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「……………はぁ?」


 ようやく回り出した頭は、結論を出すのを少しでも遅らせようと、とても早く空回転を始めた。


 それにいつまでもベッドの中に居るのもなんだから、ベッドから起きて降りる。


 パジャマが長袖で良かった、ちょっと暑かったけど、長袖のパジャマで本当に良かった。もし涼しさ重視でワンピースのヤツとかにしてたら、恥ずかしくてベッドからでれない。


「勇者殿が、どうしたって?」


 さっきも聞いたけど、訊いていた。


「聞いてなかったのか」


「あんたには聞いてない」


「攫われたんだよ、女神に」


「だからあんたには訊いてない」


 こいつ、初対面の時から私を下に見てるし、妙に兄さんに馴れ馴れしいし、嫌いだ。気に入らない。


「そう邪険にするものじゃないよ、ロイは話も分るし、マグナも優秀だ。仲良くして損はない」


「だとさ」


 くそ、ますます気に入らない! 


 勝ち誇った笑みを浮かべられ、私は大男が余計に嫌いになった。


「話を戻すよ。お前も知っての通り、結界はそれ自体が巨大なマナの塊だ。魔力よりも密度が高いから気をつけないと爆発するけれど、自然回復が望めない今、それしか方法はない」


「おい、今爆発って言わなかったか?」


 私にもそう聞こえた。マナって言うのも、初めて聞くんですけど。


「言ったよ。魔力とマナは同じ物だけど、水と空気のようなものだからね。そのままマナを体内に取り込もうとすると、爆発する」


 をいをい。


 なんて兄さんだ、可愛いって言った妹をなんて目に合わそうとする?


「大丈夫さ、お前ならやれる。直接マナの中央に侵入しない限り、マナも常に拡散し続けている。危険はないはずだ」


 つまり、魔力に近い状態ということか。まあ、それが本当なら直接吸収は可能だろう。酸素ボンベの酸素を吸って頭すっきりみたいな、そんなお手軽さで魔力は簡単に吸収できる。


「……どうやって、そこまで? 空でも飛んでいくの?」


 空の結界は遙か上空。飛行する魔術なんてない。


「そうさ。僕のマグナでね」


「やだ」


 兄さんの事は尊敬しているし好きだけど、兄さんのマグナに頼る事だけは無理。絶対無理。


「わがままを言うんじゃない。これは世界の危機なんだから」


「その前に私が死ぬって、爆発するって」


「大丈夫。僕のマグナも少しはコントロールできるようになったから」


「少しは、って、少しじゃ駄目でしょ」


「十分さ。魔力が満ちれば、お前は何でもできる」


「出来ないって、空飛ぶ魔術なんてないし、魔術をいいように作り替えるなんて、出来るわけがない」


「できるさ。お前なら、何でも出来るよ」


 淡々とした兄さんの言葉が、やけに胸にしみる。


「僕の研究の成果だ。これである程度自由に魔術を組めるだろう。多少無駄に術を組んだ所で、お前の魔力量なら可能だ」


「ほらよ」


 何故か大男から手帳を投げ渡される。ますますムカツク。


「それはあげるよ。今から覚えろといっても無理だろうから」


 色々むっとしながら手帳を開くと、手帳には細かくびっしりと文字が書いてあった。確かにこれは覚えられない。


 手帳は私の手のひらに収まるくらいの小さな物で、厚さは指の太さ程もある。ぱらぱらと適当に手帳をめくっていくと、見た事がある文字がいくつか並んでいた。


 アルファベット。


 漢字。


 アラビア数字。


 それらは本当にごく一部で、後は見た事無いようなあるような変な文字というか、記号ばかりだ。


 それらが何行か書かれた後ろに一言だけ、「炎」とか、「出現する」とか、「風」とかこの世界での文字が書かれている。


「全てが解析できたとは言わないけど、それで出現はする筈だよ。気をつけて欲しいのは『炎』と書いても、それだけでは現象として炎は出現しないってこと。出現させるには『出現する』という文字を書かなければいけない。書く文字の量が多い程威力が上がるけど、逆に文字に込める魔力が多量に必要になるから気をつけるんだよ。後は……そうだね、特に無いかな」


 ぺらぺら喋られて、正直何言ってるかよく分らない。


 けれど。


「……とりあえず、部屋から出てって下さい。着替えますから」


「その必要はない。もう行くよ、ボクらもずっとこっちに居られる訳じゃないから。早く帰らないと煩いのが多いしね」


 ……本当に勝手だな、この人。


 呆れて言葉が出ない。


 それを了承と取ったのか、いや、私の返答なんて興味もないんだろう。


 兄さんはすたすたと私の前まで来ると、そっと私を抱きしめた。


「!」


 こんな挨拶の習慣はない。


 驚いて身をすくめていると、


「お前にご加護を」


 そう、兄さんは小さく呟く。


 そして、兄さんがさっと離れた瞬間、


 ふわりと、背中に風を感じた。


 これはまさか――


「うん、その大きさなら十分だろう。上まで行って帰って来れそうだよ」


「あなたは、本気で、空を飛べと?」


 震えてしまう。


 冗談じゃない。


 こんな不安定な力で、空なんか飛べるものか。


「兄を信じないのかい?」


「……」


 誰だって、空を自由に飛ぶことを夢見ると思う。子供の頃は特に。箒とかデッキブラシにまたがってみたりとか。


 私のマグニが影を操る事なら、兄さんのマグニは翼を生やすことだった。淡く白く輝く、天使のような翼を。


 その翼は鳥の翼と同じで、空気の抵抗を大きくする補助装置。翼自体に風を起こす機能はない。だから遊ぶときは二階から飛び降りるとか、高さを助走が必要だった。おまけに、ここが一番怖い所だけど、翼が存在している時間は決まってなかった。


 翼の存在時間は長くても十分程だが、五分で消える時もあれば一分ほどで消える時もあった。


 そんな不安定なもので、風を起こす力もないもので、空をとべるものか。


「改良はしたと言っただろう、翼を動かしてみてごらん。その翼はもうお前の一部だ、想像するだけで動くようになるさ」


 本当かよ……半信半疑のまま、言われるままに背中に力を込める。


 と。


 小さく風が動いたのを、背中で感じる。


「マグニも術の一種でね、その文字列もマグニで発見した物が多い」


「……術式が、刻まれてるって事?」


「そうだよ、どこにあるかは秘密だけど」


「誰がそんなものを――」


 言いかけて、なんてお馬鹿な事を口にしたとすぐに後悔。


 マグナは私の影を操るとか、兄さんのように現象を巻き起こすものだとか、ある一定のパターンはあるものの、細かい発現パターンは個人によって違う。


 その違いを生み出す、つまり創作をしているという事は、決まっている。


「女神さ、決まっているだろう」


 はい、すいません。そうですね、そんなことが出来るなんて、魔術を与えたもうた女神様以外おられないですよねー。


「エレン、勇者殿を見殺しにはしたくないだろう?」


 当然。っていうか、勇者様は死ぬの? 女神様に攫われて、死ぬのか?


「いつまでも悠長に長話をしている場合ではない。覚悟を決めろ」


 あんたに言われたくないんだけど。


「エレン」


 窘めるような兄さんの声に、思わずこぼれるため息。


 分ってるさ、このまま待っていた所で私には何も出来ないって事。


 そして、その何も出来ないっていう状況は私にとって我慢ならない状況だ。変えられるのなら、変えてやりたい。


「……分った、行ってくる……その後はどうすれば良い?」


「ボクの所へおいで」


「反乱軍に加われと?」


「向こう側だから見えるものもある。お前が異世界で見てきたもののようにね、それを見せてあげよう」


 そんなもの見せられた所で、どうしろと? 


 …………まあ、しかし。


「……じゃ、また後で」


「ああ、また後で」


 兄さんは自分の言っている事が失敗するなんて、欠片も思ってないんだろう。腹立つ人だ。こっちまで大丈夫、だなんて気持ちになってくる、迷惑な事だ。


 窓際に手をかける。


 今から飛ぶんだ、そう思うだけで背中の翼は反応する。


 風を感じる。


 力強い風だ。


 何もかも吹き飛ばせそう。


 それはまるで背中をぐいっと押されるようで、質の悪いことに私に何でも出来ると錯覚させるには十分だった。


「行ってらっしゃい、エレン」


 兄さんのその一言は、起爆剤だ。


 どん!


 と、背中を思い切り叩かれたような、強い風が翼から巻き起こって、次の瞬間には私の身体は宙に浮かんでいた。



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