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「お前の言葉なら誰でも信じるし従うさ、勇者殿」

「君は不満そうだな、カイル」

「お前の人気に嫉妬しているだけさ、勇者殿。悪いな」

「その呼び方をやめろ。俺はアーサーだ。ただのアーサーだ」

「ふん、じゃあ僕は卑しい魔術師のカイルさ。世界を汚す、ただの毒虫さ」

「君が毒虫なら、俺はその毒虫を喰らう蛇だ。ずる賢い蛇だ」

 ――本当に俺はずる賢い。そして、意地汚い。

「へぇ、蛇って虫をたべるのか、初めて知ったよ」

「カイル」

「怒るなよ、気が短いヤツだな。そんな事じゃあのクソ女に、すぐにあきれられるぞ」

「彼女をクソ女というな」

「ふん、僕が誰をどう評価して、どう言うかは僕の自由だろ」

「嘘はよくないな、君はそんな風に、彼女のことを思ってないだろう」

 ――俺は一瞬でも思ってしまうが。

「……不毛な会話はやめよう、貴重な勇者殿の時間を引き裂くのもいい加減飽きたし、クソ女に刺されそうだ」

 一瞬の空白。

 オレはオレの意識を取り戻した。

 夢だと分る、これは夢だと。

 オレは夢の中でアーサーだった。

 場所は本棚がたくさんある、辛気くさい部屋。

 オレであるアーサーは、その辛気くさい部屋の主を見下ろしていた。

 彼の名はカイル。

 世界の主たる魔術師達の秘蔵っ子。

 月のような銀の髪に、黄金の瞳。

 華奢な身体は、ちょっと触れるだけでもぽきりと折れそうだ。

「本題に戻ろうか」

 カイルの声で、オレの意識はアーサーに引き戻される。  

「天空島への移住計画だけど、詰め込んでも三万人が限度だね。それに肝心の炉に貯める魔力が全然足りない。魔術師達を使ってもダメだね、全く足りない」

「人数としては、どれくらいで炉は満ちる?」

「単純計算で、十万人。三人が一人を支える、美談だね」

「……」

「言っておくけど、魔術師や犯罪者をくべたところで、約四万人。とても足りない」

「分っている」

「どうせ放っておいても、この世界で人は生きていけなくなる。なら――」

「分っている」

 ――他に方法は無い。誰も犠牲にならない世界など、最初から無いのだから。

 魔術師達が支配する大帝国。魔術によってもたらされる、豊かな実りと健やかな肉体。

 アーサーの記憶が幾層にもオレの頭の中に現れ、この世界について理解する。

 大帝国はまさに楽園だ。

 魔術師達に管理され、世界は実りに溢れている。病気も怪我もすぐに癒され、人は老いることでしか、死を身近に感じる事はない。

 しかし、それはある一定の人々の犠牲の上で成り立っている。

 各家庭は、最初に生まれた子を帝国に差し出せねばならない。それが大帝国を支える上で、必要な犠牲だ。

 古くから帝国の魔術師に支配されていた地域は抵抗もなくその習慣を受け入れ、新しく支配を受けた地域は抵抗しても、帝国の圧倒的な力の前に従うしかない。そして、従う内に快適な生活の代わりに支払う対価に慣れていく。

 アーサーは帝国から見捨てられた、辺境で生まれた帝国民の長男だ。初めはただの身分違いの恋から迫られた、駆け落ちの果ての出産。それがいつの間にか帝国のレジスタンス達の希望の象徴となっていった。

 そうして、アーサーは永く続いた魔術師達の支配を終わらせた。

「………僕が女だったら、とっておきの方法があったんだけどね」

 カイルは魔術師だが、アーサー達の協力者だ。

「どんな方法だ?」

「教えない。絶対に、教えない」

「……俺が女だったら、教えてくれたか?」

「そうだね、お前も僕も女だったら、教えてもよかった。それに実行してもよかったね、特に僕は」

 ――ふざけるな。

 それはとても強い怒りだった。

 直視出来ないほどに醜い嫉妬と憎悪が混じった、怒り。

 ぐちゃぐちゃに混ぜ込まれ、オレは――

「あら、戻ってきてしまったのね」

 女神が居る。

 彼女の目の中には金髪の男が居た。

 さっきオレを女神の瞳の中から見ていた、あの男。

「……なんだ、これは?」

「あなたの記憶よ。分っているでしょう?」

 分らない。

 全く分らない。

 オレの記憶? そんな馬鹿な事がある訳ねぇ。

 オレは谷崎拓馬で、そりゃあ勇者の生まれ変わりかもしれないが、しかし谷崎拓馬だ。

「混乱するのも無理はないわ、いきなりあなたの身体にあった、アーサーの記憶を起こしたのだから」

 冷静に考えれば、いくら女神とはいえ、瞳の中に人間が居る訳ない。もし居たとしたら、それはそれで何かしら動いている物じゃなかろうか。じっと微動だにせずに居られるものなのか?

 それに、記憶が身体にあったって、そんな馬鹿な……。

 身体って脳味噌か? 

 確かに脳味噌は電気信号の塊で、刺激を与えてやれば記憶を失ったり別の記憶に書き換えられたりできるらしい――親父の好きなSF小説にはよく出てくる――が、それが実際に起こりえるかどうかなんて……いや、そーいやあまりの事に聞き流していたが、ギルベルトの野郎がなんか言ってたな……。

 いや、しかし。

 こいつは、女神だ。

 ギルベト達が間違ってる可能性が高い。

 なんたってこいつは全知全能なる女神。らしいし?

 こいつなら世界について全部知っている筈だ。

 女神なんだから。

「あの人間に言われていた事を気にしているのね? 気にする必要は無いわ、あれは間違っているのだから」

 女神は女神らしく、傲慢に凛々しく断言した。


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