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 自分の部屋に他人を通すのは久しぶりだ。子供の頃は先輩とか良く遊んでたっけ。


「……はぁ」


 今日は、疲れた。


 これから本題に入らなければならないのに、ひどく疲れた。


「お待たせいたしました」


 早いな!


 一息つく間もなく、エリスはお茶とお菓子の載ったトレイを運んできた。


 紅茶の良い香りがする。


 私はコーヒー党だけど、この家は紅茶党だ。お菓子の好みもちょっと合わない。


「うわ美味しそう!」


「ありがとうございます、エリス特性の焼き菓子でございます」


 ここまで押しの強い女中を、私はエリス以外に見た事が無い。


 普通名前も聞かれていないのに名乗る女中なんて、いない。むしろ客に対して名乗るのはルール違反だ。女中なんだから。


 まあ、今時そんなお堅い事を言っているのは神官達や古い貴族達くらい。私もあまり気にならないけど。


「すごいわね、エレンの家ってばお抱えのパティシエが居るんだから!」


「そんな大したものじゃありませんよ」


 ナッツのクッキーにフルーツがたくさんのったプチタルト。確かにエリスの腕はいいが、プロと言うほどじゃない。私が好きな、クリームをふんだんに使ったケーキは作ってくれないし。


「ぱてぃしえとは、どういったものでしょうか?」


「お菓子を作る職人さんの事よ」


「はいはい、その話はまた今度」


 っていうか、そもそも何の話をしに来たんだっけ?


「……あの、そもそも勇者ってなんなんですか?」


 ずっと黙っていた瑠璃が、直球に来た。


「……そうですね」 


 エリスを下がらせる。


「その前に、お二人はどこまでこの世界の事を聞いてますか?」


 私が知ってる事は別に全部話してもいいけれど、それだと長くなる。はしょれる所ははしょっておきたい。


「んー、どこまでって、言われてもねぇ? 説明されたかって言われると微妙よね。始めの日にここでは世界と調和する生き方が素晴らしい!、っていうのは聞いたけど」


「この世界はアガスティアという賢者が、他の世界から皆を連れてきて、それでこの世界を造ったって――」


「え、あたし聞いてないけど?」


「本を、読んだの。でも本には勇者の事なんてどこにも書いてない。歴史の本も王様や神官の事ばっかり」


 歴史、ねぇ。この世界には無意味な言葉だ。歴代の王族や貴族の名前の羅列。


「……勇者は、賢者と共にこの世界を造った人ですよ。女神となった賢者と違い、人として亡くなりました。そして、谷崎拓馬として……」


 蘇った? うーん、なんか違う気がする。


 魂っていうのは、この世界では一つだ。生命エネルギーであり、世界を廻っている。地上にある時は生き物の魂として、空では世界を護る結界として。


 勇者殿とも話したが、向こうと違い、ここでの魂とはただのエネルギー。電気とかガソリンのようなもの。生物固有のものではなく、虫も動物も植物も人も、全部同じ魂。それもたった一つの。


 だから、復活というならば肉体の復活。あのイエス・キリストみたいにね。


 なのだが、しかし、覚えさせられた魂の色等、勇者と勇者殿は寸分違わない。


「生まれ変わったの?」


 言葉に詰まった私の後を理枝が引き継いだ。そして瑠璃が反論する。


「でも、谷崎君は谷崎君なんだよね? 勇者にはならならいんじゃ――」


「生まれ変わりなんでしょ?」


「でも、魂は魔力だって」


「? 良くわかんないけど、谷崎の魂はその勇者の魂が生まれ変わったんじゃないの? 勇者の生まれ変わりって、そういう事じゃないの?」


「……まあ、ややこしいからその辺は置いておきましょう。つまり、この世界は勇者と女神アガスティアによって創造されたんです。で、私の使命は生まれ変わった勇者をこの世界にお連れする事でした」


「ふーん、じゃあエレンは立派に使命を果たしたのね」


 そこが、そうとも言えない。本当ならば赤ちゃん状態の勇者殿を連れて来なければ。それが使命だった。


 もうあんなにでっかく育った彼は勇者ではない。谷崎拓馬だ。


 こっちの世界で赤ちゃんを見た事がないから断言はできないが、幼い子程魂の色や揺らめきは小さい。だから多分、赤ちゃんの魂は透明なんだろうなぁ、って、じゃあまた神官達に見せられた魂とは違ってくる、のか?


「でさ、なんで勇者は喚ばれたの? 魔王でも復活するの?」


「魔王ってなんですか、魔王って」


「魔族の王様よ! 女神がいるんだらから魔族が居てもいいでしょ?」


 どういう理屈だ………。確かに女神は居るが、それも元は人間。もし魔王がいるとしたら、それも人間になるだろう、人間しか居ないじゃないか。


「居ませんよ。聞いた事ないですね」


「エレンが知らないだけじゃないの?」


 おっと。


「何? 変な事言った?」


 理枝はお菓子をつまみながら、何でも無い事のように言う。


「……いいえ。考えてもみなかったので」


 確かに、絶対ないとは言い切れない。


 意外だ。理枝は疑り深い性格だとは思えない。素直で脳天気だと思う。「あなたが変な人?」って、単刀直入に、明るく朗らかに尋ねる事ができる子だ。


「あのぅ、ちょっといいですか?」


 おずおずと瑠璃が控えめに挙手をした。


「はい、何ですか瑠璃君」


 勿体ぶって指名する理枝。


「えっと、その、それで谷崎君はどうしたの? エレンさんは誰に……その、倒されたんですか?」


「勇者殿は攫われました。私を殴った奴は不明ですが、勇者殿を攫ったのは、反乱軍の奴らです」


「反乱軍?」


 瑠璃を指名したのに、聞き返したのは理枝だった。


「暗黒の島に住む人達ですよ。倒れてた時も言いましたが、女神の教えに従わない人達が集まってます。でも武力衝突なんて、私の知る限りはありませんでした」


「反乱軍なのに?」


「記録はないですし、私の記憶にもないですね」


「じゃあなんで谷崎は攫われたの? 身代金目的?」


「さあ……あっちとは経済的に断絶してますから、お金目的はないと思いますが。それに反乱軍と商売する商人なんて居ませんよ」


「……谷崎、ひどい事されてないかな?」


 心配そうに理枝が言ったが、それは杞憂だ。


「それはないですよ。反乱軍にとっても勇者殿は大切なお方。もし彼らが勇者殿に危害を加えようとしたら、女神様が黙っていませんよ。むしろ今頃既に保護されているかもしれません」


 言いながら、私はその可能性が高い事に今更気付いた。


 この世界全てを見通す女神様だ。勇者殿が攫われている事はもうとっくにご存じだろう、さっさと取り戻しているかも。


「ふーん……」


 何か考え込みながら、理枝はお茶に口をつけた。


 瑠璃も黙ったままだ。


 …………。


 沈黙がおりる。


 そして、しばらくして、口火を切ったのはやっぱり理枝だった。


「ところでさぁ、ちょっといーい?」


 心配そうに顔を曇らせていたのを一転、なんだかワクワクした、ちょっとにやけた顔をした。本当、くるくると顔が変わる子だ。


「……何です?」


 つい気構えから姿勢を正してしまう。


 嫌な感じしかしないから、あんまり聞きたくはないが、そういう訳にもいかない。


「この前ここに来た時はさ、お嬢様って呼ばれてたよね?」


「そうでしたっけ? 嫌ですねー、もうあんまりお嬢様って柄でもないのに」


 とぼけると、理枝がにやりと笑う。


「若奥様っていうのは、柄なんだ」


 しまった、墓穴だ。


「……」


「ねーねー、いつの間に若奥様なの? 奥様は誰?」


「……」


「ねぇってば」


「……この家の人なんだから、奥様はエレンのお母様じゃないの?」


「そか。流石瑠璃ちゃん! 頭いいねー」


「失礼いたします」


 お前ドアの裏で絶対聞いてただろ! と、思えるタイミングの良さでエリスがノックした。


「どうぞ」


 新しいお菓子でも持ってきたかと思えば。


 エリスの後ろには母が居た。呼んでもないのに。


「お話中の所失礼しますわ。初めまして、エレンフリートの母、イルマールでございます」


 母は恥ずかしいくらい大げさな、かつ一方的な挨拶をした。見ろ、二人ともぽかんと呆れている。


「……あ、初めまして! 広瀬理枝って言います! いつもエレンさんにはお世話になってます!」


「山崎です」


 勢いよく立ち上がって挨拶する理枝と、控えめに名乗る瑠璃。


「……何か用ですか?」


 来客中なんですけど、というのは辛うじて飲み込む。お客さんである二人が気まずいだろうし。


「ええ、あなたにおめでたいお話があるの。おめでたいお話だから、皆様にも聞いて頂きたいのだけれど、構わないかしら?」


 いいえ。


 なんて言える筈もなく、私が黙ったままでいると、母は勝手に喋り始めた。


「バイルシュミット家との縁談がまとまりました。お披露目は明後日。折角だからお二人も参加なさってくださいませ」


「えんだん!?」


「おめでとうございます」


 ええと、


「ありがとう。神殿の事は聞きました。襲撃を受けたそうですね、よろしければ家に滞在されては? 襲撃を受けたばかりではお二人も不安でしょう?」


「あ、えと、」


「良いんですか?」


「勿論です。早速お部屋の用意をさせますわね」


 エリス、と母が小さく名前を口に出せば、メイドは一礼して部屋から下がった。


「えーと……」


 理枝は戸惑っている。瑠璃は割りと順応していて、ちゃんと受け答えしている。


 この二人はどこかに切り替えスイッチでもあるのかな? 受け答えがしっかりする方がいつの間にか入れ替わってる。


「それでは、お話中失礼しましたね。どうぞごゆっくりと」


 母は言いたい事だけ言うと、さっさと出て行った。


「えーと……」


「ご婚約おめでとうございます。だから若奥様なんですね」


「………どうも」


 残された私達は気まずい。いや、私だけか? 取り残され放置され感がすごいんですけど。


「バイルシュミットさん、ってどなたですか?」


「あたし達の知ってる人?」


「……知ってる筈ですよ、顔は合わしています。あのほら、神殿の上でお出迎えに来た二人組の、無口じゃない方です」


「ああ」


「眼鏡の方ですね」


「そです」


「イケメンね」


「そーですね」


「嬉しい?」


 別にどうとも思わないが、口に出すのは失礼だし嫌な感じ。


 にへりと曖昧に笑って、何も言わなかった。


 その沈黙をどう受け取ったのか、


「……えーと、婚約って事は、やっぱりエレンの家って良いとこの家なんだ」


「最も古い魔術師の家系だって、言ってじゃない」


「古いって事は、新しいのはどんなの?」


 分家です、何百年か前の。


「でもこの世界って、生まれた時に決まってるでしょ? その、世界と調和する為に、お仕事とかも全部」


「そうなの?」


「うん、そう司書さんに教えてもらった」


「なんで司書さん?」


「本当はあの神殿の図書室、神官さん以外は入っちゃ駄目なんだって。どうしてですか、って聞いたらそう教えてくれた」


「でもでも、瑠璃ちゃんてば図書室入り浸ってたじゃん!」


「私はほら、異世界の人間だから適用外じゃないですか、って、お願いしたら納得してくれたの」


 納得したというか、押し切られたんだろうな。その司書には同情する。


 関係ない人間が関係ないものに触れる事すら、忌避されるこの世界だ。例外も特例もない。外れた人は犯罪者。


「それで、本は読めたの? なんか面白いのあった?」 


「あんまり。歴史とかその、賢者の教えを書いた本ばっかり。歴史って言ってもこの世界の成り立ちとか今までの王様とか神官長の名前とかばっかりだし。魔導書みたいなのがあるかと思ってたのに、がっかり」


 文字、読めるのか。


 私の場合、言語は問題なかったが、文字は駄目だった。全く読めなかった。 


 同じ魔法陣かと思っていたが、向こうに行く時とこっちに帰ってくる時の魔法陣は違っていたかも。向こうと違い、こちらの言語は単一。情報量としては少なく、ちょっと書き加えるだけで理解可能なんだろう。


 あの魔法陣は私が直接書き込んだものではなく、神官から頂いたもの。


 普段使う魔術とはちょっと違う。


「……神殿の図書室ですからね、魔術書は置いてませんよ」


 魔術書も、基礎理論が分ってないと意味不明の式の羅列だけどね。私も眠くなる。


「私の部屋にあるので良ければ、ご自由にどうぞ」


 本棚を指差しながら言うと瑠璃の顔はぱっと輝き、逆に理枝の顔は曇った。


「良いんですか!?」


「えー、ここに来ても読書なのー?」


「どうぞどうぞ」


 静かな方がいい。


 色々あって、ぼーっとしたい気分。


 瑠璃は即座に席を立ち、本棚に直行、その場で本を読み始めた。好きだねぇ。


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