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「あっはっはっはっは!」


 女は笑った。


 なにがおかしいのか、げらげら笑っている。腹に手をあて、身体を折り曲げて笑っている。


 むかつく女だ。


 腹筋の力で起き上がり、立ち上がってカバンを拾い、女を睨みつける。


「なに笑ってやがる! オレは――」


「失礼失礼、君があまりにも簡単に自分の言葉を覆すものだから、つい」


 オレの言葉を遮り、女は尚も笑いながら言った。


「まあ君の気持ちも分かりますよ。こんな平和な地域ですものね。いきなり家族とお別れを、なんて言われてもピンとこないでしょう。本当、広い世界ですよねこちらは。あちこち戦争していればここみたいに戦争なんか昔話になっている地域もある……本当、広い世界だ」


 最後の方は笑ってなかった。またあの神妙な顔になっているが、それも一瞬のこと。再びあの人を小馬鹿にした笑みを浮かべると、くるりと踵を返した。


「まあ戯れ言はさておき、早く行きますよ。夜にはもう準備を始めなければなりませんから、せめてご家族にだけでも……」


「ちょっ、待て! オレはまだっ!」


 不思議なことに女が歩けばオレの身体も引っ張られた。


 よく見るとその黒いものは女の足下から伸びていて、更に女には影がなかった。


「!!??」


 化け物!


 声にならない叫び声をオレは上げていた。


「? ああ、これですか?」


 硬直したオレを不審に思ったらしい女は振り返り、オレの顔を、視線の先を辿って理解したらしい。面倒くさげに説明してくれた。


「これはマグニっていう、……そうですね、超能力っていうんでしょうか、私達の世界では強弱はありますが誰でも持っているものですよ。色々なマグニがあって、空を飛んだり炎や水を操ったり、まあ色々です。私のマグニはご覧の通り影を操ること。こういう風にね」


 ぐぐぅっと、黒いものは更にオレの腰を締め付けた。


「分かったからやめろ! いてぇだろ!」


「では大人しくついて来てください。私も無理矢理は趣味じゃないんで」


 女は真っ直ぐにオレの家を目指した。


 オレは力一杯抵抗したが、無駄だった。信じられない程の怪力だ。


 カバンを振りまして逃げようとも考えたが、結構な重量があるカバンは凶器でもある。もし当たり所が悪ければオレは犯罪者となってしまう。が、オレの家にこのままこの女と行くのも困ったもんだ……と考えている内にオレは家の前まで連れてこられてしまった。

 


 ぴんぽーん



 必死の抵抗も虚しく、オレの家のチャイムは鳴らされた。


「はーい」


 母さんの声だ。


 やめろ出ないでくれ。


 出たら最後、こんな頭のおかしい奴に何をされるか、分かったもんじゃねぇ。


 だが無情にも扉は開けられ、エプロン姿の母さんが柔らかな笑みをもって来客を迎える。


「はぁ~い、どちら様で――あら拓ちゃんじゃない。どうしたのチャイムなんか他人行儀に慣らしちゃって。お母さん夕飯の支度してたのにお客さんだと思って慌てて来たっちゃじゃない。もう勝手に入って来なさいよね、特に女の子を連れ込むならそっとね、そっと。あのどきどきわくわく感が楽しいんだから。お母さん、若い頃思い出すわぁ~」


 頼む、もう喋らないでくれ。


 オレの頭は自然と下がる。


「……どうも、突然お邪魔いたします、私エレンフリート・ファーレンハイトと申しまして、この度少し……いえ、もしかしたら彼の一生を預かる事になりまして、せめてものご挨拶に参りました」


 女は深々と頭を下げた。


 オレの時と大違いで、セリフそのものは軽いが態度はそのものは真剣だ。マジだ。その態度の違いはなんだと聞きたい。


「はあ……」


 当然ながら母さんはぽかんとした。


 そりゃそうだ。いきなり身知らずの女にこんな突飛もないことを言われたって、理解できるはずがない。


 ただ、うちの母親は適当な人だった。くそ真面目な父親と違い、それはもう適当な人だった。


「ええと、つまりうちの拓馬をお婿さんに貰いたい、ってことですか?」


「どこをどう聞いたらそうなんだよこのクソっ――」


 恥ずかしさも手伝い、くそばばぁと罵ろうとした時、ぎゅっと女の影がオレの腰を締め付けた。


「!!」


「君は本当に口汚いですよ……品格が問われますよ」


 女は非常に冷ややかな目でオレを見ていた。


「本当、お恥ずかしいですわ」


 母さんも女の言葉に肯きやがった。


 つーか母さんも母さんだ。オレのこの状態が見えてねぇのか!? 犯罪じゃね、この女がやってる事は!? 


「まぁまぁ立ち話もなんですから、どうぞお入り下さい。主人ももうすぐ帰ってきますから、難しいお話はそこでどうかしら。それにしても最近の若い人は結婚が遅くなってるなんていうけれど、そうでもないのねぇ。いえね、あたしも主人と付き合いだしたのは今の拓ちゃんよりも若い頃だったからお付き合い自体は反対じゃないんだけど、結婚となると話が別でしょう? お互いの家の事もありますし、それにうちの愚息はまだまだ子供だし、経済的な事とか……そういえばエレンさんのご職業は? 何をなさっているの? この子とはどこで?」


 エレンさんときたか。


 つーか家の中へどうぞ、って言いながら玄関先で話し込んでんじゃねぇ! おまけに誰と誰が結婚だって!? それにこんな妖しい奴を家の中にそう簡単に入れてるんじゃねぇ!!!


 言いたい事はたくさんあった。突っ込みたい事も山程あった。現在進行形であふれ出す。しかしオレの口は動かない。どうしてかって? 経験で分かっているからだ。口を開けばその何倍もの量が返ってくる事を。


 だからオレは大人しく母さんを押しのけ、家に入る。


 家に入ると同時に腰の圧迫感は消えた。


 さっと振り返り、女の足下に目を走らせると女の影はちゃんと女の足下にあった。


 チャンス!


 女はまだ家の中には入ってきていない。すぐさま扉を閉めれば女を家の中に入れずに済む。


 母さんの無駄口に圧倒されたのか、曖昧な笑みを浮かべたまま動かない女。


 オレは行動に移す。

 


 がん



 硬い衝撃音。力一杯扉を閉めたから、勢いつけすぎて逆に手が痛い。


 だがへんな女を家に入れずに済んだと、安心したのもつかの間。


「こら拓馬! 何やってるのよあんたは!? 泣きそうになってる女の子に向かって、あんたは何をしているの!!?? あたしは恥ずかしいわ、親として人として恥ずかしい! 早く開けなさい!!」


 母さんがマジ切れした。


 いつもは拓ちゃんv お母さんはねぇ、なんて言いやがるくせして、名前呼びあんた呼ばわり。


 正直びびった。


 母さんのマジ切れなんぞいつぶりか。


 オレは扉を閉めたまま戻る事ができずに固まる。


 身体ばかりでかくなっても小さい頃に培われたトラウマは一生きえない。


 オレは一度は勢い良く閉めた扉を、もう一度のろのろと開ける。


 だがそこには誰の姿もなかった。


「ぼうっとしてない!」


 母さんの叱責に急かされて飛び出す。


 扉を閉めてから数分も経っていない筈だった。なのに女の姿はどこにも見えない。足の速い女だ……いや、ハナから全部いたずらだったんだろう。だからこんなにも逃げ足が早い。


 そう考えてオレは家の中に戻る。しかし母さんは全くそうは思っていない。


「何帰ってきてるの、このバカ息子! 早く追いかけなさい! あの人を一人にさせちゃだめ! 泣いてるかもしれないでしょ!? あんた女の子を泣かしてもいいと思ってんの!!??」


 女の子って年でもねぇだろあの女。


 泣いてても別にどうでもいいし……。


 母さんの言葉には異議ありまくりだが、この状態の母さんには勝てない。大人しくオレは女を捜す事にした。


「いいこと、ちゃんとあの子を連れて帰って来るのよ!? それでちゃんと謝ること! いいわね!?」


「へいへい」


「返事は一回!」


「へ~い」


 くそ、普段は適当な母さんだがこうなったら頑固だ。適当に辺りを探してきて居なかったじゃ満足しない。何時間かは探したフリをしなければ納得しないだろう。


 面倒くせぇ。


 とりあえずオレは家を出る。


 女の行きそうな所など見当もつかないが、とりあえず一回りしてみるか。それで居なければ本屋で立ち読みでもして時間を潰そう。とにかく今は時間を潰す事が大事だ。


「谷崎じゃん、どったのこんな所で?」


「あ?」


 聞き慣れた声に振り向けば。


「ガラ悪ぅ、そんなんだからみんな怖がっちゃうんだよ」


「……こんにちわ、谷崎君」


 近所に住む幼なじみの広瀬とその友人の山崎が居た。先に声をかけてきたショートカットの女が広瀬で、セミロングの清楚な美少女が山崎だ。


 はにかみながらオレに挨拶する山崎は可愛い。根暗だの地味だの言われてる山崎だが、オレから見ると可憐で儚げで、まともに見るのもつらい。


「どっか行くの?」


「まあ、ちょっとな」


「ちょっと何? おつかい?」


「違う」


「じゃあ何よ?」


「……」


「言えない事?」


「理枝ちゃんてば……」


 広瀬は相変わらず面倒な奴だ。人には言いたくない事情が一つや二つあるのを、どうして察せない?


 それに比べて山崎は……困っている姿も可愛いな。オレと広瀬が睨み合う形となり、その間でオロオロしているのがとても可愛い。


 もしオレがここで「いやぁ、実は見知らぬ女が異世界行かない?って言われてさぁ、そのイカれた女を今から探しに行くところなんだ!」って答えたら二人はどんな反応をするんだろうか。少しばかり興味があるが……やめておこう。明日の学校でなんと言われるか。


「まあそんなとこだ、だからもう邪魔すんなよ」


「い・や・よ! 言えない事って何よ、余計気になるじゃないの、ねー瑠璃ちゃん」


「……うん」


 くっそー、恥ずかしげに俯いて肯くとは可愛いじゃねぇかこんちくしょう!


 だから、ついオレの口が滑り余計な事を言ってしまったのは全て山崎の可愛さの所為だ。可愛さとは罪だぜ、全く。


「……異世界に行きたいか、って言われたらお前らどう思う?」


「はあ?」


「……」


 広瀬は遠慮無く素っ頓狂な声を上げ、山崎は変な声を上げこそはしなかったが、驚いた顔でオレを見た。


「あんた、頭大丈夫?」


「事実なんだからしょうがねぇだろ」


 ふて腐れて言うとますます広瀬はこいつ大丈夫か、みたいな顔をしやがった。聞いといて失礼な奴だな、本当に。


「私は……ちょっと行きたいかな、異世界」  


 山崎ははにかみながら答えた。


「え?」


「……」


 広瀬は変な声を上げ、オレは言葉もなく見惚れた。


「もし行けるなら……私は行ってみたいな、異世界」


 まさしく花が開いたような、そんな笑顔で山崎は言った。


誤字訂正とセリフちょこっと訂正~ 10/11/22

人のセリフって難しい……おまけに私書き言葉ではそんなに無いですが、しゃべりはかなりなまってますからねぇ……セリフがなまってて意味が分からない場合は是非お問い合わせを。

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