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 化け物。

 そう呼ばれた事はなかったけれど、他の人と距離を感じる事はあった。

 いや、そもそも自分と他人は違うのは当然の事で、他人を理解できることなんてないし、分かったつもりで全く分かってないことなんて、ざらだ。他人を理解できるなんて幻想だし、他人の存在すらも虚構だろう。

 だから。

 目の前で女性が泣きながら霧散しても、驚かない。

 驚いてたまるか。

 きっとあれは……演出だ。イリュージョンだ。前にテレビで見たことがある。プリンセスなんとか。可愛い女の人があっという間に消えて、舞台から遠い所に瞬く間に現れる。そんな魔術ですら不可能な演出を、かの女性は軽々と、微笑みながらやってのけた。

 だから、きっと、そう。

 あの女性にできたのだから、我らが女神に出来ないはずがないっ!!!……泣くのは、止めてほしいけど。

 溜息一つ。

 私は落下し続ける中で、バランスを取り続ける。

 女神が消え、勇者殿が電話を取った瞬間、部屋は消えた。勇者殿と一緒に。用は済んだとばかりに、唐突に、呆気なく。

 足元が消え、空中に投げ出され、凄まじい速度で私は落下する。

 びりびりと、風が耳を裂くようで、頭痛い。あれだ、前見た映画だと、宇宙から地球に戻る時、大気圏突入というのが、最大の見せ場だった。

 真っ黒な空間から、徐々に明るく青い海に突入していく様。機体はどんどん摩擦熱か、赤く熱くなり、炎よりも熱く燃えて星のように光り輝く。

 しかしその輝きは死の輝きだ。

機体の中も高温になり、機体に取り残された人々はもだえ苦しむ……まあ、赤く輝ける程の高さだとは思わないけれど。

「……」

 魔術に、発声は必要ない。ただ陣を描き続けるだけ。

 指先に魔力を込め、ひたすら書く。兄さんの翼はとうに消えている、もう魔術しかない。

 空を飛ぶ魔術? 風を起こせば良いのか? ともかく落下速度を下げなければ。このままじゃ地面に激突――の前に、いや、横? 雲の中へ入ってしまった。

 真っ白。一面真っ白で、息が詰まる。呼吸はできるはずなのに、息苦しい。しかし過ぎてみれば一瞬だ。

 白が終わると、次は青だった。雲を突き抜けると同時に、落下は止まった。なにか、柔らかい膜のようなものの上に落ちた。 

 ぼよよんと何度かはねて、私は俯せのまま下を見た。

 真っ青な、海。

 母なる海、と向こうの世界ではいわれるもの。

 地は全て雲で覆われている私の世界には、無いものだと思っていた。

 けれど違っていた。

 海はあった。

 最初から、あったんだ。

 海に浮かぶ大陸と小島が見える。見覚えのある形だ。あれは、勇者殿の居た国の島に似ている……いや、そのものなのだろう。

 この世界は、あの世界から切り離された一部だったのだ。

 異世界では、なかった。

 女神が、おそらくは古の魔術師達が作った箱庭の世界。

 それがここ。

 何故この世界を作ったかは、分からない。天災かなにかだろうか、女神に聞けば教えてくれるだろうか。興味がある。私の国の、本当の成り立ちに。どうして、この世界では何もかもが決められているのか。決めているのは誰なのか。どうして、決めようと思ったのか。

 聞いてみたい。ずっと一人で、何を思って過ごしてきたのか。

 勇者殿を、どうするつもりなのか。

 彼は、勇者殿であって、勇者じゃない。勇者という役割の前に一人の人間だ。

 彼は異世界に行きたいとは言ったが、元の世界から逃げ出したいとか、二度と戻るつもりは無いとか、元の世界と決別するような事は一言も言っていない。

 だから私は、リエやルリの事もあるから、折を見て三人を元の世界に返すつもりだった。

 魔力が戻れば、なんでもできると思っていたから。

 ただの驕りだけど、しかし、一度は実際に世界を超えたし。一度出来たことだから、もう一度できると、根拠も無く思っていた。

 それは今も変わらない。

 むしろ、こんな膜を隔てただけだったなんて。

 自信が沸く。

 兄さんもきっと興味を持つだろうから、協力してくれるだろう。

 兄さんの頭脳と私の魔力が合わされば、不可能はない。

 勇者様や女神様が出耒のだ、私達にだって可能なはず。

 さあ、始めよう。

 まずは、兄さんの元へと。

 あの、暗黒の島へと。



 

「ついに女神が顕現したぞ!!!」

「最終決戦だっ!!」

「おおおっ!!!」

 暗黒の島は、盛り上がっていた。

「女神が、勇者殿と共に大神殿に現れたそうだ!」

「今大神殿は混乱している、やるなら今だろう!?」

「そうだそうだ、大神殿の混乱に乗じて、念願の政権奪取を!!」

「女神の理からの解放をっ!!」

「理からの解放を!!」

「解放をっ!!!」

 誰も彼も、熱に浮かされたようだ。

 声高に騒ぎ、わめく。

 私が入り込んでも、誰も気にしない。誰も彼も熱狂的に、奥にある壇上を見つめ、叫んでいる。

 島に降りても誰も居なかった。地下へと降りる入り口は直ぐに分かった。マナが一段と濃いから。

「今こそその時だ!」

「今こそ!!」

「今こそ我らに世界を!!」

「世界を!」

「世界を!」

「世界を!」

 こっそりと様子を窺っていた筈が、気づけば私も拳を振り上げ、叫んでいた。

 腹の底が熱い。ぐらぐらと、煮えたぎるようだ。

 まるで、火にかけられた鍋底のよう。みんな一緒に、煮えたぎっている。

「世界を!!!」

 叫ぶ。

 声を腹から出せば、その分この熱い熱気の一部になれる気がした。

 一体になりたい。

 それはとても気分が良い。

 ちっぽけな独りではなくて、大きなみんな。なんて楽しいんだ。

「世界を!」

 叫んでいると、手を引かれた。

 見ると、知らない女の人に手を引かれていた。

「……ギルの妹さんですわね? 行きますわよ」

 女性は、有無を言わさずに私の手を引いて、ここから離れていく。

 嫌だ、行きたくない。けれど、私は抵抗らしい抵抗が出来ずにされるがままだ。なんだか逆らう気力が起きない。

 そうして連れられていくと、兄さんが居た。あの大男も。

「ギル、連れてきましたわよ」

「ありがとう、アスベル。助かったよ」

「どういたしまして。ギルでは目立ってしまいますものね、仕方ありませんわ」

「情けない奴だな、お前は。まんまと敵の術中に嵌まるとは」

 大男は呆れたように、首を左右にゆるゆると振った。

 うるせーとしか思わない。

「相性というものがあるからね、仕方ない。魔力の多いエレンには響きやすいんだよ、あの子のマグナは」

「そういうものか」

「そうなんだよ」

「そうですわね」

 兄さんと女性は納得している、大男は不満げだ。ざまぁみろだ。

「さて、いつまでも立ち話をしている場合ではないね。そろそろ動かなければ」

「どこへ?」

「まずは街へ。神殿には、もう入れないだろうしね」

「女神の目的は、なんだと思いますか?」

「さて、ね。さっぱり見当がつかない」

「街は女神が現れて、大騒ぎだろう? 何処に降りるんだ?」

「まずはクライブ君と合流しようか。彼も、今なら自由に動けるだろうし」

「そうか? 女神が現れたんだ、大忙しではないのか?」

「逆だよ。女神と勇者殿は共にが神殿に籠もったそうだからね、自宅待機にでもなってるんじゃないかな。神官達が、自発的に行動するとは考えられない……ところで、お前もいつまでも惚けているつもりだい? 早くしっかりしなさい。お前に連れて行って貰わないと、ボク達は何処にも行けないんだから」

 ぽこっと、兄さんは私の頭をはたいた。

 その次に、止める間もなく。

「痛いって、やめ、やめ、やめててて」

 頬をぐにぐにと引っ張って来た。

 痛いし涎も垂れるから、やめて欲しい。

 頬を引っ張る兄さんの手を払うと、私は3人から距離を取った。

 大きく息を吸う。

 さっきまでの熱気が冷めて、急に恥ずかしくなる。馬鹿みたいだ、私は完全に余所者なのに、何を一緒に盛り上がっていたのか。

 魔術の一種だろうか、しかし感情に作用する魔術なんて聞いた事が無い。マグナだってそう。そんな物は知らない。

 ああもう、沢山だ。

 さっき重大な世界の秘密を知ったのに、いきなりこれだ。言うタイミングもないし、今『実はこの世界と勇者様の世界はつながってたんだよ! 雲の下は海で、世界が広がっていて――』なんて、言っている場合ではない。だから何?状態だ。私も、今そう思ってきた、勇者殿を早く助けないと。

「……一つ、確認させて下さい」

「なんだい?」

「兄さんは、勇者殿をどうするつもりですか?」

「どうするもこうするも……ボクとしては、彼個人に興味はないよ。彼に刻まれた術式には興味あるけれどね、それは女神に聞けば分かる事だ」

「つまり、兄さんの目的は女神様ですか?」

「そう。可能なら、会って話しがしてみたい。この世界もさ、なんだかちょっとヤバそうだしね、これからどうするつもりなのか、とかさ」

「? ヤバそうというのは、」

「あの、積もる話があるのは分かりますけれど、ここでいつまでも立ち話をしていては、他の人に見つかってしまいます!」

 女性のごもっともな言葉に遮られ、私はもう一回深呼吸する。

 それもそうだ、長々とお喋りしている場合ではない。

 しかし……なんだ、行きたくない。

 なんか、ここから離れたら、何もかもが一気に終わりそうで、怖い。

 お腹もきゅっとして、背筋が寒くなる。

 嗚呼、なんだろう、この不安は。

 力も取り戻した、気がかりだった、あの子達を元の世界に返す算段も(多分)ついた。

 なのになんなんだ、この這うような、言い表せない不安は。

「それもそうだ。行くよ、エレン。さあ、ボクの手を取るんだ」

 差し出された手。

 術式が浮かんでいるのが見える。

 あれに触れれば、触れるだけで術が発動し、兄さんの思うがままに事は運ぶ。

「……」

「エレン?」

「なんだ、臆したのか?」

 嘲る大男の言葉を否定出来ない。

 差し出された兄さんの手を、取ることが出来ない。

「ちょっとロイ、そんな風に言うものではありませんわ。怖くて当たり前ですもの、女神様が顕現されたのですよ? これから何が起きるか、誰もが不安に思うに決まっています」

 女性が、私を庇うように兄さんとの間に割って入る。

「あっちは盛り上がってるけれどね」

「馬鹿どもが。簡単に乗せられおって」

「あの子は巫女だからね、場を盛り上げるのはお手のものだよ」

「そうですよ~、だから、早く戻って下さいってばリーダー??」

 女の子の声が、やけに響いた。

 振り返ると、情熱的な踊り子のような薄い衣装を纏った少女が立っていた。

 ひらひらと、手を振って彼女は笑った。

「勝手な事しないでくれます? 反乱軍としては、ここは一気に神殿に攻め入る所ですから! クライマックスは目前! 今こそ一つに!!!」

 とんとんとんと。

 ステップを踏みながら、声高く少女は歌った。

 目がらんらんと輝き、異様な迫力がある。

「我らが宿願! 理からの解放を!」

「混乱が起きたところで、結局は新しい秩序が生まれるだけさ。ボク達は独りでは生きていけないから」

 いつもの調子で、兄さんは興奮している少女に水を差した。

「んん~、リーダーってば相変わらず話が飛んでいきますね! 誰もそんなロマンティックな話はしてませんってば!」

 少女の興奮は少しも収まらない。兄さんの横やりには慣れているようだ。しかし、やっぱりちょっといらっとしたご様子。ダンスが乱れた。

「ロマンティックな話かい?」

「今する話ではありませんわね」

 首をかしげる兄さんの手を掴み、女性はそそくさと私の手も取った。

「ロイ、行きますわよ」

「やれやれ、巫女に見つかって逃げ出すとは、格好がつかんな」

 兄さんの手と私の手が重なる。

 女性の手と、大男の手も、重なった。

 光が溢れる。

 重ねられた手から、どんどんと術式が溢れていく。

 兄さんが書いた術式。それら全てに、私の魔力が注ぎ込まれていく。

 単独では意味を成さない文字や数列の羅列が、手のひらから溢れ、光輝きながら上空へと上っていく。

「あははははは! 何処に行こうとも同じですよ! 私達は、神殿へと攻め込みます! ついにその時が来たのです!!」

 熱を帯びた巫女の高笑いを背に、私達は移動した。


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