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「勇者殿」

 気づくと、目の前にはギルベルトのどアップ。

「へ、うあっ」

 思わず飛び退く。下は、妙な弾力のある、真っ青な、海。

「は、なんだここは!!!???」

 足下おぼつかなくバランスを崩して、無様にこける。

「あっはっはっは、勇者様ってば慌てすぎですよ☆ さっきまで平気な顔してたのに、おっかしいの!」


アスティに笑われる。

 いや、それはアーサーであって俺じゃなくて、って俺、身体戻ってる!? 

 山崎は!? なんかぐったりしてるぞ!? アスティもなんでここに? ここは何処だよ!?


「意地悪言わないの、アスティ。貴方だって分かってるでしょ、さっきまで勇者様の中にいたのは前の勇者様だって事」

「ああ、普通地面が無かったら、驚くよな」

「時間がない。このままでは落下して、箱庭は壊れる」

「ど、どうなってるんだ?」

「落ちている。このままでは、空中分解する」

「正確には、落ちる衝撃に耐えれる程に、大地の丈夫さを民達は信じ切れてないのです。ですから、徐々に分解してまい、」

「つまりですねー、」

 くるくるターン。

 アスティはぴたっと踊りを止めた。

 歌は止まらない。しかし曲調は遅くなる。

「不安な心が、この大地を柔らかく脆くしてしまうのです。ですから不安を取り除き、世界を強くするのです! 勇者様のお言葉で!!」

「はああ?」

「簡単な事です! 私のマグナは私が踊っている間、私が届けたい声が良く届くいうもの。まさに!! 神の声を届ける巫女に相応しいマグナなんです!!!」

 アスティは胸をはった。

 何故踊っている間だけなんだ、と、気になる。

「アスティの踊りにあわせて、君の声を届ける」

「さあ、張り切って行きましょう!」

 何故か、アスティは俺の手を取った。

「は、いや、俺は踊れないぞ!?」

「ダメでーす! 私のマグナは一緒に踊らないとダメなのです! だから、ほら、行きますよ?」

「いやいや、無理だ――」

「勇者殿、これからは僕の言う事だけを口にするように。彼女のマグナは手を繋ぐだけでも十分だから、傍で歩いてるだけで良いから、落ち着いて」

 分かった、と、言いかけて、頷く。余計な事は言わない。

「さっすがリーダー! 頼りになりますね!」

「んもう、アスティったら。茶化してないで真面目にやりなさい!」

「はいいから、始めるよ」

 アスベルは目に見えてしゅんとした。

 少し可哀想だが、ああいう空回りするヤツって居るよな……やばい、気まずい。俺の事じゃないのに、気まずい。

「あははは、怒られてやんの」

「……」

 アスティは笑い、アスベルはむっと口を結んだまま見る。というか、睨む。

 気まずくて見てられなくて、顔を上げた。

 そこには。

 神殿の底の天井、真っ白なタイルを背に、体育座りするように身体を閉じたまま浮かぶクソ女が居た。

 腹の辺りから、金色に光る、頭の大きさぐらい太い鎖が数本でており、クソ女の身体を何重か巻き、つなぎ止めるかのように天井や、他の島へと伸びている。

 ……何やってんだ、あいつ。

 ずっと、見ていた気がするが、忘れてしまった。

「はい! 始めますよ、勇者様! ここからはよそ見は厳禁ですよ」

 強く手を引かれる。

 小さな手だが、暖かい。熱いくらいに。

 誰かが演奏していた曲と、歌が止んだ。

「――民達よ」

 淡々としたギルベルトの声。

 仮にも妹があんな状態なのに、ギルベルトは変わらない。冷たいヤツだ。

「たみ、達よ」

 慌てて続ける。

 慌てふためく俺を、アスティはくすりと笑った。

 苛つくが、声を荒げる場合ではない。

「私は、」

 「わたしは」

「召喚された勇者の生まれ変わりだ」

 「召喚された勇者の生まれ変わりだ」

「女神アガスティアが」

 「女神アガスティアが」

「今日この日の為に、召喚された」

 「今日この日の為に、召喚された」

 本当は、違う。

 意味はない。生まれ変わりでものない。ただの他人のそら似だ。

 だがしかし、俺はここに居る。

 ここで勇者だと名乗って、人々を勇気づけている。

 悪い事ではない、と、思う。

 このままでは世界は沈むのだし? 俺だって、誰だって死にたくはないだろう。

 だがしかし。

 アガスティア。

 彼女は死んでしまった。

 満足して、彼女は逝った。



「やり返されてしまったね」

 最初誰が何の事を言っているのか、ましてや俺に対して言っているのか。どれも、何も分からずに、俺はただ声がした方を向いた。

 地上の神殿。

 俺たちが最初にこの世界に来た時に、降り立った場所だ。

 他の奴らは離れた所で、これからの事を話し合っている。街から神官が何人か合流し、人数は増えた。

 異世界アガスティア。

 アガスティアは、異世界ではなかった。ただ島が浮遊していただけだった。いや、十分とんでもない事だが、異世界ではなかった。

 アガスティアは今や海に落ち、俺の世界に現れている。

「僕と同じように、彼女の記憶は保管されていたはずだけど、彼女が自分で消したんだろうね、無かったよ」

「そう、か」

「僕とアガスティアはね、研究者であり研究対象だったんだ」

 ぽつりぽつりと、山崎は、いや、山崎の中にいるカイルは続ける。

 俺なんかに話すより、ギルベルトに話してやる方が喜ぶんじゃないだろうか。

 そう思ったが、呼んでやる気にも、カイルの話を止める気にもなれず、俺はただ聞いていた。

「僕達の世界ではね、魔導が全てを管理していた。でも魔導もまだまだ分からない事だらけで、ずっと研究されていた。マナとは何か、何故文字にマナを載せる事が可能なのか、最も効率的な文字の配列だとか」

 マナとは、魔力みたいなものなんだろう。

 不思議な力の源。

 クソ女を眺めながら、考える。

 クソ女は、鎖に繋がれている。神殿の床にぽっかり穴が開き、その穴の真ん中辺りで、光る鎖に繋がれている。

 穴の下は海だ。穴は深く、数メートルはあるが、潮くさい。そして揺れている。気持ち悪いが、他の島を浮かす為に、この神殿だけは海と接しなければならないらしい。

 カイルがそう言っていた。

「毎日繰り返しだった。僕は、それに飽きたんだ。贅沢なのは分かっている。最低な事も分かっている。僕は与えられた仕事が、出来なくなったんだ。だから廃棄されても仕方なかった。何度廃棄されても、思考を制御されても。僕は、結局同じ所にたどり着く」

 恨み言なのか、愚痴なのか。

 とりとめないカイルの言葉。

 止める気にもなじる気もなれず、ただ聞いている。

「僕はね、機械だった。優秀な遺伝子で組み立てられた、機械。記憶は眠る前に保存して、壊れたらその記憶を新しい身体に刻む。その繰り返しで、僕はずっと続けてきた。世界も同じだよ、同じ事の繰り返し。そこに、君が現れた」

 それは俺じゃ無い。アーサーだ。だが、否定するのも面倒だったので、頷く。

「そうか」

「そうなんだ。君が現れた。君はね、君自身は何でも無い、ただの普通の子供だったんだけど、君の存在は、魔導で全てを管理していたあの場所では、あり得なかった。生まれる筈がないんだよ、全ては魔導で管理していたから。ここもそうなんだけどね」

「そうか」

「後で案内するよ。管理していたアガスティアが居なくなったから、あそこも放っておくと腐ってしまう。勿体ないし、可哀想だからね」

 腐るって、生物? 植物? ガーデニングか? そんな物は、一切無かったが。

 いや、それよりもだ。

「なあ、山崎はどうなったんだ?」

 ずっとカイルが喋っている。

「ああ、彼女ね」

 カイルは笑った。疲れがにじみ出ている、アンニョイという感じだ、髪をかき上げる仕草がセクシーだ。

「彼女、僕の記憶や知識が気に入ったみたいでね。ずっと僕の中で読んでる。しばらくは出てこないんじゃないかな、僕の呼び出しもずっと無視されてるし」

「お前が、乗っ取ってるんじゃ、ないんだな?」

「ははっ」

 カイルは笑う。

 山崎の綺麗な顔で。

「そうじゃいけど、乗っ取ってないって、言葉だけで信じてくれるのかい?」

「信じる。俺はお前を信じる」

「アーサーが、そう言ってるのかい?」

「いや……なんか、あいつも消えたぞ? 声が聞こえなくなった」

「そう……まあ、アガスティアが消えちゃったからね。気が抜けたのかもね。アガスティアもアーサーに会えて、気が済んだみたいに消えちゃったし……後始末を押しつけられて、僕ってば可哀想」

 いやいやいや。

 茶化して笑うカイル。二人の友人が消えて、確かに可哀想だ。残されたのは事実だ。だが、お前がそれを言うのか。

「先に押しつけて、居なくなったのはお前だろ!」

「そうだよ。あの時も今も、間違った事だとは思わない。どうせ僕の記憶は保存されているし、必要があれば取り出せば良かった」

 だがアーサーもアガスティアも、それはしなかった。

 何故か。

「記憶を身体に刻むには、相性があるからね。勇者殿も言っていただろう?」

 ギルベルトが、当然のように言った。

 向こうでの話は終わったのか。

 見れば、皆がこちらを見ている。

「記憶を刻むには、その記憶にあった肉体を新しく作らなければならない。その技術が無いのか、作りたくなかったのか……いや、技術がない筈が無い。ボクらを作っていたのは女神だ、そういう施設があるはずだよ。そうだろう、神官達」

 こほん。

 わざとらしく、女の神官が大きな咳をした。金髪の、三つ編みの女性だ。木の杖を持っている。

 ずいっと、ギルベルトに近づく。

「まあまあ、積もる話は尽きませんけれど、いい加減に、休憩にしませんか?」

 にこやかな笑顔だが、有無を言わせない圧を感じる。

「いや、早くはっきりさせないと」

「今更」

 三つ編みの女性の声は、平坦だ。にこにこと笑顔のまま。

 ヒステリックに甲高くも、ドスが利いた低い声でもない。平静そのものだ。

 だが、そこには口を挟めない確かな圧があった。

「今更、早く決めようとした所で変わりませんよ。むしろ纏まる物も纏まりません。それよりも現状確認でしょう? わたし、貴方に言いたい事が沢山あります。聞きたい事も沢山」

「先ほどから、説明しているだろう?」

「女神様が消えた、勇者様も眠った、とだけでは、説明になりません。それにエレンの事も。あの子をそのままにしておくつもりですか?」

「楔になったからね、現状エレンを外すと、島が崩壊する危険性がある」

「だからあのままに?」

「必要な事だ」

「貴方はっ!」

 初めて、女性は声を荒げた。一瞬眉がきりりとつり上がり、険しい顔になる。だが、一瞬だ。直ぐに眉は下がった。

「……いいです、もう、いいです。とりあえず、休憩にしましょう。島の結界も消えてますし、早く張り直さないとまずいでしょう。手伝って下さい」

「そうだね」

 ギルベルトは頷いて、そのまま女性に引っ張られて、神官達の所へ戻っていった。

 ギルベルトが戻ると、神官達は円をつくり、杖を掲げた。

 掲げた杖の先から、色んな光る文字が一直線に紐のように出て、上空で一点に集中する。杖から出た文字は、杖先から出た時は杖と同じ太さなのに、上空へ向かうほどに、太くなっていた。

 集まった先で、文字列は交差して更に上空へと拡がりつつ、島を囲える程に拡がった所で、檻のように文字列は落ちた。

「まるで牢獄だね」

 カイルが小さく、恨めしそうに言った。

 檻はしかし、檻の内側を守る物だ。檻の外から。

 カイルは、檻から出たかったんだろう。

 俺は今は、静かな所で休みたい。色んな事があって、頭が追いつかない。

 檻の中はちょうど良い。檻の中は守られている。



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