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――バカな事を言っている自覚はある。もっと他に言う事はあるだろう、とは思う。
さっき、勇者殿がルリに向かってひどい事をしようするのが、見えた。だから飛んで、止めた。飛び方は、さっきルリがやったのを見て真似た。
それから先。
何をどうすれば良いか、さっぱり分からない。見えない。
だって私には目的がない。使命はもう終わった、新しい使命を貰う前に、女神はなんだか怒っている。導く筈の勇者は、へらへらと面白がっている。
偉い人が、混乱中。
だから、目の前の事を対処していこう。
簡単な事から、出来る事からやっていこう。そうすれば複雑に見えた事も、膨大で途方も無い量に見えた物も、終わりは来る。
必ず。
私は、下の世界で学んできた。
何事にも終わりはある。変わらない物など、無い。
「そう、いい加減にして下さい勇者……様」
全く尊敬出来ないから、様付けに抵抗を感じるが、勇者には違いない。様付けにしないと気が引ける。
「何が?」
「とぼけないで下さい。さっき、ルリにひどい事しようとしましたよね?」
「ルリじゃ無いよ、カイルだよ。カイルだから、良いんだよ」
「良くないです、死んでしまいます」
「記憶は保管されているんだろう? また次の器に移ればいいさ」
「ルリが死ぬのは駄目です」
「どうせこの世界は沈む。大した違いは出ないよ」
「ええと、」
駄目だ、頭が付いていかない。
何を言ってるか、さっぱりだ。事情を知っている人は好き勝手喋って、こっちは分からないまま情報が増えていく。しかし理解できないから、折角増えた情報もただ滑ってかみ合わない。
ツラい。
なんか、辛い。知らない所に放り出されて、滅茶苦茶心細い感じ。おかしいな、故郷に帰ってきた筈なのに。とても。とてもあそこに帰りたい。この空の下のあの場所へ。
「じゃあ、どうせ沈むなら、今壊しても良いですか?」
ただ思う。
それが力になる。
なんて、私は知らなかった。知らなかったけれど、それはかみ合ってしまった。
かちり。
かみ合った音/ひびが入った音
瞬間に解けていく感覚。まぶしくて目を閉じた、と思う。身体の感覚が、身体が離れていく感じ。ばらばらはらはらと裂かれて、消えていく、私。わたし――――駄目だ、私は帰る。私は帰って、あの子達も一緒に帰る!!!
帰らないと。
そう、帰らないと。帰るんだ。
帰りたい場所がある。ここじゃ無い、あの人の元。お別れは一応済ませたから義理は果たしているけれど、帰りたい。
ここには、居たくない。
「――呆気ないものね」
声が聞こえる。
女神の声だ。
「そう、だね。これで終わりって、呆気なさ過ぎて腹立たしい」
ルリの声。
夢の中のように、私は私の身体を外から眺めている、感覚。実際は分からない、感じるのは闇だけ。目を閉じているのか、真っ暗な何処か、なのか。
声だけは良く聞こえた。
「おまけに、私たち以外の人が終わらすなんてね。私は、あなた達のどちらかがやるかと思ってた」
「やらせたい、の間違いだろう?」
「同じく」
「自滅するぐらいなら、貴方は手を下すと思っていたわ」
「そうだね、まあ、折角来たんだからね。何かして消えたいよね、どうせなら」
「作って壊すって……贅沢ね」
「天才魔術師だからね」
女神は小さく笑った。
声は聞こえないけど、分かった。暖かいものが、振るえてながら伝わってくる。不思議な感覚。
ここは、何処なんだろう……。
「さて、久しぶりに会ったから思い出話が尽きなくて名残惜しいけど、礎がそろそろ消えそうだよ。流石にこれ以上は持たないかも」
「また、君が加われば少しは持つさ」
「はは、意地悪言わないでくれ。僕はもう死んでるし、入った所でたかがしれてる。それに、この子を巻き込む訳にはいかないよ」
「この子は良いの?」
「礎になってしまったから、仕方ないさ。願ったのはこの子自身だ、仕方ない」
「君が、それを言うのか」
「僕だから、かな。僕ぐらい仕方ないって言うの、似合う人間はいないんじゃ無い? この子は魔術師でもあるし、遠い弟子みたいなものだ。魔術師なら、意味ある存在になれるのは幸せな事だよ」
「私の世界では、この世界では、皆意味あるの。私がそう創っているわ」
「流石女神様。言う事が大きいね」
「皆が従っている訳じゃ無いだろ、黒い島の連中だっている」
「あれは必要悪よ! どうしてもなんか、出ちゃうの! なんか神官の中にも協力する子はでるし、気づけば増えてるし! 私だってずっと見てられないわ! ちょっと寝る事だってあるの!」
「あれって、なんでだろうね。いや、思想だけじゃなくてさ、この子もそうだけど、管理してる筈なのに生まれてくるまで分からない所あるよね。全然無かったり、大きすぎたり。思想だってそう。攻撃性や暴力性が高いのは排除してるのに、生まれてくるよね。そういう因子は解明されて、排除され続けてるに」
「だから黒い島の連中も、ごっご遊びで満足できるんだろう」
「ごっこ遊びとは、手厳しいね」
「遊びじゃないか。殺したり殺されたり、危ない事は無し」
「当たり前でしょう、私の子供達だもの」
「皆、管理されて生まれてくるからね。禁忌を侵す事は無い……あの子は、違ったみたいだけど」
「本当に。与えられた使命に逆らうなんて、信じられない」
「君達の術も、完璧じゃなかったんだ。いい気味だ」
「なんでいい気味なのよ」
「君、そんなに捻くれてたっけ?」
「そうよ、あの頃はまっすぐ頼りなげで可愛かったのに!」
「あはは。カイル、君のおかげだよ。君のおかげで吹っ切れた」
「僕の?」
「ああ……そうね、カイルのよ。思い出したわ」
「何故?」
「君が、炉に入ったからだよ。俺はね、めでたしめでたしで終わると思ってたんだ。悪い奴らを倒して、新天地を創って、少しの犠牲と明るい未来」
「未来を創る為だ」
「俺が欲しかった未来じゃ無い!」
「何もしなかったのは、貴方の方じゃ無い」
「それは、」
「はい、時間切れ~。悪いけど協力して貰うよ。下に落ちる時、結界を張らないと大惨事だ。上手く海に落ちるよう、調整しないと」
「は、」
「分かってるわよ、偉そうに言わないで!」
「じゃあさっさと手を動かしてよ。はらはらするじゃないか」
「ふーんだ、ちょっとは焦れば良いのよ」
「焦ってるよ。無様に地上に落下だなんて、ひどい結末だ。僕はそんな終わりは許さないからね」
「貴方の許可なんて、要らないわ。むしろいい気味なのよ。ね、アーサー?」
「……そうだな。いい気味だ」
「でもわたくしは女神なので、子供達を救います。それでね、わたくしの事、覚えていてね。覚えて、たまには思い出話をして頂戴ね。そう考えると、悪くない気分だから」
「アガスティア、君は――」
「君を忘れた事は、何時だって無いさ。太陽をみれば君を思い出すし、小鳥のさえずりでは君の笑い声を思い出す」
「まあカイルったらどうしたの? 貴方、そんな詩的だったかしら」
「この身体の主がね、ロマンティストなんだ。彼女は君にいたく感動している。信者を増やしたね」
「嫌みな言い方! カイルらしいけど!」
「あははは」