5
目に入ったのは、白い天井だった。
病院のような、無機質な白さ。辺りを見回すと、一面白の世界だ。
そこに、男が一人立っている。
金髪碧眼の男。
お互いに名乗らなくても、分かっていた。
「アンタが、アーサーか」
「そういう君は、谷崎拓馬?」
おどけた様子で肩をすくめ、男は笑った。
舐めた態度にムカついたが、夢の住人にムカついても、一人相撲だ。阿保らしい。
淡々と話を進めていく。聞きたいことを、聞いていく。
「ここは、どこだ?」
「君の中さ、夢の中だよ」
「最悪な夢だな」
「そうかな? 中々いい夢だと思うけどな、英雄と喋れるなんて、滅多にない機会だよ」
「ここがオレの夢の中なら、アンタはオレの妄想か?」
「違う違う、俺はアーサー。アーサーの記憶さ」
「記憶?」
「肉体はとうに朽ちて、記憶だけが残ってる」
「記憶が、喋る訳ないだろう」
「では、心と言い換えても良い。人格とかね」
「なんで、オレの中に居るんだ?」
「刻まれたからさ、君の肉体に。神官たちと、アガスティアから」
「あいつら、アンタに会いたがってたぞ」
「そう」
「記憶が残ってるなら、なんか、石とかなんかに刻めねぇのか?」
記憶が残ると聞いて、連想されたのはパソコンのバックアップ。記録の抜き出しとか? AIみたいなもんだよな?
「オレ、要らないだろう?」
「ははは、記憶が刻めるのは、生きた肉体だけだからね」
生きた肉体。
その言葉に、頭は白く染められる。
「確かに、君という人格は不要だ。本来ならば、君は赤ん坊の頃にここに来ていた筈だよ。記憶を刻むだけならば、肉体を育てる必要はないからね」
「なら、なんで、」
「さあ? 君を連れてきた人に聞けば良い。でも、そうだね。カイルの術も完璧じゃないから、ちょっと計算間違いをしたのかもしれないね……あれから何年経ったかは知らないけれど、十年二十年の話じゃないだろうし……うん。きっとそうだ。カイルの計算ミスだよ」
「計算ミスって……」
人は誰しもミスをする。ヘマをする。間違える。
確かにそうだろう。
間違いの無い奴なんて、居ない。
「軽いな」
ようやく、それだけ言えたオレに対して、アーサーはふわりを笑った。
柔らかく、太陽の匂いがするタオルで包まれたような、暖かさを感じる。不思議だ、夢の中なのに。
「俺にはどうする事もできないからね、勿論使者の人にもどうしようもない。カイルの術が悪い……ふふ」
「嬉しそうだな、アンタ」
「カイルの温もりを感じているみたいで、嬉しいね。いつもツンと澄ましている彼がミスをするなんて!!」
「……アンタ、ホモなのか?」
「ほも? ほもって何だい?」
「その……アンタもカイルって奴も男だろう?」
「だから?」
「……男が好きなのか?」
「うーん、恋愛感情かと言われれば、微妙かな? ただね、いつもカイルは仏頂面だったから、笑わせたいとは思っていたよ。アガスティアも綺麗だったから、きっとカイルも笑えば綺麗だったと思うんだ。そういう意味では、好きだったかもね」
だった、ね。
アガスティアもアーサーの事、好きだと言っていた。
「だからさ、」
深く、アーサーは息を吸い込んだ。
嫌な予感がする。
似たような事が、さっきもあった。
彼女は太陽みたいに明るく笑いながら、笑いながら、唾を吐いた。
「俺はカイルの全てを壊したい。あいつが世界の為に死んでいったのだから、世界を壊したい」
「は、」
理解できない。
彼女といい、愛はいつから憎しみに変わるのか。あれか、可愛さ余って憎さ100倍って奴か。
「その為に、」
アーサーの顔が、眼前に迫る。
「君の身体を寄越せ」
気圧された時点で、オレの負けだった。
――彼女も、俺に会いたがっているんだろう?
頭の中で木霊する、アーサーの声――というか、思念。
身体の隅々まで浸透していって、ひどく心地良い。
まどろみにたゆたう。
温もりに包まれて、オレは眠った。