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 ……。

 

 目の前にひび割れた、白い敷石が迫った。

 

 私は俯せに倒れている。




 痛い。




 ずきずきずきずきずきずきと、痛い。





 無様に後ろを取られ、殴られる。



 こんな事、今までの私ならあり得なかった事だ。


 魔力が満ちていた頃は無意識の内に領界を造り、警戒できていた。領界内に入られればすぐにその存在は感じ取れたし、大きさ、熱量、大まかな感情も読み取れた。背後を取られるなんて、あり得なかった。


 それが、どうだこの様は。


 残りカスと言われても仕方ない。むしろゴミクズだ、いっちょまえに出ていって、こうしてのされている。


 あー、かっこわるー。


 だるいわー。


 だるおもだわー。


 頭もすっごく痛いしー。


 魔力が付きかけの状態では、魔力の補充を身体は最優先にする。傷も治りにくいっつーの。


 誰だよ、容赦なくか弱い女の頭殴りやがって! なんて血も涙もない鬼なんだ! 誰が殴ったか分ったらただじゃ置かないからな!


「エレン!」


 理枝の声で、下らない思考を停止する。


「大丈夫!? 生きてる!?」


 声の大きさとは反比例する、力の弱さで揺さぶられる。


 混乱しているみたいだ。


 そうだよね、こんな風に倒れている人間なんて、日本じゃあまり居ないもんね。びっくりするわな。


「理枝ちゃん、あんまり動かさない方が……もし頭とか打ってたら、下手に動かす方があぶないよ」


 瑠璃はおどおどした調子だが、冷静だ。


 保険委員とかやってそうだよね、彼女。


「……意識はありますよ」


 へんに騒がれても恥ずかしいから、素早く答える。


 本当はずきずき痛くて、そっとしておいて欲しいが、声が出せない程ではない。が、起き上がる根性は出てこない。まだ動きたくない。


「ただ、ちょっと身体を動かすのはしんどいので、そっとしてもらえますか?」


「わ、分った……ねえ、何があったの? 谷崎は?」


「誰かに、襲われたんですか……?」


「……そうですね、」


 さて、この二人はどこまでこの世界について、奴らから説明を受けたのか。


 この前会った時は特に説明されておらず、また理から外れてもお咎め無しな雰囲気だった。私が説明しても良いものか……うーん、でも使命を無視した時点で私はもう理から外れている。今更気にするのもおかしいよね、うん。


「私達の世界にはこの国とは別の勢力があります。反乱軍といって、理から外れた人々です。彼らは暗黒の島に独自の領地を築き、女神とこの国に対して宣戦布告しています。まあ宣戦布告といっても、特に何をするという訳でもなかったのですが……」


「理って、なに?」


「女神の教えの事ですよ。理だなんて、大げさですよねー」


「何か言ったかい、ファーレンハイト君」


 !


 げっほう。


 身体が引きつりそうになる。


 一番冗談とか軽口が通じないヤツに聞かれてしまった。まだ居たのか。


「……ええと、別に、ちょっとした世間話ですよ」


 無駄話をしている内に、大分元気になった。よっこらせっと身体を起こす。


 そこにはアシュレイが居た。


 深紅のローブは土埃で汚れ、チャームポイントの眼鏡はひび割れている。折角の美形が台無しだ。


 その後ろにはまるで背後霊のようにひっそりと、クライブさんが立っている。いつの間に来られたんだ?


「それよりも、宮廷魔術師がお二人も揃ってどうされたんですか?」


「……あなたには関係ない」


 苦い顔で、ばっさりとアシュレイは私の質問を切り捨てた。


 代わりにクライブさんが、逆に問う。


「君こそ、どうした?」


「私ですか?」


 暇だったから三人の顔見に来た、って言ったら怒られはしなくても、決していい顔はされないだろう。黙っとこ。


「私は、まあイロイロと……」


「あたし達、遊ぶ約束してたの。ね、瑠璃」


「う、うん!」


 良い子達だ。一緒に肯いておこう。


 理枝はこの間注文した品が届いたらしい、チェックのワンピースに黒のレギンスを履いている。瑠璃は焦げ茶色のブラウスに深緑のロングスカート。とても大人っぽい。


「いい気なものですね」


 アシュレイの言葉に「おかげさまで」と言いそうになるのを、ぐっとこらえる。


 嫌味にならない、むしろ自虐過ぎて笑えない。


 役目が終わって暇なのは私だ。


 私だけ。


 一応女だから、家を守るとかあるけど、それだって一人じゃできない。相手がいる。


 その相手にしたって、十六の花も恥じらう乙女から一気に十も老けたおばさんは嫌だろうなぁ……こっちの世界じゃ二十歳も過ぎればもうおばさん。子供が居て当たり前の年齢。はぁ……。


「じゃあ、行きましょうか」


 とにかく、今は外にでよう。


「うん、行こ行こ」


「……」


 理枝は素直に私の誘導に従ってくれた。が、瑠璃は物言いたげに私を見る。


 そんな瑠璃を、理枝は強引に引っ張っていき、ついには私を追い抜いて先に行ってしまった。


 やれやれ。


 こっちだって分らない事だらけだよ。



 神殿の真ん中には『移動の間』と言う、そのまんまな広場がある。


 神殿の上階、王城の中、都の広場に繋がる魔法陣が描かれている間だ。


「王都にお願いします」


 係の人にお願いする。


 なんか、ちょっとした羞恥プレイだ。以前の私ならお願いするまでもなく、自分の力で勝手に魔法陣を発動できたのに……!!


 広場に移動して、少し話し合った末に私の家で落ち着く事になった。頭はもう何ともない。


 人の耳を気にしないですむ場所というと、私にはそこしか思いつかなかった。以前の私なら結界を見えないように、触れないように貼るくらい簡単だった、ってもういいや。


「うわ~、エレンってばお嬢様なんだ! すごい家!」


「最も古い魔術師の家ですからね、腐っても鯛ですよ」


「落ちぶれてんの?」


「あはは……」


 家督を継ぐ筈の兄は反乱軍に参加し、私は使命を失敗した駄目人間だ。


 ……今更だけど、冷静に考えてみれば、これはかなりのスキャンダルだ。父さん母さん両祖父様両祖母様ごめんなさい。今、ちょっとだけ反省しました。


 まあ、しかしこの世界では誰かを蹴落として出世しようとする者は皆無だ。それは教えに反する。


「お帰りなさいませ、お嬢様。いえ奥様!」


 ん? 誰が奥様だって? 私は確かにいい年だけど、まだ嫁には行ってないし婿も迎えてはいない。


 出迎えてくれたのは古参の女中。満面の笑みだ。呼び間違えたはずはない。が、ここは聞き流しておこう、もう疲れた。


「奥様!? 結婚してんのエレンは!?」


「ええと、まあ、ええと……」


 ああ、もうちょっと鬱陶しいな。


「理枝ちゃん、」


「あ、ごめんごめん。まずはちゃんと座って落ち着いてからよね。行こ!」


「……こちらへどうぞ」


 とりあえず、私の部屋にでも行くか。


「お嬢様、いえ、若奥様」


 エリス、お前もか!


「お帰りさないませ。そちらは?」


「……友人です。私の部屋に通すから、後でお茶とお菓子を持ってきて下さい」


「かしこまりました」


 全く、どいつもこいつも。



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