷崎君の話聞いてるとホントに行けちゃう気がしてきて……バカだよね、私って。そんなはずないのに」


 オレは否定も出来ずに押し黙った。


 何故ならオレも同じ気持ちだから。だがオレは山崎もよりもずっと分かっている。


 異世界なんて行けるはずない。


 そんなもの在りはしない。


 いつからだろうか、そうはっきり理解したのは。覚えてねぇけど、まあ中学くらいか? あの頃ってヤツは世間で中二病とか言うくらい、なんつーか夢と現実の区別が曖昧だった。自分の中で、だが。


 目に見える世界は狭く、しかし本当の、目に見えない世界は果てしなく広い。目に見えない世界っていうのには勿論、異世界はばっちり入る。


 ガキの頃の世界はすっげー狭い。


 家と学校。その二つしかないのが普通じゃなかろうか。だから狭いと感じる。電車で蓋駅も行けばそこは全く知らない町だろうに、そんな距離すら知らない。だからこそ極端なんだろうな、あの頃って。今思い出すとすっげー恥ずいくらいに。


「ええと、その、変な事言ってごめん。とにかくその人探さなきゃ……」


 山崎の声はとても心地良くオレに響く。ずっと聞いていたい。が、どういう訳かそれから山崎の声は途絶えた。


 横を歩く山崎に目を向けると、彼女は俯いていてその表情は良く分らない。


 しばらく沈黙が続く。


 辺りはすっかり日が落ち、闇が暗く沈みこんでいる。こんな時間に山崎と二人きり……まるで彼女を家まで送っていく彼氏みたいで少し気分がいい。


 まあ、冗談はさておき。


 あのクソ女を探し、目ぼしい場所を歩く。公園、空き地、遊歩道のベンチとか。どれも空振りだ、くそが。


「……いねぇな」


「うん」


「……行くか」


「そうだね」


 やべぇ、会話が続かねぇ。いつまでも付き合わせるのも悪いし、ここらで切り上げたい所だが、そのタイミングがつかめない。さてどうしたもんか、オレとしてはずっとこのまま居たい所だが、それは無理な話だ。


「あら本当」


 広瀬の声がした。


 二人きりが終わる時が来た。残念なはずなのに、オレはどこかでほっとしていた。


「すごいじゃないエレンてば。どんぴしゃね!」


 お前もか、広瀬。


 いつの間に自己紹介してんだお前ら。


「お誉めにあずかり至極光栄でございます」


「厭味ったらしい言い方ね」


 全くだ。


「はいはい、申し訳ありませんね」


「やっぱり厭味ったらしいわ」


 二人はどういう訳か、仲良くオレ達の前に現れた。


 あのクソ女は更に何故か服を着替えていた。黒のつばのある帽子に赤のチェックのロングコート、その下には白のロングスカートのようなもの。ようなもの、といったのはあれだ。その白い服はスカートというよりローブの裾のようなものにオレの目には見えたから。赤のチェックコートはアレか、コスプレを隠すためか。確かにアキバならともかく、こんな住宅街でコスプレやってたら引くわな。


「……君のお父様に会いましたよ、相変わらず変な人ですね」


 否定はできねぇが、他人に言われるとイラっとするな。


 女は微妙な笑みを浮かべながら言った。


 何かを諦め我慢し、だが笑みを浮かべる事でそれらからさらりと流している、そんな笑み。


「なんだ知り合いなんじゃん、二人とも。知らない変な人って、あんたひどいわねー」


「知らねぇな、こんな女は」


「女の人に向かってその口のきき方はないでしょ、あんたって本当にさいてー」


 くぅ、広瀬の奴こそ何様だ!? てめぇこそ関係ねぇだろ、すっ込んでろ!! と、言いたい所だが、山崎がいる。


 そんな威勢のいいこと言って、怯えられたらオレは明日を迎えられない。確かに口が悪い所はあるが、オレはそんなに不良じゃない。どちらかというと無口な方なのだ。


「まあ、ともかくそういう訳で」


「待て、どういう訳だ」


 女は一歩、オレ達の方に踏み出した。


 先程の事もある。オレはクソ女の影を警戒しつつ、山崎の手を引き一歩下がった。


 女はにこりと微笑み、言った。


「君のお父様に会えて良かった。おかげで吹っ切れました。都合の良い事を言っているのは君だけでないと、気づかせてもらいました」


 自分で言う通り、なにか吹っ切れたいい顔をしている。あの親父め、何吹き込みやがった!?


「挨拶を済ませておけとか、確かに都合良すぎですよね。覚悟が足りないのは私の方でした……いやはや」


 実に芝居くさく女は肩をすくめて見せた。


 本当にイラッとする女だ。


「てめぇ、さっきから何をごちゃごちゃと――」


「三流以下のやられ役みたいな台詞ですね、器の大きさがしれますよ」


「なんだと!?」


 かちんときてオレは女に詰め寄ろうとした。


 が、


「!?」


 すっと鼻先に突き出される、鋭利ななにか。


 なにかとしか言いようがない。


 それは形状だけ見るとハルバードによく似ている。しかし儀礼用なのか緑の宝玉が真ん中にあり、信じられない事にその宝玉は何の支えもなく宙に浮かんでいた。半円形状の長短二つの刃が宝玉を囲い、柄は赤銅色。かなりのファンタジー武器だ。


 こんな物騒なモノ、今までどこに隠してた!? 全く気づかなかったぜ……。


「ちょっとエレン!?」


「あ……」


「騒がないで」 


 騒ぐわ!


 女はぴしゃりと言い放つが、それは無理な相談だ。なんていったって刃物を突きつけられているのだ。騒がない方がおかしい。


 二人とも、もっと騒げ。騒いで誰かこの状況をどうにかしてくれ!


「すぐに終わりますから、ご心配なく」


 なにが?


 口に出さなくとも女は分かっているらしい。


「今から行きますよ、異世界。準備はばっちりです」


 ああ!?



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